洪水と猛暑の間に、べと病がヨーロッパのブドウ畑を席巻する条件が整っていきました。
9月下旬の時点でヨーロッパ北部は収穫時期に近づいていますが、他の地域では既に最後の房を収穫しているところです。イギリスのスパークリングワイナリーを含む幾つかの生産者は2023年のポテンシャルについてかなり強気ですが、ヨーロッパの大部分は、ジェットコースターのような自然災害にまたしても見舞われる年となりました。
さて、2023年は人々にどのように記憶されるでしょうか?
多くの生産者にとって、それは“カビの逆襲”となるでしょう。この夏、ヨーロッパ南部は一連の熱波が常に話題となりましたが、場所によっては過剰な雨が農作物や人々の生活に遥かに大きな被害をもたらしました。気候に関するレトリック※が心理的に与える影響はよく知られており、私たちは、地球が文字通り生きたまま沸騰し、感謝祭(11月の第4木曜日)に65℃の気温のなか夕食を取っている未来を想像してしまいます。そのためか、大洪水を除けば、雨による農業災害はあまり報道されません。
(※注釈:2023年7月、世界的な猛暑を受け国連事務総長が「Global Warming/地球温暖化の時代は終わり、Global Boiling/地球沸騰化(灼熱化)の時代が到来した」と発言したことに由来)
しかし今年は、過剰な日照に襲われるより遥かに悲惨である聖書に出るような大洪水がオーストリア、クロアチア、フランス、イタリア、スロベニアのブドウ畑に深刻な影響を与えました。多くのワイナリーはべと病の蔓延により、2023年の収量が大幅に減少すると予測しています。一方ジョージアでは9月上旬にカヘティ地方を中心に4,600ha以上のブドウ畑が雹の被害を受けています。
ボルドーも今年は荒れました。暖かい中での健全な開花となった成長シーズンの始まりは、多くの生産者に収量も熟度も申し分ないヴィンテージを期待させました。ですがその後、暑さと大雨が重なり真菌の病気が大発生し、あちこちで胞子が飛散するシーズンを迎えました。ボルドーワイン委員会(CIVB)によると、ブドウ畑全体の約90%が深刻度は様々ですがべと病の被害を受けていると報告しています。幾つかのシャトーやアペラシオンは壊滅的な被害を逃れられたかもしれませんが、それでも今年のべと病被害を”長い歴史の中でも過去最悪“と表現する生産者もいます。メルローは特に被害を受けたため、右岸のワイナリーは傷を舐めあっています。
地中海地方を襲った洪水
一方、ギリシャの生産者たちも2023年は予期せぬ事態に直面しました。近年、テッサリアや、より南にあるペロポネソス半島といったギリシャの主要地域の多くで干ばつが大きな問題となっています。水不足が深刻化する中、貴重な水資源をブドウ灌漑に割り当てるには難しい決断を下さなければいけません。ですが、今年は熱波(とそれに伴う森林火災)の後、容赦ない豪雨が降り続いたため、べと病の大発生が起きたのです。
地中海最大の島であるシチリアでも似たような事態が発生しました。ギリシャ人、ローマ人、ムーア人に征服されたことのあるこの島は、夏は暑く乾燥することで知られています。実際、島の南東端に植えられたブドウ畑はチュニス(チュニジアの首都)よりも南にあります。ここではシロッコと呼ばれる砂埃を含んだ熱風が、7月から8月にかけてのブドウ木を沸点まで熱します。通常、これらのブドウ畑では、暑さによる自然の保護があるため、対カビ病の薬剤散布はほとんど必要ありません。ですが、地理的条件は不変ですが、2023年は前代未聞の地獄のような天候条件が続きました。
「今年は南イタリア、特にシチリアにおいて、最も困難なヴィンテージのひとつとして記憶されるでしょう。1月から6月にかけて、平年より350mm以上多い、信じられないほどの降雨がありました」
Santa TresaとAzienda Agricola CorteseのオーナーであるStefano Girelliはこう振り返ります。
