Because, I'm Because, I’m<br>サイエンティスト&アーティスト 後編
Interview 33 / 北山敏さん

Because, I’m
サイエンティスト&アーティスト 後編

知れば知るほど、ミクロの世界は美しい。

前編はこちら

作品の原点は子供時代に体験した美しい自然

北山さんと妻の早苗さんが、東京から安曇野に移住したのは31年前。北山さんのライフワークといえる「ミクロ×宇宙」シリーズは、この安曇野の環境の中でより大きく花開いたといえる。安曇野ビンサンチ美術館の庭に展示された作品の数々は、美しい緑に囲まれ、澄んだ空気の中、作品自身も呼吸しているように見える。後編では、北山さんの作品が、いろいろな人たちの情熱によって世に送り出されてきた経緯、安曇野の美しい地からインスピレーションを受けて生まれた可愛らしいアート作品についても紹介していく。(冒頭の写真のお二人の背後に展示されているのは、Because, ワインシリーズの結晶作品)

Q. 理解されなかった子供時代、路上生活も経験し、でもそこから大学入学、アカデミックな研究機関の主任に就任するなど、本当に山あり谷ありの人生を送って来られたのですね。

子供時代の事を話せば、あの頃(1950年代)は、理科と美術という全く違う性質の物が好きというだけで変わっていると思われた時代なんです。その二つを同時に学べる場所もありませんでした。兄の助けがなければ大学にも行かなかったと思います。卒業後は、学習院が大学創立100周年記念に設立した学習院大学「エコトキシコロジー研究所」に主任研究員として招かれ、30歳から7年間勤めました。そこは日本初、最先端の環境科学の研究所で、僕以外の人たちは東大やアメリカの大学で博士号を持っているような蒼々たるメンバー。その中でよく勤まったと思います。

山あり谷ありの人生で、人との出会いを大切にすることで、チャンスを掴んできた。

いま考えると、僕には秀才にはない、人より少し器用な指先と特殊な回路で問題解決する能力があったのかなと。器用さは顕微鏡のダイヤルを外して、指先の感覚で僅かに動かす時などに発揮されました。特殊な回路の方は、たとえば、夜布団に入って目を閉じると、その日に行った実験、研究など数千通りのすべての出来事が頭の中に理路整然と並ぶんです。次に何百もの解決策が浮かび、最後にべスト数通りの答えに絞ることができました。こんな思考回路は子供の頃からで、大人には見えない。このことも、「頭がおかしい」といわれた所以かもしれません。でも、これがあるから、僕は顕微鏡下の広大な世界で、結晶理論と感性によって、結晶化する特別な瞬間を見つけることができるのだと思っています。

美術家としては挫折の連続でしたね。20代でシルクスクリーンの作品が、ポーランドの「クラクフ国際版画ビエンナーレ」で入選したものの、国内では「前例がない」のが理由で、ことごとくすべて落選しています。僕の作品を評価してくれたのは海外で、アメリカ、ドイツ、イタリア、フランスなどの国際展で入選・入賞したり、アメリカのレオナルド誌に環境芸術の作品と論文が掲載されたりしました。確かに、ジェットコースターのような人生だと思います。でもその中でも、僕の作品に興味を持ってくれる人はいました。そんな人達と出会ったとき、僕は自己主張を瞬間的に爆発させて、チャンスにつなげてきたように思います。

. 安曇野に越された頃から徐々に注目され、2017年には「リコーイメージングスクエア銀座」で個展を開催されていますね。

リコー銀座を訪ねた時、代表の池永一夫さんがいらしたので、私の作品の絵葉書を数枚お見せしたら、とても興味を持っていただいた。その後に安曇野にも来てくださって、「リコー銀座で個展をやりましょう」といっていただけたんです。個展は翌年4月から40日間もの長い期間、4丁目の銀座・和光の向かいで開催されました。その時の個展のタイトルが「ミクロ×宇宙」で、池永さんが名付け親です。それ以来、この作品シリーズのタイトルにしています。

会期中は会場に詰めていましたが、嬉しいことがたくさんありました。ニューヨークの出版社社長、ジョン・オドネルさんと出会えたのもその一つです。30分ほど雑談をした後、出版の話を切り出されました。写真集「Micro×Universe」がアメリカで出版されたのは、その半年後のクリスマスでした。

アメリカで出版された写真集「Micro×Universe」

また最近では、山梨の「マンズワイン勝沼ワイナリー」さんと縁があり、地下セラーに常設展示させていただくことになりました。僕の作品がたくさんの人に知ってもらえる機会をいただけて本当に有難いです。2024年春のオープニングの際に、ジョン・オドネルさんがニューヨークから駆けつけてくれて、再会できたことも嬉しかったです。

ワイナリーでワインの試飲を楽しみながら、そのワインの「マイクロ クリスタル アート」 が鑑賞できる。

Q. ビンサンチ美術館ではARを取り入れた作品も展示されていますが、迫力があってすごく面白いですね。

コロナ禍になって、美術館を閉めていたときに、チャンスだと思ってAR作品の制作を始めたんです。鑑賞するには、「Artivive」という無料アプリをダウンロードしてから、作品にスマホをかざすと、作品中に描かれたフクロウや、ミクロの結晶が飛び出してきます。親子で来られる方も多いので、みなさん、ARの世界に入り込んで写真撮影をしたり、動画を撮ったりされて楽しまれているようです。フクロウはすっかり、安曇野ビンサンチ美術館のマスコットキャラクターになって、子どもたちにも人気なんです。フクロウの絵は私と妻の共同制作で描いたものなのですが、枯れ葉などをスキャンした自然素材の色や形を使って、コンピュータグラフィックスとして制作しました。素材が自然のものなので、森の中の美術館によく合っていると思います。

