低アルコールワイン最前線: 世界の潮流と日本における未来を紐解く (バイヤー 山田篤典)

健康志向の高まりやライフスタイルの多様化を背景に、ワインの新たな選択肢として世界的に注目度が高まっている低アルコールワイン。最新トレンド、製造技術、そして日本における今後の展望など、その魅力と可能性を考察します。
1.低アルコールワインとは何か? なぜ今注目されているのか?
低アルコールワインとは、一般的にアルコール度数が0.5%以上11%未満のワインを指しますが、国や地域によって定義は異なります。特に近年では、従来のワインよりも意図的にアルコール度数を低く仕上げたローアルコールワインやライトアルコールワインと呼ばれる低アルコールワインの市場が拡大しています。この背景には、いくつかの要因があります。
- 健康志向の高まり:世界的に健康に対する意識が高まり、過度なアルコール摂取を控える傾向が強まっています。特にミレニアル世代やZ世代を中心に、より健康的なライフスタイルを求める動きが活発化しており、アルコール度数の低い飲料への関心が高まっています。
- ライフスタイルの多様化:従来の酔うためのお酒という価値観から、食事や会話を楽しむための飲み物、リフレッシュのための一杯といったように、飲酒シーンや目的が多様化しています。低アルコールワインは、ランチタイムやビジネスシーン、あるいはアルコールに強くない方でも気軽に楽しめる選択肢として受け入れられつつあります。
- 技術革新による品質向上:かつては物足りない、風味が劣るといったイメージが強かった低アルコールワインですが、近年の醸造技術や脱アルコール技術の目覚ましい進歩により、高品質な製品が徐々に登場し始めています。果実味やアロマを損なわずにアルコール度数をコントロールする技術は、ワイン選びのバリエーションを豊かにし、ワイン消費者の満足度向上に繋がっています。
これらの要因によって、低アルコールワインは単なる一過性のトレンドに留まらず、ワイン市場における新たなカテゴリとして確固たる地位を築きつつあります。
2.近年の低アルコールワインにおける世界的なトレンド
低アルコールワイン市場は、世界的に急速な成長を遂げています。市場調査会社IWSRの報告によると、2021年から2025年にかけて、低アルコール・ノンアルコール飲料市場は、数量ベースで年平均成長率 (CAGR)8%で成長すると予測されています。特にノンアルコールカテゴリーが最も速い成長を見せていますが、低アルコールワインもこの潮流の中で着実にシェアを伸ばしています。
消費国ランキングと嗜好の変化
低アルコールワインの消費が多い国としては、ドイツ、スペイン、フランスといった伝統的なワイン生産・消費国が挙げられます。これらの国々では、例えばドイツのモーゼルワインなどのような元々アルコール度数の低いワインが親しまれてきた下地があり、低アルコールという選択肢が比較的スムーズに受け入れられています。
また、アメリカ、イギリス、オーストラリアといった国々でも、健康志向やウェルネス志向の高まりから、低アルコールワイン市場が急速に拡大しています。特に若年層を中心に、あえて飲まない、あるいは飲む量を減らすライフスタイルであるソーバーキュリアスといった動きも見られ、市場成長の大きな推進力となっています。
生産量の増加と品質へのこだわり
需要の高まりに応える形で、世界各地のワイナリーが低アルコールワインの生産に積極的に乗り出しています。大手ワインメーカーだけでなく、比較的小規模なワイナリーも、独自の低アルコールワインの開発に取り組んでいます。
生産量の増加に伴い、品質へのこだわりも一層強まっています。単にアルコール度数が低いだけでなく、ブドウ本来の風味やテロワールの個性をいかに表現するかが重要視されるようになり、醸造家たちはさまざまな技術を駆使して、より洗練された味わいを追求しています。
3.低アルコールワインの種類とそれぞれの生産方法
低アルコールワインは、スティルワイン(赤・白・ロゼ)、スパークリングワインなど、通常のワインと同様に多様な種類が存在します。その製造方法は、大きく分けて「醸造段階でのアルコール生成抑制」と「完成したワインからの脱アルコール」の2つのアプローチがあります。
