Because, I'm Because, I’m<br>かつお節伝道師 前編
Interview 22 / 永松真依さん

Because, I’m
かつお節伝道師 前編

知れば知るほど、かつお節は日本人のソウルフード。

「本枯節」はかつお節の最高峰

世界文化遺産に登録されたたり、海外でも人気が高まっている和食。和食に欠かせない出汁をとるかつお節も注目され、その旨味や味わいに魅了される人が増えている。そんなかつお節をこよなく愛し、東京・渋谷で「かつお食堂」を営む永松真衣さんは、日本各地の鰹の漁港やかつお節工場を回遊のごとくめぐり歩く。まさに「かつお節伝道師」として活躍する永松さんに、その奥深い魅力を聞いてみた。

Q. かつお節といえば日本の家庭では昔からお馴染みの食材ですが、永松さんはどんなところに惹かれたのでしょう。

かつお節は決して華やかではないけれど、人を笑顔にするし、心を温かくしてくれるパワーがあります。私はいろんな地域へ行って、かつお節を削っていただいたり、出汁をひいて味わっていただいたりする活動もしていますが、国内外を問わず、いろいろな方の心に響くんです。「日本の味っていいね」「出汁の香りにホッとする」と言葉をかけてもらうことが多く、かつお節は日本人の心を支えている源流だと実感します。

ルーツをたどれば、私たち日本人は縄文時代からお魚の鰹を食べていました。今では沖合まで出ないと釣れないイメージがありますが、昔は日本の近海沿岸にうじゃうじゃいたらしいのです。鰹自体は鮮度が落ちやすいお魚なので、時代ごとに保存の仕方を高めながら食べ続けてきたことがわかっています。
縄文時代は普通に鰹を切って干していたものが、土器が発明されて煮るということが始まります。室町時代に入ると、わらを火で燻して、その煙で燻製にしていました。やがて江戸時代の後半には、カビを付けて発酵させたかつお節が発見されたのです。

それはなぜかというと、当時の輸送方法に関わっています。遠方へ運ぶためには海路を利用しましたが、長い船旅の途中でかつお節にカビが生えてしまい、それをぬぐい落して干すことを繰り返していたら、より美味しくなると気づいたようです。カビを付けて発酵させるかつお節が江戸後期にできあがり、それが「本枯節」と呼ばれるようになった。かつお節の最高峰といわれるものなのです。

かつお食堂を一人で切り盛りする永松真依さん。愛称は「かつおちゃん」

Q. 日本の家庭でかつお節が使われるようになったのも江戸時代からなのですか?

かつお節削り器が登場するのは明治時代になってからです。それまでもナイフで削って食べたりしていたようですが、どちらかというと縁起物として奉納したり、古くは税金の一つとして納めていた時代もありました。かつお節は高価なものだったので、高貴な人が食べるものだったんですね。それが、明治時代にエンジン船ができたことで鰹漁が盛んになり、かつお節がたくさん作られるようになります。かつお節削り器もどんどん普及し始め、昭和の時代に入るとより広く庶民の生活に浸透していきました。その当時は一家に一台が当たり前だったんです。

本来の「本枯節」の作り方は、まず「生切り」といって、生の鰹の頭を落として内臓を取ったものを3枚におろし、さらに血合いの部分を境に背の部分と腹の部分に分けます。それを「煮熟」といって、煮窯に入れて長時間煮ることで、鰹の身が固くしまります。
煮熟が終わったら、骨抜きをして、その骨のまわりについた身をかき集めたすり身を節に塗ります。それをカシやナラなどの堅木を燃やした煙で燻した後、いよいよ「カビ付け」をします。カビといっても、優良なカビは鰹節内部の水分を取り除き、節を枯れさせて保存性を高めてくれます。脂肪分を分解して、香りを劣化させる成分を取り除くとともにより良い香りを醸し出すのです。カビが2週間くらいで育った頃に天日で干し、この作業を3回以上繰り返すことでかつお節の水分は15%以下になり、カビも付かない状態になる。これで「本枯節」が完成するのです。

こうして半年以上かけて作られる昔ながらの「本枯節」は、全体の生産量の3%しかない希少なもの。やはり高価なので、世の中に広く出回ることはありません。とはいえスパーにも「本枯節」が置かれ、わりと安い値段で売られているものがあります。それは決して品質が悪いわけではなく、定義をクリアーした上で途中の工程を省いているのです。

