Because, I'm Because, I’m<br>温泉紀行ライター 前編
Interview 11 / 飯出敏夫さん

Because, I’m
温泉紀行ライター 前編

知れば知るほど、「温泉」は人生の悦びである。

ほっこりあったか。だけどその温泉、本物?

温泉大国、ニッポン。そんな国に住んでいても、私たちは温泉の本質についてどれだけ知っているだろう。温泉紀行ライターの飯出敏夫さんは、年間100日以上の温泉取材を行い、これまで訪ねた温泉は3000湯以上、まさに業界屈指の温泉達人である。温泉の記事を書くうえで大切にしているのは、自らが現地に行き、感じたものを書くこと。現地の空気感、温泉の温度や色、匂い、味。知識だけに頼らない、それらの体感値が、彼の文に息を吹き込むのだ。まずは、温泉の見分け方からお聞きしよう。

撮影協力:前野原温泉「さやの湯処」(東京都板橋区)

Q. 温泉を語る上で一番大事なのは何ですか? やはり泉質ですか?

泉質もですが、それ以前に大事なのは「温泉地」だと思うんですね。実は温泉の効能の一つに「転地効果」というものがあって、日常の生活から自然豊かな温泉地に行くということ自体に療養効果があるとされています。ですからその温泉はどこにあるのか、例えば山の中なのか海の近くなのか、温泉街があるのかも含めて、その温泉がある立地と環境ということがすごく大事だと思うんです。ただし、風光明媚な温泉地に行っても、どういうお湯の使い方をしているかによって全く変わって来ますから、一概には言えないんですけどね。例えばその温泉地に湧き出る温泉の量が、本来は宿1、2軒分ぐらいしかないのに、何十軒も旅館やホテルが建っていたら、絶対にお湯が足りないことは誰の目にも明らかです。そうした場合、水道水に温泉を加えて沸かしているようなところもあるんですよ。

でもそうした温泉地でも、自分のところで源泉を持っていて、それをそのまま湯船に注ぎ入れるいわゆる「源泉かけ流し」を行うなど、温泉を大事にしている宿は、探せば1~2軒はあるんです。そういう「本物の温泉」を見つけるのが、我々の仕事の醍醐味でもありますね。

温泉は日本人の心の拠り所。「あ〜、極楽!」 と飯出さん。(さやの湯処にて)

Q. 「本物の温泉」についてもう少し詳しく教えて下さい。

そもそも日本の温泉の法律では、湯温が25℃以上あるか、または19の温泉成分のうち一つ以上含まれていれば温泉法上で、温泉と認められているんです。実は地中の深いところほど圧力が大きく、マグマにも近づくので、100m掘るごとに地下水の温度は2~3上がります。つまり地面を1,000mも機械で掘れば25℃以上の熱いお湯が出てきて、温泉成分がほとんど入っていなくても温泉と認められてしまう。でも、それが本物の温泉と呼べますか?

私が考える本物の温泉の最上級のものは「自然湧出泉」です。元々日本の温泉は自然湧出泉しかなかったわけですが、明治以降、井戸掘りの技術が発達して温泉を汲み上げる技術が進んでしまったがゆえに、自然湧出泉とは別の「掘削泉」というものが増えてしまいました。特に1980年代後半、竹下内閣が「ふるさと創生事業」と称して各市町村に対し1億円をばらまいた時に、何も思い浮かばない市町村が競って温泉を掘ったのが決定的でしたね。とはいえ今や、自然湧出泉は非常に希少になっていますから、それだけを本物の温泉とするのは厳しい。ですので、一番は「自然湧出泉」、次に少し掘って湯脈に通る岩盤に穴を開けて噴出させる「掘削自噴泉」、この2つであれば、間違いなく本物の温泉と言えると思いますね。あとはちゃんと泉質名が付いている温泉。泉質名が付くには「鉱泉分析法指針」で『療養泉』と認められなければなりません。

日本で温泉法として認められる基準は先述した通りですが、療養泉は温度が25℃以上あるか、7つ物質(溶存物質が1kg中に1000mg以上あるか、6つあるうちの特殊成分が1つ以上)のいずれかが含まれている温泉で、これは温泉法でなく、「鉱泉分析法指針」で定義されています。なので、例えば含有する硫黄成分が1kg中1mg以上2mg未満であれば単なる温泉ですが、2mg以上含まれていると療養泉となり、硫黄泉という泉質名が付きます。泉質名が付かないと、温泉の「適応症」もうたえないので、ちゃんと泉質名が記載されていることが本物の温泉の最低条件と言えると思います。