①醸造段階でのアルコール生成抑制
- ブドウの早摘み:ブドウの糖度が上がりきる前に収穫することで、発酵によって生成されるアルコール量を抑えます。ただし、未熟なブドウは酸度が高く、フェノール類の成熟も不十分な場合があるため、アロマや風味のバランスを取るのが難しい側面もあります。
- キャノピー・マネジメント:畑における日照量や葉の量を調整することで、ブドウの糖度上昇をコントロールする方法です。※③にて詳細説明
- 特殊な酵母の使用:アルコール変換効率の低い酵母や、特定のアロマを生成しつつアルコール生成を抑える酵母を使用する研究が進んでいます。これにより、より複雑な風味を持つ低アルコールワインの製造が可能になりつつあります。
- 発酵の中断:発酵途中で冷却したり、亜硫酸を添加したりすることで酵母の活動を停止させ、糖分を残したままアルコール度数を低く抑える方法です。甘口のワインに用いられることが多いですが、残糖と酸のバランスが重要となります。
- マストの希釈:発酵前にマストを水で希釈し、初期糖度を下げることで最終的なアルコール度数を調整する方法です。ただし、風味やボディが薄まる可能性があるため、補糖や補酸による調整が必要となる場合があります。
低アルコールワインの生産と聞いて真っ先に思い浮かぶのはブドウの早摘みかもしれませんが、前述した通り早摘みに伴う未熟感や高すぎる酸度は大きな課題です。特殊な酵母の使用は自然な方法で低アルコールワインの生産を可能にしますが、まだ実験段階としてしか活用していないワイナリーがほとんどです。特殊な酵母を使用することで、醸造上さまざまなリスクが存在することがその要因です。例えば特殊な酵母が生成する独特な風味がワインに影響を与えてしまうことなどが報告されています。
発酵の中断は甘口ワインの生産手法であり、マストの希釈も高品質な低アルコールワインの生産には向いてないことが分かります。そんな中で、後述するキャノピーマネジメント技術を活用した技術が最も自然な形で、高品質な低アルコールワインの生産を可能にしていると考えることができます。
②完成したワインからの脱アルコール技術
従来のワインからアルコール分を取り除く技術も進化しており、風味への影響を最小限に抑えるさまざまな方法が開発されています。
- 逆浸透膜法(Reverse Osmosis)
半透膜を用いて、ワインから水とアルコールを選択的に分離する技術です。比較的低温で処理できるため、アロマ成分の損失を抑えやすいとされています。複数回の処理や、分離したアロマ成分の再添加などが行われることもあります。
▶メリット: 香気成分の保持に優れ、大規模な処理にも対応可能。
▶デメリット: 装置が高価であること、膜の目詰まり対策が必要なこと。 - スピニング・コーン・カラム法(Spinning Cone Column)
真空状態にした円錐状の装置内でワインを薄い膜状に広げ、低温で揮発性の高いアルコール分と香気成分を分離・回収する技術です。香気成分を先に回収し、脱アルコール処理後にワインに戻すことで、風味の損失を最小限に抑えます。
▶メリット: 精密な分離が可能で、高品質な低アルコール・ノンアルコールワイン製造に適している。
▶デメリット: 装置が大型で高価、高度な技術が必要 - 真空蒸留法(Vacuum Distillation)
減圧下で沸点を下げることにより、低温でアルコールを蒸留除去する方法です。比較的シンプルな装置で実施できますが、高温に比べれば穏やかであるものの、熱による香気成分への影響は避けられません。
▶メリット: 比較的低コストで導入可能。
▶デメリット: 熱に弱い香気成分が失われる可能性がある。
逆浸透膜法やスピニング・コーン・カラム法はいずれも風味への影響を最小限に抑える高度な技術ですが、それでもやはり全く影響を及ぼさないということはなく、通常のワインに比べると違和感を感じることが多いです。
③選択的葉除去(Selective Leaf Removal: SLR)
