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乾燥についての議論~ワイン、灌漑、テロワール~

水は、ブドウ樹の成長やブドウの発育、そしてワインの味にも影響を与える、ブドウ栽培には欠かせない要素です。

 

無灌漑農法を行う多くの地域では、その年にどれだけ水分量を得られるかによってヴィンテージの特徴、つまりどのようにテロワールが表現されるかが決まります。無灌漑農法が不可能な地域では、灌漑をすることで人工的に水分量をコントロールします。

 

灌漑とテロワールの表現について、自然的にではなく人為的にコントロールされた場合どのようなことがいえるでしょうか?乾燥した地域でテロワールを重要視する生産者は、その影響を最小限に留めるために何をしているのでしょうか?灌漑はブドウ樹と根、そしてワインにどのような影響を与えるのでしょうか?

 

水へのアクセスはどのようにワインの味わいに影響するのでしょうか?例えばブドウの成熟期により多くの水分を得ると、温暖な気温に対してブドウ樹の反応が遅くなるため、成熟のスピードや糖分の蓄積、酸の減少、アロマの変化が緩やかになりますが、一方で乾燥した状況下ではその逆の現象が起こります。これはワインの特徴や化学反応の結果に大きな違いをもたらします。別の極端な例を挙げると、干ばつが発生した年は樹冠が短くなることがあるので、糖分の蓄積が抑えられ、水不足によって果実の特性が増大する可能性があります。タンニンの特徴や果実のサイズ、収量は水分の量とタイミングにも大きな影響を受けます。灌漑を行うことで、例えば厳しい暑さの間に水を与えることでそれらの要因をコントロールすることができます。これらはほんの一例ですが、水がブドウ樹やワインに与える影響は多岐に渡ります。

 

水耕栽培かテロワールか?

テロワールには、気温や土壌タイプ、方角、斜面、緯度、風のパターンなど、水が直接的に影響しない重要な要素も多くあります。しかしながら、水の有無は、これらの要素がブドウの生育に与える影響に間接的に作用します。

 

スペインのワイナリーTerroir en Botellaのオーナーであり、スペイン周辺で有機栽培のコンサルティングを行うDominique Roujou de Boubéeは次のように説明します。「灌漑には2つのタイプがあります。1つは収量を増やすため、そしてもう1つは温暖かつ乾燥した地域でワインをコントロールするためで、気候により光合成が停止するのを防止します」

 

収量の増加がゴールであるブドウ畑についてDominiqueは次のように説明します。「工業的なブドウ畑では、ブドウ樹がいつ何を欲しているか(水分や栄養素など)を把握しているため、高い収量を保ちながら十分な熟度を得ることが出来ますが、もちろんそこにテロワールの影響はありません。しかしブドウの出来は良く、無個性で安価な、フルーティーで工業的なワインを大量に生産することが可能です」

 

灌漑が必要だがテロワールが気になるというブドウ畑では、「適切な判断のもとで灌漑を行えば十分にテロワールを表現できると思います。問題はその測量と観察ですが、それは簡単なことではありません」と、Dominiqueは述べていますが、それには鋭い観察眼と技術が必須です。

 

生産者は、灌漑を最小限に抑えて無灌漑農業を模倣することで、ブドウ木に必要なものを与えてあげることができます。カリフォルニアのワイナリーGoldbud FarmsのオーナーであるRon Mansfieldは、エル・ドラードに多くの畑を所有します。Mansfieldは火山性の粘土質土壌の畑をいくつか管理していますが、灌漑が必要な年は限られています。粘土が水分と栄養素を保持するので灌漑をあまり必要としませんが、Mansfieldの地域の砂質土壌では灌漑が必要になります。

 

「私たちは生育期後半の気候と気温によって灌漑をしますが、標準的な気候であれば無灌漑で済みます。(ブドウ樹を注意深く観察することで)樹冠がどのように成長しているかを考えます。もし成長スピードが遅れているようであれば少し水分を与えます」

 

ここ数年の彼のゴールは、ブドウの樹が健康であるために最小限のことをすることです。「通常、私たちが水やりをするのはヴェレゾンの前後だけです。ブドウ樹を活性化させるという意味ではなく、樹冠を少しでも長く保ち、ブドウの成熟を促すという意味で、この方法はうまくいっていると思います」

 

水不足に陥った植物は、防御機能として自らの葉を落とし、そして葉がなければ光合成はストップします。Mansfieldは休眠に先立って収穫後に十分な水分を与え、直近ヴィンテージのブドウに影響を及ばさないやり方でブドウ樹に活力を与えます。

 

