ボルドーのアペラシオンからは排除され、生産者からは嘲笑され、そして常にメルローの支配下にあったカベルネ・フランの歴史は決して輝かしいものではありませんでした。
確かにロワール地方のシノンで生産されるフレッシュでジューシーなカベルネ・フランや、Cheval Blancにおけるカベルネ・フランの重要な役割を指摘することができるかもしれません。また、南アフリカやトスカーナ、カリフォルニア、アルゼンチンにおけるカベルネ・フラン単一品種のワインは、このブドウが優美で熟成能力の高いワインを生み出すことを証明しています。
しかしながら、ほとんどの場合その遺産は不名誉なものです。カベルネ・フランがボルドーブレンドの主体になることは滅多になく、サンテミリオンにおいて補助的な役割を務めているにすぎません。メルローが最も多く植樹され、人々から愛されるワインスタイルの一つであるとすれば、カベルネ・フランは裕福な男性の補助を務めるゴルフ・キャディのようなものなのです。
この問題の一部は、高級ワイン産地からの長年にわたる反感です。メドックにおけるカベルネ・フランの不人気は、収量の多さや病害や腐敗に対する耐性の低さに起因しています。栽培の難しさやカベルネ・ソーヴィニョンとの比較など、格付け問わず私が訪問したほとんどの生産者からはカベルネ・フランに対して批判的な意見が挙がります。しかし早熟なカベルネ・フランは、未熟なカベルネ・ソーヴィニヨンに対する保険的な役割になるので、特に冷涼なヴィンテージには非常に有効的です。
興味深いことに、カベルネ・フランは20世紀半ば頃にはボルドー全域で普及していました。しかし生産者たちがメルローの栽培の容易さに気付き始めると、カベルネ・フランはその身を追われることとなってしまったのです。
Chateau Lagrangeの最高経営責任者であるMatthieu Bordesは次のように語ります。「たしかにカベルネ・フランは、暑い年にはメルローよりもフレッシュさをもたらしますが、カベルネ・ソーヴィニョンと比較するとストラクチャーや密度、余韻の長さに欠けます。その優美さが特徴だと主張する人もいますが、多くのワインがカベルネ・ソーヴィニョンより希薄なものに感じます。実際にメドックの多くのワイナリーではカベルネ・フランをカベルネ・ソーヴィニョンに植え替えています。1970年代に植樹された質の低いクローンが広く出回っているためです」
しかし近年の地球温暖化がヨーロッパでのブドウ栽培に大きな影響を与えているため、カベルネ・フランにセカンドチャンスを与えようとしている生産者も存在します。近年、ボルゲリやボルドー右岸の生産者たちは過熟でアルコールの高いメルローに悩まされています。メルローは気温の上昇と干ばつに適さないというのが一般的な考え方です。果たしてカベルネ・フランは有力な代替策となりうるのでしょうか?
