Because, I'm Because, I’m<br>きのこリウム作家 前編
Interview 26 / 樋口和智さん

Because, I’m
きのこリウム作家 前編

知れば知るほど、きのこリウムは生きたアート。

きのこリウムは予測不能なところが面白い。

秋も本番になり、スーパーに並ぶおいしそうなきのこたち。独特の食感や香りのよさに、きのこ好きという人は多いのでは。今回ご紹介する樋口和智さんもそんなきのこ好きのお一人……ではない。好きは好きでもちょっと違う。じゃあ、よくいる天然きのこを求めてワイルドに秋の野山を探検し、珍しいきのこの写真を撮りまくるとか?……でもない。樋口さんは世界で唯一(いまのところ)の「きのこリウム」というジャンルで作品を発信し続けているアーティストなのである。昨年(2021年)3月、Twitterに投稿された、ある作品が国内外で話題になり、いま注目されつつあるのだ。

Q. 「きのこ盆栽」という作品をTwitterにアップしたところ、反響がすごかったようですね。

ええ、びっくりしました。きのこリウムの制作は、大体78年前から手掛けていて、数年前から作品をTwitterに上げていたのですが、「きのこ盆栽」を上げたら、いきなり5万リツイート、19万『いいね』をいただき、フォロワーもいっきに2万人近く増えたんです。さらにテレビでも取り上げていただいたりして、僕にとってすごく思い出深い作品となりました。Instagramでは海外からも『いいね』をたくさんいただいていて、英語以外にポルトガル語やスペイン語、アラビア語などでコメントをいただくこともあります。

こういった、植物などをガラス容器などに入れて室内で栽培する技法は、古くからあり、もともとは海外から伝わったのですが、いまも「テラリウム」として、国内外で親しまれています。最近では、コケを育てる「コケテラリウム」も流行っていますよね。きのこリウムは、そのきのこ版といえます。容器の中の空間をデザインして、きのこやコケを育てるのですが、自然に見立てた景色を創る楽しみと、育てる楽しみを両方味わえます。

きのこリウム作家の樋口和智さん。数年前からSNSで作品を発表し続け、最近は国内のみならず海外のファンも多い。

「きのこ盆栽」は、どっしりとした切り株から、きのこが勢いよく生えているような迫力ある作品を作りたかったんです。土台には、バージンコルクを使いました。これは、コルクの元となるものですね。皮肌が荒々しくて凹凸があるので植物や苔を活着させるのに向いているんです。これを切り株のような形に整え、凹凸にひっかけるようにして全体に小さくちぎったコケをはりつけました。そして3,4カ月後、しっかりとコケむしたら、ここからが本番で、土台の空洞に、きのこの菌床(おかくずなどに栄養剤を加えた培地に、きのこの菌を植え付けてブロック状にしたもの)を仕込むんです。その後、湿度と温度を管理して約3週間たった頃、きのこが顔を出し始めました。生えてきた位置といい、本数、ボリュームといい、まさに理想的だったので、本当に嬉しかったです。

きのこって生え始めると数日で大人になって、枯れてしまうんです。「きのこ盆栽」の構想は半年間、きのこリウムとしての命は約1週間です。
きのこリウムにはコケを使いますが、成長速度の違いがあって、長年かけて成長するコケと、その中に突如現れて顔を出したかと思うと、みるみる成長するきのこ。ひとつの作品の中に見る、成長のコントラストがすごく面白いんですよ。

SNSで反響が大きかった「きのこ盆栽」。「きのこリウムチャンネル」(Youtube)には制作プロセスときのこが生えてくる躍動的な様子が収録されている。

<きのこ盆栽の作り方>

Q. 半年かけて土台を作ってもきのこは1週間しか見られないなんて、はかないんですね。

きのこって見えている部分が本体ではなく、その下にある「菌糸体」が本体なんです。菌糸体は生きた樹木の根っこと共生したり、枯れた木材や落ち葉などを分解して生活しています。きのこは、子孫を残すための胞子を放出するために伸びてくる。植物としての役割でいうと花が咲いて種子を残すような感じですね。胞子を放出し終えたら短期間で枯れてしまう。それだけに、きのこが生えてきたときの喜びはひとしおです。ある日突然、コケの間からニョキッと赤ちゃんきのこが顔を出す。何回もやっているのに、そのたびに感動しちゃいます。生えてきたら本当に成長が早くて、朝と夜では大きさが明らかに違う。それからは、どういう形に育っていくのか、毎日の観察が本当に楽しみになります。