渇きを潤す

パソ・ロブレスのTablas Creek は異なる灌漑方法を用います。冬季の降雨にもよりますが、開花までは水分を与え続けますが、「結実後は、蔓が短いなどの視覚的なストレスのサインが見えるまで水やりを止めます。そしてヴェレゾンが始まると、糖分の蓄積のために再度水やりを止めます」と、Tablas Creek の栽培家であるJordan Lonborgは説明します。

 

実は、Tablas Creekは同じ敷地内で灌漑農業と無灌漑農業を同時に取り入れています。2つの方法がもたらす結果の違いを比較することの出来る非常に貴重な機会ですが、しかしその結果は単なる一例であり、すべての畑に当てはまると考えるのは間違いです。

 

Tablas Creekでは気温が40℃を上回ることも珍しくありません。無灌漑のブドウ樹は灌漑されたブドウ樹よりも不利だと考えるかもしれませんが、Tablas Creekではそれは当てはまりません。同ワイナリーでゼネラル・マネージャーを務めるJason Haasは次のように説明します。「無灌漑の根の大部分がより深い、つまりより冷涼な部分に達しているからだと推測します。一方で、灌漑されたブドウ木は植樹密度が高く互いに競争するために暑さに耐えきれず弱ってしまいます。

 

この結果はグラスの中のワインにも影響します。Tablas Creekで醸造を務めるNeil Collinsは次のように述べています。「無灌漑で造られたワインはより大柄でパワフルな味わいになると思っていましたが、実際には違いました。灌漑をして造られたワインのほうが大柄でタンニンが強く、無灌漑で造られたワインはより複雑性とフィネスがありました」

 

他の土地にも当てはまりやすい興味深い観察結果としては、Tablas Creekのように少量の灌漑だったとしても、灌漑は土壌中の根の生育部に大きな影響を与えるということです。Jordanは次のように説明します。「根は水分がある場所に伸びていきます。無灌漑の根は、網目状に広がり土壌の下に向かって伸びていきます。灌漑されたブドウ樹の根は、約30cm下に伸びると、90度回転してブドウ樹の列に沿って伸び、そして約90cmごとにドリップ式灌漑からの水分をキャッチするための細かい根があります」

 

これは深さによって土壌の構成がしばしば劇的に(もちろん必ずではないものの)変化するという点で注目に値すると思います。つまり灌漑・無灌漑の根は、土壌のタイプ(砂vs粘土など)、有機物質の量、ミネラルの含有量、水分量、そして土壌の温度など、ブドウ樹の生育やワインの味わいに影響を与える要素を持った、それぞれ異なる土壌の層に伸びているのです。Haasは次のように指摘します。「(灌漑されたブドウ樹の根の大半が属している)表土には個性がなく、そのほとんどが腐敗した有機物です」

 

これは灌漑されたブドウ樹がテロワールを正確に表現できないという意味ではありません。その証拠として灌漑・無灌漑で造られたTablas CreekのワインはどちらもTablas Creekの味がします。しかしブドウ樹の生育方法に違いがあるように、出来上がったワインは同様にその味わいにも違いがあります。無灌漑で造られたワインについてCollinsは次のように述べています。「無灌漑のほうが優れているかどうかは分かりませんが、より純粋な味わいがします。人工的な影響が少ないほど、その土地を純粋に表現できると思います」

 

さらに彼は、「どちらが優れているかどうかは個人が決めること」という良い指摘をしています。つまり、より純粋にテロワールを表現できているからと言って、そのワインが優れているというわけではありません。無灌漑の古樹からワインを造るワイナリーがカリフォルニアには多く存在しますが、それらの全てが興味をそそられるようなワインというわけではありません。一方で、新世界の魅力的なワインの大半が灌漑された畑のブドウから造られています。また多くの優れたワインは無灌漑農業が出来ない土地から造られているため、灌漑はその土地の表現方法としての可能性を生み出しています。

 

灌漑はテロワールを排除してしまうわけではないですが、テロワールのいくつかの側面を変えてしまいます。しかし、無灌漑農業が人間の影響を全く受けていないわけではありません。南アフリカ・ウェリントンの企業Visual Viticultureのオーナーであり栽培家のJaco Engelbrechtは次のように語ります。「無灌漑農業にも、整地や植樹の技法、有機物、マルチング(根覆い)、台木や品種の選択など、人の手を加えて管理する様々なツールがあります」

 

テロワールとはそもそも不明瞭な概念であり、どんなテロワールであろうとも純粋に真の表現は出来ないということです。ブドウ栽培には人間の影響が付き物です。灌漑が必要なエリアでは、生産者が出来るだけ自然の影響を享受できる方法が存在し、無数の方法で美しいワインが生み出されるのです。

 

ワインがそうであるように、水がワインに与える影響は複雑なので、ワイン・オタクに多くのことを考えさせるのです。

 

引用元:https://www.wine-searcher.com/m/2021/07/a-dry-argument-wine-irrigation-and-terroir

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