Because, I’m
奇想のシューズデザイナー/アーティスト 前編
インスピレーションの源はさまざまな生物
誰もの想像を超えてくる素材を使い、ほかに類を見ない独創的なフォルム。“履く”という靴のスペックの定石を逸する、まさにそれはいつまでもアートのように、 “観ていたい靴”ともいえる。レディ・ガガさんの作品にも起用されたことで知られ、ニューヨーク、ロンドン、パリなど世界で活躍するシューズデザイナー/アーティストの串野真也さん。彼の靴づくりのインスピレーションはどこから生まれるのだろうか。現在、東京都庭園美術館で、開催中(2022年4月10日まで)の展覧会『奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム』に展示中の串野さんにお話を伺った。
Q. 靴の既成概念を超えたデザインで圧倒されますが、串野さんにとって靴の概念とは?
靴というのは、履くこともできる彫刻のような存在。ファッションであり、アートでもあると思っています。靴はファッションの中でも特殊なアイテムで、人が履いていなくても美しい形状を維持できる。普通の彫刻であれば飾って観ることしかできないけれど、靴は自分で身につけるとどうなるのかという欲求も満たされるような面白い存在なのです。
僕が初めてデザインしたのは「Aries」という靴でした。それまでファッションデザインを勉強していましたが、ジャパンレザーアワードという革のコンテストがあって、靴のデザインを応募しました。何か新しいハイヒールの提案をしたいといろいろ考えて、羊の角のようなデザインを思いつきました。羊をコンセプトに牛革と羊毛を組み合わせて制作しており、ヒールは木を使用し革で覆っています。僕は基本的には靴自体を作れないので、靴職人さんに頼むのですが、見たこともないようなデザインだけに、職人さんにとっても大変な作業だったそうです(笑)。でも、これがグランプリを受賞して…。以来、シューズデザイナーの道を歩むことになったのです。最初の作品から正直なところ、“靴=履く”という概念はなかったですね。
Q. なるほど、逆に靴職人でなかったことが、唯一無二のシューズデザインを生んでいくわけですね。次にデザインされた靴にはなんと人毛が使われている。
この「LUNG-TSHUP-TA」(ルンツプタ)というのは、「嵐の馬」という意味のチベット語です。もともとフランスで馬のオペラを演じているグループがあって、白馬がサーカスのテントの中を馬場馬術を駆使して回る演目があります。僕はそのオペラを観たとき、あまりの美しさに感動したんです。その馬から着想を得たのがこの靴でした。馬の尻尾となる部分に人毛を使った理由は、動物の素材は当たり前のように使うのに人の素材を使わないのは何故なのかという単純な疑問があったから。馬の尻尾ではなく、あえて人毛を使うことによって、素材としての境界線をなくしたかったんですね。
靴の素材としては、日本古来の工芸も活かしています。例えば木のパーツは京都で仏像を彫っている仏師の方にお願いをして削っていただき、漆塗りをしてもらいました。僕が京都に住んでいるのは日本の伝統文化や歴史を知りたいという思いがあり、自分の作品にも日本人としてのアイデンティティを入れたかったのです。
ただ僕自身が気を付けているのは、あまり日本的な表現にこだわらないこと。どこの国の人が観ても、シンプルにきれいだと思えるような作品にしたいと思っています。だからこの靴では漆など東洋の素材と、レースのような西洋の素材の融合も試みました。
Q. レディ・ガガさんが自身のミュージックビデオで履かれたと聞きましたが。
レディ・ガガさんが初来日したとき、彼女のスタイリストがツイッターで日本のユニークなデザイナーたちとコンタクトを取りたがっていると知り、連絡したのがきっかけです。最初は靴を制作して欲しいと依頼されたのですが、期限が1週間という短い時間でした。そんな時間では作る事が出来ないのでお断りし、代わりに手元にある「LUNG-TA」と「LUNG-TSHUP-TA」、その他に数足提案しましたが、その際は着用には至りませんでした。その後、ガガさんは2013年に『ARTPOP』というアルバムを出し、ミュージックビデオの中で「Chimera」というシリーズの靴を履いてくれたのですが、その映像を観たら、「えっ、別々やん!」と(笑)。ロングとショートのブーツを片足ずつ履かれていたんですよ。
僕は西洋のユニークな文化にも興味があって、その一つに中世ヨーロッパで流行った「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」というのがあるんです。それは、裕福な王侯貴族や資産家たちが様々な珍品を収集して、部屋に集め、人を招いて驚かせるという遊びの文化です。そこに僕の靴が置いてあったらどうだろうと想像しながら作ったのがこのシリーズです。
「Chimera」とは、ライオンの頭、ヘビの尾、ヤギの胴を持ち、口から火を吐くギリシャ神話の怪物で、その他に数種類の動物が混ざっている架空の動物の意味もあります。
僕のデザインは、ヒールの真鍮のパーツがヘビの姿になっていて、足先は猫脚。靴本体には牛革を使い、尻尾は狐の毛皮です。つまり異なる遺伝子を持つ動物たちの皮革を一つの靴の上で出合わせ、最後に人間が履くことで新しい生物(ハイブリッド)が誕生するというコンセプトなんです。
Q. これは鳥が羽ばたいているように見えますね。何の鳥の羽なんでしょう。
この「Stairway to heaven」という靴には、カラスの翼を使っています。
黒いカラスは不吉な存在として忌み嫌われる鳥でもあるのですが、日本古来の神話では神の使いであったと伝えられているんです。僕としてはカラスが悪者ではなく、天国へ誘ってくれる鳥になってくれたら嬉しいなという思いがあって、「天国への階段」というタイトルにしました。
たぶん僕自身も鳥という存在に憧れがあるんですね。鳥のように自由に空を飛びたいと夢見たり、その姿をきれいだなと思ったり、魅了されるところがあります。さらに鳥の羽根はどれだけ技術が発達しても、人工的に作ることができない。非常に繊細でありながら、強度があって、素材としても魅力的なんですよ。
僕は動物のフォルムを「ファイナルデザイン」と呼んでいます。動物の姿形や骨格も含めて、その環境において生存していくためには理にかなっている形だということ。この地球や宇宙の摂理の中でそうならざるを得ない最終形態であり、常にアップデートされている最新形でもあります。それは人間の知識や技術ではどうにも及ばず、だからこそ究極の美しさを感じるのでしょう。
僕にとってはこの「ファイナルデザイン」からインスピレーションを受けることが多く、それが靴のデザインをするうえで創造の糧になっていると思います。
(了)
展覧会情報
『奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム』
2022年1月15日(土)~2022年4月10日(日)
サルヴァドール・ダリなどシュルレアリストたちの傑作に加え、“奇想”をテーマに集められた、絵画、写真、ファッション、アートなど多彩な作品を展示。
東京都庭園美術館(東京都港区白金5-21-9)
https://www.teien-art-museum.ne.jp/
撮影 sono
インタビュー 歌代幸子
編集 徳間書店