2020年、Domaines Barons de Rothschildの会長を務めるSaskia de Rothschildは、ポムロールの所有地L’Evangileにカベルネ・フランの作付けを増やすことで「将来の計画を立てている」と発表しました。
「ボルドーでは素晴らしいヴィンテージが続いていますが、だからと言って警戒心を抱いていないというわけではありません。特に右岸のL’Evangileでは暑さに敏感なメルローが主要品種です。そこで我々はカベルネ・フランとカベルネ・ソーヴィニョンの作付けを増やして、将来のバランスの取れたブレンドのために計画しているのです」
メルローの後任
Saskia de Rothschildだけではありません。シャトーのオーナーグループが開催したオンラインセミナーにおいて、数人の生産者たちがボルドーにおけるメルローの将来について意見を述べていました。
フロンサックのChateau de la Dauphineで副代表を務めるStephanie Barousseによると、彼女は熟したメルローの寛大さを気に入っている一方で、アルコールレベルの上昇を懸念しています。
「過去数年のヴィンテージではアルコール15%を超えるワインもありました。メルローは素晴らしい品種ですが、早熟のため暑い年にはそれが問題になります。アルコールレベルのバランスを崩したくないので、次のヴィンテージでは晩熟なカベルネ・フランの比率を増やす予定です」と、Barousseは述べています。
トスカーナの生産者たちは、ボルドーブレンドのワインや、サンジョヴェーゼのワインにカベルネ・ソーヴィニョンやメルローを加えることで大きな利益を上げてきました。しかしTenuta di TrinoroのオーナーであるAndrea Franchettiはカベルネ・フランがスポットライトを浴びていくだろうと信じています。
Franchettiは次のように語ります。「カベルネ・フランはボルドーとトスカーナでは優れた素材で、日照量が増えれば単一品種でも素晴らしい品質のワインが造れるでしょう。メルローよりもリッチかつ複雑で、特に気候変動による暑さにも優れた耐久性があります。21世紀において、カベルネ・フランはカベルネ・ソーヴィニョンに代わって、イタリアや南ヨーロッパの主要な黒ブドウとして重要な役割を果たしています」
メルローとカベルネ・フランの決定的な違いはその熟度の遅さです。Ornellaiaの醸造長を務めるAxel Heinzによると、日照時間の短さと気温の低さの恩恵を受けて、トスカーナ沿岸部では通常9月初旬にカベルネ・フランが完熟するそうです。
「カベルネ・フランはアロマや複雑性を失わずに猛烈な暑さをも耐え抜く素晴らしい能力を持っています。2003年や2009年のような暑い年には、カベルネ・フランが成功の鍵となりました」と、Heinzは説明します。
しかしこれは望ましい未来像なのでしょうか?
カベルネ・フラン主体のボルドー右岸のワインや、カベルネ・ソーヴィニョンとカベルネ・フランが50%ずつブレンドされた2030年のOrnellaiaを想像してみてください。消費者は柔らかく親しみやすいメルローを愛しています。映画『サイドウェイ』では主人公のMilesがメルローを批判していましたが、メルローの豊満さはピノ・ノワールの優美な魅力を上回るのです。淡い色で鉛筆の削り節のようなアロマを持ったカベルネ・フランを、消費者はメルローと同様に受け入れるでしょうか?もしカベルネ・フランがメルローの地位に君臨するようなことがあれば、ポムロールのようなアペラシオンはその魅力を失うことになるでしょう。
Chateau LagrangeのBordesは、サン・ジュリアンでカベルネ・フランがメルローの代替になることはないと語ります。「カベルネ・フランがサン・ジュリアンで人気を博すことはないと思います。たしかにメルローは2018年のような暑い年に苦戦します。その点、カベルネ・フランは温暖な気候に適しています。とはいえ、高品質なワインを造るためには良質なクローンが必要です。ボルドーで使用されるカベルネ・フランのクローンは質の低いものが多いのです。一方でカベルネ・ソーヴィニョンは我々の砂利質の土壌でよく熟します。気品を失うことなく濃厚なワインを造ることができています」
カベルネ・フランの熱心な愛好家であるOrnellaiaのHeinzでさえ、この品種の栽培が困難であることを認めています。「カベルネ・フランが最高品質のワインを生み出すことはできますが、ピノ・ノワールに匹敵するような厳しい品種です。成功するか失敗するかの二択で、その中間地点はないのです」
しかしながらOrnellaiaの才能ある醸造家たちは引き続きこの問題に取り組んでいます。気候変動の状況を鑑みてブドウ畑を再構築することはある種のトレンドです。メルローが苦戦する中で、カベルネ・フランのような変動性の高い品種が成功を収めることが出来ると、イタリアとボルドーの多くの生産者が信じているのです。
地球温暖化はカベルネ・フランに一世一代のチャンスを与えようとしているのです。
引用元:https://www.wine-searcher.com/m/2021/07/cabernet-francs-shot-at-glory
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