絵画にスマホをかざすと、AR動画が始まり、絵画の中のフクロウが飛び出してくる。

庭の植物や樹木は妻の早苗がすべて手入れをしています。季節ごとの野の花々が楽しめて、バラも50種類ほどあります。彼女は絵本作家でもあるので、まるで安曇野のターシャ・テューダーのようです笑)。美術館に来てくださったお客様には、妻がお茶をお出ししているのですが、庭や近くの森にあるクロモジの枝を乾燥させて作ったクロモジ茶がおいしくて、淡いピンク色で健康にも良いらしく、私も最近ハマっています。

ところで、館名の「ビンサンチ」ですが、私の名前が敏(ビン)なので、「敏さん家」という意味なんです。VINSANCHIはイタリア語でもなんでもありません(笑)。私(VIN)と妻(SANae)の家(CHI)に気軽に遊びに来る感覚で美術館に来ていただけたらと思って付けました。

早苗さんと敏さん。小さな森のような美術館の庭には、小道が続いていて、四季の植物を楽しみながら、点在する作品を楽しむことができる。

途中に展示されていた「エルメス・パリ」の香水の結晶作品で、ビンサンチのお客さん以外まだ世界の誰も知らないそうだ。

Q. 庭を散歩しながらゆっくり作品鑑賞できるスタイルがいいですね。やはり、安曇野の自然の中にあることが素敵だと思います。

安曇野は、私の故郷である三島市と同じように、自然が豊かな地です。三島市の風景は、私にとっての原体験となっていて、作品作りに影響を与えていると思います。自然林の庭園がある「楽寿園」という公園や、富士山の湧水でできた「源兵衛川」など、水がきれいで初夏の夜には川辺に蛍が飛ぶんです。箱根や伊豆のような大観光地ではないところもまたいい。だからなのか、安曇野に来たときに三島に似ている気がしました。北アルプスの山麓で空気が澄んで水がきれいで。だから、この地を選んだのかもしれません。

あと、三島にしても安曇野にしても、何かをひとつ越えて来るような感覚がありますよね。箱根山やアルプスを。目的をもって来る人だけが集まっている気がします。安曇野で暮らすようになって、東京で暮らしていた頃よりも、アート作品のイメージが浮かぶようになったのは確かですね。

安曇野の夜空を見上げると、星空に天の川がかかっています。あるときそれが、「ミクロ×宇宙」の世界と似ていることに気づきました。私が顕微鏡で見ているものは自然から生まれたものです。宇宙も人もすべて同じ自然法則のもとに存在するのであれば、顕微鏡で見つけたものが、星や山、湖、花や蝶、蛍などを思い起こすのも不思議ではありません。

若い頃は自分の世界観を主張するかのような作品作りをしていましたが、いまは、自分の作品を通して、こんな未知の世界があるのだということを、世界中の人に知ってもらいたいという気持ちが強くなりました。身近なものの中に、見えないかもしれないけれどこんな美しい世界があるのだと。そしてそれは、地球や人と同じように自然が創ったものなのだと。

顕微鏡の世界を覗いて一番面白いと思ってくれるのは、純粋な眼をもつ子供たちです。ほとんどの子が「わ~ きれい~ 宇宙だ~」などと叫びます。僕は、三島市の小中学校や専門学校に作品を寄贈するようになりました。僕が子供のころに体験したように、子供たちには、見たことのない自然の美しさを自分で発見して、「未知への探検の旅」にチャレンジしてもらいたいと思います。

スマホをかざすとフェニックス(樹脂の結晶)が自由に空間をはばたくAR作品。スクリーンショットで撮影。(150×300㎝) 2023年に静岡県東部総合美容専門学校に寄贈した作品。

(後編 了)

撮影:古厩志帆

安曇野ビンサンチ美術館

長野県安曇野市穂高有明2186-77
TEL:0263-83-5983
https://vinsanchi.com/index.html
https://www.facebook.com/vin.kitayama
開館日:土・日のみ
時間:10001600
冬期休館(11月中~4月下旬)

北山敏さん

北山敏(きたやま・びん)さん
1949年静岡県三島市生まれ。高松次郎「塾」で現代美術を学び、シルクスクリーン版画制作で知られる岡部徳三に師事。助手とし版画制作に携わり、最先端のアートを学ぶ。一方、明星大学大学院で分光学、結晶科学を学び、理学修士を取得。美術活動に専念するあまり、実生活ではどん底で路上生活も経験する。そんな折、学習院大学教授の推薦で学習院大学「エコトキシコロジー研究所」主任研究員(環境毒性生態学)に就任。環境科学者として、ドイツ・ミュンヘンや京都の国際環境会議などに出席 (1979~1986)。20歳から始めた顕微鏡下の「ミクロ×宇宙」は、国内の美術展やコンクールでほとんどが落選。同じ作品が海外の国際コンクールでは多数入選し高い評価を受ける。1993年、妻の早苗とともに、安曇野に移住。2012年「安曇野ビンサンチ美術館」を開設、館長を務める。コロナ禍で、最先端の拡張現実ARを研究。「Artivive」(オーストリア)のARテクノロジーを使った作品制作に取り組む。

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