Because, I'm Because, I’m<br>ピアノ調律師 後編
Interview 14 / 越智晃さん

Because, I’m
ピアノ調律師 後編

知れば知るほど、ピアノの音色は尊く美しい。

半音の1/100の音の違いを聴きわける。

オーケストラにも相当する豊かな音域をもって、聴く者に感動を与えるピアノ。前編では、ピアノという楽器がどのように音を出すのかという仕組み、とてもデリケートな楽器ゆえ季節や環境、経年などの影響を受けやすいことを教えていただいた。ピアノは音が変わりやすい楽器なのである。こういった負の変化に対して、ピアノは調律することでしか修正をすることができない。では、プロの調律師とはどのようなことをするのだろうか。お話をお聞きすると、そこには、音の世界を操る、常人の域を超えた精妙な世界が広がっていた。

※タイトル写真:ファツィオリジャパンの社長でピアノ奏者でもあるアレック・ワイルさんと。

Q. ではいよいよ調律師がどのようなお仕事なのかを、いろいろと教えていただければ。

主に3つの柱があります。その1つが「調律」で、前述したように弦の張力を調整して、音階をつくること。2つ目は「整調」といって、ピアノの鍵盤の弾き心地(タッチ)を整えることです。そして3つ目が「整音」で、これは音色や音質を調整する作業になります。まずは調律方法ですが、1鍵(単音)を合わせることを「ユニゾン調律」といいます。ピアノの弦は、1鍵につき複数あり、各弦の周波数が微妙にずれることで、音の干渉が生まれ、ワンワンワンという音の波が聞こえるんですね。このワンワンというのをうなりと呼んでいます。たとえば、440ヘルツと443ヘルツの弦の場合だと、誤差が3ヘルツなので、うなりが1秒間に3回聴こえるわけです。こんな風に変なうねりがあると音が澄んで聴こえないんです。

調律では、音の「うなり」を聴くのが基本。チューニングハンマーで弦の張力を加減しながら、うなりを調整する。

やることは、真ん中の弦を「基音」として固定し、他の2本の弦のうなりを調整します。具体的には、鍵盤を弾いて音を出し、音のうなりを聴きながら、チューニングハンマーでチューニングピンを回します。ピンを緩めれば周波数は低く、締めれば高くなる。ただ、うなりを全て消すと、音の余韻や伸びがなくなることもあるので、響きの豊かな音になるよう微調整もします。そこは、調律師の感覚に任される部分ですね。

ピアノの弦は1つの鍵盤につき基本3本が張られている(低音の一部は1~2本)

チューニングピンにチューニングハンマーをセットしたところ。回す量は調律師の“手加減”である。

音階は「平均律」という調律方法で行います。平均律とは1オクターブ(12音)の音程をほぼ等間隔に平均化する方法です。たとえば、まず鍵盤の真ん中あたりにある「ラ」の音をチューナーなどで442ヘルツに合わせる。それを基音として隣の音と比較していき、音の高さを調整していく。このときも、2音間のうなりの数に注目し、1秒に1回、2秒に1回などと聴き分け、調律します。1オクターブの音階が完成したら、さらに全音域へ広げていきます。最終的には、中央の「ラ」の音が442ヘルツなら、その1オクターブ上の「ラ」は884ヘルツ、3オクターブ上は1768ヘルツと、オクターブごとに倍になります。「平均律」に合わせることで、ハ長調やイ短調などどんな調の曲を弾いても変に偏ったうなりが出ないのです。チューニングピンを回すと言いましたが、本当に回したか回さないかのわずかな動きで行います。数値にしたら、1セント(半音の100分の1)の精度でも変わりますので。

全体の音のバランスを整え、弾き心地や音色を弾き手の好みに合わせて調整することもある。

次に、「整調」ですが、これはアクション部分(鍵盤とメカニック)の調整です。鍵盤の下を見ると丸いフェルトと紙が何枚か重なっているのですが、その紙の枚数を足したり引いたりして鍵盤の高さや深さを調整するんです。また、メカニックの中にスプリングがあるのですが、この強さを調整してタッチを変えたりします。こうして、連打がしにくい、音の強弱がばらつくといった問題を解決し、奏者の好みの弾き心地に整えるわけです。

鍵盤の下の丸い紙の枚数の調整

メカニックのスプリングの調整

ハンマーの弦跡のチェック

「整音」は主に音色の調整ですね。たとえばピアノには多彩な音色があり、華やかな音や輝くような音、曇りがかった音など弾き手によって好みがでます。メーカーによっても音色に個性があるのです。ファツィオリならばクリアーで透明感のある音、人の声のような温かみがある音といわれることも多いです。
そういった持ち味に加えて、コンクールなどではピアニストから音色についてのさまざまなリクエストを受けます。音をもっと「柔らかく」、「温かい音」にしてほしいなどイメージで要求されます。「鍵盤を柔らかく」、「鍵盤を重く」という表現もあります。柔らかくするのであれば、潤滑剤などを使って摩擦を少なくすると動きがスムーズになり、柔らかく感じる。逆に重くするのであれば、ハンマーと弦との距離を広げたり、鍵盤の深さを微妙に深くすることで重く感じさせることができます。

