2012ヴィンテージ ボルドー・プリムール報告 (営業 古川 康子)
4月の第2週、2012ヴィンテージのボルドー・プリムール試飲会が行われました。 ユニオン・デ・グランクリュ・ド・ボルドー(UGCB)によると、67か国約5,800人の参加があり、昨年より7%増加しました。私自身は昨年参加しなかった為、2年ぶりのプリムールとなりました。そのグレイトヴィンテージであった 2010年よりは14%減少。偉大年にしか興味のないアメリカ人の姿が圧倒的に減ったように感じましたが、その通り全体の 70%がフランス国内からの来場者でした。2009年、2010年の様な活況は無く、シャトーの中にはティスティング会場を以前よりも縮小しているところもあるくらいです。何とも分かりやすい、もうひとつのヴィンテージ風景です。
2012年ヴィンテージ情報
何故ボルドー・プリムールへ行くか?もちろん、その年のシャトーの動向を知り、品質を見極め、買付をするのが第一義ですが、その最も大きな副産物として“ヴィンテージを知る”ということがあります。このたった 1週間の試飲のために、各シャトーは立派なリーフレットを作成しています。そこにはシャトーの説明にとどまらず、 1年間の詳細な気象データ、それに伴う開花や成熟などのブドウの生育情報、とくに収穫日においては品種や樹齢別などで開始日と終了日を記載。そのヴィンテージの品種構成やアルコール度数、酸度などの成分情報、収量や樽比率など事細かに記載されています。こんなことが出来るのは、フランスでもボルドーだけでしょう。
ワインの味わいは当然気候に左右されます。これらの情報を見るだけでも、ヴィンテージの特徴を想像することが出来ます。シャトーごとの味わいのイメージもついていますので、毎年同時期に同条件で実際試飲することで、気候による味わいの差を見ることができます。そしてボルドーを基本のヴィンテージ情報として把握することで、他の産地も見て行くことが容易となります。
さて、2012年はひとことで表現するなら“遅いヴィンテージ”、生産者の辛抱が伺い知れる年です。 4月に20日間以上雨が降り、平年の2.5倍という異例の降雨量。5月に入ってからの気温も上がらず、湿度が高く寒い春が続きます。霜の被害や生育の遅れにより、開花時期は2009年や2011年より約1カ月遅れての5月末から6月初旬となりました。この時点で遅い収穫期は確定。といっても2010年も同時期であったわけで、そこからの気候が更に重要になってきます。
しかし、“夏”が来たのが7月中旬。ブドウの色づきは早いシャトーで 7月20日過ぎ、遅いシャトーでは8月中旬という、これもまた異例の遅い時期となります。しかし、幸運にも 9月第3週までは晴天で非常に乾燥した日々が続き、温度も上がりすぎなかったことから、ブドウが過熟することなくフェノールの合成が進み、じっくりと成熟していくことができました。
9月の最終週になり、また雨。すでに十分成熟していた早熟なメルロは収穫が終わっていましたが、さらに成熟をぎりぎりまで待ち、メルロでも10月に入ってから収穫をスタートさせたシャトーもたくさんありました。メルロにとっては、ぎりぎり良い状態で成熟したブドウを収穫することができたのです。しかし、晩熟のカベルネには時間が足りませんでした。 10月に入ってからの成熟のスピードは格段に遅くなる上に病気のリスクも高まります。“待つ”時間もカベルネにはそれほど与えられず、残念ながら偉大年のようなタンニンや凝縮感のある成熟を得ることはできず、厳しい課題を生産者に突きつけることとなりました。
ずばり、ポムロール・イヤー2012
上記の通り、成熟を待つことが出来たメルロには良年と言える出来となりました。
2009 年 2010 年の凝縮感などには及ばないものの、逆に2009 年のような気になっていた高すぎるアルコールや強健なタンニンではなく、非常に繊細でフィネスのあるワインに仕上がっています。オーゾンヌは個人的にもこれまでで最も感動したヴィンテージであり、Best of 2012 となりました。ポムロールのトップ・シャトーにおいては、どの当主たちも「自問自答した非常に難しいヴィンテージであった。」と口を揃えていましたが、いい意味で期待を裏切ってくれた素晴らしいワインのティスティングとなりました。ル・パン、ヴュー・シャトー・セルタン、ラフルール、レグリース・クリネ、クリネなど、毎年プリムール訪問するこれらのシャトーの全てにおいて言える結果です。
一方、左岸のシャトーは厳しさが如実に表れていました。2 級以上のシャトーは確かに上手く仕上げています。1級はともかく、2級のモンローズやデュクリュ・ボーカイユはこの厳しい状況の中、懸命な努力を感じました。しかし2009 、 年や 2010 年のそれとは明らかに違う。「頑張っているけど、弱いねぇ…」と思わず漏らしてしまいます。シャトーの努力と“ヴィンテージ”の間で、ワインが自然の産物であることを悔しい思いで受け止めざるを得ない瞬間でした。
進化?するボルドー
ヴィンテージに向き合い闘ったシャトー。新しい醸造設備の完成により、倍のタンク数でより少量での区画別醸造が可能になったムートン。クレール・ミロン、ダルマイヤック、プティ・ムートンに於いても確実に完成度が上がっています。「いいじゃない!」ヴィンテージの苦労がわかってくる中で、シャトーの努力に勇気づけられます。
