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Because, I'm Because, I’m<br>盆栽師 前編
Interview 06 / 平尾成志さん

Because, I’m
盆栽師 前編

知れば知るほど、命ある木が愛おしい

愛は注ぐけれど、過保護は禁物

四季折々に日本の庭を彩る盆栽。その優美な風情に魅せられ、職人の道を志したのは20代初めのことだ。「日本の文化を継承したい!」と修業に励み、活動の場は海外へ広がっていく。伝統の技を受け継ぎつつ、大胆なライブパフォーマンスにも挑む「盆栽師」平尾成志さんにとって、盆栽の魅力とは何か――。さいたま市にある盆栽園を訪れると、樹齢300年以上の銘木から現代アートのような作品まで並び、まさに美術館のようだった。

Q. 「えつ、これも盆栽?」と驚くもののありますが、そもそも「盆栽」とは何ですか。

わかりやすくいえば、観賞用の鉢に入った植物です。つまり飾って楽しむことで初めて「盆栽」と呼ばれます。もともと盆栽の発祥は中国の「盆景」とされ、盆の中に砂で川を表現したり、山を作ってみたりと地図の景観を描いていたそうです。その盆景が700年代に中国から伝わり、日本人がアレンジして盆の中で木を作る盆栽に進化したといわれています。
最初は武家や王族の高貴な趣味でしたが、昔の文献を見ると、女性たちも小さい盆栽を庭先に置いて楽しんでいたようです。さらに江戸後期くらいから将軍家などで盆栽を作る職人が現れ、庶民にも盆栽が広まっていく。一方、明治時代に入ると財閥や裕福な愛好家が盆栽をコレクションするようになり、高価な盆栽がステータスになりました。

さいたま市にある平尾さんの盆栽園「成勝園」。竹林に囲まれた古民家の敷地内に盆栽を作る仕事場がある。

僕が修業したのは歴史ある盆栽園だったので、とにかく圧倒されるような銘木ばかり。500万、1000万円以上の盆栽もゴロゴロあって(笑)、それだけ価値あるものに水やりをさせてもらい、触らせてもらえたおかげで自分の目も肥えました。
盆栽の価値とはやっぱり人がどれだけ手を加えているか、どれだけ丁寧に世話しているかで決まります。虫の糞一つでも落ちていたら、気づかないのは許されない。ちゃんと手入れできる職人が手を入れないと形が崩れるので、丹念に観察しながら手をかけることが大切です。僕はどこでも盆栽園に入った瞬間に「ここの木は大事にされている」とか「めっちゃ、強いな」というのはすぐ感じます。すごい盆栽園というのは全部の木が凛として元気に見える。ちゃんと愛情をかけられていることがわかるんです。

盆栽師に欠かせないのは細やかに目を配る観察力と記憶力。

Q. 愛情をかけるといえば、平尾さんにとって好みのタイプはありますか?

僕が好きなのは細くて気品ある女性的な木。惚れ込んで手に入れたのが「真柏(しんぱく)」です。真柏とはミヤマビャクシンという高山の岩場に生える常緑の低木で、盆栽に仕立てるのに最も優れた木といわれます。自然の中で枯れた枝や幹の一部が長い年月で風化し、茶褐色の幹との妙が生と死の共存を思わせる。この真柏には150年の時が流れています。
実は細くて古い木を作るのは難しいんですよ。盆栽を太くするのは簡単で、肥料をいっぱいあげてたり、地面に植えると、すぐにぶくぶく太っていく。でも、細いスタイルを保つには繊細な人間の手がかかります。

優美で気品ある姿に惚れ込んで手に入れた「真柏」

では盆栽を作るときどこから手を入れるかといえば、まず幹はどうしようもないんです。幹の部分に曲がりを入れようとしても、古い木ではほぼ不可能。この辺りは枝が無いからといって新たに枝を挿すこともできない。我々がいじれるところは枝の先です。幹の動きに合わせて枝元をぐっと上げたり、下げたり、曲げることで、枝の先に動きが出るわけです。
盆栽というのは「違和感」もすごく重要です。この薄い鉢にこんな背の高い木が植わっているとか、左右対称ではなくアンバランスな要素があると、観る人も不思議に思って興味を惹かれるでしょう。あとはその木が持つキャラクターをどう引き出すかということも大切。太く男らしい木だったら「こいつ相撲取りみたいや」と見立て、茂る葉の量と動きで力強さを表現する。女性らしい木なら極限まで枝を落として、ほっそりした女性が踊っているかのように見せるなど、それぞれの個性を見極めるようにしています。

盆栽園の中では最も古い樹齢350年の五葉松の木

Q. 平尾さんがそこまで打ち込む盆栽の魅力はどこにあるのでしょう。

盆栽が創り出す独特な「間」と「時間」に魅かれます。たとえば床の間に飾られた盆栽と対峙していると、何ともいえない心地よさがあり、時が経つのも忘れてそこに佇んでしまう。ゆっくり流れる時間のなかで生きていることを感じられるのです。
日常の生活では忙しなく時間に追われがちだけど、「忙」という字は心を亡くすと書くじゃないですか。心を失っているうちはたぶん盆栽なんてできへんし、亡くしかけそうな心のゆとりを与えてくれるものが植物だと思うから。

盆栽に流れる時間に身を置くことで自分の心も落ち着いていく。

Q. 今はなかなか床の間があるような家に住めないけれど、ふだんの暮らしの中でも盆栽の楽しみ方はありますか?

何のために床の間に盆栽を飾るかというと、主人の気持ちとして客人をもてなすために使うんですよ。ならば床の間がなくても、お客さんが来るときに玄関の下駄箱の上に飾るのもいいし、食卓に置いて眺めながら食事をするのもいい。晴れの舞台をどこか家の中に用意してあげればいいと思います。
そもそも盆栽は外で作るものだから、ふだんは自分で育てることを楽しんでほしい。盆栽を育てる基本はまず水やりにあり、水やりと水かけは全然違うんです。毎日決まった時間に水をかけているだけではだいたい枯れてしまう。本当の水やりとはその木が欲している時にするものです。木の種類や大きさなどによってタイミングが違うし、半渇きの状態をずっとキープすることも大事。毎日一緒に過ごしていると、木が喜んでいるなとか、なんか調子悪いなというのが一目でわかります。愛情をかけて育てていれば向こうも振り向いてくれるし、逆に愛情をかけ過ぎて過保護になるのもダメですが(笑)。
盆栽の魅力は毎日ふれることで感じられるもの。人は自分以外のものに愛情を注ぐことで心にゆとりができるから、わずかな木の変化を通して季節の移ろいも楽しんでもらえたらいいですね。

(前編 了)

写真 sono
インタビュー 歌代幸子
編集 徳間書店

公式サイト https://jp.bonsaihirao.net/

平尾成志さん

ひらお・まさしさん
1981年徳島県生まれ。京都産業大学在学中に訪れた東福寺で重森三玲作・方丈庭園(現本坊庭園)に感銘を受け、さいたま市盆栽町にある加藤蔓青園の門を叩き、弟子入りする。5年間の修業を経て独立。2013年には文化庁交流使として11か国を訪れる。国内外で盆栽のデモンストレーション・ワークショップ、パフォーマンスを行い、日本固有の文化である盆栽の美意識と楽しみ方を教えるともに、盆栽で新しい表現を試みている。

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