2010年のショパン国際ピアノコンクールでは、ファツィオリを選んだピアニストは4人いましたが、軽い鍵盤と重い鍵盤とで好みが二手に分かれました。たとえば、ロシアのダニール・トリフォノフはとにかく軽いことが希望だったので、鍵盤の摩擦を極力少なくすることで軽いタッチになるように調整し、フランスのフランソワ・デュモンは重い方がいいということで、鍵盤のハンマー側に重りをつけるなどして対応しました。
2人は、ファイナルまで残り、トリフォノフは3位に輝き、デュモンは5位入賞を果たしました。調律は各メーカー毎に3時間程与えられたのですが、割り振られた時間帯は夜中や早朝で、コンクール中まともに寝られませんでした。でも、ファツィオリを選んだ4人のピアニストが全員一次を通過したときは、飛び上がるほど嬉しかったですね。

越智さんにとって大きな飛躍となった『2010年ショパン国際ピアノコンクール』で使用されたF278(越智さん所有)

「整音」では、主にハンマー部分の調節をします。たとえばハンマーフェルトに針を刺したり、硬化剤を塗布したりと。度を越した作業はハンマーにダメージを与え、元のハンマーの状態にはもどらないのですね。僕は、楽器にあまりダメージを与えないような作業を心掛けています。
そこは、調律師の技術と判断力が問われるところといえますね。

調律は緻密な作業ですが、スピードも重要で、普通は一台のピアノであれば、調律から整音まで2時間くらいで行います。調律師は聴力も必要ですが、手先も不器用よりは器用な方が有利かもしれませんね()

Q. お話をお聞きすると、調律師には、並外れた聴力とか、絶対音感なども必要なのでは?

いえいえ、そんなことはないです。調律師になるためには、繰り返した訓練が必要で、その訓練によってうなりも捉える事ができ、数も数えられるようになります。特に僕らは朝から晩まで音と向き合う訳ですから、集中力と忍耐力も必要です。
音って生活のあらゆるところに溢れているじゃないですか。よく聴いてみると、一つの音の中に必ず違う音が混じっている。人の話し声、騒音、生活音、風の音、楽器の音。そんな視点でいつも音を聴いてみると、面白いかもしれませんよ。

周波数のうなりを正確に捉える聴力は毎日の訓練と努力によって磨き上げられる。

Q. 今回の調律のお話を聞いて、ピアノに対する感じ方が変わった気がします。最後に、越智さんにとって、ピアノとは何でしょうか。

ピアノという楽器は新品のときがピークではなく、人間の赤ちゃんの様にどんどん成長していくのですね。最初は木も新しいし、まだいろんなところに歪みがあると感じます。それが弾かれることによって、その歪みがだんだん楽器自身の心地良いところに落ち着いていく。特に品質の高いピアノほど1年、2年、3年と時間が経つごとに音の伸びや深さがでてくるのです。

もちろん、どんなピアノでもいつかはピークが去り、徐々に下降線をたどるでしょう。でも良いピアノほど、大きく成長して、ゆっくりと落ちていく気がします。それだけ息が長い。人の人生は80年、90年くらいだけど、ピアノは100年以上もつ楽器です。調律師はそんなピアノの一生の一部分に関わっているわけで、無理に楽器の個性を変えようとしたり、ダメージを与えるようなことはしたくない。楽器の成長をじっくりと見守ってあげることも僕らの仕事なのではないかと思っています。

後編(了)

【FAZIOLI紹介】
1981年イタリアのパオロ・ファツィオリ(Paolo Fazioli)によって創業。以来、最上の素材と最先端の技術を用いて、一台ずつ綿密な手作業によって製造するという信念を貫いている。他メーカーが毎年数千台製造するなか、ファツィオリの年間生産台数は130台ほどだが、各国際ピアノコンクールの公式ピアノに認定され、有名コンサートホールでも次々と採用されるなど、高い評価を受けている。ダニール・トリフォノフ、ハービー・ハンコック、スタニスラフ・ブーニン、アンジェラ・ヒューイットなどの著名なピアニストたちをはじめ、反田恭平、ヴァディム・ホロデンコ、ボリス・ギルトブルクなどの若手ピアニストたちからも注目されている。
また最近では、北海道・中札内村(なかさつないむら)が、「令和2年音まちプロジェクト」の一環としてファツィオリのピアノを購入して話題となる。

ファツィオリジャパン公式サイト https://fazioli.co.jp/

写真 sono
インタビュー 歌代幸子
編集 徳間書店

越智晃さん

おち・あきらさん
1972年東京都生まれ。ファツィオリジャパン調律師・コンサートチューナー。小学生の頃からピアノを習っていたのがきっかけで、調律師を志す。国立音楽大学の別科調律専修を修了後、当時のスタインウェイ&サンズ社の日本総輸入代理店とスタインウェイジャパンで15年ほど勤務。その頃、初めてファツィオリのピアノに触れ、その音に衝撃を受ける。創業者のピアノづくりへの理念に共鳴し、2008年にピアノフォルティ(現ファツィオリジャパン)に入社、現在に至る。ファツィオリが公式ピアノに認定されている国内外のコンクールでもコンサートチューナーとして活躍している。

Because, I’m<br>ピアノ調律師 後編

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