Because, I’m
サーフィン・ジャーナリスト 後編
波と遊べるひとたちの話
サーフィンには、サッカーやバスケみたいな「ゴール」もなければ、アイススケートのように「4回転ジャンプが成功したから勝ったね」というわかりやすさもない。でも、つのださんの話を聞いていると、誰でも分かる評価基準だけがいいのか?という気もしてくる。その時、その場所の海に従って、試合の細かいルールを変えていかれるという、それこそがとてもサーフィン的であるような気がするのだ。サーフィンは試合である以前に、カルチャーであり、アートでもある。遊びであり、生き方のスタイルでもあり、自然への向き合い方でもあるから。
Q. 前篇でざっくりとしたルールを教わったところで、すごく基本的な質問です。「波に乗る」ってどういうことなんでしょうか?サーフボードでどうやって自由に進めるのでしょうか。
水にビート板を沈めて、手を離すとスポンと出てきますよね。これと波がビーチに向かって進む力がサーフィンの推進力です。サーフボードも、外側は硬いですが、中はビート板みたいなもの。水に沈めて離すと飛び出します。これを、どういう角度で、どう沈めるかで、どこにどう行くかが決まるわけです。
つまり、言ってみたら、サーフィンとは「ボードをどう沈めるか」というスポーツでもある。上手いサーファーには、どういう波にどう沈めると、どういう軌道を描くのかが見えているんです。ボードは浮いているようなイメージだと思いますが、よくみれば必ず一部は沈んでいます。
最近人気のあるエアー(空中技)も、この原理で空中まで飛んでいます。しかも、自分が空中にいる間にも波はビーチに向かって進んでいます。落下した後、また波に乗るためには、波に追いつかなきゃいけないですよね。そのためには、ちょうどいい場所に着地できるような飛び出しの角度が必要で、いい角度に飛び出せる波というのがある。それに乗っているわけです。
ついでに、なぜストラップもつけず、ボードが足から離れないのかというと、風で押さえているからです。それには、強すぎず、弱すぎず、ちょっとビーチに向いている向かい風がいい。だからエアーを決めるということは、風と波を選ぶことでもあるんです。すごいでしょ(笑)
なんでそんなことできるのって思うけど、これはひたすら、経験と練習の賜物。
大迫力のエアー!つのださん一押しのガブリエル・メディーナ(Gabriel Medina)
Q. そんなにすごいのに、大した点数にならないときもあるわけですね。
今でこそ人気ですが、エアーをやっても1点ももらえない時代だってあったんですよ。評価されるポイントは、時代によっても変わるんです。エアーが評価されはじめたのは、90年代以降くらいでしょうか。評価されなかった理由は、やはり、新しかったから。こんなものはサーフィンじゃない!っていう人はいつでもいるんですね(笑)
でも、波から飛び出して空中で回るなんてすごいから、ギャラリーも盛り上がる。そうやってだんだん広がっていった。だから単純に「すごい!」っていうのも大事です。あとは、スケートボードの影響も大きいでしょうね。たぶんカリフォルニアのサンクレメンテとかの、スケーターでサーファーでスノーボーダー、みないな、連続したカルチャーをもった人たちから始まっていると思います。
Q. サーフィンて、単に大きな波に乗ればいいというものではなくて、もっと繊細な観察に基づくものだったんですね。
もちろん、波は大きければいいというものでもなくて、大きくてもクソみたいな波もあるし、小さめのすごくいい波というのもある。
波って、その下の海底の岩や砂の形と同じように割れるんです。だから底が岩の場所ではそのとおりの波ができる。でも底が砂だと、波や干潮か満潮かによっても形が変わるので、いいスポットがころころ変わります。湘南なんかもそうですよね。ただ、底が岩でも、上に砂が溜まってしまうと地形が変わってしまうこともあります。ほんとうに、海には2つとして同じコンディションがない。
でも、上手い人たちは波の割れ方を見ただけで地形がわかる。波の割れ方をみただけで、どういうラインで波に乗るかまで考えられるんです。だからどんなところでも波に乗っちゃう。海が見れる人たちなんです。昔の船乗りみたいですよね。
Q. きっとそうやって海路を見つけながら、太古から人類は海を渡ってきたのですね… 海人たちのかっこよさに、試合を見る目も変わります。ここでいったん「観戦」に戻って、いま、勢いのある選手を教えてください。