削り器でかつお節を削る。力任せに削ると荒くなってしまうので、鰹の気持ちになって力を加減してあげるのが削りの極意という。

削りたてのかつお節は薄くふんわりとやわらかい。手の平に盛ると淡い色の花びらのように美しい。

Q. 「かつお節伝道師」の永松さんがこだわるのは、やはり昔ながらの「本枯節」ですね。

私がこの本枯節にこだわるのは、半年以上かけて作る工程の中に作り手の熱い思いが込められているからです。まさに子育てするような思いや職人さんの人柄がうかがわれるので、私もその愛を受けとって削らせてもらう。愛があるものじゃないと自分自身も伝えられないし、食べる人の心に届かないと思うのです。

本枯節は、鰹を3枚におろした後で背の部分と腹の部分に分けるので「背節」と「腹節」があります。「背節」は脂肪分が少ないので、削ったときに粉になりにくい。筋肉質なので「男節」ともいわれます。あっさりした味わいなので、懐石料理のお吸い物のような繊細な出汁をひくときに好まれます。一方、「腹節」は脂肪分が多いので、「女節」とも(笑)。パンチのきいた深いコクのある出汁をひけます。しっかり味付けする煮物やお味噌汁に向いています。削ったときに粉になりやすいのですが、その粉もふりかけなど使い道がありますし、ラーメン屋さんでスープをとるときに使う方もいます。

一般には、かつお節は4.5キロ以上の鰹が背と腹に分けられて作られるのですが、2キロ程度の小さい鰹は、「亀節」といい背と腹を分けないで作られます。形状が亀の甲羅に似ていることからこう呼ばれ、縁起がいいということで年末に神社に奉納されるものもあります。手頃な大きさなので削りやすく、背と腹の両方を使い分けられるのでこれがいちばん好きという人もいます。

鰹の背の部分でつくった「雄節」(上)は、あっさり上品な出汁に。腹の部分でつくった「雌節」(下)を使うと出汁に深いコクが出る。

小ぶりの鰹からつくる「亀節」は背と腹が合わさったもの。両方の味わいを楽しめ、初心者の人でも削りやすい。

Q. かつお節というと出汁をひくのに使っても、食べる機会は少ないように思いますが、かつお節自体にも栄養があるのでしょうか。

かつお節には人の体内で合成されない必須アミノ酸がすべて含まれていて、栄養満点なんですよ。脂肪や水分が抜けて、たんぱく質の塊なので、骨や皮膚、毛髪を作ってくれる元になるもの。血合いの部分も食べれば鉄分が取れる。昔の食育の本には「子どもにかつお節を」というタイトルがあったほどです。
戦時中には一升瓶の水とかつお節を持って逃げたというおじいちゃんの話も聞きました。かつお節には栄養があって、持ち運びが便利、保存も効くので、戦国時代には携帯食にもなっていたそうです。
鰹のお刺身はそんなに量を食べられなくても、かつお節なら栄養がギュッと凝縮されたサプリメントみたいな感じでちょっと食べるだけでもいい。たこ焼きの上にのせれば、苦手な人も具材と一緒にたっぷり食べられますよね。

かつお節には臭覚を刺激する美味しさもあります。本枯節には約400種類の香りがあるといわれていて、いまだに発見されていない香りもあるそうです。かつお節を作る工程の中でも、燻すときとカビを付ける作業によって味わいや香りが醸成されていくといわれます。その香りが食べたときに満足感を与えてくれるのです。

かつお節は人を笑顔にするし、心を温かくしてくれるパワーがあると最初にお話ししましたが、うちの店へ来てくれるお客さんからもよく聞きます。お店は地下なのでわかりにくいけれど、「出汁の香りをたどって来ました!」という方もいらっしゃいますから(笑)。

(前半 了)

後編はこちら

かつお食堂

東京都渋谷区鶯谷町7-12GranDuo渋谷B1
営業時間:土日平日ともに、90013301300前後はなくなる可能性あり)
不定休 営業日・時間は随時、かつお食堂SNSでお知らせしています。
https://www.instagram.com/katsuoshokudo/

写真 sono
インタビュー 歌代幸子
編集 徳間書店

永松真依さん

永松真依(ながまつ・まい)さん
神奈川県出身。愛称はかつおちゃん。会社の受付嬢などの仕事をしながら夜はパーティやクラブ通いをしていた20代の頃、福岡の田舎に住む祖母を訪ねたことがきっかけで、かつお節愛に目覚めて人生が激変。以来、全国の鰹の漁港やかつお節工場を周るなどかつお節三昧の生活に。2017年より美味しい朝ごはんを食べてもらいたいと、削りたてのかつお節が堪能できる、「かつお食堂」をオープン。人気の「かつおめしごはん」は、温かいごはんに削りたてのかつお節がたっぷり。

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