うぐいす色の天然温泉が楽しめる、「さやの湯処」の露天風呂。温泉分析表も提示している、東京にありながら泉質にこだわった、本物の温泉である。

Q. そうした「本物の温泉」を見つける方法はありますか?

手がかりはお風呂の脱衣所などに掲示されている「温泉分析書」です。そこには必ず、どこで湧いたのか、どんな成分が入っているのかという温泉の素性が記されています。まぁ、温泉の履歴書みたいなもので、これを掲示することは温泉施設の義務とされています。なので、これが無い温泉施設は怪しいと見られても仕方ありませんね。

「温泉分析書」の例(山梨県・奈良田温泉「白根館」より)。“加水・加温なし、循環ろ過なし、塩素消毒なし”などの情報も記載されている。

温泉分析書は少々専門的で、全てを読み解くのは初心者には難しいのですが、湧出量の項目のところに自然湧出か掘削自噴か動力揚湯かが書かれている場合もありますし、療養泉の場合はちゃんと泉質名が書かれていますので、参考になると思います。

しかし温泉分析書にも落とし穴があります。基本的には温泉の湧出口で採取した源泉を分析しているのですが、それがそのまま湯船に注がれているかは別問題。実際にお風呂に入っているのは大半が沸かし湯で、そこにスポイトで温泉を垂らしただけでも温泉と言えるわけです。さらには少ない温泉を循環させて何度も使ったり、かけ流しで使える湯量があってもその地の条例や保健所の指導でやむなく塩素消毒したり、という施設も少なくありません。源泉かけ流しだって、掃除が行き届いていなければ台無しです。

結局、その温泉がどういう風に使われているかは施設の良心に任せるしかありません。ですが、ある程度の数の温泉に入ると、だんだんとその温泉が「本物かどうか」が分かって来ますよ。五感の感覚なんですけどね。本当にそのままの温泉というのは「持ち味」があって、肌触り、匂い、視覚、味覚や聴覚、つまり五感に強く訴えかけてくるんです。本物の温泉はそれらの感覚が際立っています。それがどういうものかを言葉で表すのは難しいんですが、入ると「あ~、生きててよかった!」と実感できると思いますよ。

飯出敏夫さんおすすめの「本物の温泉」

高湯温泉「吾妻屋」(福島県)
高湯温泉は、自然湧出の源泉9本を8軒の旅館と1つの共同浴場だけで使うという贅沢さ。白いにごり湯が特徴。中でも吾妻屋は豊富な湯量を誇り、湯船は全部で8つも!

広葉樹林に包まれた露天風呂「山翠」(撮影・飯出敏夫)

奈良田温泉「白根館」(山梨県)
緑から白濁へと変化する七不思議の湯。温泉達人的には泉質ベストワン。主人は猟師なので、鹿・猪のジビエ料理が絶品だ。ただし、現在は日帰り入浴のみの営業。

深山風景を望む露天風呂(撮影・飯出敏夫)

法師温泉「長寿館」(群馬県)
まるで時代劇の世界。建物や風呂が国の登録有形文化財の宿。弘法大師の発見と伝わる足元湧出泉。

足元湧出泉の「法師乃湯」(撮影・飯出敏夫)

(前編 了)

Because, I’m温泉紀行ライター 後編はこちら

写真 sono
インタビュー いからしひろき
編集 徳間書店

<撮影協力>
前野原温泉 さやの湯処(東京都板橋区前野町3-41-1
板橋区前野町にある温泉施設。うぐいす色をしたにごり湯の、源泉かけ流し露天風呂が人気。泉質は、弱アルカリ性、塩分濃度の高いナトリウム塩化物強塩温泉。
温泉マニアたちお墨付きの湯で、東京にありながら本物の温泉が楽しめる。
https://www.sayanoyudokoro.com.jp

飯出敏夫さん

いいで・としおさん/温泉紀行ライター
温泉と温泉宿に絞った取材・執筆・編集の活動を始め30年余。年間100日以上の温泉取材を行い、訪ねた温泉は3000湯以上にのぼる。著書に『名湯・秘湯の山旅』(JTBパブリッシング)、『旅の手帖mini 達人の秘湯宿』(交通新聞社) などがある。TV「秘湯ロマン」監修ほか、情報番組出演も多数。厳選した名温泉を紹介するウェブサイト
「温泉達人コレクション」(http://onsen-c.com/)を運営

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