Because, I'm Because, I’m<br>ピアノ調律師 前編
Interview 14 / 越智晃さん

Because, I’m
ピアノ調律師 前編

知れば知るほど、ピアノの音色は尊く美しい。

ピアノについて知っていますか?

世界で開催されるピアノコンクールのうち、最も古く最も権威があるとされ、ピアニストの夢といっても過言でないのがポーランド・ワルシャワで行われる『ショパン国際ピアノコンクール』(1927年~)だ。世界的なピアニストたちがしのぎを削るなか、もう一つの見どころは、水面下で繰り広げられるピアノメーカーたちの戦いだ。スタインウェイ、カワイなどの有名メーカーに並び、イタリアの新興メーカーであるファツィオリが初めて大会の公式ピアノに認定された2010年。ファツィオリを選んだピアニスト・2人が入賞を果たし、調律を担当した越智晃さんは『100万人に一人の逸材』とマスコミに紹介され、脚光を浴びたのだ。あの時から11年。ファツィオリジャパンに越智さんを訪ね、改めてピアノの魅力と、調律の妙についてお聞きした。

※タイトル写真:世界最大のコンサートグランドピアノF308(奥行308㎝)と越智さん

Q. 今日は調律についてお聞きしようと思っているのですが、実はそもそもピアノについてあまり知らないことに気づきまして……

そうですね、ピアノって「弾く」といいますが、実は、打楽器や弦楽器の要素も合わせ持ったいわば鍵盤打楽器なんです。ピアノには88の鍵盤があり、それぞれの鍵盤には、「ハンマー」が連動されています。指で鍵盤を押すとハンマーが弦を叩き、振動が生まれます。その振動が、ピアノ内部にある、響板に伝わって空気を揺らす。スピーカーと同じ原理で、空気が振動することで音となって聞こえるのです。叩く力によって、振動エネルギーが大きければ音も大きく、小さければ音も小さくなる。この仕組みはアップライトでもグランドピアノでも一緒です。

鍵盤を押すと、羊毛のフェルトが巻かれた“ハンマー”が弦を叩く。弦の振動がピアノ内部の“響板”に伝わり音となる。鍵盤を含めたこの仕組みを‟アクション”と呼ぶ。

音には、「大きさ」「高さ」「音色」の3つが要素としてあります。音として伝わる波のことを音波と言いますよね。音の大きさは音波の「波の幅」に比例し、幅が大きいと音が大きく、小さいと音が小さくなります。音程(高さ)は、「波の数」に比例します。波の数とはいわゆる「周波数(ヘルツ)」のことで、数値が少なければ低くなり、多くなるほど音も高くなります。
88の鍵盤があるピアノは、周波数で表すと27.54186.009ヘルツの音が出せるのです。

ちなみに、人間の耳は20ヘルツから2万ヘルツまでの範囲の音を聴き取ることができますが、音階として聴き分けられる上限はせいぜい4000ヘルツくらいまで。これはピアノのもつ音程とほぼ一致します。つまりピアノは人間が聴こえる音の範囲をフルに使って、豊かな表現ができる楽器なのです。そんな楽器はピアノだけで、オーケストラと比べると、一番高いピッコロと同じ高い音がでて、かつ一番低いコントラバスよりも低い音が出る。一台のピアノがオーケストラのすべての楽器をカバーできる。ピアノが楽器の王様と言われる理由はそんなところにあると思います。

弦が張り詰められたコンサートグランドピアノの内部。弦の下一面に“響板”が設置されている。この響板に振動が伝わり、音となる。

Q. ピアノの中を見せていただきましたが、木材や羊毛など、天然の素材が多く使われているのですね。

はい、そのためピアノはとても繊細な楽器で、湿度や温度に敏感なので、季節や環境によって変化しやすいのです。また、ピアノには88の鍵盤があり、複数の弦が張られています(中・高音部と一部の低音部は1鍵につき3本、残りの低音部は12本)。弦の総数は220240本ほどで、弦の張力は1本あたり約90kg。合計すると約20トンもの張力が1台のピアノにかかっているわけです。時間の経過や環境の変化にともなって、弦にも微妙なゆるみがでて音程の狂いが生じます。こういったピアノのバランスの乱れは自然に直ることは絶対にありません。そこで、調律という作業が必要になってくるのです。

Q. ピアノの音の仕組みがよくわかりました。音のお話は子供の頃の科学の授業みたいですね。越智さんはもともと科学とか、機械いじりとかがお好きだったのですか?

そうかもしれません。僕は5人きょうだいの末っ子で、姉たちとともに小さい頃からピアノを習っていたのです。小5のとき、教則のカセットテープに合わせて練習してみたら、音が合わない。楽譜通りに弾いているのに変だと。そこで試しに半音上げて弾いてみると、テープと同じ音になったのです。「うちのピアノはおかしいよ」と家族に話すと、買ってから一度も調律していないことがわかり、初めて調律師さんにみてもらったら、ぴったり合った。

今思えば、あれが僕の出発点です。そこで調律師という仕事を知り、ピアノを弾くより、がぜんピアノの内部に興味を持つようになったのです。小遣いを貯めてチューニングハンマーまで買って、家のピアノをいじり始めた。もともといろいろな機械の中身を開けて見たり、ばらしたり組立たりするのが好きだったということもあります。
うちへ来てくれる調律師さんは、何だかやりにくいなと思っていたかもしれません。なにしろ本棚には調律の本がずらーと並んでいたんですから()

チューニングハンマーは調律師の手となる大切な道具。下は小学生の頃1万円で買った思い出の品。上は現在使用中のもの。

前編(了)

【FAZIOLI紹介】
1981年イタリアのパオロ・ファツィオリ(Paolo Fazioli)によって創業。以来、最上の素材と最先端の技術を用いて、一台ずつ綿密な手作業によって製造するという信念を貫いている。他メーカーが毎年数千台製造するなか、ファツィオリの年間生産台数は130台ほどだが、各国際ピアノコンクールの公式ピアノに認定され、有名コンサートホールでも次々と採用されるなど、高い評価を受けている。ダニール・トリフォノフ、ハービー・ハンコック、スタニスラフ・ブーニン、アンジェラ・ヒューイットなどの著名なピアニストたちをはじめ、反田恭平、ヴァディム・ホロデンコ、ボリス・ギルトブルクなどの若手ピアニストたちからも注目されている。
また最近では、北海道・中札内村(なかさつないむら)が、「令和2年音まちプロジェクト」の一環としてファツィオリのピアノを購入して話題となる。

ファツィオリジャパン公式サイト https://fazioli.co.jp/

Because, I’mピアノ調律師 後編はこちら

写真 sono
インタビュー 歌代幸子
編集 徳間書店

越智晃さん

おち・あきらさん
1972年東京都生まれ。ファツィオリジャパン調律師・コンサートチューナー。小学生の頃からピアノを習っていたのがきっかけで、調律師を志す。国立音楽大学の別科調律専修を修了後、当時のスタインウェイ&サンズ社の日本総輸入代理店とスタインウェイジャパンで15年ほど勤務。その頃、初めてファツィオリのピアノに触れ、その音に衝撃を受ける。創業者のピアノづくりへの理念に共鳴し、2008年にピアノフォルティ(現ファツィオリジャパン)に入社、現在に至る。ファツィオリが公式ピアノに認定されている国内外のコンクールでもコンサートチューナーとして活躍している。

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