ブルゴーニュの生産者の中には、より完成度の高いワインを求めて、ワインの瓶詰めをもう少し遅らせようと考える人もいます。
ワインの骨格、安定性、熟成の可能性に関して、ワインのエレヴァージュ(熟成)は重要な役割を果たします。ブルゴーニュでは、この期間を延長したいという要望が高まっています。
かつては、ブルゴーニュの標準的なエレヴァージュは18ヶ月前後で、その内訳は樽で1年、タンクで6ヶ月でした。(そのため、「ワインはセラーで2度冬を過ごす」ということわざが生まれた)。しかし時が経つにつれて、多くのこの地域の生産者は22~24ヶ月以上のエレヴァージュを好むようになりました。とはいえ、ある種の制約、すなわち収穫前に樽を空ける必要性が、エレヴァージュを短く抑える原動力になることも多々あります。
とはいえ、より長い熟成期間の導入にまつわる利点、課題、制約について考える事は、単純な樽スペースの必要性をはるかに超えています。ブルゴーニュの5人のワインメーカーが、彼らの願望、試行錯誤、制約について語ります。
長期熟成のメリット
WA誌のワインライターであり、新進気鋭のワインメーカーでもあるWilliam Kelleyは、Thomas Bouley、Olivier Lamy、Maxime Cottenceauなど、近年多くのブルゴーニュのドメーヌが長期熟成(24ヶ月以上)にシフトしていることを指摘します。
Kelley は、ワインの清澄性、安定性、タンニンの分解、バランスのとれた酸化還元、アロマの統合が、長期熟成の主な利点であると述べています。
「長いエレヴァージュをすると、瓶詰め後の還元に起因することが多いワインの不安定感やぎこちなさが少なく、時間の経過とともに安定するワインを生み出します」と彼は言い、5年の歴史を持つ彼のドメーヌでは、最高36ヶ月の熟成を行ったこともあると付け加えます。白ワインには赤ワインのような安定したタンニンがないため、より長いエレヴァージュによりもたらされる安定性は、白ワインの生産において特に求められます。
モレ・サン・ドニにあるDomaine ArlaudのCyprien Arlaudは、赤ワインの熟成期間を長くすることで、特にフィルターをかけないワインにとっては、よりクリアで清冽なワインを造るのに役立つという意見に同意しています。Kelleyと同じ意見で、彼はより長い育成はワインの 「開いた」と「閉じた」という段階の変化、特に最初の数年間の変化を少なくすると述べます。
「白ワインの場合、エレヴァージュが短すぎると複雑さがなく、か弱いワインになることがわかっています。私にしたら、赤も同様です」と彼は言います。
他の生産者たちの答えはシンプルです。「バランス!」と叫ぶ、シャブリを拠点とするAthénaïs de Béruは、時間をかけることでワインのすべての要素が「なじみ、惹かれあい、結婚するのだ」と言います。
密植度の高い畑と育成期間の延長
Saint-AubinのOlivier Lamyは、以前は18ヶ月の育成の後、白ワインを瓶詰めしていました。2011年頃、彼は一部のワインで24ヶ月熟成をする実験を始めました。
「数年のヴィンテージを経て、エレヴァージュを長くすることで、彼の好みである垂直的で骨格のしっかりしたワインになることが明らかになりました」とブルゴーニュ在住のPaul Wassermanは言います。そして、2013年以降、Lamyのプルミエ・クリュのワインのほとんどは24ヶ月後に瓶詰めされています。
この試作実験を行った当時、Lamyはこれを投資だと指摘していました。なぜならば、2セットの樽が必要になるからです。(Wassermanは伝統的な18ヶ月の育成期間としているが、これは一般的に次のヴィンテージのために樽を空けるために行われていたもの)。Lamyはより大きなセラーを手に入れたので、最大3年の熟成を試してみる計画です。さらに、彼のワインは現在SO2なしで醸造されています(瓶詰め時は約50ppmで、伝統的なドメーヌとしては比較的低い)。「エレヴァージュを長くする理由のひとつは安定性で、この低いSO2添加に関連します」とWassermanは言います。
