気候変動とワイン造り~ADVICLIMが示すブドウ栽培の未来①~(仕入れ担当 末冨春菜)

地球上で生きている私たちにとって切っても切れない地球温暖化の問題。
まだ記憶に新しい2023年、この年は異常に暑く、世界各地で40℃越えを記録し、山火事などの自然災害も相次ぎました。世界気象機関(WMO)は、2023年の世界平均気温は1850〜1900年と比較して、約1.4℃上昇し観測史上最も高かったと発表しています。
同年7月、国連の事務局長による「地球温暖化(Global Warming)から地球沸騰化(Global Boiling)の時代に入った」という発言は、非常にインパクトがあり、印象に残っている方も多いのではないでしょうか。我々が口にしているワイン、そしてブドウもその影響を大きく受けています。
皆さまは、ヨーロッパの複数の機関や研究者が連携し、2014年から2020年に活動していた「ADVICLIM」というプロジェクトをご存知でしょうか?ADaptation of VIticulture to CLIMate change (=気候変動へのブドウ栽培の適応)の頭文字を取っており、気候変動がワイン産業に与える影響を研究し、適応策を提供することを目的としていました。このプロジェクトには、フランス国立農学研究所やドイツのガイゼンハイム大学をはじめとする国際的なパートナーが参加し、地域レベルでの気候変動データの収集・分析、栽培技術の最適化、持続可能な農業手法の提案などに取り組みました。
今回はADVICLIMがまとめた『気候変動に合わせたブドウ栽培マニュアル』をもとに、気候変動がブドウ栽培に与える影響と、それに対して生産者が取るべき対応について、数回にわたって詳しく解説していきます。
第1回となる今回は、導入編として、ブドウ栽培における気候変動の概要をご紹介します。すでにニュースなどで耳にしたことのある内容も多いかもしれませんが、現状を整理するための参考になれば幸いです。
①ブドウ栽培と気候変動
地球温暖化の進行はかつてない速度で加速しており、1950年代以降、気温の上昇が顕著になっています。異常気象も増加しており、洪水や寒波、集中豪雨、雹、干ばつ、ハリケーンなど、極端な気象現象が世界各地で観測されています。降雨量の変化は地域差が大きく、北半球の中緯度から高緯度では増加傾向にある一方、亜熱帯地域や地中海地域、南アフリカでは減少しています。
20世紀末まで、気候変動がブドウやワイン生産に与える影響についての研究はほとんど行われていませんでしたが、2010年頃から研究が活発化し、その影響がより明確に理解されるようになりました。ADVICLIMの観察によると、既に我々が実感している内容も含め、以下の変化がワイン生産地域で確認されています。
- 温暖化の進行: すべてのワイン生産地域で気温上昇が進んでおり、その速度や規模は地域によって異なる。
- 降雨パターンの変化: 年間の雨季と乾季の時期に大きな変化はないものの、年ごとの降雨量の変動が激しくなり、ブドウ樹への水供給に影響を与えている。
- 生産地域の変化: 北緯のワイン生産地域では温暖化によりブドウ栽培に適した気候になりつつあるが、 南ヨーロッパなど一部の地域では、現在の品種にとって最適な気温を超えるケースが見られる。
- 新興ワイン産地の台頭: イギリスやスウェーデンなど、これまでワイン生産が限られていた地域での栽培が拡大している。
- 生育サイクルの変化: 多くのブドウ品種で芽吹き、開花、ヴェレゾン(色づき)などの成長段階や収穫開始日が、一般的に2週間ほど早まっている。
- ブドウ成分とワインの変化: 温暖化によりブドウの成分が変化し、アルコール度数の上昇やワインの官能プロファイルの変化が生じている。
②将来の気候変動と予想される影響
現在の研究に基づくと、温室効果ガスの排出が続けば更なる温暖化が起こり、人々や生態系に深刻な影響が及ぶ可能性があります。1986年から2005年までの期間と比較すると、2081年から2100年までの世界平均気温の上昇幅は次の範囲になると予想されています。
■ RCP2.6シナリオ:平均1.0℃(+0.3℃~+1.7℃)
■ RCP4.5シナリオ:平均1.8°C(+1.1°C〜+2.6°C)
■ RCP6.0シナリオ:平均2.2°C(+1.4°C〜+3.1°C)
■ RCP8.5シナリオ:平均3.7°C(+2.6℃~+4.8℃)
ここに出てくるRCPシナリオとは、気候変動予想で用いられる用語で、人間の活動に伴う温室効果ガスなどの大気中の濃度が、将来どの程度になるかを想定したものです。RCP8.5、RCP6.0、RCP4.5、RCP2.6シナリオの4種類があり、RCPに続く数字が大きいほど、地球温暖化を引き起こす効果が大きいことを意味します。
温室効果ガスの排出量が数十年で大幅に減少すれば、最も楽観的なRCP2.6の範囲内で推移する見込みですが、排出が現在と同じペースで続くと、最も悲観的なRCP8.5シナリオに近づくと言われています。どのシナリオの場合も、程度の差はあれ気温の上昇は確実であり、平均年間降雨量は高緯度地域で増加する一方で、乾燥した亜熱帯地域では減少することを示しています。
