ワイン醸造において全房発酵は新しい手法ではないが、その活用方法は変化しています。
醸造過程において、全房発酵を行うこと自体は革新的な手法ではないものの、醸造家が採用する手法は多岐にわたります。
伝統的なマセラシオン・カルボニックや全房発酵から、実験的な手法として、梗の層状配置や「梗の乾燥」まで、世界中の生産者が、発酵過程において梗を活用する様々な技法を採用しています。
世界7名の醸造家に取材し、全房と除梗の統合的手法と、その背景にある「方法」「時期」「理由」について探りました。
カリフォルニアの醸造家Martha Stoumen は、全房による醸造には主に2つの方法があると説明します。一つは、破砕していない果実を房ごと密閉容器に入れる方法(マセラシオン・カルボニック)。もう一つは、発酵前または発酵中に足踏みやポンピング・オーバーにより果実を破砕する方法です。
「醸造方法は常にその時の果実の状態により変わる。どの区画も同じ方法で処理されることはなく、同じ区画でも年によって処理法が変わることもある」と彼女は語ります。
さらにStoumen は、全房発酵の可否には樹齢が大きく影響すると指摘します。
「経験として、古木は全房発酵に適している。若い畑にありがちな過剰なカリウム含有量が、古木には通常はないからだ」と彼女は説明します。若いブドウ畑では全房発酵をするとpH変動が大きくなりすぎ、最終的にフレッシュさや安定性を損なうリスクがあるとStoumenは説明します。
発酵容器に関する考察
ウィラメット・バレーを拠点とするFossil & Fawnの創業者、Jim Fischer とJenny Mosbacherも上記2手法を採用しており、発酵容器が大きく影響すると指摘します。
「私たちが好む全房発酵は断熱ボックスで、特に漁業で広く使われるタイプを使っている」とMosbacherは述べ、このボックスが二酸化炭素を生成する発酵段階で房を低温に保ち、酵母が働き始めると適切に熱を蓄積・保持すると言います。「これにより初期段階ではフレッシュな果実味を発達させ、初期発酵終了時には穏やかでかつ十分な抽出を実現できる」。
Fischer はこの点をさらに掘り下げ、素材の断熱性能がワインの最終的な出来栄えに大きく影響すると述べます。
「断熱プラスチックは初期段階、低温での細胞内発酵を可能にする。酵母活動による熱が蓄積するにつれ、旨味、スパイシーさ、土のようなフレーバー、そして複雑さが出る」と彼は言います。同様にFischerは木材も優れた断熱材と位置付け、自身の開発した断熱容器やMosbacherの容器と同様の熱力学特性を持つと推測します。興味は持っていますが、コンクリートや粘土を用いた実験醸造はまだ行ってはいません。しかし、彼らはこれらの素材使用に必要な細心の注意については理解しています。
「私の理解では、コンクリートや陶器は使用前に酸性溶液で入念に処理し、素材から帯電イオンを溶出させる必要がある」と彼は言います。適切に行わないと、ワインの pH が大きく変化し、軟化が起こる可能性がある」と彼は説明します。「梗はpH の変化に影響を与えるので、コンクリートや陶器の発酵槽で全房発酵させる場合は注意が必要で、ワインに酒石酸を添加する準備も必要だ」と彼は言います。
実験的な全房醸造技術
オレゴン州のAbbott Claimのワインメーカーであり、ワイナリーの責任者であるAlban Debeaulieuは、過去に彼の醸造チームが、同じ容器内で除梗果実と全房果実を層にして重ねる実験を行ったが、最終的には、従来通りの混入方法を採用することになったと言います。
「結局、除梗果実を底にして、全房果実を上に置くという、昔ながらのシンプルな方法に戻った」と彼は言います。Debeaulieu は、容器の底に梗を残しておくと、梗が液体に浸ったままになり、その結果、しばしば望ましくない抽出が生じることを指摘しています。
「それとは対照的に、上部に梗を置くと、発酵中の熱、CO2、アルコール蒸気によって梗が乾燥する傾向があり、それによって梗の青っぽい香りは和らぎ、ポンピング・オーバーやパンチング・ダウンを行った時にのみ、梗からの成分は抽出されるようになる」と彼は言います。さらにDebeaulieuは、梗を風で乾燥させてワインに再投入する生産者が数名いると聞いたと明かしました。
「この手法の目的は、梗のタンニンを重合させて渋みを抑え、梗由来の青臭い香りを酸化させることにある」と説明しますが、自身はやったことがないと言います。
部分的な全房
チリのワイナリー Vinedos Organicos Veramonte/Neyen de Apalta のマネージング・ディレクター兼醸造責任者Gonzalo Bertelsenは、全房と除梗の最適な割合を決定する最良の方法は、昔ながらの試行錯誤を行って決めることだと言います。
「0%から100%の全房発酵まで試してきた」と彼は述べ、ピノ・ノワールには20~40%が最適点だとワイナリーが結論づけたと付け加えました。「ただし、これはすべてブドウの凝縮感、作業時間、労力、利用可能なスペースに依存し、最も重要な要素は梗の“成熟度”だ」と説明します。
望ましい比率に達成させるためにBertelsenは、タンクに40%除梗した果実を充填し、その上に20~40%の全房果実を追加すると述べます。残りのタンクは除梗した果実で満たされます。「除梗、全房、除梗の3層構造が基本。梗を追加で戻し入れることはない」と彼は説明する。
コート・ロアネーズのCarine SerolもBertelsenと同様の三層法を採用していますが、梗の位置に関してはDebeaulieuとは逆の方向性です。
