今日、多くの栽培家が”Biochar=バイオ炭”についての関心を持っていますが、多くの人はそれが具体的にどのような働きを持っているのか理解していません。
バイオ炭とは、炭を粉末化した土壌改良材の一種です。養分の少ない土壌や枯渇した土壌に有機物を作り出して微生物の数を増やすことで土壌の自立機能が高まり、養分や水分を人為的に供給する必要が少なくなり、人為的介入や生産コスト、そして二酸化炭素の排出量を削減することができるのです。つまり、土壌やブドウ樹は健康になり、環境にも優しく、栽培家への負担も少なくなります。
バイオ炭は熱分解と呼ばれるプロセスを通して、灰にならないような低酸素環境で植物原料を炭化して造られます。「バイオ炭は、そのサイズに対して驚くほど大きな表面積を持っており、その表面は粘着力があります。そのため痩せた土壌からも多くの栄養分をキープして、他者が活用できるようにしてくれます。またその多孔性でスポンジのように表土に水分を溜め込んだり、微生物を匿う家のような役割を果たしたりします。」と、カリフォルニア州Pacific BiocharのCEOである Josiah Hunは述べています。
そして更に驚くべきはその安定性で、バイオ炭は土壌の中で何千年ものあいだ不活性のままです。この安定性のおかげで、特に炭素を分離する力に優れ、土壌が改良されると大気中のCO2をも分離させることができるのです。また、土壌内にある金属汚染物質と強く結合することで、それらが水源や生産物に溶け出すことを防ぎます。環境にも優しく、幅広く使用できる土壌改良剤です。
バイオ炭の起源
バイオ炭は人工的な土壌添加剤として世界中で使用されていますが、”テラ・プレタ・デ・インディオ(インディアンの黒い大地)”として知られるアマゾンと強い繋がりがあります。アマゾンには多くの草木が生い茂っているように見えますが、実は土壌に多くの養分を含んでおらず、植物の再生機能以外では繁栄を続けることができません。フランス国土と同じくらいの規模を誇るアマゾンがこのような養分の少ない土壌でも繁栄することができたのは、バイオ炭が豊富な土壌のおかげです。
有機物の増加
ブドウ栽培においてバイオ炭が用いられるのは、砂質土壌や、薬剤散布などの慣行農法によって弱ってしまった有機物の少ない土壌です。
Doug Beckは、カリフォルニア州のブドウ畑管理会社であるMonterey Pacificの科学責任者で、カリフォルニアのセントラルコーストに13,000エーカー(約5,260ヘクタール)以上ものブドウ畑を管理しています。前職ではコロンビアにある国連機関で土壌科学者を務め、彼自身も実際にアマゾンのテラ・プレタを見てきました。土壌の有機物が豊富であるべき理由を彼は次のように説明します。「もし土壌に含まれる有機物が1%未満だとすると、ブドウ畑はもはや自立的に機能しないことを意味します。機械的に養分を与えることは可能ですが、そのような形で与えられた養分は土壌に留まることができず、微生物の数は少ないままです。その方法で質の高いブドウを生産することも可能ではありますが、有機炭素と微生物量が多いと、土壌そのものの働きがより活発になるので、水や肥料を人工的に与える必要も少なくなり、病害に対する免疫力も向上します。」
Beckが管理しているカリフォルニアのセントラルコーストの砂質土壌には、わずか0.8%の有機物しか含まれていないことも稀ではないそうです。バイオ炭の保水効果の例として、干ばつの恐れがあるカリフォルニアの地ですら、バイオ炭を用いた砂質土壌は灌漑が必要になるまで1〜2ヶ月長く耐えることが出来るそうです。
枯渇した土壌もまた、土壌中の有機物が少なくなる例の1つです。カリフォルニア州ソノマにあるBedrock Wine Companyで栽培責任者を務めるJake Neustadtは次のように説明します。「我々は、長年の過耕作などで有機物を失ってしまった、多くの古いブドウ畑を引き継ぎます。年に4度の耕作をしていた可能性もあり、傾斜にある畑の表土は下部に擦り落ちてしまっています。このような荒れ果てた土地には有機物はほとんど存在しません。」
