Because, I'm Because, I’m<br>塩のツナギスト 前編
Interview 35 / 田中園子さん

Because, I’m
塩のツナギスト 前編

知れば知るほど、人には塩が必要。

塩の深い世界に魅了される。

東京都品川区にある日本最長の商店街、戸越銀座。その一角にあるのが塩の専門店「solco(ソルコ)」だ。店内の壁一面に設けられた棚には、試験管のシンプルな容器に入った塩が整然と並んでいる。種類も海塩、岩塩、藻塩などがあり、それぞれに産地、製造方法、結晶、色、大きさ、成分、香りが異なる。その一つひとつの作り手の思いにまでこだわるのが、店のオーナーである田中園子さん。TVや雑誌などの塩に関する企画に登場することも多く、塩といえば名が挙がる人である。そんな田中さんに、調味料の一つというには深すぎる! 塩のお話をお聞きした。

Q. 国内は北海道から沖縄まで、海外の塩もたくさん置かれていますね。2014年のオープンですが、専門店を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

最初は、宮城県石巻市の「伊達の旨塩」という塩に出会って、口に入れた瞬間に「旨い!」って叫ぶほど美味しかったんです。それから一気に塩にハマりまして。もともと料理が好きで調味料もたくさんある中、塩もたくさん揃えていたのですが、みな、味も形も色も違うことに気づきました。塩はまさにミネラルの宝庫ですから、それぞれのミネラルの量を比較して、味の違いを検証しはじめたんです。毎日のようにいろいろな塩を調べて、勉強をし、ソルトコーディネーターの資格なども取るうちに、徐々に塩のビジネスをしたいなと思うようになりました。何をやればいいか考えて、一番アイデアが沸いてきたのが塩の専門店だったんです。

お店には常時、50種類位置いていますが、そのほとんどが職人的に塩作りをされているメーカーです。特に国内の方にはできるだけ会って、コミュニケーションをとるようにしています。その中で、印象に残ったこと、味の特徴などをカードにまとめて添えています。それを読むだけでも面白いといわれますよ。一つひとつの塩に個性があって、作り手の方のストーリーがありますから。

ソルトバーにはずらりと並ぶテイスティング用の塩。それぞれの特徴が書かれたカードが添えられている。

Q. いくつかテイスティングしたのですが、見た目の色合いや粒の大きさだけでなく、食感や味も本当に違いますね。違いが生まれる理由を教えていただけますか。

塩というのは、産地(海水や温泉水の汲み上げ地や岩塩採掘地)によって成分が違いますし、加えて製法によっても作り手の個性が色濃くでます。味は主にミネラル成分のバランスによって決まるのですが、主成分であるナトリウムが多いと塩辛さ(しょっぱみ)が強くなり、マグネシウムならコクのある苦みやうま味、カリウムなら酸味、カルシウムは無味無臭ですが、多いと他のミネラル率が下がる結果、甘みを感じるようになります。

また、産地ならではの条件や要素が加わることで個性が出ます。「伊達の旨塩」を食べた時に衝撃を受けた程の濃い旨みを感じたと前述しましたが、この塩は、牡蠣の養殖が盛んな湾の海水で作られているのですが、海水に牡蠣の息吹が混ざっていることに加え、海洋研究者の方によると、地形的に山に降った雨や雪解け水が、ろ過されながら地下水として流れて海に湧き出す「海底湧水」があるのではないか、それがより豊かな味わいを生んでいるのかもしれないという想定もできます。

また、「坊津の華」という塩は、鹿児島県南端のリアス式海岸の海水を汲み上げ、平釜でゆっくり結晶させて作るのですが、サンゴ礁の生息する海だからか、カルシウムが非常に多く、適度なしょっぱさも感じます。豆腐などの柔らかな素材やとんかつなどの揚げ物にかけたくなる塩です。

海水から作られた海塩。よく見ると粒の大きさ、色も微妙に違う。左よりサンゴのカルシウムが含まれる「うるわしの花塩」、高知県で天日干しで作られる「山塩小僧」、北海道十勝で牛たちのために作られた「十勝の塩」

右端と左端はヒマラヤの岩塩。中央の2本は赤ワインの澱(おり)と搾りかす、はちみつを採った後のミツロウを海水に混ぜて炊いたもの。左より「ヒマラヤブラックソルト」、「酒田の塩赤ワインの塩」、「酒田の塩はちミツロウの塩」、「ヒマラヤイエローソルト」

Q. グレー、ピンク、オレンジなどカラフルな塩も多いですね。粒の形や大きさもいろいろですね。

まず岩塩にはさまざまな色がありますね。岩塩は地殻変動などで陸に閉じ込められた海水が、長い年月を経て結晶化したもので、地層に含まれる成分によって色が変わるんです。代表的なものにヒマラヤの岩塩がありますが、アジア5カ国にまたがるヒマラヤ山脈には一帯に岩塩層が広がり、ブラックは硫黄、ピンクは鉄が多く含まれています。パキスタン側では希少なイエローソルトも採掘されています。ピンク岩塩の鉄分と違う鉄分が含まれるからか、他のどのヒマラヤ岩塩とも味が違い、爽やかな印象の不思議な塩です。

海水に他の素材を加えることで色がある塩もあります。代表的なのは、藻塩(もしお)といってホンダワラなど海藻を加える塩です。「玉藻塩」は、新潟県の名勝地である海岸線、笹川流れの海域の海水とそこで自生するホンダワラを加えて炊き上げたもので、海藻のミネラル、ヨードやカリウムが豊富。濃いベージュで、強烈に磯臭いのですが、食材と組み合わせるとなぜか爽やかな海藻の香りとなる。だし汁の代わりになるので料理が楽に美味しくなります。

