ワインのサステイナビリティに対する主張は、いたるところで行われるようになり、実質が伴わないものになる危険性があります。
サステイナビリティに対するワイン業界のコミットメントは、臨界点に達しています。
環境・社会・ガバナンス(Environment, Social, Governance)ガイドラインに対するトランプ政権への反感の声も高まる中、生態系に関する論点は世界から注目されています。
「サステイナブル農業は、今はラベルに記載したところで差別化にはなりません」と、Kent Hospitality Groupのワイン・ディレクターKristen Goceljakは指摘します。「エシカル消費」の進歩的な新時代に向けた歩みは、無数のプレスリリースや自己満足的な発表が相次ぎ、とどまることを知りません。
しかし、この旬な話題であるサステイナビリティについては、業界内、特にワインの販売やプロモーションの下働きをしている人々の間で、不思議なほど意見が分かれています。表向きには団結しているように見えていますが、あまり誠実とは言えず表面的なものもあるようです。
表面的なもの
懐疑主義。しかしこれは「地球温暖化はデマだ」という噂の流用や、「エコ疲れ」の決まり文句ではないのです。ワイン生産が環境に与える影響を軽減することは、意義のある崇高な目標です。
これはグリーンウォッシュ(見せかけの環境保護)への非難ではありません。ワインの専門家たちは博識な集団です。彼らは、企業の偽装によって推進されるサステイナビリティのメッセージは、悪用される可能性があることを理解しています。フォルクスワーゲンは、同社のディーゼル車から排出される窒素酸化物のレベルを偽っていたとして、欧州委員会から5億9000万ドルの罰金を科されました。そして、これは決して特別な事件ではないのです。
では、問題は何なのでしょうか?関係者は、マーケティングツールとしての価値を疑問視しているのです。さらに、動きの速いこの時代において、この伝統的な飲料を適切に守っていくためのサステナビリティ・メッセージの役割にも疑問を呈しているのです。
ワイン離れが進む若い世代を取り戻すための復活への道は、多様性、公平性、包括性(Diversity, Equity, Inclusion)と結びついたサステイナビリティの推進にあるという見方が一部業界では流行しています。
「私の使命は、より多様な労働力が、より広範な消費者層にリーチするために不可欠であることを、業界に認識させることです」と、女性擁護のリーダーであるCurious Vinesの創設者、Queena Wongは言います。
「男女のバランスがあること、特にリーダーシップ層が肝心で、それによりブランドの魅力が増し、業績が高まります。ワインは毎年、市場シェアを失っています。状況を好転させるには、幅広いリーダー層の確保が必要です」。
サステイナビリティと幅広い考え方は倫理的、経営的には良いのですが、必ずしも失われた収入を取り戻す万能薬になるとは言えません。IWSR情報サービスによると、価格、味覚の嗜好、健康への関心が、若い層におけるワイン消費を形成する主な要因であり、エコロジーの証明に対するものではないのです。また、コンサルティング会社CGA by NIQの調査「レストランやバーなどで消費されるワイン・カテゴリーに関するサステイナビリティ」によると、消費者の70%以上がサステイナビリティを重要視しているものの、特にアルコールのような価格に敏感なカテゴリーでは、実際にそれに基づいて購入を決定している消費者は非常に少ないと報告されています。
さらに、私がインタビューした何人かのワイン販売業者は、サステイナビリティのマーケティングは、多くの富裕層が求めるラグジュアリーなイメージと相反する可能性があるとの見解を示しました。これは単に顧客を混乱させるだけかもしれません!