このように低アルコールワインの生産方法は近年ますます増えてきていますが、フィラディスが最も注目している低アルコールワインは当社の取り扱い生産者であるForrest Winesが積極的に取り組むキャノピーマネジメント技術を発展させた選択的葉除去(Selective Leaf Removal: SLR)を実践した低アルコールワインです。
SLRは、収穫期のブドウ糖度を自然な形で抑制しながら、品質や成熟度を維持・向上させることで自然な低アルコールワインの生産を目的とした手法です。
一般にブドウの成熟は葉面積に比例した光合成量により左右されるため、葉面積をコントロールすることによって、果粒の糖度蓄積速度を調整することが可能となります。選択的葉除去では、適切なタイミングで戦略的に葉を取り除き、光合成を意図的に制限します。その結果、果実への糖の供給が緩やかになり、アルコール度数が抑えられたバランスの良いワインが生産可能になります。
この手法を実施する際には、次のようなポイントが重要です。まず葉の除去タイミングですが、多くの場合、開花後からヴェレゾン前までの間に実施します。この時期に行うことで、ヴェレゾン以降に急速に進む糖蓄積の速度を抑えることができます。除去する葉の位置や範囲も非常に重要で、一般的には果房周囲の葉を中心に取り除きます。これにより、果房付近の微気候が改善され、特に灰色かび病のような病害リスクの低減にもつながります。ただし、葉を過度に取り除きすぎると、果実の日焼けや成熟の不均一化など、品質低下のリスクがあるため注意が必要です。葉の除去量については、気候や品種により異なりますが、通常は全体の葉面積の10〜40%程度を目安に実施されます。温暖な地域ほど葉の除去量を増やし、冷涼な地域ではやや控えめに設定する傾向があります。
この手法のメリットとしては、自然な方法でのアルコール度数抑制、キャノピー内の風通し改善による病害リスク低減、そして通常のハングタイムによるフェノール類や香気成分の成熟などが挙げられます。
一方でデメリットとしては、葉の過剰除去による果実の日焼けリスクや成熟のばらつき、また除去作業にかかる手間とコストの増加、また高い技術力が必要であることなどがあります。
当社の取り扱い生産者であるForrest WinesのDoctors’シリーズではこの手法を先駆者的に実践し、アルコール度数9%前後の低アルコールワインの生産を実現しています。ブドウの早摘みによる過度な酸味や脱アルコール技術による不自然な介入もなく、自然な味わいの辛口ワインに仕上がっています。
近年の気候温暖化に伴い、欧州を中心とした多くのワイン生産地では過剰な糖度上昇とアルコール度数の増加が問題視されています。そのためSLRは低アルコールワインの生産だけでなくアルコール度数の適正化のための技術としても積極的に導入され始めています。
4.低アルコールワインが拓く新たなワインの世界
今まで見てきたように、低アルコールワインに関する生産技術は目覚ましく発展しており、単なる一過性のブームではなく、現代社会のニーズに応える形で進化を続け、ワインの新たな潮流になる可能性は十分にあるでしょう。その魅力は、健康面への配慮だけでなく、料理とのペアリングの可能性を広げ、これまでワインに馴染みのなかった層にもアプローチできる点にあります。
生産技術の向上は目覚ましく、Forrest WinesのDoctors’シリーズのようなブドウの個性を活かした高品質な低アルコールワインが今後次々と生まれてくるでしょう。これは、ワインの専門家にとっても、新たな知識の習得と提案の幅を広げる絶好の機会です。
世界そして日本において、低アルコールワインがどのように市場を拡大し、消費者のライフスタイルに浸透していくのか、その動向から今後も目が離せません。私たち専門家は、この新しいカテゴリーのワインについて正しい知識を持ち、その魅力を的確に伝えることで、ワイン文化全体のさらなる発展に貢献できるのではないでしょうか。
低アルコールワインは、ワインの楽しみ方を多様化させ、より多くの人々にワインの素晴らしさを届ける可能性を秘めています。この進化する市場に注目し、共にその未来を切り拓いていきましょう。
【参考サイト】

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