Because, I'm Because, I’m<br>きのこリウム作家 後編
Interview 26 / 樋口和智さん

Because, I’m
きのこリウム作家 後編

知れば知るほど、きのこリウムは生きたアート。

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きのこリウムは粛々と進化し続ける。

きのこを育てるけれど、食べるためではなく、アートとして愛でて、その成長過程を楽しむ。「きのこリウム」は、きのこに関わるさまざまなジャンルの中でもきわめてニッチなジャンルといえる。それだけに、世界広しといえど樋口さんの先を歩く人はいない。樋口さんは、自ら模索しながらそれまでに学んだことを、『部屋で楽しむ きのこリウムの世界』という1冊にまとめている。多くの人たちにきのこリウムを楽しんでもらいたいためだ。過去には数多くの失敗も経験したというが、失敗は成功のモト。後編は、きのこリウムがどんな風に進化してきたのか伺ってみよう。

Q. 「きのこリウム」をはじめようと思い立った理由は何なのですか?

8年くらい前、きのこ好きの友達から近くの公園にきのこ観察に行かへん?と誘われて、行ったんです。そこで薄暗い林の中に生えているきのこを見つけ、惹きつけられた。不思議な雰囲気で、形もすごくきれいでした。もともと、植物とか動物とかが好きだったので、子どもの頃は、釣ってきた魚を育てたり、水槽の中で水草を育てたりしていた。当時、ネイチャーアクアリウムがすごく流行っていて夢中になりました。ガラスの水槽の中にきれいな水景を作り上げて眺めていました。その時に得た感動とか達成感が忘れられず、それが、きのこリウムにつながったのだと思います。最初の発想は、水槽の中に自然を作ってきのこをレイアウトしたら面白そうだなと。

水槽の中に自然の景色を作りたいという思いから始まったきのこリウム。水槽の作品はきのこリウムの原点といえる。

始めたばかりの頃は、なにもわかりませんから、公園などからきのこの菌がついていそうな朽木とかを拾ってきて使っていました。でも、拾ってきたものは雑菌や虫といった余計なものまでついてきちゃう。結果的に、おぞましい作品になってしまい、その経験から市販品だけを使うことに決めました。特にきのこを山とかから採ってくるのは要注意です。日本の山には麻薬の原料になるようなきのこが生えていたりするんですね。うっかり、そういうものを保持しているだけでも違法ですから。
市販品とは、園芸店などで調達する、食用のきのこの菌がついた菌床やホダ木、コケなどですね。流木などもよく使うのですが、これは熱帯魚店などで売っています。

菌床やホダ木を使うようになって、きのこは生えてくるものの、予測を超えることが次々と起こりました。たとえば、ナメコって小さくて丸くてかわいいイメージあるじゃないですか。でも、傘が開くと割と大きくなるんですよ。それからワインボトルにマッシュルームを仕込んだときも巨大なまでに成長した。仕込んだ菌床の量が少なかったのでこんなに大きくなると思わなかったんです。いずれも生えてきたのは1本だけで、きのこが1本だけ生えてくるときって、栄養独り占めできるからか、育ち過ぎてしまう傾向があるんです。

ナメコを使った作品。1本だけ生えてどんどん成長した。

ホワイトマッシュルームの作品。最初はよく見る姿だったが、最後はワインボトルに収まりきれずに折れてしまった。

Q. スーパーに売っているきのことは形も大きさもずいぶん違うものなんですね。

ええ、そこはみなさん驚かれるところです。でも同じ食用のきのこなんですよ。たとえば、ナメコは傘の大きさが46センチにもなります。柄が太くて背は低い、しっかりとしたイメージなんです。スーパーなどで見かけるエノキは、わざと光を当てずに白い状態で細長く育てています。柄の部分を長くしてシャキシャキした食感を楽しむためなんですね。野生のエノキは、茶色っぽくて柄もそんなに長くない。傘は24センチになりツヤツヤしている。少しヌメリがあって霧吹きをしてやるとプルンプルンになります。こういった、きのこの本来の特徴もきのこリウムを始めてわかったことのひとつです。

あと、園芸店で販売されるのは、食用に屋外で栽培するのが目的じゃないですか。きのこリウムとは用途が違うので、ホダ木とかも大きすぎたりするんです。そのためいまではホダ木の植えつけなどは自分で行っています。植えつけとは菌を原木に回らせる作業で、半年くらいかけて培養するんです。そんなふうに原木のお世話をするところから、きのこリウムは始まっているわけです。

新作を手にする樋口さん。こんもりとしたコケの山の上できのこが気持ちよく背伸びしているような(?)、どこかほんわかとさせる作品だ。ハンギングタイプのガラス器なので全方向から楽しめる。