Lamyは、2013年のクリュの約90%が24ヶ月後に瓶詰めされたことを指摘しながら、「私の好みは、18ヶ月熟成よりも24ヶ月熟成の方です」と言います。「次は36ヶ月熟成のキュヴェも試してみなければならない。私はやってみてどうなるかを見たいのです」と語ります。
Lamyは、彼の高密植の畑のブドウから造るワインは、より長い熟成期間が必要だと話します。Wassermanは、ブルゴーニュの伝統的なブドウ木の密度は1haあたり約10,000本だが、フィロキセラ以前はその2~3倍だったと振り返ります。1989年、Lamyの父Hubertは、ある畑の1haあたりのブドウ木の密度を誤って14,000本にしてしまいました。そして時間が経つにつれて、彼はこれらのより高密植の畑で収穫されたブドウの方が高品質であることに気がつきました。収量は減り、粒は小さくなりましたが、ワインの味がよかったのです。
「それ以来、ドメーヌでは1haあたり12,000本から33,000本のブドウ木に植え替えるか、混植(2本の古いブドウ木の間に新しいブドウ木を1本、またはそれ以上のブドウ木を植える)することがほとんどです」とWassermanは言います。植密度が高いため、より凝縮感がありミネラルが豊かで、酸味の高いワインになるということです。
「こうして、より熟成させることで、大樽(demi-muids)の中で少し熟成色が出てきます。ワインは少し柔らかくなり、今ほど待たなくても楽しめるようになります」と彼は言います。
温暖な年は長めのエレヴァージュ
Volnayに本拠を置くLaisse Tomberの創設者、Bastian Wolberは、熟成期間を長くすることで、特に芳醇なヴィンテージではほとんどの場合、ワインにより優れた統合性、複雑さ、誠実さが得られると述べます。
「24ヶ月や36ヶ月のエレヴァージュの後なら、1週間ボトルを開けておいても大丈夫です」と彼は言い、温暖な年の白ワインは3年熟成の恩恵を大いに受けると強調します。「ワインはよりきめ細かくなり、角が取れていきます。シャルドネは特にそうです。まろやかになるのです」。澱と接触させることで、瓶内熟成も促進されると付け加えます。Wolberは白ワインにSO2を加えることはありません。
De Béruも同意見で、3年熟成(樽熟成1年、タンク熟成2年)は、暖かい年には特に理想的だと言います。
「温暖なヴィンテージであればあるほど、発酵が困難になるため、より長く熟成させる必要があります」と彼女は言い、過去20年間で特に暑かった年として、2003年、2005年、2009年、2015年、2018年、2020年、2022年を挙げています。気候変動により、さらに暑くなることが予想されます。
「逆に、2021年のような冷涼なヴィンテージは発酵が早いので、より早く瓶詰めすることができます」と彼女は言います。
De Béruは、ワインの構成要素(物質的要素、揮発性物質、アロマ)が強いほど、他の要素(ミネラル、緊張感、酸味)との理想的なバランスを実現するのに時間がかかることを発見しました。
長いエレヴァージュの課題
長いエレヴァージュを行うことには多くの利点がありますが、同じように多くの課題も発生する可能性があります。Kelleyは、特に赤ワインにおいて、pHが高く、VA(揮発酸)のレベルが高いことが、ワインを早めに瓶詰めする技術的な理由であると述べています。
また、De Béruは過剰な揮発酸と雑味のリスクを挙げ、Arlaudはワインが「固くなる」(durcir)可能性を強調しています。さらにWassermanは、春の終わりから夏にかけてセラーの温度が上がり始めると、特にSO2を使わずに造られたワインでは、技術的欠陥(ブレット、酢酸、VA)のリスクが高まると述べています。
Kelleyにとって、総SO2濃度を低く保つこと(遊離亜硫酸20 ppm、瓶詰め時に総亜硫酸40~45 ppm を目標としている)は、長いエレヴァージュに伴う大きな課題です。彼は、低温のセラーと十分なスペースが必要であること、そして樽の効果がワインを支配しないように、非常に高品質の樽が必要であることを挙げています。
願望と現実
では、完璧な世界において、ブルゴーニュにおける理想的なエレヴァージュとはどのようなものでしょうか?
