Because, I’m
歴史領域起業家 前編
歴史上、現代は本当に生きやすい時代
「歴史を面白く学ぶ」をコンセプトに、2018年から開始された、Podcast『COTEN RADIO』。じわじわと人気を博し、2021年6月時点で月間の訪問者数は14.2万を超えている。『COTEN RADIO』がきっかけで歴史が好きになったというリスナーも多いとか。番組は3人のパーソナリティによって進められるが、そのうちの一人で中心的存在が深井龍之介さんだ。本業は株式会社COTENの経営者。現在、数千年分の歴史データを体系的にまとめ、検索可能にする「世界史データベース」を開発中なのだとか。膨大な歴史というレンズをとおして見えてくるものは何なのか。深井さん流の歴史的世界観を探っていこう。
Q. 現在、COTENで進めているプロジェクトがあるそうですが、歴史とビジネスをどのように結びつけているのでしょう?
COTENでは、誰もが歴史を活用できるような歴史の一大データベース制作をしています。その発想に至ったのは、学生時代から歴史や社会科学の分野が好きだったことと、社会人になってからは、スタートアップ企業の経営などを手掛けることがあり、AIの最新技術を取り入れていたことに関連しています。
2016年に起業しようと思った時、これまでの経験を生かせることってなんだろうと思った時に、出てきたのが「歴史」×「AI」という掛け算だったんです。これをテーマにした事業ってないなと思って。
歴史が好きな人は多いのに、これまでビジネスになってなかったのは、歴史はお金になりにくい、マネタイズが難しいからです。でも僕は感覚的に、「今の時代ならギリギリいける」と思いました。その理由は「今は質的なものに価値をおく人が多い」からです。
例えば100年ぐらい前は、自分の職業が決められていることや、自分が将来結婚すること、子孫をもつことに悩む人は1人もいなかったはず。できるかどうかは別として、それをしない選択はなかったから。
現代は多くの人が、自由に職業、結婚、出産するかどうかを選べます。逆に選択肢が多すぎて、何をどう選べば良いかわからない。つまり、幸せになる方法は自分で決めないといけない時代になってしまったんです。今風に言えば、「自己実現」です。中世の貴族でさえ自己実現なんて考えていませんでした。やることは全て決まっていましたからね。
正直、自分の進む道を全て自分で決めるのは大変ですよ。親の言うこと聞いても幸せにはなれなさそうだし、インターネットを検索しても答えは見つからない。そういう時代に生きる人達にとって、歴史がすごく役に立つって思ったんです。
たとえば、歴史の中に自分と共通する事例があれば参考になりますよね。「そうか、昔からみんな同じようなことに悩みを抱えていたんだな」とか、「小さなことにくよくよするのはバカらしい」と気づくこともあります。
たとえば、中国の春秋時代の晋に重耳(ちょうじ、のちに文公と呼ばれる)という名君がいたんですが、親は今でいう毒親で、お家騒動の末に、親に殺されかけた。彼は国を追われても心折れずに機会をうかがい、60歳のときに晋に帰還、その後名君として晋を大きくします。そんなエピソードを聞いて勇気をもらった人は少なくないようです。
歴史を学ぶメリットはいろいろありますが、一つ確実に言えるのは、「自分のことがよくわかる」ということです。自分がどういう人間なのか、自分が所属している社会や組織がどういう意味や意義を持っているのか、そういうことがよくわかるようになると思います。
そのように、自分や社会のことを客観的に認識することを「メタ認知」と言いますが、そのためには自分とは異質の社会を知ることが非常に有効です。つまり、自分が常識だと思っていたことは、実は全然常識ではなかったんだと気づくことです。それは海外旅行をして、全く違う国の文化にふれることでも得られますが、歴史にふれることでも可能ですし、むしろ手軽で安全です。
たとえば今、世間でも議題になっている「選択的夫婦別姓」ですが、そもそも日本において夫婦が同じ姓を名乗る法律が出来たのは明治時代になってから。つまり、伝統でも何でもありません。それがわかると夫婦同姓にどこまで固執した方がいいかが判断できるようになります。自分の立ち位置が明確になるんですね。
そうしたメタ認知が出来るようになるためには、それこそ何百冊も歴史の専門書を読まなければなりません。僕は単純に歴史が好きだったので、そこまで出来るようになりましたが、普通はそこまでしませんよね。だからデータベースというシステムにしてしまおうと考えたわけです。
