Because, I’m
かつお節伝道師 後編
かつおちゃん、日本全国の産地をめぐる旅へ
ふんわり削りたてのかつお節をのせた熱々ご飯に、出汁の香りがきいた味噌汁。『かつお食堂』では昔ながらの「日本の朝ごはん」が人気の定番メニューだ。「かつおちゃん」と親しまれる店長の永松さんは、ねじりハチマキに「KATSUO100%」のTシャツ姿。カウンターでかつお節を削る姿は颯爽としてかっこいい。“かつお節愛”に目覚めたのは20代半ば。人生を変えたのは「おばあちゃんのお味噌汁」だった?
Q. そもそも、かつお節に魅せられたきっかけとは何ですか?
あるとき母から「おばあちゃんのところへ行ってきたら?」と勧められたんです。いつまでもフラフラと遊んでいる娘が心配だったのでしょう。
学生の頃から夜遊びが好きで、外食といえばマクドナルド大好き。フライドポテトを食べるとお腹が満ちて、お酒を飲んでもあまり酔わないでしょう。深夜12時頃から、六本木や渋谷のクラブへ通うような毎日でした(笑)。就活もせずに派遣の仕事を続けながら、そんな生活をしていたので、親からすれば「いい加減にしろ!」と。そんなときに母から福岡で暮らす祖母の家へ帰ってみればと言われたのです。
数年ぶりに会うおばあちゃんは母から私の生活ぶりを聞いていたようですが、ことさら何か言うこともありません。ただ、いきなり戸棚からかつお節削り器を取り出すと、「これはおじいちゃんが私と結婚するときにくれたのよ」と嬉しそうに話してくれました。
おばあちゃんはもともと足が悪いので、あまり料理をしているイメージもなかったのです。うちではおじいちゃんが朝ご飯を用意してくれていて、私にとっては大好きなおじいちゃんがつくってくれるお味噌汁がいちばん美味しかった。でも、急に亡くなってしまったので、作り方を聞いておけばよかったという思いはありました。
すると、おばあちゃんは「おじいちゃんは前日から昆布を水に入れておき、かつお節を削って出汁をひいていたんだよ」と教えてくれました。「これは日本の味で、おばあちゃんも小さい頃から削らされていたの」と話しながら、かつお節をがりがり削り始めます。その姿がすごくカッコ良かったんですよ。おばあちゃんがつくってくれたお味噌汁も美味しかったけれど、何よりもかつお節を削る姿が美しくて感動しました。
その後、東京へ帰ってからも、かつお節が気になってたまらず、おばあちゃんに電話したのです。「大事にするから、おじいちゃんの削り器が欲しい」と。私は母と一緒に築地へ行って、初めてかつお節を買いました。
Q. そこからどのように人生が変わり、“かつお節愛”にはまっていったのでしょうか。
日本にはどのくらいかつお節を削っている人がいるのかなと思ったのです。これは昔の文化だから、都会の生活ではなかなか出会えない。とにかく田舎へ行ってみようと思い、東京から山梨方面の鈍行列車に乗って、ゆっくり旅することにしました。
景色を眺めながら、ここは良さそうだなと思って降りたのが上野原。駅前にバスが一台止まっていて、運転手さんに「あんた、珍しいものを持ってるな」と声をかけられたのです。私は削り器を抱えていて、「かつお節を削っている人を探しに来た」と言うと、いきなり金づちを取り出して、削り器の刃の調整をしてくれました。さらに「ここから1時間ちょっと乗ったところで降りてごらん」といわれ、バスでたどり着いたのは山あいの傾斜地西原という山村。傾斜地に畑で雑穀を育て、水車で蕎麦の実を挽いて蕎麦を打ち、山に入って山菜採りやイノシシ狩りをして暮らしているような集落でした。
そこで畑仕事をしていたおじいさんに出会い、「何かの撮影か?」と聞かれました。当時の私は茶髪で、10センチのヒールを履いたミニスカート姿。どうやら勘違いされたらしく、事情を説明すると「畑を手伝いなさいよ」と言われたのです。その後、お昼ご飯に呼ばれ、「かつお節を削ってよ」と頼まれたので、ぎこちなく削っていたら、「下手くそだな」とぽつり。おじいさんは戸棚から削り器を取り出してきました。私は心の中で「やっぱりここにいた!」と思いながら、削り方を教えてもらい、手打ち蕎麦をごちそうになったのです。
それから東京と西原との行き来するようになり、あるとき地元の子どもたちから「かつお節って、どうやって作るの?」と質問されました。実は私もかつお節自体の作り方を知らなくて、「じゃあ、見に行ってみよう」と決意。うちのおじいちゃんにも「すべては本物を知りなさい」と言われていたので、そこから日本各地のかつお節生産者をめぐる「かつお旅」を始めたのです。
Q. さすがの行動力ですね。かつお節の産地にはどんなところがありますか。
最初に訪ねたのは静岡県の南伊豆で、田子という漁港の町の鰹節屋 カネサ鰹節商店でした。私の思いを伝えると、かつお節の歴史や作り方を丁寧に教えてくれました。他にも鹿児島や高知などいろんなところで作っているから、「真依ちゃんが見に行って、『このかつお節はこんな料理に合うな』とか、いろいろ発見しながら広めていってくれると、良い流れが起きるんじゃないか」と背中を押してくれたんですよ。
3年半くらいかけて、南は沖縄の宮古島や石垣島から、北は宮城県の気仙沼まで、日本全国の産地をまわりました。なかでも鹿児島県が生産量の70%を占め、2割ほどを静岡県の焼津で、あとは三重、高知、宮城、千葉などの県で細々と作られています。製造現場では、職人さんととことん話し込み、一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだりしながら、信頼関係を築いてきました。
私がいちばん大事にしているのは作り手の思いです。お魚の鰹は自然の恵みで、人間と同じように一本ずつ個性があってそれぞれ肉質も違う。実際に切ってみないとわからないので、職人さんは切り分けながら、この鰹はどういう節にしていこうかと考えます。時には一緒にかつお節作りを手伝わせてもらいながら、製法を学び、鰹船に乗せてもらうことも。将来的には自分で船を持って、かつお節になる鰹の源流を追い求めていきたいとも思っています。
かつお節にもいろんな種類があって、作っている人によって味も違うこと、そして産地のことを知ってもらうと、食べる人の気持ちも変わるような気がします。目の前にご飯とお味噌汁が出てきたときに、ただ食べて美味しかったとか、自分には合わなかったとか、そういう評価で終わるのではなく、自然の恵みに感謝することから「いただきます」という言葉が心から出てくるのでしょう。私の役割は生産者と消費者の距離を縮めることであり、それを続けていくことで自分自身もアップデートしているのです。