「正直なところ、サステイナブル・ワインへの移行が進んでいるとは思えない。むしろ、罪悪感からくる関心が高まっているだけ」と、英国のTaurus WinesのマーチャンダイザーRupert Pritchettは説明します。
Pritchettによると、ある消費者(特にティーンエイジャーの親)は、次の世代が自分たちの購買習慣に疑問を感じていると言います。サステイナビリティに関する学校での会合の後、熱い議論になることがあるそうです。
「実際は違う」と彼は言います。「こういった親たちは、その後、私たちの店に来て、何か”サステイナブル”な 安心感を求めて、ワインを探すのだ。しかし、サステイナブルな条件に合わない場合でも、お気に入りのワインから離れるとは限らない」。
Taurus Winesは 「地元産、サステイナブル、オーガニックワイン」を売り出すために努力をしていますが、大多数の顧客はあまり関心がないようです。顧客は現在、サステイナビリティよりも価格に重点を置いている一方で、レンジローバーの排出ガス量や二酸化炭素排出量全般について避難されるのは嫌がります」。
マーチャンダイザーのPritchett(および他の多くの人々)は、マーケティング的観点から、伝統と品質の優位性は、包括性や環境配慮のような流行の価値観にまだ取って代わられていないと考えています。とはいえ、古典的な赤いミシュランの星ではなく、グリーンスター(持続可能な取り組みが評価されたレストランに授与される)を追い求めるレストランが増えている中、伝統的な感覚と現代的な感覚の融合が、高級ワインのマーケティングに活用できない理由はないでしょう。
トレンティーノのSan LeonardoのオーナーAnselmo Guerrieri Gonzagaは、「サステイナビリティが真剣に行われれば、それは付加価値になる。私たちは、長年の顧客が私たちのサステイナブルな取り組みを高く評価していることを目の当たりにしている。彼らからいつも直接言われているわけではないが分かるのだ」と主張します。
彼はこう続けます。 「ワインマーケティングの未来は、ストーリー発信の中で、倫理と独自性のバランスを取っていくことにある。真の贅沢とは、深淵さ、意義、本物を意味する。土地、人々、栽培にかかる時間を尊重するワイン、それこそが真のラグジュアリーだ。San Leonardoでは、倫理と卓越性は対立するものではない。共にあるもの。それが私たちのアイデンティティを守り、次の世代に受け継いでいく方法なのだ」。
「サステイナビリティは、私たちの仕事ぶりやチームとしての考え方を変えた。大変な挑戦だったが、心から誇りに思っている。サステイナビリティは今、私たちの仕事のあらゆる側面に関わっている。私たちはこれを世界と共有しながら、そして最も重要なのは、日々誠実に、そして丁寧に実践していくことだ」。
感覚とサステイナビリティ
このような情熱は、もちろん心を揺さぶるものです。しかし、こういった発信が消費者の関心に直接影響を与えるスピードと規模を過大評価している可能性もあるでしょう。一方、顧客対応に携わる専門家の間では、この問題に対する意見は大きく分かれており、向かう方向は様々大きく分かれています。
「お客様は一般的に、サステイナブル、オーガニック、ビオディナミ農法に関する議論に反対することはないが、ほとんどのお客様にとって、ワイン選択の大きな決定要因ではない」と、 Kristen Goceljakは明かします。しかし、 Goceljakが提携するほとんどの生産者にとってはサステイナビリティは、基本的な考慮事項であり、「私たちのワインリストのワイン選定に大きな影響を与えている」と続けます。
エディンバラのレストランAizle のヘッドソムリエStuart Skeaは、この議論をさらに盛り上げます。
「誇大宣伝、つまり”消費者へのセールスポイントとしての”サステイナビリティは、残念ながら作り話だ。ワイン造りについては尋ねられたことは、2007年にグラスゴーのレストランで Hugh Fearnley-Wittingstallからの質問があったが、この一度しかない。人々は単に知識も関心も持っていない」と彼は意見を述べます。
「私は小規模生産者とその懸命な努力に感銘しているが、消費者は興味を持っていないことに気づいた。特に自然派ワインを探している人々は興味を持っていない」。
