【醸造工程を識る】第1弾:プレス(バイイングアシスタント 谷川 涼介)
今回のニュースレターは、「プレス(圧搾)」がテーマです。古くは人の手や足を使って行われていた最も原始的な“破砕したブドウから果汁を絞る”というワイン醸造工程ですが、現在は一度に大量のブドウを絞ることが出来る「プレス機」を使って行うのが一般的です。このプレス機は古代ギリシャ人やローマ人たちが現在の土台となるものを生み出したとされるほど、非常に長い歴史を持っています。
ワイン造りに欠かせないプレス機ですが、生産者に話を聞くと、いくつかの種類をブドウ品種や目的によって使い分けていることが分かります。どんな種類があって、どのような用途で使い分けるのか、解説していきたいと思います。
【プレス機の種類と変遷】
現在使われているプレス機は大きく3種類に分けることが出来ます。
一つ目は、全てのプレス機の原型モデルとなる、上から下の縦方向に圧力を加えて搾汁する「垂直式」または「縦型」と呼ばれるものです。シャンパーニュ地方で伝統的に使用されているバスケット・プレスと呼ばれる木製の圧搾機はこの「垂直式」タイプの典型です。
その後、「スクリュー式水平圧搾機」や「バスラン型」と呼ばれるプレス機が登場します。これは圧力を上から下へかけるのではなく、地面に対して水平に置かれた円柱型タンクの左右両側から中央に向かって圧力をかけることで搾汁します。「垂直式」に比べ、一度により多くの量を圧搾出来るという利点があります。
そして、「空気圧式膜圧搾機」や「ブーハー型」と呼ばれる現在主流のプレス機が登場します。これは、空気で膨らむ大きな風船のような装置が円柱型タンクの内部に備え付けられており、膨らんだ風船がブドウをタンク側面へと押しつぶすことで搾汁します。それほど多くのブドウ果汁が採れるわけではありませんが、果皮と種に余分な圧力がかからない(抽出が強くなりすぎない)ため、非常にクリアなきめの細かい果汁を搾汁できるという利点があります。
また、最新型の「空気圧式」の中には、搾りたての果汁をよりフレッシュに保つため、果汁の受け皿が外気に触れないように覆われており、酸素との接触を完全に遮断することで酸化のリスクを回避するようなものもあります。
生産者にもよりますが、一般的には強い圧力をかけ多くの果汁を得る「水平式」が赤ワインに向くとされ、よりクリアな果汁が求められる白ワインには「空気圧式」が向くとされているようです。
プレス機においては、プレスするスピードと酸化リスクにはトレードオフ的な関係があるとされています。つまり、ゆっくりプレスを行えば繊細な抽出ができるものの酸化のリスクが高まり、逆に酸化リスクを抑えるために早くプレスすると強めの抽出になってしまうということです。
また現在は「空気圧式」が主流であるものの、シャンパーニュ地方では「垂直式」バスケット・プレスが今なお多くの生産者によって使用されています。最近ではボルドーの一部のトップシャトーでも敢えてこのバスケット・プレスを取り入れているところがあるようです。このように、プレス機はどれが優れているというものではなく、どんなスタイルのワインを目指すかによってその選択肢は様々であることが分かります。
<ブドウを入れ(上)、蓋をして上から圧をかけ(下・左)、ブドウ果汁を取り出す(下・右)バスケット・プレスの様子>
【プレスがワインの味わいに与える影響 】
次に、醸造におけるプレス(圧搾)の重要性についてみていきます。ワイン醸造におけるプレスは、白ワインでは破砕・除梗の直後、アルコール発酵の前に行われ、赤ワインではアルコール発酵中~後に行われます。
プレスは単なる工程の一つとして捉えられがちですが、毎回同じように行えば良いというわけでなく、実は生産者たちは状況によって様々な判断をしなくてはなりません。
ブドウの品種を例にとってみると、セミヨンは果肉に多くの水分が含まれているため強いプレスをしなくても比較的簡単に果汁を得ることが出来ますが、シラーは果肉がぎゅっと詰まっているため果汁を得るためにある程度の強さでプレスする必要があります。
また、ヴィンテージという観点からみると、冷涼な年であった場合、たいていブドウは未熟の状態、すなわちタンニンに青さが残っている状態で収穫されることがしばしばです。そのため、赤ワインを醸造する際に、生産者はこの青いタンニンを取り込まないようアルコール発酵の初期段階でプレスを行います。(アルコールは抽出を助ける作用もするため、過度の抽出を止める効果もあります。)一方、暖かい年では多くの場合タンニンは完熟しているため、アルコール発酵終了後すぐにプレスをするのではなく、マセラシオン(醸し)の期間を延ばして甘いタンニンをより多く抽出します。