Q. 歴史の勉強を通して様々な時代を俯瞰してきたと思いますが、深井さんにとって、一番生きやすい時代だと思うのはいつですか?
確実に現在です。120%、現代の日本です。
たぶん全ての時代の人を連れてきても、今、この時代が一番いいって言うと思います。
なぜなら、昔の人は、生存そのものを脅かされるのが基本でしたから。
ほとんどの時代に人権概念なんてないし、庶民は簡単に殺されますし、僕たちが今の世の中に対して抱いている不満や不公平感とは全く次元の違う恐ろしい現実をずっと突きつけられているんです。
それに比べたら、今は普通に生きられるし、Netflixも見られるし、冷房もあるし、病院もあるし、職業を自分で選択していいし、教育も受けられるし……条件だけ見たら、これ以上恵まれた時代はありません。
Q. それなのに、今の日本には「満たされていない」と思っている人が多いように感じます。それはなぜだと思いますか?
思想史上には、その理由をすでに考えていた人がたくさんいます。
ブッダがその一人です。彼は仏教の始祖であると同時に哲学者でした。彼の言葉をもとにこの問いに答えるなら、〈自分の幸せと周りの環境は、本質的には関係がない〉と言えます。
例えば、戦国時代に生きていた人が、今の日本に連れてこられたら、めちゃくちゃ幸せだと思うんです。普通に水が飲めるし、ご飯を食べられるし──コンビニのご飯だって、彼らにとっては死ぬほど美味しいはずです。生きてるだけで幸せなんですから。
だから正しい課題設定は、〈そういう恵まれた環境にいるのに、現代人はなぜ不幸と感じるのか?〉ということだと思います。そしてその答えは、自分が置かれている環境と、自分が現在不幸であるという現象は、相関関係はあるけど、因果関係はないということです。
Q. つまり、自分が不幸なのは置かれている環境ではなく、別のところに原因があるということですね。一方でいま世界中がコロナ禍にみまわれています。この現状を打破するために、ロールモデルとすべき時代はありますか?
断言できるのは、歴史を勉強してよくわかることは、将来は予測できないということです。
だから、どんな時代でもロールモデルにはならないんです。その時々で時代背景が全く違うので。でも、似たようなことが課題として起こった時代はたくさんあります。まさに歴史は繰り返されるというやつですね。
たとえば、──実際どうかはともかくとして──「国(政治家)にもっとしっかりしてほしい」と憤っている日本人は多いのではないかと思うのですが、同じように感じていたのが中国歴代王朝の末期に生きていた民衆たちです。リーダーシップが発揮されないとか、既得権益がえげつないとかいう不満が、民衆の間で渦巻いていました。
その時代を知ることで、対処法は見えないまでも、「おそらくこういうことがその後に起こるだろう」とか、「こういう心理になるだろう」ということはわかります。
確かに今の日本に不満をもつ人は多い。でも、その程度ではおそらく世の中は変わらない、ということがわかります。
なぜなら、命が直接脅かされない限り、人は本気では動かないからです。
既得権益を“ぶっ壊す”ことはめちゃくちゃコストがかかるからです。だから自分の家族が全部犠牲になってもいいぐらいの覚悟を持つ人達が、大勢出てこない限りはそうならない。そんなことが日本であったのは、明治維新と第二次世界大戦後ぐらいです。
ですが今後、介護問題がより深刻化し、消費税が50%位になったりすればわかりません。施設に親を入れられず、自分で介護しないといけないから収入が減って、なけなしの金で物を買っても半分税金で持っていかれ、当然贅沢なんてできないし、結婚もできない、子供も育てられない、このままじゃ死ぬしかない……となったときには、さすがに「マジでふざけんな!」となるはずですから。
その時に政治家が、今と同じ感じでやっていたら、もしかしたらっていうのはあります。だから、そうならないように、政治家も私達個人も、歴史を学ぶことで、「多分こういうふうになるだろうから、こうしようと」と、早め早めの対策をとることが肝心なんじゃないかと思います。
高杉晋作 ― 封建社会をぶっ壊す!明治維新序章【COTEN RADIO #89】
(前編 了)
写真 sono
インタビュー いからしひろき
編集 徳間書店