Q. 初期の頃に陥りやすい失敗としては、ほかにはどんなことが?

最終的にきのこが生えてきて作品が完成する、というのを目指すわけですが、初期の頃って、いろいろな要素を詰め込みすぎて、ごちゃごちゃさせてしまう。最終的にきのこが生えてきた時に、きのこが主役にならずに、目立たないものになってしまうんです。コツとしては、できるだけシンプルにしておいて、きのこが生える空間を残しておいてあげるといいかなと。初期の頃はわかっていなくて、一生懸命、詰め込みすぎていました。
あと、やりがちなのはフィギュアを置きたくなることですね。それはそれでアリだとは思うけれど、容器の中に自然を創るという僕の目指している方向性とは違ってしまいます。

初期の頃のきのこリウム。いろいろな要素がありすぎて主役のきのこが目立たない。

水槽を使った最近のきのこリウム。物の配置がバランスよくきのこに焦点があたる。

あと、なかなか生えてこない時があって、やはり初期の頃なので理由がわからなかった。リビングで仕込んでずっと生えてくるのを待っていたのですが、待てど暮らせど生えてこない。そのまま一冬超えて、もう無理だと思ってベランダに放り出したんです。そしたらなんと、しばらくして生えてきた。きのこにとって湿度や温度の管理は大切なのですが、栽培法に書かれた数値に保っているだけでは生えてこないことがある。屋外の環境で朝冷え込んだり、昼間に気温が上がったり、温度差が刺激になり、それがきっかけで生えてくることがあるんです。そういうことも実践しながら学びました。

始めた頃は失敗続きでしたが、1年経った頃のある日、熱帯魚店で面白い形の流木を見つけたんですね。なんか、魔導士とかハリーポッターの持っている杖みたいな形で不思議な感じがしたんです。その流木を使ってきのこリウムを作ったら、きのこが生えてくる本数、大きさ、流木とのバランスがばっちり整った作品になった。本当にたまたま偶然だとは思うのですが(笑)。こういうことがあると、なかなかやめられないもので、どんどん沼にハマっていった気がします。
たとえば、日常的に食器売り場に買物に行っても、普通の人とは探す視点がもう違うんですよ。きのこリウムに使えるかなとか、どんなきのこに合うかなとか、変な視点で探してしまいます。

「たまたまうまくいった」と語る、初期の頃の作品。不思議な形の流木ときのこのバランスがとても美しい。

Q. これからきのこリウムをはじめる人は、どんなところからトライしたらよいでしょうか。

小さな器のものから始めるとよいと思います。お気に入りの器が見つかったら、花ではなくきのこを活ける感覚ですね。小さい作品なら、器とコケと菌床だけあればできますよ。

作り方も簡単で菌床を崩して器の底に敷いてから、菌床の上にコケをのせて飾りつける。乾燥しないように、ガラスのキャニスターや水槽などをさかさまにしてかぶせて、霧吹きを毎日してあげるとよいです。あとは生えてくるのを楽しみに待つだけです。僕もテーブルの上で楽しめるような小さな作品を多く作っています。もっときのこリウムが広まると嬉しいですね。

身近な器を使って、卓上で楽しむために制作した作品。『手のりきのこ』

『宇宙船きのこ号』

<宇宙船きのこ号の作り方>

すぐにきのこリウムが始められる栽培キット(水槽、用土、コケ、鉢底石、ホダ木のセット)。ホダ木(中央)は樋口さんの手づくり。この他、ピンセットやハサミ、霧吹きもあるとよし。

「苔のインテリア コケリウム」WEBサイトで販売中
https://www.kokerium.com/kinocorium/

(後編 了)

撮影 KANOSUZU
編集・原稿 徳間書店

樋口和智さん

樋口和智(ひぐち・かずのり)さん
1976年大阪府生まれ。京都府立大学農学部林学科卒業後、デザイン制作会社等を経てフリーランスとなり、WEB制作をメインにデザインや写真撮影などを手掛けている。2015年より趣味として始めた「きのこリウム」は、SNSで作品の公開を中心に活動してきたが、最近では展示会で実物展示を行い、全国のきのこ、生き物愛好者の注目を集めている。ワークショップの開催や栽培キットの販売などにも力を入れ始め、きのこリウムの魅力を一般の人にも楽しんでもらえるよう、活動中。また2人の娘にきのこの英才教育を進めている。著書に『部屋で楽しむ きのこリウムの世界』(家の光協会)がある。
きのこリウム https://kinocorium.net/

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