乳酸菌とワインの関わり-マロラクティック発酵を探る。 (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)
乳酸菌はワイン造りに密接に関わっています。その活動の中でも最も重要なのが、二次発酵とも呼ばれるマロラクティック発酵(malolactic fermentation, MLF)です。これはほとんどの赤ワインで行われ、多くの白ワインやスパークリングワインでも実施されています。
MLFとは、エノコッカス・オエニやラクトバシルス・プランタルムに代表される乳酸菌により、ワイン中のリンゴ酸が乳酸と二酸化炭素に代謝される働きを指します。青リンゴのようなキレのある酸味を持つリンゴ酸が減少し、穏やかでミルキーな乳酸が増えることで、ワインの酸味は柔らかくなります。また、クエン酸の代謝によって生成されるジアセチルが、バターなどの乳製品を思わせる風味をワインにもたらし、複雑性を与えます。さらに、リンゴ酸が代謝され、乳酸菌が微生物栄養分を消費することで、微生物学的安定性が向上することもMLFの大きな利点です。
一方で、ワイナリーの求めるスタイルによっては、MLFをあえて行わない選択肢もあります。さらに、乳酸菌とワインの関わりはMLFのみに限らず、条件の整わない状況下では醸造的欠陥の要因となり得ることも忘れてはなりません。
今回は、ワイナリーがMLFを行う理由と、あえて行わない意義を軸に考察を進め、さらに乳酸菌fがもたらす醸造的欠陥についても探っていきます。
酸味への関与
MLFは、酸度の強いリンゴ酸をよりまろやかな乳酸へと変換する働きです。この酸度低下のメカニズムは、リンゴ酸がワイン中で2つの水素イオン*を解離できるのに対し、乳酸は1つしか解離できないためです。リンゴ酸1g/Lは酒石酸換算の総酸(TA)で1.12g/Lに相当し、もしリンゴ酸がすべて乳酸に変換された場合、リンゴ酸1 g/LあたりTA は0.56 g/L低下します。ワインのリンゴ酸含有量にもよりますが、最終的に総酸は約TA 1-3 g/L減少すると言われています。
*水素イオンは水溶液中では酸性度を決定する因子
赤ワインにおける主要な目的は後述する微生物学的安定性の確保ですが、白ワインやスパークリングワインではこの酸味減少の観点からMLFの実施を選択する場合があります。地球温暖化の影響により、いかにフレッシュネスを保つかが課題となる今日、酸味減少を利点と捉える生産者は少なくなってきています。それでも冷涼な産地においては、造り手の哲学によってはこれを好意的に捉えるケースもみられます。例えば、シャンパーニュ・ブリモンクールをコンサルタントするユレ・フレールは、すべてのキュベでMLFを実施し、「酸味が下がることで、バランスを取るためのドサージュ量を減らせるから。」とその理由を述べています。これは、ドサージュを減らしてワインの持つフィネスをより明確に表現したい場合に、シャープ過ぎる酸味を和らげるMLFの効果を利点とする考え方です。

ただし、ワインにフレッシュネスを残したい生産者にとってはMLFを回避する選択が主流です。マーガレットリバーのルーウィン・エステートはシャルドネのMLFを完全にブロックしており、その理由を酸味と果実味の純粋さを保ちたいためだと説明しています。一方で、MLFが与え得るまろやかなテクスチャーを犠牲にするため、樽熟成中のバトナージュでそれを補っている旨を付け加えます。
スパークリングワインや白ワイン生産者にとって、MLFによる酸味減少への考え方やアプローチは、求めるスタイルに合わせた重要な選択の一環と言えます。
官能的特徴への貢献
MLFがワインにもたらす官能的な特徴として、複雑性の付与が挙げられます。香りの要素では、ジアセチルに由来するバター香が代表的ですが、その他にも、酵素の働きによるベリー系の香り、アルデヒド代謝によるベジタブル香の抑制、そして口当たりの向上が挙げられます。
ジアセチルについて掘り下げてみましょう。ジアセチルはバターやヨーグルト、バタースコッチなど乳製品に例えられる、MLFによる典型的な香りです。確かに、適量のジアセチル由来の香りはワインに奥行きを与え、香りの重奏感をもたらします。しかし、閾値を超え過ぎるとあまり好意的に取られない要素となるため、「MLFは実施するが、ジアセチルは抑えたい」という考え方が、白・赤ワイン生産者双方にとって主流となっています。