彼は、一般の人々がワイン生産について、もし何か考えているとすれば、それは二元論的な見方だと言います。「工場的なワイン生産。もう一方は、ベレー帽をかぶり、ゴツゴツした手の農民たちが祖先の故郷への愛のためにただひたすらワイン造りに励んでいるという牧歌的なイメージのどちらかだ」。
しかし、ニューヨークのPrintempsのワイン・ディレクターRen Neumanは、こう主張します。「ワインについて話す時、自然にサステイナビリティが話しに反映されてくる。私の経験上、サステイナビリティなワインは美味しく、生産者は思慮深い、そして、そうそう、彼らは何十年もオーガニック農法を続けている、あるいはリジェネラティヴ農業の限界に挑戦している、といった大きなストーリーを裏付ける時に最も効果的なのだ」。
彼は付け加えます。「講義のようなうんちくではなく、お客様の興味をそそるのだ。ソムリエは毎晩、こうした会話の最前線に立っている。私たちは、サステイナビリティを、根拠があり、共感しやすい形で、話題にすることができる。流行語としてではなく、ワインと生産者を特別なものにする要素として。そういう意味で、私たちは人々の認識を醸成する上で、静かに、しかし重要な役割を果たしていると思う。」
小売業界の話に戻りましょう。Rupert Pritchettは、サステイナビリティに関するメッセージに最も共感しやすい層、つまり若く理想主義的で都会に住む人々は、たいていの場合、富裕層ではないことを思い出します。
若いお客様(20代、30代)は、価格を見るまでは、地元産やサステイナブルな商品に強い関心を示します。新規にオープンした店(例えば、食材の調達から消費までを、半径25マイル=約40km圏内で行うことを目指す)「25マイル・ダイニング」の精神を真似したいビストロやカフェなどから、完全オーガニック、サステイナブル、または地元産のワインリストを求められることがよくありますが、それらのワインの価格は彼らにとって納得のいくものではありません。
「地元のレストランやバーなどの顧客は、消費者が現実的に購入可能なワインをリストに載せるためには、私たちから税抜 £6~6.5($8~8.8)のワインを購入する必要がある。しかし、英国のスティルワインを£13ポンド以下で販売することは不可能だ。こうして結局、ワインはグラスではなくボトルで販売されることになり、悲しいことに、そのワインを買いたかった若い顧客の価格帯からは外れてしまうのだ」。
混乱を招く認証資格
一方で、多様な認証制度を維持することの価値については、議論が続いています。消費者は、業界中心の専門用語や長々と続く頭文字語に惑わされているのではないでしょうか。
Viña Señaのサステイナビリティ責任者であるAndrea Cardenasは昨年、こう語っていました。「幅広い認証プログラムを維持するには、管理とコストの面で多大な労力が必要であり、情報過多によって消費者の混乱を招く可能性もある」。
「類似する認証の基準を統一し、もっと簡素化すべきだ。これにより、異なる企業や製品間のサステイナビリティ活動の理解と比較も容易になるだろう」。
確かに、合理化された管理システムは、消費者がより情報に基づいた選択をし、エコメッセージへの信頼を強化するのに役立つでしょう。また、多くのワイナリーはサステイナビリティを自社のDNAの不可欠な部分として推進し、消費量が減少しヘルシー志向団体からの攻撃にあう中、サステイナブルを糧に生き残ることを望んでいます。
今日のワイナリーは、サステイナビリティのマスタークラスを提供することができます。太陽光パネル、カバークロップ、そして漂う肥料臭、こういったものがワイナリー体験の中心となるのです。二酸化炭素排出量の削減、土壌の再生、そしてスタッフへの意識向上といった、こうした大変な努力を批判するのは、見苦しく不作法です。
しかし、こうした裏方の取り組みが、ワインの存在意義を揺るがすようなジレンマを解決できるなどと偽るべきではありません。私の経験では、最も環境意識の高い消費者でさえ、選択をする時には、エコロジカルなカベルネ・ソーヴィニヨンを選ぶというよりも、ワインのアップグレードに目を向ける可能性が高いでしょう。
ワイン業界はサステイナビリティを拠り所としていますが、それは救世主にはなり得ないでしょう。
引用元:The Dividing Lines for Sustainable Wine
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