ピション・ラランドでは、来年から導入予定であった新しい選果マシーンを厳しいヴィンテージの中、前倒しで導入。選果台を大勢の人が囲み粒よりの選果を行い、ブドウがまるでキャヴィアかのような風景はよく目にしますが、今や機械がレーザーで色やサイズを見極めてはじくとか。目にすることが出来なかったのは残念ですが、時代の進化に驚いたことのひとつです。この機械、すでに日本のサクランボの選果などでも導入されているそうです。常に新しいものを最初に取り入れるボルドーの姿がここにあります。
また、新しいものではないですが、進化のために常に最適なものに取り組もうとする姿勢は醸造タンクにも見られました。ステンレスタンクから木製の解放樽での醸造が主流となったと思いきや、現在ではコンクリートタンクを導入しているシャトーが目立ちます。南仏で見るのとは随分違った美しいタンクです。2009 年の 100 点獲得でその手腕を知らしめたポンテ・カネ。馬の耕作やビオディナミなど革新的な取り組みをしていますが、陶器の壺であるアンフォラでの熟成にも試験的に取り組んでいます。サイズや形状の異なるものでの実験段階ですが、ブドウの自然な表現を保持し、樽の影響を避けるのが狙いのようです。
ボルドーでは初めての試みです。果たしてビオディナミのように追随するシャトーが出てくるのでしょうか。今後が非常に楽しみな風景でした。
バブルなボルドー・シャトー達
これらの新しい醸造設備も含めてそうですが、今回ボルドーに行って、どのシャトーも新しい建物や設備が出来ているのに驚きました。現在建築中のところも多々。
明らかに“潤っています!ボルドー・シャトー”。
大規模な改修工事をしていたシュヴァル・ブランなどは、内外観ともまるで美術館と見紛うような立派な建物。溜息しか出ません。なかなか語られるところではありませんが、ボルドーを取り巻く近年の状況を考えると、どうにも複雑な思いになる光景です。
発売価格からの世界動向
例年 5 月から 6 月頃に発表されるプリムール価格ですが、今年は5 大シャトーでもムートンが 4 月中旬にいち早く価格を出し、他も追随しました。ムートンとマルゴーで2011 年対比 33%減、と聞くとかなりの値下げのように聞こえますが、品質的に近いとされる 2008 年と比べると約 160%の価格です。果たして、本当の値下げと言えるのでしょうか???
実際、品質を考慮しても十分な値下げがされなかった 2011 年。2009 年、2010 年と偉大年ゆえ強気の値付けをするのはわかりますが、品質相応の値付けをしなければ市場が動くわけがありません。プリムール以前から、世界中のインポーターからは品質相応の値付けを期待する声が上がっておりました。加えて現在の経済情勢を鑑みて、ネゴシアンもシャトーに対して警笛を鳴らしていました。
しかし、シャトーはこの期に及んでなお、市場の空気を実感できていなかった故のこの値付け。2012 年こそは、シャトー側もいい加減目を覚ましてもらいたいところでしたが…。結果はこの通り。この事態に、イギリスの某大手業者も2012 年プリムールは一切購入しないと宣言。毎年のアロケーションを失う覚悟でのリスクを伴った不買運動です。頼みであった中国も、経済の失速により大幅に購入量を減らしており、2012 年のボルドー・プリムールは完全に失敗であったと言えるでしょう。
今後のボルドー・プリムール
今年のプリムールのもう一つの変化として、ラトゥールのプリムール販売からの撤退があります。資金源を確保することが目的で、歴史的に続いてきたプリムール。しかし、もはやシャトーには十分な資金があり、その必要性は薄らいできました。それよりも飲みごろに達したワインを高値で販売した方がシャトーにとっても利益になると判断したようです。
ラトゥールでは、プリムールが始めまる前に 1995 年シャトー・ラトゥール、2005 年レ・フォールド・ラトゥール、2009 年ポーイヤック・ド・ラトゥールのオファーを出し、プリムールの際にはこれらのワインのティスティングも行われました。果たしてこの動きに追随するシャトーが出てくるかどうかはわかりませんが、プリムール販売で成り立っているネゴシアンにとっては死活問題です。
前述の不買運動といい、このラトゥールの動きといい、売る側のシャトーと一心同体であったネゴシアンとの間に微妙な温度差が出始めていることが伺い知れます。プリムールを取り巻く今後の動向が気になるところです。
評価と美味しさ
“評価”と“美味しさ”は、常日頃わたしたちが決して混同してはならないと言われているふたつの言葉です。
素晴らしい熟成を遂げた偉大年の高額ボルドーと、それには及ばないがその何分の1かで買える飲みごろに入ったオフヴィンージ。と言えば、ご理解いただけるでしょうか。
2012 年ボルドー、決して威大な年ではありません。評価をするべき立場である以上、ここに2009 年や 2010 年と同じ品質の評価は与えられません。しかし、日本人好みの繊細で柔らかさのある味わいなのです。飲みごろをいつまでも待つのではなく、早くから楽しむこともできます。評価が全て!の傾向のあるアメリカ人や中国人には受け入れられないヴィンテージかもしれませんが、日本人は注目してよい美味しいヴィンテージではないでしょうか。お買い得ワインが見つかるかもしれませんよ。ただし、あくまで価格が安ければの話ですが(笑)。
-
前の記事
日本の魚とアルザスワイン (営業 池田 賢二) 2013.07.01
-
次の記事
スマートフォンアプリから見るワインとテクノロジーの関係 (システムエンジニア 加藤 清明) 2013.09.01