「容器底部に残した房が、ポンピング・オーバー時に果汁を濾過する役目を担うことがある」と彼女は言います。Serol はヴィンテージによる差異にも言及し、果実の熟度が高い年ほど全房の比率を高める傾向があると述べています。
別々の発酵
Stoumenは、全房と除梗した果実を同じ容器に混入するのではなく、発酵を別々に行う手法を使っています。それぞれの手法により果実が変化していく速度が異なるためです。
「全房は低温発酵を好み、より芳香豊かになる。一方、除梗は高温発酵を好み、よりフルボディになる」と彼女は説明し、同じタンクでこの2つを混合して発酵させるよりも、それぞれのロットを後からブレンドする方が良いと付け加えました。
「過去に(混合した際)、アロマやテクスチャーが弱い、控えめな結果になったことがある」と彼女は明かします。一方、Stoumenは自身の経験から、主に発酵時間と果帽処理の度合いが重要だと述べます。「優美な香りを創出し、タンニンを過剰抽出せず、中盤の口当たりを構築する。常にこのバランスを取るようにしている」と語ります。
Stoumen同様、MosbacherとFischer も全房と除梗果実を同一容器で混合する実験を行いましたが、分離して醸造する方が良いという結論になりました。
「除梗処理は果実を梗から分離し、果実に開口部を形成するため、初期段階でより多くの果汁が容器内に放出される」とFischerは説明します。この果汁の存在が初期の酵母発酵を加速させ、高温化をもたらすと言います。「過去に除梗ロットへ全房果実を追加した際、発酵初期の高温により、梗から望ましくない木のような風味や香りが過剰に抽出されてしまった」と彼は明かします。
一方、全房のロットでは発酵開始数日間は果汁がほとんど存在しません(マセラシオン・カルボニックと果実の重みで果皮が破れ果汁が容器底部に溜まり始めるまで)。これにより梗と果皮のタンニンを非常に低温で穏やかに抽出できるとFischerは説明します。
「発酵がピークに達する頃(収穫日から2週間以上経過する場合もある)には、タンニンがワインに完全に溶け込み、苦味成分は抽出されなくなる」とMosbacher は言います。「他の手法も試したが、100%除梗と100%全房を別々のロットで醸造することで、各発酵槽の特性をより深く理解でき、それを熟成の進め方に反映できることがわかった」。
Stoumenもこれに同調し、高品質な果実が重要だと述べ、別々に発酵させることにより、それぞれの微生物群をどう扱うかを判断し、ブドウから望む風味とテクスチャーを引き出せると説明します。
長所と短所
Debeaulieuによれば、全房による醸造は適切に実施されれば、植物性物質・熟度・抽出度・滓や新樽の使用など(これらに限定されない)の追加要素と相まって、複雑性を高めるテクスチャーと香りをもたらすということです。
Bertelsenは、特にSO2の使用量が少ないワインにおける、複雑性と熟成可能性について指摘します。ピノ・ノワールに関しては、Mayacamasの醸造家Braiden Albrechtも同意し、特に冷涼な年においては、全房発酵がボディとタンニンをもたらすと言います。
「ピノの色調とテクスチャーがやや軽くなるヴィンテージでは、全房使用はストラクチャーと余韻を与える優れた手段になる」と彼は語ります。
さらにAlbrecht は、梗に含まれるカリウムがワインのpHを上昇させる点も指摘し、これも冷涼な年において有益な効果をもたらすと主張します。
一方で、彼は不適切な形で醸造された全房果実は、ワインに強い茎や木のニュアンスを与え、しばしば不快に感じられることがあると指摘します。そして、Debeaulieuは望ましくない青臭い香りに加え、「最高のワインにはならない、技術的にシンプルで偏狭な表現」を、調和の取れていない全房発酵の欠点として挙げています。
Mosbacher とFischerは、一般的に除梗したロットは発酵ピーク温度が高く、ブドウ以外の物質が含まれないため、果実の純度が高く、タンニンの主張が控えめで、より赤い果実の風味と香りを生み出すと述べます。一方、全房発酵のロットは、梗由来のスパイシーな香りや微かなピラジン系のニュアンス、そしてタンニンによるストラクチャー持つワインになると言います。
「梗は魔法のような存在だ!」とMosbacherは大声で言います。口中に広がる梗がもたらすストラクチャーと「苦味のないドライなタンニン」、そして完熟時にはスパイシーなクローブやシナモンのようなニュアンスをもたらす(逆に未熟な場合はグリーンペッパーやローズマリーのニュアンス)と強調します。Stoumenもこれに同調し、全房は完熟果実にバランスの取れた旨味要素をもたらすと述べます。これはカリフォルニア産ブドウにおいて特に魅力的な要素です。
「全房発酵のプロセスもまた魔法のようなもの」とMosbacher は言います。「房全体の構造を保持することで、より低温でゆっくり発酵させることが可能となり、除梗したロットでは得られない風味と香りが出せる」。
ただし何事にもバランスと判断が肝心です。
「梗はワインの表現において悪影響の要素にもなり得るため、適切な判断が求められる」とDebeaulieuは述べ、梗の使用は果実味、そして何よりもテロワールの表現に役立つものでなければならないと強調します。
引用元:Cluster Hooked: Wine’s Stem Cells
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