Because, I'm Because, I’m<br>地理人 前編
Interview 07 / 今和泉隆行さん

Because, I’m
地理人 前編

知れば知るほど、日常トリップはやめられない。

存在しそうでしない空想地図を作る人。

『空想地図』とは文字通り、空想上の都市を描いた地図。そんな空想地図を描く活動を続けている通称地理人、今和泉隆行さんを知るべく、個展を訪れると――
巨大な地図が壁一面に広がり、都市のあらゆるスポットが記されている。駅、商店街、カフェ、デパート。つぶさに見ると、世界中どこを探してもないはずなのに、どこかで見たこと、行ったことがある街のように思えてくる。こうした空想地図はいかにして生み出されたのか? そしていかにして作られているのか? 我々にも作ることができるのか? 作ると良いことはあるのか? 禁断の空想地図の世界。一度踏み入ったら、もうアナタは抜け出せない?

Q. そもそもなぜ空想地図を描き始めたのですか?

地図との最初の出会いはバスの路線図でしたね。45歳のころ、父に連れられて路線バスの旅をよくしていました。帰ってから路線図を見てみると、自分がまだ乗ったことのない地域や路線が描かれています。その乗ったことのない路線の行き先を眺めながら、終点に向かってどんな街の風景が広がっているのか想像して楽しむようになりました。やがて空想で路線図、そして7歳の時に都市の空想地図を描くようになります。

空想都市・中村市の地図の距離は想定11km×13km。しかし市の面積はもっと広い。

空想の都市、「中村(なごむる)市」の地図を作り始めたのは1997年なので12歳の時ですね。設定としては首都圏の郊外だけど、大都市で県庁所在地。千葉市やさいたま市にイメージが近いでしょうか。駅と市街地の距離を近づけたり離したり試行錯誤しながら、途中に中断期間をはさみつつ、今も作り続けているという感じです。

現在35歳の今和泉さん。12歳の時に作り始めた空想地図は今なお進化を続けている。

制作を中断したこともあります。大学生になり、自分で実際に全国の都市を訪ね歩けるようになったからです。アルバイトで稼げば、貧乏旅行でも外に出かけられますからね。高校時代までは自分で稼ぐ手段が無かったから、地方に行きたくても行けなかった。だから空想地図を描いていたんです。現実逃避の手段ですね。今の日常とは違う日常に行きたいという衝動を、自分自身が別の日常を作り出すことで解消していたわけです。

さまざまな営みが中村市の地図の上で起こっている。

中村市を走る鉄道の路線図。もちろん全て架空。

電車内のトレインビジョンの表示も空想で制作。

Q. 一度中断した空想地図作りを再開して、空想地図作家を名乗るようになったのはなぜ?

大学時代に、教育系のNPOに参加していたのですが、高校生に自分のことを話すというプログラムがあって、そこで空想地図の話をしたらウケたんです。その際に自分で作った地図を見直したら、原型は高校生の時に作ったものなので、地図の中の施設の配置がぐちゃぐちゃだったりして、あー、ちょっとこれ見てらんねー!という感じ。それで修正し始めたのが再開したきっかけですね。いざ再開してみると、実際に本物の都市をたくさん見たことで、地図の精度が高まっていることに気づきました。それで制作意欲がそそられたということもあります。

空想地図を作るのは未だ見ぬ「日常」と出会うため。

空想地図作家には、なろうと思ってなったわけじゃないんです。なっちゃったんですよ。肩書きを求められるとき、私の活動で一番知られているのが空想地図だったので、適当に「空想地図作家」と名乗ることが増えました。極めつけは、2017年に宮崎県の都城市立美術館から〈現代美術作家〉という枠で呼ばれた時に、さすがに公立美術館から呼ばれる以上、そういう体(てい)が必要だなと思って、いわゆる作家だと心を決めました。だから、できちゃった結婚みたいなもんなんです。

