Because, I'm Because, I’m<br>山岳ライター 後編
Interview 17 / 小林千穂さん

Because, I’m
山岳ライター 後編

知れば知るほど、山は人生のアメとムチ。

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楽できるところは楽して登る、山を楽しむ秘訣だ。

「もっと高く、もっと厳しく」という挑戦的な山登りにハマっていた小林さん。いわゆるクライマーズハイというやつで、時には命の危険と隣合わせになる日々を過ごす。しかし子どもを産んだことで、山への考え方はガラリと変わった。今は遠くから眺めたり、小さな丘を歩いたりするだけでも楽しいという。「頂上に登るだけが山登りじゃない」というママさんクライマーに、一生モノの山の楽しみ方を聞いた。

Q. 現在は山梨県の甲府にご主人とお子さんと3人で暮らしています。なぜこの場所だったんでしょうか?山が近いから?

そうですね。会社員の夫も山が好きで、出会ったのも山のイベントでしたので、なるべく山の近くに住みたいというのはありましたね。実家の静岡へも近く、東京へも特急を使えば1時間半。コロナ禍になるまでは、月に2回は仕事で東京の出版社に通っていました。テレワークの先駆けだって仕事仲間にはいわれています。今日は子どもを主人にあずけてきました。夫が育休を取れたので。

かつて “挑戦する”対象だった山が、いまは“癒し”を与えてくれる存在へと変化したという。

Q. お子さんが生まれて、山に対する考え方とか、心境の変化のようなものはありましたか?

独身の頃は、海外の名峰に登ったり、ロッククライミング──岩登りですね──に挑戦したり、結構リスクの高い山登りをやっていました。それが面白いと思っていたんです。でも今は子どもを背負って近くの丘や公園を歩くだけでも楽しいなって。それどころか、家から富士山や南アルプスが見えるんですけど、山を眺めているだけでも気持ちが休まるようになりました。

先日も、駐車場から30分ぐらいで登れる高台に子どもと一緒に行ったんです。自分一人で歩いたら全然物足りないコースです。でも子どもがいるのでゆっくり登るため、結果的に一時間半ぐらいかかる、もう立派な山歩きコースになる。充実感も高い山に登るのと同じくらいありますね。今はそういう山登りを楽しむ時期なんだと思います。
ちなみに子どもはまだ自分では歩けなくて、抱っこやおんぶをするかしかないんですけど、山の中だとなぜかぐずらなくて機嫌がいいんですよ。やっぱり気持ちいいとかわかるんですかね。帰りもスヤスヤ車の中で寝ていました。将来、山好きになってくれれば嬉しいですね。

今年4月、親子で久しぶりの山歩き。ハーネスで子どもをおんぶしながら中山 (山梨県北杜市)のハイキングコースを歩く (写真/ブログ小林千穂の「山でわくわく」より)

Q. 子育てが終わったらやはり以前のような挑戦的な山登りを再開しようと思っていますか?

どうでしょうね。先のことはわかりませんが、もし私が山で事故を起こして死んでしまったら子どもはどうなるんだろうと考えると、簡単には行けないですよね。あるいは家を出る時に泣かれたりしたら、それを振り切ってまで山に行こうという気になるかどうか……。少なくとも今はそういう戦闘的な気持ちはなくなっています。
それに元々、山頂を目指すだけが登山じゃないと思っていました。例えば途中に咲いている花を楽しんだり、緑の鮮やかさを楽しんだりするのも山の楽しみ方の一つです。そんな穏やかな山との関係性がいまは尊く感じているんです。

山の景色ってすごく雄大で、そして変わらないのも魅力的なんですよね。
建物など人が作ったものは結構目まぐるしく変わりますが、山は何千年、何万年たってもほとんど一緒。そういう時間が止まった世界にいるとほっとするんですよね。