Q. かつお節への愛が高じて、ついに食堂までオープンしたんですよね?
正直、私はお店をやりたかったわけじゃないんです。それまではいろんなマルシェに出店したり、クラブイベントやライブハウスなどでかつお節を削ったり、パフォーマンスをメインにしていました。すると、「かつお節が欲しいけど、どこで買えばいいの?」と聞かれることが増えて、ひとつの同じ場所で伝え続ける場が欲しいと思ったのです。
そんなとき、知り合いのシンガーのお姉さんがバーを始めたのでお祝いに行ったら、「かつお節をこれからどうしたいの?」と聞かれて、実は……と相談すると、「ここは朝昼使ってないから、何かやってみれば」と言われたんです。じゃあ、何をやろうかと考えたときに、美味しい朝ご飯を食べられるお店をやってみようかなと。そのバーを間借りして、2017年11月に「かつお食堂」をオープンしました。
基本のメニューは、削りたてのかつお節ご飯と一番出汁を使ったお味噌汁。もっとメニューが欲しいという方もいますが、かつお節の魅力を伝えるにはシンプルに味わえるものがいい。私もいろんな産地をめぐるなかで、炊きたてのご飯にかつお節をたっぷりのせてもらったことが最高の思い出だったので(笑)。
朝ご飯にこだわったのは、かつお節を削ったいい香りとお味噌汁で始まる日本の食生活を大切にしてほしいから。今の人たちはなかなか朝食にご飯とお味噌汁を食べる習慣も薄れてきているので、ちゃんとした朝ご飯を味わえるところを作ろうと思いました。
Q. 最後に、かつお節ビギナーに向けて、かつお節の選び方やお勧めの食べ方を教えていただけますか。
かつお節を選ぶときは、作る人の顔が見えるかどうかというのが大事なところ。築地などの市場やスーパーでも売っているけれど、私たち消費者に届くまでには問屋さんなどいろんなルートを通って生産者もわかりません。今はかつお節屋さんも自分たちの節を直接売っていくためにサイトを立ち上げている人が増えているので、「顔の見える生産者」のかつお節を選ぶといいですね。
実際に店頭で手に取って選べるときは、品のあるベージュ色のものがお勧めです。時々、青っぽい色のものがありますが、それはまだ「カビ付け」の段階で付けた青カビが成長中なので、これから香りや味わいも変化していきます。
本枯節には背節と腹節があるので、あっさりした風味がいいか、コクのある濃い味わいがいいかは自分の好みで選べばいいでしょう。ただ、初めて削るという人には腹節をお勧めしています。お腹の方が脂肪も多いから柔らかめなので、削りやすいと思います。そもそも本枯節は世界でいちばん固い食べ物といわれているので、削り器の選び方も大事です。刃がちゃんと研がれていること、さらにカンナの木の部分も伸縮するため変化するので、メンテナンスも大切なのです。
削り器は使いながら少しずつ上達していくもの。最初はがりがりと粉状になりがちですが、それでふりかけを作ってもいいし、私は「鰹スパイス」としてきんぴらごぼうや炒め物の調味料として使っています。削った花かつおはそのままお味噌汁の具材として入れると、ふわっと香りが立って美味しいですよ。
出汁のひき方は、料理人によっていろいろとありますが、私は原料がすべてを決めると思っています。かつお節は酸味が出やすいといわれるけれど、「顔の見える生産者」の良質なかつお節は旨味が勝るので、煮出しても何をしても美味しくなります。私の好きな出汁のひき方は、昆布を前日から水に入れておき、朝、火にかけたら沸騰直前に昆布を取り出して火を止める。そこにかつお節を入れて、そのまま10分静かに置いてから漉します。出汁に使ったかつお節も絞って刻み、ふりかけにしたり、炊き込みご飯に入れたり、全部食べられます。出汁をひいても、かつお節自体には栄養がほぼそのまま残っているんです。
削りたてのかつお節は冷や奴や野菜のお浸しなどにかけるのも定番ですが、私がいちばん好きな食べ方はやっぱり熱々のご飯にのせること。最近はお醤油ではなく、塩をかけるのがお勧めですね。
(後半 了)
かつお食堂
東京都渋谷区鶯谷町7-12GranDuo渋谷B1
営業時間:土日平日ともに、9:00~13:30(13:00前後はなくなる可能性あり)
不定休 営業日・時間は随時、かつお食堂SNSでお知らせしています。
https://www.instagram.com/katsuoshokudo/
写真 sono
インタビュー 歌代幸子
編集 徳間書店