左は中村市で3番目に大きい市街地「出ノ町」北口の雑居ビル。右はニュータウンにある一軒家の郵便受け。

中村市に住む人達のSNS投稿。居住地、年齢、性別によって内容は様々だ。

Q. 率直に聞きます。空想地図を作るメリットってありますか?

基本的にはそんなにないです。ただし、箱庭療法みたいな効果はあるかもしれません。自分の想像力だけで正解のないものを作り出す経験って、大人になると案外ないですから。あれ、ここってこんな人が住んでいて、こういうことが起こっていそうと想像していくことで 眠っていた感性が引き出されるので、創作性みたいなもののリハビリにはなると思います。
誰でも空想地図を作れるワークショップを時々やるんですが、作る人の原風景が見えてきて面白いですよ。例えば埼玉でやると、きれいな海ばかり描かれるんです。海なし県なので憧れがあるんでしょうね。逆に海沿いの千葉市でやった時は、護岸工事や埋め立て地ばかりで全然きれいじゃないんですよ。現実を知っちゃってるから。とある大学の学生相手にやった時は、やたら海外っぽい地図が出てきて、よくよく聞いたら毎年ハワイに行っている人や、帰国子女の生徒が多かったんですが、地図を見るだけでわかるんです(笑)。

中村市で最も老舗の百貨店「旭丸」の紙袋。

中村市指定のゴミ袋。可燃と不燃で分けられていて、リアル社会同様、分別はしっかり。

Q. 空想地図を作っていて面白いと思う瞬間は?

グッと来る瞬間はなく、静かにハマっていく感じです。ただ、出来たからといって、何かの役にたつわけでもありません。だからやる人が少ないんだと思います(笑)。空想地図作りって数独や謎解きに近くて、静かに没入し、ある程度終わると、脱力感を得てちょっとホッとします。
地図を描きたい衝動は常時あるわけではなく、気が乗ったときにガッと進めたり、展示や物販のタイミングで修正する必要が出てきて、一気に進めているという感じです。そのときは、達成感というよりは間に合った逃げきった、という感じですが。

中村市の工業地帯付近に住む高齢者の郵便受け。溜まりに溜まったチラシが物哀しい。

中村市の不動産案内。1ヶ月2万7000円のアパートから20万円近いタワーマンションまで何でもござれ。

結局は「人」が好きなのかもしれません。多くの人にとって地図は、現地に行くまでの道筋を示してくれるものでしかないはず。私は、街に来る人の様子や住宅地の様子から、どんな人が住んで、どんな人がどの街や店に行くのか、未だ会わぬ人間の営みやその日常風景が地図を通して浮かんでくるのが楽しい。空想地図で描いた都市に住む人の忘れ物を再現してしまったのは、加えて人間観察好きだということがあると思います。

中村市民(高齢女性)の落とし物。診察券の多さから病院通いが日常になっていることがわかる。

Q. それでも空想地図を作ってみたい!という変わり者(実は自分)にアドバイスを!

例えばワインと比べたら、始めるハードルが高いかもしれませんが、何か作るのが好きな人には、いいと思いますよ。ただし最初から自由に描こうと思ってもなかなかできないと思います。
多くの人は地域を面的に見ていません。地元でも普段通る道の一本向こうがどうなってるか、街から家に向かう方向の逆側がどう広がっているか、ほとんど知らないことが多いのです。地図は広い範囲をくまなく描かなくてはなりません。また、「縮尺」も難しいと思います。電車のホームの長さと、六本木ヒルズの高さと、小学校の校庭の広さを比べたことってありますか? それぞれ何メートルか、普段考えませんよね。

鉄道の車両や案内版も。こうなると本当に実在しているとしか思えない。

小学校の校庭の場合、100m走のコースが直線で取れるか取れないかなので、そうしたグラウンドを含む校庭というのはせいぜい100mから200m四方。電車は1両20mのものが多く、10両編成の路線だとホームは200mプラスアルファ。となると小学校の校庭と電車のホームの大きさが大体わかってくると思います。
このように身近な物の長さを把握できると、地図を描きやすくなります。でも最初からは難しいので、都市から田舎まで典型的な地図模様を、共通のスケールで描いた空想地図シートを作ってキットにしてみました。(キットはワークショップで使っていますが、ネットショップ「空想地図ストア」で購入できます。)

(前編 了)

写真 sono
インタビュー いからしひろき
編集 徳間書店

今和泉隆行さん

いまいずみ・たかゆきさん
1985年生まれ。7歳から実在しない都市の地図「空想地図」を描き、大学時代に47都道府県300都市を周り、土地勘を身につける。IT企業勤務を経て独立。通称「地理人」として、都市や地図の読み解き方を中心に執筆、展示、ワークショップ、研修指導、ドラマの地理監修・地図制作等を行う。著書に『みんなの空想地図』(白水社)、『「地図感覚」から都市を読み解く』(晶文社)、『どんな方向オンチでも地図が読めるようになる本』(大和書房)がある。
公式サイト:https://www.chirijin.com/

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