山道で出会う植物や景色を愛でるのも登山の魅力の一つ

Q. ほかにどんな楽しみ方がありますか? 近頃は山グルメなどと題したレシピ本も人気ですが。

山にいる間に食べるものを「行動食」というのですが、それを手作りするのは楽しいですね。例えば干し柿。山梨には百目柿という大きな渋柿があるんですが、これを秋に大量に買って、皮をむいて自分で干して、甘くなったのを冬の山に持って行って食べる。ゴミが出ないし、自分が作ったものは飽きが来ないのでいいですね。
梅のジュースなんかもよく作りますよ。青い梅を12キロ買ってきて氷砂糖に漬けるとエキスが溶け出して来るんです。それを水で割って山へ持っていくと、さっぱりして飲みやすいし、クエン酸が疲労回復にいいんです。糖分もとれますしね。これができたらあの山に登ろうとか想像しながら作るのもまた楽しいんです。

登山用のウエアだって、普段着としても十分楽しめますよ。特に伸縮性が高くて丈夫なので、しゃがんでおむつを代えたりするときに、すごくいいんです。私が愛用しているブランドは、登山の上級者向けのラインナップが多いのですが、その中でもあまり本気に見えないものを選んで普段着にもしています。

Q. そういうお話を聞くと、登山のハードルが下がります。いくつになっても楽しめるものですか?

もちろん。仕事や育児が一段落した後に日本全国の百名山を制覇する人もいますしね。それは時間がないとできないことですから。もっと年を重ねて歩けなくなっても、ロープウェーで登ればいいんです。何も全て自分の足で登る必要はありません。楽できるところは楽していい。いいとこ取りでいいんです。山はいろいろな楽しみ方ができるので、一生の趣味にもなります。初めての方はまずは登りやすい山からトライして欲しいです。

山でもあまり登山っぽくないコーディネートが好み。今日のウエア、シューズはすべてモンチュラ

小林千穂さんの景色が楽しめる山アルバム

霧ヶ峰
長野県にある山で、1925メートルの最高峰車山。高原の涼しげなイメージが、某エアコンのネーミングの由来になっている。
「すごく景色がよくて、開けた草原を歩くのが気持ちいい。リフトで山頂直下まで登れます。6月にはレンゲツツジ、7月になるとニッコウキスゲという花が咲いて、目を楽しませてくれます」

撮影2018年5月27日

●茶臼岳
那須岳ともいい、栃木県と福島県との県境から南北に連なる那須火山群の中央に位置する標高1915メートルの活火山。
「この山もロープウェーで上の方まで行けます。火山の噴気を間近で見ることができ、迫力満点の景色が楽しめます」

撮影2017年8月10日

●大山
神奈川の丹沢山塊の一つ。江戸時代は庶民の信仰の的で、現在も手軽に登れる山として初心者ハイカーに人気。新宿から電車とバスを乗り継いで約1時間半と近いのも便利。写真は大山中腹に建つ阿夫利神社下社。周囲にはお土産店や飲食店などがある。
「ケーブルカーで楽々登れます。山頂から相模湾を見下ろす景色はまさに絶景です」

撮影2014年2月13日

(後編 了)

撮影 sono
インタビュー いからしひろき
編集 徳間書店

 

小林千穂さん

こばやし・ちほさん
1975年、静岡県出身。登山好きの父親の影響で子供のころから山に親しむ。会社員を経て北アルプス・涸沢ヒュッテの従業員に。山岳写真家・内田修氏のアシスタントを経て、山岳系のガイドブックや書籍の編集の仕事に携わる。『山と溪谷』など山岳専門誌に多数寄稿。冬の富士山や南米の6000メートル級峰、アイスクライミングなどにもチャレンジ。年間120日間を山で過ごす。2020年に第一子が誕生したのとコロナ禍を機に本格的な登山は一時休止。現在は甲府の自宅を拠点にリモートワークと子育て、家族登山を楽しむ日々を送る。著書は「DVD登山ガイド 穂高」(山と溪谷社)、「失敗しない山登り」(講談社)など。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド。
小林千穂の「山でわくわく」https://ameblo.jp/chihokobayashi/
衣装協力:モンチュラ https://montura.jp/

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