更に、どのようなワインを目指すかによってもプレスの仕方は変わります。例えば、エレガントで雑味のないスタイルのワインを目指すのであれば、短時間・高圧力のプレスは避けるべきです。なぜならこうした強いプレスはブドウの種を潰してしまい、ワインに荒々しく収斂性の強いタンニンを抽出してしまうからです。
このように、ブドウ品種やヴィンテージ、求めるスタイルによって生産者は様々な選択を迫られているのです。
【フリーランジュースとプレスジュース】
● プレスジュースを使うメリット&デメリット
プレス機やプレスという工程についてみてきましたが、最後に忘れてはならないのがプレスジュースとフリーランジュースの関係についてです。プレスジュースの比較対象として、しばしば持ち出されるフリーランジュースですが、これは白ワインにおいては破砕の際に自然に流れ出た果汁を指し、赤ワインではアルコール発酵&マセラシオン後に発酵槽から抜き取った果汁を指します。
この二つを比較すると、一般的にプレスジュースは酸度が低く、カリウムとpHレベル、そしてフェノール類・タンニンの含有量が多くなります。特にフェノール類・タンニンはプレス圧を強めていくにしたがって果汁内における含有量が高くなります。そのため、生産者たちはプレス圧ごとに何段階かに分けて果汁を取り出し(フラクションと呼ばれる)、それを別々に熟成させて最終的なブレンド用のパーツとして使用することもあります。
プレスジュースを使う利点は、豊富に含まれるフェノール類・タンニンがワインによりボディや品種に由来するアロマ、そして熟成のポテンシャルを与えること。デメリットは、収斂性や苦みを与える可能性があることです。例えば、ブドウ果汁の品質が今ほど高くなかった一昔前のボルドーでは、2ndや3rdワインにはアフターにざらついたタンニンが残るバランスの悪いものが多くありましたが、それは元々果実味が乏しい果汁にプレスジュースを加えたために、力強さや収斂性の高いタンニンが支配的になってしまったことが理由です。また、プレスをするとどうしても目に見えない小さい固形物が入るため、より注意深くろ過や清澄作業をしなければならないこともデメリットとして挙げられます。
● フリーランジュース > プレスジュースって本当?
一番搾りとも呼ばれるフリーランジュースはクリア&フレッシュでエレガントなワイン造りで重宝され、高級キュヴェにはフリーランだけを使うというワイナリーもあるため、二番搾り以降のプレスジュースに比べて品質的に優れているようなイメージがありますが、必ずしもそうとは言い切れません。と言うのも、フリーランジュースが最良とされるのは、あくまでも除梗後のブドウにプレスをする場合であり、除梗していないブドウをプレスする場合は、興味深いことに二番絞りであるプレスジュースに最も価値が置かれています。これは果汁に含まれるフェノール類のバランスや熟成ポテンシャルが考慮されるためです。
例えば、シャンパーニュ地方では、古くから除梗していないブドウをバスケット・プレスで搾汁していますが、プレスジュースをプレス圧によって分けるフラクションの伝統は、修道士ドン・ペリニヨンの時代にまでさかのぼり、1718年に書かれた醸造ガイドラインの伝記には既にその記録が残されています。ドン・ペリニヨンによるとフリーランジュースは繊細すぎて良質なシャンパーニュを作るには個性が足りないとして、しばしば他のワインに使われたり、場合によっては廃棄されたりしていました。二番搾りが最も理想的で、続く三番搾りまでは品質的に容認されていたようですが、四番搾り、そしてそれ以降のプレスジュースはタンニンや色味が強く出すぎているために、高品質なシャンパーニュには向かないとされ、ほとんど使われなかったようです。
このようにプレスジュースに最も価値が置かれる場合もあり、一概にフリーランジュースが優れていてプレスジュースが劣っているとは言えません。生産者は自身が目指すワインのスタイルに適した圧搾果汁を柔軟に使用しているのです。
以上のように、「プレス」にまつわる考慮すべき項目をご説明してきましたが、生産者にとって大切なのは、目指すワインのスタイルをイメージしてその味わいを実現するために、どのようにプレスを行うかを的確に判断することです。すなわち、品種の特性やヴィンテージによって異なるブドウの生育具合を理解した上で、フリーランのみを使用するのか、プレス機はどれを使うのか、どのタイミングでどれくらいの圧をかけてプレスするのかを一つ一つ決定しているのです。
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