ひとつ面白い作品があって、これもSNSでたくさんの高評価をいただいたのですが、「妖精のお家」という、森の中に住む小さな妖精のお家をイメージしたメルヘンチックな作品です。家の部分はホダ木(きのこの菌を植え付けた原木)で作って、正面には小さな玄関ドアもつけました。ホダ木は全体的に菌が回っているので、どこからキノコが生えてくるのか、実はわからないんですが、生えてきた時には本当にびっくりしました。屋根の横にまるで煙突のような角度で生えてきてくれて。さらに、門柱かポストのように玄関の横に生えてきてくれた。本当に偶然で、「きのこ、わかっとるなー」と思わず叫びましたよ。まるで、こっちの意思をくみとってくれたかのようで。

きのこが生えてきたばかりの「妖精のお家」

キノコが大きく成長した4日後の姿

きのこリウムは、容器の中にきのこが生えてくる環境を準備したら、あとはきのこが生えてきてひとつの作品になるんです。もちろん、ある程度は予測して作るのですが、どこにどんな風に生えてくるか、何本生えてくるか、最後はきのこ次第なんです。

妖精のお家に使ったきのこはヌメリスギタケなのですが、4日後にはぐんぐん伸びて、家よりはるかに高くそびえ、妖精の家から、悪い魔女の秘密のアジトのようになってしまいました(笑)。これも予想外でしたが、そんな変化もまた楽しいところです。
だから僕は、きのこが生える前に、「これはどんな作品になるんですか」と聞かれたら、「それは、きのこのみぞ知る、です」と答えているんです。

できあがった姿を予測しながら作品の制作を進める樋口さん。でも、最後にきのこがどんな風に生えきてくれるかは「きのこのみぞ知る」

Q. 毎回、きのこにはいろいろと驚かされるわけですね。

きのこリウムを制作していると、たとえ短い命といえども、きのこの空間への感知能力というか、どんな環境にも順応しようとする生命力みたいなものを感じますね。彼らは、本来なら森や林の自然の中に生えてくるはずで、生えてきたのがたまたま、小さなガラス容器の中じゃないですか。きのこにしてみれば、本当に狭苦しい空間なわけです。

ヌメリスギタケを使った作品のときは、生えてきたのは3本だけだったのですが、ガラスの中の限りある空間を3本が均等に分け合うように、それぞれが違う方向に伸びていくんです。それが独特の美しいフォルムを作りだした。まさに自然が創り出したアート作品といえます。
もちろん、効率よく胞子をまかなくてはならないからだとは思うのですが、なんだか不思議ですよね。なんで空間の大きさやお互いの位置がわかるんだろうと。そういうことは多々あって

タモギタケを使った作品でも、少しでも空いている上方に向けて胞子を放出しようと、傘が上向きになった。与えられた環境の中で必死にがんばっている姿が造形となって表れたのだと思います。
こういう姿を見せられると、小さいながらも自然の生命力を感じます。

きのこリウムとして楽しめる間は、作品としての記録を残そうと、写真はもちろん、タイムラプス動画も撮るんです。定点でカメラを固定して、5分に1回とかシャッターを切るので短時間で一日の成長が見られるんです。映像では、きのこって小刻みに揺れているんですね。いろいろな方向を探りながら伸びているのだと思うのですが、その様子にきのこの意志が表れているというか、健気さが感じられます。

ヌメリスギタケを使ったきのこ盆栽。小さな空間をシェアするように伸びるきのこの曲線が美しい。

傘が上向きになったタモギタケ。ひだの透明感が際立っている。

(前編 了)

後編はこちら

撮影    KANOSUZU
編集・原稿 徳間書店

樋口和智さん

樋口和智(ひぐち・かずのり)さん
1976年大阪府生まれ。京都府立大学農学部林学科卒業後、デザイン制作会社等を経てフリーランスとなり、WEB制作をメインにデザインや写真撮影などを手掛けている。2015年より趣味として始めた「きのこリウム」は、SNSで作品の公開を中心に活動してきたが、最近では展示会で実物展示を行い、全国のきのこ、生き物愛好者の注目を集めている。ワークショップの開催や栽培キットの販売などにも力を入れ始め、きのこリウムの魅力を一般の人にも楽しんでもらえるよう、活動中。また2人の娘にきのこの英才教育を進めている。著書に『部屋で楽しむ きのこリウムの世界』(家の光協会)がある。
きのこリウム https://kinocorium.net/

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