「その結果、私たちのエリアでは主に2回のべと病が発生しました。最初の感染は5月7日から21日にかけて降った雨によるもので、2回目の感染は6月の初めの数日間で起きました。被害の度合いはブドウ品種と二次感染時の各ブドウの成長段階に関連していますが、最も被害を受けた品種はグリッロとネロ・ダーヴォラでした」
Girelliによると、収量は”最も被害を受けた繊細な品種の畑“で約20~25%減少したと言います。
「2023年は、4月と5月の過剰な雨に特徴づけられます。こういった条件はべと病の発生と急激な蔓延に好都合でした」
Fonzoneのセールス・ディレクターであるAmedeo de Palmaはこのように振り返ります。ですが、白ブドウはこの“疫病”の影響を比較的受けなかったと付け加えます。
「ただし、アリアニコはその逆で、約40%もの損失を被っています」
エトナ山の火山性斜面にあるPalmento Costanzoのブドウ畑は、通常、生育期を通じて途切れることのない太陽の光を浴びていますが、今年は違います。オーナーのValeria Agostaは、「2023年は私たちの全てのブドウ畑がべと病の被害を受けました。生産量の全てを失い、ブドウを収穫していない産地もあるとも聞いています」と話します。
オーガニックとの別れ(Arrivederci)?
ヨーロッパ南部のブドウ畑の将来は依然として不安定です。それゆえに研究開発が続けられ、「ニュー・ノーマル(新しい常態)への適応」が強調されています。多くの技術革新は、干ばつや過度の暑さへの対処に焦点が当てられており、その一つとして、暑い地域ではカオリンの使用が増えてきています。この不活性な岩石の粉末は光を反射するため、葉の日焼けを抑えブドウ木のキャノピーを冷ますのに役立ちます。シチリアでは、カバー用ネットを使った実験が行われ、キャノピーの温度を下げ、ブドウ木の代謝を遅らせ、光があたることによる呼吸を抑える事に成功しています。
「2020年以降、私たちはPalermo大学との共同研究に着手し、ブドウ畑の革新的な解決策を模索しています。私たちが最も力を入れているのは、干ばつに強い新しい台木の実験と、厳しい日差しから葉とブドウを守る遮光ネットの採用です」
Settesoli/Mandrarossaの広報マネージャーを務めるRoberta Ursoはそう語ります。
「これらの実験での初期結果は有望です。研究中の新しい台木(M1)と遮光ネットで保護されたブドウから造られたワインは、際立ったミネラルの特徴、心地よい口当たり、卓越した酸味を示しました。逆に、同じ畑でありながら異なる台木を使用し、遮光ネットなしで栽培されたブドウから造られたワインは、フルボディで糖分が多く、凝縮した風味を持つ傾向にあり、快適に飲むには少し魅力に欠けています」
これらの対策によって、多くのワイン生産者たちが、より暑く、より日照量が多く、より降雨量が少ないという予想される未来を乗り切る事ができるとUrsoは確信しています。
しかし、ノアの方舟に乗り込むような気持でニュー・ノーマルを捉えているワイナリーの数は多くはありません。もし2023年がこれから起こる事の前兆だとしたら、シチリアと地中海近隣のブドウ畑にとっては、干ばつはまだ小さな頭痛の種にとどまるかもしれません。これらの産地は、乾燥した気候でブドウ栽培を行う数少ない利点のひとつである、有機栽培やビオディナミ栽培に最適な一等地として称賛されてきました。ですが、(べと病による)収穫量の大幅な減少に直面すると、殺菌剤の頻繁な散布を避ける枠組みを維持するのは難しくなります。持続可能性というカルトは後回しにされてしまうのです。
半年前には、光がたっぷりと射す地でオーガニックに“さようなら(arrivederci)”と手を振るなんて馬鹿馬鹿しく聞こえたでしょう。ワインを愛する私たちのためにも、このような年が一過性のものであることを祈りましょう。
引用元: Europe’s Vineyards Plagued by Pestilence
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