つまり、ブドウ栽培において、気候は引き続き上昇し、降水パターンは今後も変化し続けること。さらに異常気象はより激しさを増し、ブドウのフェノロジー※は大幅に進むと予測されています。
(※フェノロジー:萌芽、開花、結実、ヴェレゾンなど季節ごとの主要な発育段階や状態の変化のこと)
③具体的な変化
では、具体的にどれくらいの変化が起きているのでしょうか?ADVICLIMによるアルザスとロワール渓谷の記録データを例にとって見てみましょう。
3-1. アルザスにおけるフェノロジーの変化(図1.a)
図1は、アルザス地方のリースリング種におけるヴェレゾン(色付き開始)と開花時期の変化を示したものです。
グラフには2種類の線があり、それぞれ以下を表しています。
■ グレーの線(ヴェレゾン) と オレンジの線(開花) は、実際に観測されたデータ
■ 黒い直線 は、年ごとの変化を統計的に表した 回帰モデルという統計的な指標
また、各グラフには**決定係数(R²)が記載されていますが、これはデータのばらつきをどれだけ回帰モデルが説明できるかを示す指標で、R²の値が1に近いほどデータの傾向をよく捉えていることを意味します。
以上を踏まえると、このグラフから見えてくることは以下の2つです。
ヴェレゾン(R² = 0.54)
1958年から2013年にかけて徐々に早まっている傾向が見られ、1958年頃は 9月頃 だったのが、2013年には 8月初旬 まで前倒しになっています。
開花(R² = 0.30)
開花時期も年々早まっている傾向が見られます。ただし、R²の値が0.30と低めのため、ヴェレゾンに比べると年によるばらつきが大きいことがわかります。
図1

(a)フランス、アルザスのワイン生産地域で栽培されているブドウ品種リースリングの開花日とベレゾンの傾向
(出典: http://www.developpement‑durable.gouv.fr)
(b)ロワール渓⾕、特にアンジュー、ソーミュール、ブルグイユ、シノンのワイン生産地域で栽培されているブドウ品種カベルネフランの糖度と総酸度の変動 (出典: Neethling 他 2012)
https://www.researchgate.net/figure/Huglins-Heliothermal-Index-classes-Tonietto-and-Carbonneau-2004_tbl1_257140295
3-2. ロワールにおける糖度・酸度の変化(図1.b)
このデータは、ロワール地方におけるカベルネ・フラン種の糖度と総酸度の変化を示しています。データにはバラつきはありますが、ブドウの糖度は年々上昇している一方で、総酸度が低下している傾向が見受けられます。
1981年には収穫時の糖度は160〜180g/L程度でしたが、2009年には200〜220g/Lにまで上昇しました。簡易的な計算方法ですが、一般的に白ワインの場合は糖分17g/Lで1%のアルコール、赤ワインの場合は糖分19g/Lで1%のアルコールが生成されると言われているため、約30年の間に潜在アルコール度数が2%ほど上昇したことになります。
さらにロワールの近い将来(2031-2050)と遠い将来(2081-2100)の予測を見てみましょう。ワイン用ブドウの栽培適性の評価にあたりいくつかの気象指標が存在しますが、その中のひとつにHuglin指数(ユグラン・インデックス)があります。これは、4月から9月の平均気温と最高気温の平均値をもとに、ブドウの成熟に必要な累積熱量を算出する指標で、品種ごとの適応範囲を判断するのに用いられます。
先ほどのRCPシナリオを適用した場合、Huglin指数によると、ロワール渓谷地域は、近い将来(2031-2050)には現在の「冷涼(Cool)」気候から「温帯(Temperate)」気候へと移行し、さらに遠い将来(2081-2100)には「温暖 (Warm)*RCP4.5の場合」または「非常に温暖(Very Warm)*RCP8.5の場合」気候になる可能性があります。その結果、この地域のブドウ栽培環境は早熟品種に適した気候から、晩熟品種に適した気候へと変化していく事が予想されます。
以下はHuglin指数の分類と、それぞれの気候帯で栽培に適した品種をまとめた表です。Huglin指数を参照した場合、現在ロワールで広く栽培されているカベルネ・フランやシュナン・ブランは温帯(Temperate)の枠に入っているため、暫くの間は適応可能です。しかし、2050年以降は気温の上昇により、ロワールの最適な栽培品種がグルナッシュやカリニャン、ラングドックを中心に栽培されるアラモンへと移り変わっていく可能性がある、ということです。
図2
少し話はそれますが、これらの変化を物語るデータとして興味深かったのが、ドイツ・モーゼル地方の生産者マーカス・モリトールのエクスポート・マネージャーが昨年の来日時に語っていた内容です。
彼は、「2018、2019、2020年のモーゼルの平均気温は、ちょうど25年前のブルゴーニュと一致する。ブルゴーニュの2018、 2019、 2020年の平均気温は、ちょうど25年前のコート・デュ・ローヌと一致する。このデータで分かるのは、この25年で各産地の平均気温が、ちょうど南に約300km進んだ産地へと変わっているということだ」と話していました。実際のデータや生産者の声を踏まえると、ADVICLIMが示すロワールの長期予測が決して絵空事ではないことを、改めて実感させられます。
