Because, I’m
古事記オタク(コジオタ)前編
カッパに会ったらどうするか?
「古事記」という名前を聞くのは学校以来かもしれない。それを『口語訳 古事記』というベストセラーにしたのが、三浦佑之(みうら・すけゆき)氏だ。難解な漢文をおじいさんの語り口調に訳した理由は、古事記が「人々に語り継がれたお話」を集めたものだと三浦さんが考えているからである。三浦さんはゆえに、各地の口承伝承(昔話)を研究する人でもある。語りは面白くなければ伝わらない。だから古事記も昔話も面白い。今日はあえて、「古事記研究者(オタク)」=コジオタである三浦さんに、「カッパ」の話を聞いてみたい。そう、青くて、皿が頭に載っているという、あのカッパ。知れば知るほど、カッパには人間が詰まっているから。
Q. カッパはどこにいるのですか?
カッパは多くの場合、川にいます。そして、全国的にいます。「カッパ」以外にも、「がわたろう(川太郎)」「がたろう」とか、九州なんかでは「ひょうすべ」、青森あたりでは「めどち」などとも呼ばれていました。名前はさまざまですが、「川に住んでいる妖怪」というのは全国どこにでもいて、それが後に、共通語として「カッパ」になっていったと考えられます。
Q. 知っているつもりで、実はカッパのことを全然知らなかったことに気付きました。カッパとはいったい、何者なのでしょうか。
伝承でいちばん多いのは、カッパが馬を川に引きずり込んでしまう「駒引き(こまびき)」の話です。しかし馬のほうが強いと、逆にカッパを川から引きずり出して家まで連れて帰ってしまいます。ひっくり返った飼い葉桶がガタガタ動くので、家の人が不審に思って近寄ってみると、水かきのついた手が出ている。これはカッパの手だということで、捕まえて殺そうとすると「助けてくれ」と言う。仕方ないから許してやると、謝罪の証文を書き、特別な傷薬の作り方を教えてくれる――これが「カッパの詫び証文」と「カッパ膏薬」の話です。その家はその薬を売って代々繁盛したんだとさ、というオチがついたりもして、似たような話がいろいろな地域に伝わっています。
Q. うっかりカッパに会ってしまったら、どうしたらよいでしょうか。
敵対せず、挨拶でもしておきましょう。横目に見ながら軽く挨拶をして、すれ違うのがいちばんです。ただ、かっぱは相撲をするのが好きなので、会うと「相撲しよう」と言われることはあるみたいです。
あとは、人間の女性がカッパの子を孕む話、という、「エロガッパ」的伝承もけっこうありますので、注意が必要です。もちろんメスのカッパもいて、折口信夫「河童の話」という文章に出てきます。カッパには童子のイメージが強いですし、子供がいれば両親もいるはずですが、人の前に出てくる時は単独であることが多いように思います。ただ、民間伝承では、カッパの家族がどうこうという話はあまり聞かないですね。
Q. 三浦さんは、カッパに会ったことはありますか?
残念ながらありません(笑)でも、遠野では会ったと言う人がいますよ。朝、川へ行こうとするときに会ったとか、田んぼに足跡が残っていたとか。実際はカワウソか何かの足跡だろうとは言われていますが……。カッパのモデルはカワウソだという説もあります。今でこそ二足歩行するイメージが強いですが、江戸時代初め頃の絵を見ると、カッパは四つ足で歩いています。
国芳の生きた時代(1797–1861)は江戸後期だが、この絵にはカワウソのイメージが強く出ている。
Q. カッパも進化しているのですね。あの頭の皿について教えてください。
お皿が頭に載っているイメージも、実は、そんなに古くないと言われています。江戸時代のカッパを描いた絵を見ると、カッパの頭には必ずしも皿があるわけではないんです。それが、18世紀後半、1770年頃からあとになると、だいたいどのカッパも頭に皿が載っているようになります。
なぜお皿なのかはよくわかりませんが、カワウソの平たい頭の形も手伝って、お皿のイメージが出来てきたのかもしれません。お皿の水が干からびると弱ってしまうというのも、カッパは水に住んでいる生き物だからでしょう。妖怪には何かひとつ弱点があったほうがいいと人は考えるのではないでしょうか。
いずれにせよ、イメージと呼称が統一されてきたのは、江戸時代後半に絵が全国的に流通するようになった影響が大きい。いろいろな伝承とも混じり合いつつカッパというイメージが広がり、それが江戸終わり頃に定着していったと考えられています。
Q. なるほど。しかし、お皿以上に、エロガッパが衝撃的でした。他にもカッパにまつわるお話はありますか?
エロガッパとは逆に、子供のイメージと結びつくことも多いです。川で子供と遊んだり、「尻子玉」を抜くなどとも言われますよね。遠野など東北の伝承では、「ザシキワラシ(座敷童)」と混ざった話が見られます。誰もいないはずの部屋の中でわいわい騒いでいる声がして、戸を開けてみるとカッパがいたとか、あわてて逃げていった先が川だったとか。誰もいないはずの部屋で子供が遊ぶ声がするというのは、ザシキワラシの特徴です。カッパも、「河童」と書いたりします。「川ワラワ(童)」とか、「カワワラシ」とか呼ぶ地方があることからも、童子のイメージも強いことがわかります。
だから、エロガッパだったり、ちょっと怖いいたずらをするものだったり、子供と遊ぶ童子だったり、あるときには福を授けてくれたり。いろいろな河童がいるんですね。しかも、地方ごとに異なるというよりは、同じ地方のなかでも、いろいろなお話が混在しています。
これは河童に限らずですが、妖怪というのはトリックスターのような存在で、いい面も怖い面もある。良きもの、悪きもの、どちらかというのはありません。それがどういう面を見せるのかというのは、人間の側がどう向き合うかにもよるのだと思います。だからあまり深入りせず、軽く挨拶を交わすくらいがちょうどいいのではないでしょうか。
(前編 了)
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写真 森本洋輔
インタビュー・構成 今岡雅依子