Because, I’m
猟師 後編
罠猟から成る明宝ジビエの魅力
ジビエとは狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉をさして言うが、野生動物の生息する環境、捕獲方法、加工方法などが大きく肉質・味に影響する。岐阜県のほぼ中央に位置する郡上市の明宝地域は、もともと自然豊かな山里で、イノシシや二ホンジカ、山鳥など野生動物が数多く生息している。この豊かな自然の恵みを生かすべく「ジビエ工房めいほう」は2016年に開設、以来、野生動物の捕獲から解体、加工、商品開発まで一貫して行っている。そのジビエの美味しさは、食材にこだわる料理人にも絶賛され美味しく高品質、安全な処理で安心のブランドとしての認識が広まりつつあるのだ。工房長である元満真道さんに、「明宝ジビエ」の魅力を聞いた。
Q. 近年は日本各地にジビエの解体処理施設ができていますが、「明宝ジビエ」の特徴はどんなところにあるのですか?
もともと明宝地域はジビエ3大産地といわれるところで、野生動物の宝庫です。昔から狩猟が盛んで、この地の猟師さんから聞いたのは、昔は熊が獲れるまで帰ってくるなと母ちゃんに言われて猟に出て、まずは鹿を獲って、その肉を焚き火の煙で燻しながら食べて1週間以上洞穴などで寝泊まりしながら熊を狙ったそうです。そしてやっと熊を撃ち獲ったら家に帰れる、というような狩猟の文化がある地。
中山間地なので、ブナやナラなど多様な樹木が育つ豊かな森林や、山中を流れている清らかな長良川の支流・清流吉田川の源流部があり、ミネラル分が高く良質な水源になっています。この山里に棲む野生動物は、美味しい山の恵みをたくさん食べ、美味しい水を飲んでいる獣たち。
ジビエの肉質はどの地域でもそれぞれ良さがあると思います。明宝ジビエの美味しさの秘訣は、まず自然環境が非常に恵まれているということ。そして、生きたまま捕獲する罠猟にあります。鉄砲で打つと、弾が当たったショックで撃たれた部分や周りの肉は焼けて固くなってしまう。体内で血がまわってしまうと、肉に血の匂いが染みついて味も落ちてしまうのです。鹿肉は罠で捕獲したもの方が旨み成分値も高く、美味しい肉になることが近年の研究でも科学的に実証されています。
私たちは岐阜県が出している「ぎふジビエガイドライン」に則って、捕獲から解体まで行っています。例えば昔は、猟師さんが山の中で獲物の内臓を出したら、冷やして引きずって持ち帰るとか、軽トラックの荷台で解体してそのまま家庭で食べるといったことが当たり前のように行われていました。そこで岐阜県が制定したガイドラインでは、衛生的で安全に食卓へ届けるためのルールを定め、品質向上を目指してきたのです。
Q. 実際にはどのように捕獲して、解体するのでしょうか。
明宝ジビエでは鹿肉を中心として、イノシシ肉も扱っています。罠で生け捕りにした動物にはあまり負担がかからないように目隠しをして、手足を縛って背中に担いで山から降ろし、トラックで工房まで運びます。
県のルールでは、「止めさし」をしたら、1時間以内に処理を完了しなければいけないんです。止めさしとは、息の根を止めることですが、うちの独自のやり方では、動脈静脈を一気に切ります。すると心臓がポンプの役割をして、体中の血液が一気に外へ出るので肉が血生臭くならないんです。止めさしをしてから解体処理をして、一時間以内に枝肉にします。枝肉というのは骨と肉の状態にしたものです。鹿肉は鉄分が多いので、死んでしまうと腐るのがすごく早い。だから、罠で仕留めて生きたまま連れて帰り、工房で処理をする方が衛生的でもあるんですね。
Q. 野生の動物だけに衛生管理も厳しく管理されているのでしょうね。