④気候変動への適応策 ~導入~
残念ながら、今後100年間、ワイン生産者は気温の上昇と降雨パターンの変化に直面することになり、これらは主に①ブドウのフェノロジー、②土壌の水分保持といった2つの側面に重大な影響を及ぼすとADVICLIMは示唆しています。
具体的には、①今後、ブドウの各生育段階が早まっていき、夏のより暖かい気候下に成熟期が移行することで、糖度や酸度といったブドウの成分や香りの化合物に影響を与えることや、②気温の上昇、蒸発散率の上昇、降雨パターンの変化により、ブドウ樹はより水分ストレスのかかかる状況で育つ可能性があり、これがブドウの品質と収穫量に多大な影響を及ぼすという点です。
このような問題に立ち向かうため、ワイン生産者が採用できる戦略はいくつかあります。図3は、ADVICLIMがまとめている代表的な対応策と、それによるフェノロジー、水分ストレスへの効果を示した表です。ブドウの成長について見てみると、剪定時期を遅らせることや台木の種類を変えることは、3〜6日程度ブドウ樹の成長を遅らせることができますが、品種自体の選択・見直しといったドラスティックな選択は10〜25日間も影響を及ぼすことが可能になります。
図3 the LIFE-ADVICLIM project
特定の区画における気候変動の継続に対する適応反応の可能なタイプの例(Van Leeuwen 他 2016 より引⽤)
適応策 Adaptation measures |
ブドウの成熟遅延への効果 Effect on delaying grape ripening |
適応策 Adaptation measures |
水分ストレスへの効果 Water stress Intensity |
剪定日を遅らせる Delaying pruning date |
3-5日 | カバークロップの種類 Cover crop species |
弱い Weak |
樹幹の高さを増す Increasing trunk height |
3-5日 | 土壌耕作技術 Soil tillage techniques |
弱い Weak |
葉面積/果実重量比を減らすReducing leaf area/ fruit weight ratio | 5-12日 | マルチング技術 Mulching techniques |
弱い Weak |
台木の品種選択 Choice in rootstock variety |
3-6日 | 樹形管理 Trellising system |
中程度 Medium |
クローン選択 Clonal selection |
3-8日 | 台木の品種選択 Choice in rootstock variety |
中程度 Medium |
ブドウ品種の選択 Choice in grapevine variety |
10-25日 | 灌漑(かんがい) Irrigation |
強い Strong |
これらの戦略は、収穫管理方法などの短期的な調整から、品種の選択などの長期的な調整まで多岐に渡ります。
ADVICLIMでは、短期的〜長期的な対応策と、気候変動への効果も表にしてまとめており(図4)、縦線の上に行くほど長期的なアプローチとなり、横線の右に行くほど気候変動への効果が大きいことを意味します。
図4

気候条件の変化に対する適応戦略の種類を、短期・中期・長期の視点で示したもの(この結果はソーミュール・シャンピニーのワイン生産者の回答に基づき、Nicholas と Durhan(2012)の枠組みに沿って調整されたもの)
気温の上昇や降雨パターンの変化に応じて、各戦略の性質や効果は異なりますが、ADVICLIMの調査では、ブドウ品種の選択や灌漑の使用といった長期的な対策が最も効果的だという結論が出されています。ですが、これらの長期的な対策は、短期〜中期的な対策に比べ、ワインのスタイルと品質に大きな変化をもたらしますので、ワインのTipicity (産地の個性)を維持したいであろう多くの生産者にとっては、必ずしも最善の解決策ではないでしょう。実際に生産者から話を聞くと、この表における短期的〜中期的な対応について語られることが多いと感じています。
次回のコラムでは、主要な短期的アプローチにフォーカスをして、ADVICLIMの提言を紹介するとともに、実際に生産者が導入している具体的な事例などをご紹介していきたいと思います!
【参考出典元】
LIFE ADVICLIM “Adapting Viticulture to Climate Change Guidance Manual to Support Wine Growers’ decision-making” 2016年
Meteoblue “Huglin Index” 掲載年不明
長野県ワイン用ぶどう栽培情報ネットワーク “気象観測情報” 掲載年不明
A-PLAT 気候変動適応情報プラットフォーム “【用語解説】排出シナリオ/RCPシナリオ” 掲載年不明

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