Bedrockは約7年前、荒れた畑を再生する際にバイオ炭を使い始めました。「畑を再生するうえで最も重要なことは、健康的なカバークロップを栽培することです。バイオ炭を使用すると、土壌が養分、水分、微生物といったあらゆる物質を保持する力がたちまち向上するので、カバークロップの草木が増加する様子がすぐに伺えました。」
変化は更に続きます。初期段階では、バイオ炭はカバークロップが成長するために必要な物質のみを溜め込みます。するとカバークロップの根が土壌の微生物に養分を与えるようになり、微生物がその数を増やすので、植物の再生機能が高まり、養分を保持する力も向上します。さらに、カバークロップは固くなった土壌をほぐし、水分の浸透性や土壌の通気性を改善します。健康な土壌と豊富なカバークロップは、有益な昆虫をもたらします。畑の自立機能が高まると、より自然な状態に近づくのです。
バイオ炭とテロワール
たしかにバイオ炭は何千年ものあいだ持続し、土壌の特性を変えることが出来ますが、果たしてテロワールをも変化させるのでしょうか?カリフォルニアのワイナリーBonny DoonのRandall Grahmは実際に自身の畑にバイオ炭を取り入れ、それがテロワールの変化にどう影響するかを実験してきました。「たしかにバイオ炭はテロワールを変化させますが、カバークロップを増やしたり、植樹したり、肥料を撒いたり、その土地に関わる全てのことがテロワールを変化させます。耕作はテロワールの形態を崩すことに大きく影響します。バイオ炭は菌根(微生物の中でも最も重要なグループで、土壌の養分を根に運ぶ役割を果たす)を活発にするので、テロワールの特徴が顕著になることは確かです。」Grahmにとってバイオ炭とはテロワールを変化させるものではなく、本来テロワールが持っている力を最大限に引き出すことが出来るアイテムと考えているようです。
カリフォルニアにあるPopelouchumという畑において、彼は植樹の前にバイオ炭を使用することにしました。この畑はカリフォルニアでドライ・ファーミング(無灌漑農業)が可能なギリギリのエリアに位置しており、バイオ炭を使用することで無灌漑農業が可能になるかもしれないという、彼の希望の一つでもありました。テロワールの観点からすると、これは大きな賭けのように思えます。ある土地に対する何らかの変化がテロワールを崩すことになると言うなら、Grahmが行っていることは無害で、むしろテロワールの力を引き出してくれます。なぜなら無灌漑農法は、灌漑という人為的な方法ではなく、自然の雨によってヴィンテージを特徴づけるという、テロワールの持つ最も重要な部分を手に入れるためのものだからです。
Grahmはカリフォルニアのテロワールについて次のように説明します。「カリフォルニアにはミネラルが豊富な土壌はありません。特に砂質土壌においては、ミネラルの吸収を促進させるにあたってバイオ炭は非常に有効です。スイスでは浸食を経た多くの岩石が土壌溶液に溶け出していますが、バイオ炭にはそのような大きなインパクトはありません。しかしながらミネラルが欠乏し、干ばつの問題があるカリフォルニアではバイオ炭は有効だといえます。」
バイオ炭は多くの観点からも有望な土壌改良剤だといえます。栽培家にとってはコスト削減に役立ちます。伝統主義者にとっては、畑への人為的介入を少なくするメリットがあります。環境への意識が高い人々にとっては、炭素を抑えて廃棄を減らし、土壌や大気を浄化させる最適な方法です。そして何より高品質なワインに興味がある人にとって、良質な有機栽培が普及すれば、健康的で幸福な畑がより良いワインを生み出すという理論に異議を唱える人はいないでしょう。
引用元:https://www.wine-searcher.com/m/2020/05/biochar-the-vineyards-next-big-thing
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