うちの工房は民間運営のジビエ処理施設では初の「HACCP(ハサップ)」を取得しました。「HACCP」とは「Hazard Analysis and Critical Control Point」の略で、もともとアメリカで食品の安全性を確保する方法として開発されたものです。日本でも2020年6月から食品に携わるすべてに事業者に対して、「HACCP」に添った衛生管理の実施が義務化されました。
私たちはジビエを解体処理する際、ナイフなど備品もこまめに煮沸消毒して、使い捨て手袋の取り換えタイミング、触れる場所へのビニール養生、ナイフでさばく手順など細かなルールを設け、おそらく日本でもトップクラスの厳しい衛生管理をしています。
解体した枝肉は、適切な温度管理のもとで独自の肉質コントロールを行なっています。ジビエの場合は牛や豚と違って、個体の大きさやオス・メスの性別、捕獲する季節によって、味や肉質のばらつきが激しいのです。もちろんその良さもありますが、料理するシェフが使いやすいよう、なるべく均質にすることを目指しています。そのためには温度管理や水分コントロールが重要。最後は私が触った手の感触や目視で確認して、出荷に向けた作業に入ります。
肉の味のピークは個体にもよりますが、その個体にとって一番良い状態を見極めて、微妙なところで枝肉から骨を抜き、部位別に分けて精肉の状態にします。そのまま瞬間冷凍して、真空パックにしたものを、1パック1000円~2000円ほどの買いやすい値段で店頭販売しているのです。
Q. いわゆるジビエというと、独特の匂いや味にクセがあるから苦手と敬遠する人もいますよね。どんな食べ方がおすすめですか?
うちのジビエ肉は嫌な臭いがないので、あっさり、さっぱり食べられるのです。旨みも濃くて、部位によって味の違いをはっきり感じられるようなお肉になっています。
食べ方は、部位にもよりますが、フレンチやイタリアンのお店ではだいたいロースが使われていると思います。ロースは背骨の周りのお肉で、旨みが強くて柔らかいのが特徴。でも、私のお勧めはモモですね。モモといっても、内モモ、外モモ、シンタマと3種類あって、食感も旨みも柔らかさもそれぞれ違います。
私も家で食べるときは、さっと焼いてワサビと塩だけとかシンプルな味つけで十分。それだけでお肉の味の違いがわかりますから。和食で冷酒を飲むなら内モモとか、美味しいクラフトビールには外モモとか、お酒とペアリングしながら食べています。
さらにジビエの魅力はとてもヘルシーなお肉だということ。鹿肉は牛肉と比べると、カロリーは約半分、脂質は4分の1と低く、逆に鉄分は約1.7倍も含まれています。イノシシ肉は豚肉と比べると、鉄分は約4倍、ビタミンB12は3倍も含まれているのです。
また、鹿肉には、脳機能の向上効果が期待されているアセチルカルニチンが牛肉に比べて2倍以上あることも測定されているんですよ。もの忘れ防止やストレス軽減のためにもぜひ食べていただきたいですね。
Q. 明宝ジビエのブランドを守りつつ、これからやってみたことは何ですか?
工房では、夏場に狩猟体験を含めた自然体験プログラムを提供しているのですが、もっと子どもたちに狩猟体験をしてもらうことです。実際にジビエを捌くところから見てもらうと、子どもたちは「ちゃんと食べなきゃ」と思うようで、「美味しいね!」といって食べてくれる。食育にもなりますし、そんな姿を見ていると、とても嬉しいですね。
ジビエ工房をやっていると、「九州からわざわざ移住してきて、よっぽどジビエをやりたかったんだね」とよく言われるのですが、私は「もう全然、まったくそんなことなくて……」と(笑)。もちろん今の仕事で嫌なことはひとつもないけれど、いちばん好きなのは試作品を作って、ワインと一緒に味わうことですね。
(後編 了)
撮影 藤田晃史
インタビュー 歌代幸子
編集 徳間書店