また、地域の廃材を再利用しているメーカーもあります。山形県の酒田の塩は、霊峰烏海山(れいほうちょうかいさん)の伏流水が流れ込む海水を使っているのですが、「赤ワイン塩」は、海水に県内のワイナリーの赤ワインのマール(搾りかす)や澱を混ぜて炊いているんです。きれいな赤紫色でワインのほのかな香りもして、赤ワインに合う食材とベストマッチ。どこか梅や紫蘇のような味わいがあって和食にも合うんです。はちみつを採った後のミツロウを海水に加えて炊く「はちミツロウの塩」もあり、淡いベージュで、鶏肉や鮭などにふって焼くと、きれいなゴールデンブラウンになる。鮎も感動的にきれいに焼けます。また、フルーツとも相性ぴったりの塩です。

また、塩の結晶にはキューブ、フレーク、ピラミッド型などいろいろな形があるのですが、フレークソルトといって結晶の形をきれいに残した塩もあって、シャリシャリとした食感と適度なしょっぱみが味のアクセントになります。兵庫県淡路島の「自凝雫塩(おのころしずくしお)フレーク」は、鉄釜で炊き、甘さを引き出すために時間をかけて低温で炊きます。ゆっくりと蒸発させることでできる大き目の結晶を集めたものです。焼いたお肉や野菜などの料理に乗せて、しばし結晶の美しさを堪能してから食べるのもまた楽しいものです。

Q. すべての塩はテイスティングできるということで、選ぶのが楽しいですね。

悩みながら、楽しみながら塩を探すという意味で、体験型ミュージアムのような店といえます。容器を揃えたのも、中に入れた塩の個性を際立てたかったからです。どんな容器にするか考えたとき、大学時代に使っていた試験管を思いついて(田中さんは理系出身)。試行錯誤をくり返してこの形になりました。いくつか揃えたいときもスリムなので、キッチンが狭くてもたくさん置けます。塩は、料理によって使い分けできることも提案したかったことなので。

塩は単に「しょっぱさ」を担う調味料ではなく、香りも味も、色、食感もすべて違う。また、人の味覚もそれぞれで、生まれ育った環境や、食生活、日々の体調などにも左右されます。それぞれの人に合った塩を選んでほしくて、テイスティングして購入するスタイルにしています。実際に味を試してみて、塩ってこんなに味わいが違うんだと、皆さん驚かれます。その中で、「美味しい」と感じたものを選ぶのが良いと思います。でも、時々、「あなたが美味しいと思う塩を教えて」などといわれるお客さまもいますが、それは違うと思っています。長年、試食スタイルを続けてわかったのですが、味覚って本当に人によって違う。おすすめしたものが、その人にとって必ずしもベストではないのです。もちろん接客では、用途などをお聞きして、イメージに近いものをお伝えしています。でも、たとえばトマトにかける塩一つとってみても、酸っぱいトマトなのか、フルーツのように甘いトマトなのか、また、それをどう調理したいのか、いろいろな条件によっても変わるわけですよ。おむすびにかける塩も、温かいときに食べたいのか、冷たくなってから食べるのかで、合う塩も違ってきます。

お客様にテイスティングをしてもらいながら、丁寧に塩の説明をする田中さん。

以前置いていた塩で、京都の塩があったんです。丹後半島の海岸の不純物の少ない海水で作ったこの塩は、旨みも多いのですが、日本海独特の濃い苦みがあり、試食すると「ちょっと好みでない」とおっしゃる方もいました。でも、ある時、京都出身の方が来て、その塩を試食したら「美味しい」という。その方にとっては、幼少の頃から親しんだ味だったので美味しいと感じたのでしょう。塩の感じ方はその人のルーツにも関係するわけです。結局、自分で決めなければしっくりこないんですよ。

だから、私は塩のプロではなく「ツナギスト」なんです。塩を作るプロと塩を使う人を繋げるのが、私の役目だと思っています。最近は、飲食のプロの間でも塩は大注目されていて、solcoにも様々な業態の方がいらっしゃいます。そのため販売している塩以外にも、いろいろな種類の塩をストックしています。焼き鳥店や焼肉店などはそれぞれ10店舗以上は提供していますね。ほかにも、とんかつ、天ぷら、寿司、鉄板焼き、鯵フライ専門店。いままでタレやソースで提供していたものを塩で出したいというケースは多いです。しかも、塩が味の差別化のカギになるようで。そういうプロの方々が吟味して選んだ塩をお店で使って、更にフィードバックしてくれるので、情報もどんどん集まっています。一般のお客様からも「こうやって食べたら美味しかったわよ」といった声も沢山いただくので、ツナギストとしてはそれらを分析し、シェアして、塩の知識や魅力をどんどん発信していきたいです。

(前編 了)

後編はこちら

solco

東京都品川区豊町1-3-13 1F
TEL03-6426-8101
営業時間:12:00-18:00
定休日:毎週月火(祝日の場合は営業)、年末年始、臨時休業有
http://www.solco.co/

撮影 sono
原稿 網野由美子

田中園子さん

田中園子(たなか・そのこ)さん
solco代表。大学で化学、大学院で微生物の進化を学び、外資系製薬会社に就職。日本野菜ソムリエ協会を経て、ロンドンへ語学留学。その間、日本食を紹介するイベントを行うなどさまざまな食のプロジェクトに関わる。帰国後、日本科学未来館勤務を経て、2013年にソルトコーディネーターの資格を取得。2014年12月、東京都品川区の戸越銀座商店街に塩の専門店「solco」をオープン。

Because, I’m<br>塩のツナギスト 前編

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