Arlaudの場合、18ヶ月の樽熟成とリリース前の1年間の瓶内熟成が目標ですが、一般的には14~16ヶ月の樽熟成とリリース前の数ヶ月の瓶内熟成が多いことも認識しています。Wolberは理想的な熟成期間はまちまちだと明かします。2021年、彼の赤ワインは20ヶ月熟成させましたが、2022年は10ヶ月しか熟成させませんでした。彼はこれを、果実のバランスによるヴィンテージ・ヴァリエーションだと考えています。
「テロワールによります」と彼は言います。「2020年ヴィンテージのように、糖分が多く凝縮している場合は、パワーがあるので、24ヶ月のエレヴァージュを施すこともできました。
一方、彼の2022年ヴィンテージは、すでに2023年6月に瓶詰めする段階になっていました。
「私にとっては大きな問題でした。ワインにはまだSO2が入っていなかったのですが、春から夏にかけて、私のカーヴは17℃まで上がります」と彼は言い、SO2無添加で暖かい時期にエレヴァージュすることのリスクを強調します。
Wolberは、瓶詰めすることもでき、そうすればワインはSO2なしでも安定する。あるいはリスクを冒してさらに先へ進むこともできると述べています。「このため、それぞれのヴィンテージで長いエレヴァージュが可能か不可能かを見極める必要があるのです」。
Kelleyもこれに同意し、ヴィンテージ、ワイン醸造の方法、セラーのコンディションの全てが、長いエレヴァージュをめぐる決断に影響すると述べています。
彼のアプローチは一般的に滓引きなしの還元的な長期熟成ですが、ワインはそれぞれに異ったものになります。
「2020年のブルゴーニュ赤のようなヴィンテージは、24ヶ月以上の長いエレヴァージュが有効でしたが、2021年の赤のような軽いヴィンテージは短いエレヴァージュが適していました。私は18ヶ月で瓶詰めしましたが、これは多くの人にとっては結構長いエレヴァージュです。」と彼は語り、2022年ヴィンテージでは18ヶ月で瓶詰めするワインもあれば、24ヶ月近くで瓶詰めするワインもあるだろうと言いました。
金銭的な制約
上記の課題に加え、樽の必要性、スペース、キャッシュフローの3つが、生産者がより長いエレヴァージュを追求するのを阻む主な制約となっています。ワインを樽で長期間保存するためには、2セットの樽が必要になる可能性があり、これはコスト的にもスペース的にも非効率です。
De Béruは、長期熟成は全体的な投資であるにも関わらず、全てのヴィンテージがそれに適しているわけではない、そのため管理がさらに複雑になると強調します。
Kelleyも同様に、新樽を全面的に使用したくない場合の空樽管理の問題を強調します。
「これは、生産者が12ヶ月の樽熟成にして、やりくりするための1つの方法になります。つまり、新しいヴィンテージをすぐに樽に補充し、以前のヴィンテージをタンク内に残し、さらに数か月間熟成を続けてから瓶詰めするのです」と彼は言います。しかし、スペースや樽を越えて、最終的に王者に君臨するのは現金です。
「キャッシュフローはスペースと同じくらい考慮すべきことです」とKelleyは言います。
もしそうでなければ、生産者は販売する商品がなくなり、流通を失うリスクがあると述べています。
そして、供給網の問題は、需要の高い産地、特にブルゴーニュにとっては二の次なのです。
引用元: Burgundy Looks to its Old Age
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