イタロ・フェレイラ(Italo Ferreira)、ガブリエル・メディーナ(Gabriel Medina)というブラジル勢は強いです。フェレイラは2019年のワールドチャンピオンで、エアー技の速さと、着地のバランスが圧倒的。メディーナは2014年、2018年のワールドチャンピオンで、私が世界でいちばんうまいと思っている人でもある。チューブも上手だし、エアーも決まったときの迫力はダントツです。しかも、毎年、殻を破って進化している感じがするのが何よりすごいなと思って見てます。ほかには、カリフォルニアのコロヘ・アンディーノ(Kolohe Andino)とか、ハワイのジョン・ジョン(John John Florence)がトップクラスかな。
女子だったら、カリッサ・ムーア(Carissa Moore)かステファニー・ギルモア(Stephanie Gilmore)あたりが注目です。カリッサはハワイ出身で、男の子みたいな、力強いサーフィン。ステファニーはオーストラリア出身で、長い手足で優雅で美しいサーフィンをする。
来年、オリンピックが開催されるかどうかはわかりませんが、いつも見ている千葉の波でも、たぶんこの人たちが乗ったら全然違って見えると思います。そこはまず見てほしい。何より、スピードが違う。どんなスポーツもそうだと思いますが、上手い人は速いんです。
あとは、出場者の写真をならべて、顔が好みの人をまず応援してみる、っていうくらいでいいと思います。細かいところは、見ているうちに、だんだん掴めてくるから。
Q. サーフィン=ハワイのイメージでしたが、ブラジルも強いんですね。
サーフィンの発祥地であるハワイはやはり、最高のサーフスポットですし、生活に根付いた、ローカルなサーフカルチャーがすごくあります。それゆえか、旅先の不利な条件で頑張ってまで国際大会に出たくないという、「波の贅沢病」みたいなところがありますよね(笑) 地元のあんないい波をさしおいて、千葉で乗りたくない(笑) だから昔から、ハワイアンにも素晴らしいサーファーがたくさんいるのですけど、ワールドチャンピオンはそこまで多くない。でも、いま名前を挙げた人たちは来ると思いますけどね。
Q. 前回は、場所ごと、その日の海のコンディションごとに評価の基準は変わると伺いましたが、基準は変わっても、高得点を出すポイントというのはあるのですか?
やっぱり、まず波を選ぶこと、そしてミスをしないことです。ミスをしないというのはどのスポーツでも一緒ですが、まずいい波が来ないと始まらない、というのは、自然相手のスポーツであるサーフィンのおもしろいところかもしれません。
波が大きくなればなるほど、ほんの少しのミスでひっくり返ってしまうので、ひっくり返った原因を考えながら見るのもおもしろいですよ。風にあおられたのか、コブ(波の表面の凸凹)をボードが拾ってしまったのか、あるいは思ったより良くない波だったので、あえて演技を中断することもあります。
Q. 試合の優勝者=世界一という簡単なものでもないわけですね。
結局のところ、サーフィンでは試合で勝った人が、必ずしもいちばん上手いサーファーだというわけではありません。勝った人は、その試合、その場所、そのコンディションでいちばんいい点数を取ったということでしかない。
だから勝ったのはこの人だけど、あっちのほうが好きだったなとか、そういう見方でいいものなんだと思います。サーファーの「スタイル」は点数にならないけど、この乗り方が好きとか、ガニ股が嫌いとか、そんなでもいい。スポーツとしてどこまで成立するのかはともかく、見る方も、あんまり得点に縛られずに、もっと自由に楽しんだらいいんです。
そもそもサーフィンて、カルチャーだったり、遊びの要素が強いものだから。例えば、どの波を選ぶか、から始まって、テイクオフ(ボードの上で立つ)からどういう道筋を描いて、どんなマニューバー(技)を決めにいくか。選び方には個性やその人のスタイルが出ます。
それに、毎日、毎時間コンディションが違う自然と向き合う行為でもあるし、サーフィンが生活の一部になっている人たちにとっては暮らしの一コマでもある。だから、競技は、サーフィンの一つの側面でしかないとも思います。
Q. 最後に、ワインとサーフィンには不思議なつながりがあるとか?
あるとき気づいたんですが、サーフィンのワールドツアーをやるエリアって、ほとんどワインの名産地なんですよ。オーストラリアなら、マーガレット・リヴァーやヴィクトリア。フランスならボルドーの少し南。ほかにも、ポルトガル、カリフォルニア、南アフリカ、アルゼンチンとチリ…… 大会の取材で行くところは、全部ワインで有名なところだった。ぶどう畑は海から近い場所も多いので、サーフィンを見に行ったついでにワイナリーに行っておいしいワインを飲む、みたいな旅をしてみるのも素敵だと思います。もちろん、おいしいワインのついでにサーフィンでも!
(了)
写真 間部百合
インタビュー 今岡雅依子(μ.)