その抑制方法はかなり解明されており、オーストラリアワイン研究所(AWRI)もジアセチルは的確な醸造管理によって制御可能としています。管理方法には、培養乳酸菌の選択、pH、発酵温度、SO2添加量、そして乳酸菌添加タイミングなどがあり、特にコ・イノキュレーション(同時接種)*1が注目されています。AWRIがシラーズとカベルネ・ソーヴィニヨンを用いた研究実験で、選別されたエノコッカスをコ・イノキュレーションした場合、シークエンシャル(順次接種)*2よりもバター香が抑えられたことが報告されています。これは発酵中の酵母がジアセチルを代謝すること、およびMLF自体が早期に完了することに起因すると考えられています。
*1 アルコール発酵中に乳酸菌接種を行い、MLFを同時に行う方法。
*2 アルコール発酵後に乳酸菌接種を行う通常の方法
ジアセチルがワインに与える影響度合いによって、MLFの実施を判断するケースもあります。ドイツ、ファルツのソフィ・クリストマンは、「アルコール発酵中に自然に始まったMLFはジアセチルの香りの影響がないので特に気にしません。しかし、アルコール発酵後のMLFはブロックします。ジアセチル香が顕著になり、リースリングの純粋さを隠してしまうからです」と述べています。
ジアセチルによるバター香は、MLFをブロックする生産者の理由の一つだと言えます。ただし、ジアセチルの生成量がMLFの管理方法によって対応できる点も押さえておく必要があるでしょう。
微生物学的安定性の向上
下げたくない酸味を減らし、足したくないジアセチルを抑える方法を試行錯誤してまで、なぜMLFを行うのでしょうかーーその理由に「微生物学的安定性の向上」が挙げられます。リンゴ酸や微生物栄養分がワイン中に残留すると、瓶内再発酵の要因や欠陥酵母や細菌汚染の要因となり得ます。これらを代謝するMLFは、ワインの微生物学的安定性向上に大きく貢献します。その結果、生産者は最低限の亜硫酸添加や無濾過の選択が可能となります。
シャブリのパトリック・ピウズは全てのキュベでMLFを行います。「そうでなければ無菌フィルターを掛けなければならない。」その理由として、「網目の細かい無菌フィルターは、酵母や乳酸菌などの細菌を除去できるが、ワインの特徴となりうる要素も削ぎ落としてしまう。」と述べています。
無菌フィルター(濾過)がワインの特徴を幾分か減らしてしまうことは事実でしょう。しかし、もし微生物学的安定性を濾過や亜硫酸添加など他の方法で対処できるのであれば、MLFを行わない選択も可能です。この場合、先述したフレッシュネスの保持や果実味の純粋さの維持に重きを置く考え方となります。ワイナリーがMLFの有無において何を重視するかは、ワインのスタイルによって大きく変わってくるのです。
さらに、MLFを行い酸度が下がるとpHも上昇します。一般的にpH 0.1から0.3上昇すると言われます。pH上昇は根本的な微生物汚染のリスク要因となるため、「MLFを行えば完全に安定性に良い」という単純な結論ではない点は忘れてはいけません。

乳酸菌による欠陥
最後に、乳酸菌が関わる醸造的欠陥およびリスクについて触れておきましょう。これは、先に述べたMLFの微生物学的安定性とも密接に関係します。乳酸菌(特にラクトバシルスやペディオコッカスなど)の糖分代謝に代表される、MLF以外の醸造中または瓶詰め後の活動はワインに悪影響を与えます。乳酸汚染(ピキュール・ラクティック)、マウスネス、ジェラニウム香の生成、ローピネス、瓶内再発酵、さらには生体アミンの生成などが、引き起こされる欠陥として挙げられます。いくつか例を見ていきましょう。
乳酸汚染とは、乳酸菌が糖類を代謝することで、揮発酸の代表である酢酸やD-乳酸*を生成する欠陥です。対策としては、アルコール発酵終了時に残糖を残さないこと、および乳酸菌の選抜を行うことが重要です。また、カーボニック・マセレーションを行った赤ワインではMLFが起こりづらい(細胞内発酵の際にリンゴ酸を消費するため)ため、活動力が収まっていない乳酸菌によって引き起こされやすい傾向があります。ボジョレーでしばしば見受けられ、モルゴンのマシュー・ラピエールもアルコール発酵において酵母が糖分をしっかりと食い切ることの重要性を説いています。
* 通常のMLFで生成されるL-乳酸とは異なり、乳製品の不快な匂いをもたらします。
マウスネス(豆臭)は、低介入の自然派ワインで度々見られますが、これも乳酸菌が主な原因です。乳酸菌は酵母に比べて亜硫酸や低pHに対する耐性が格段に低く、これらの管理が大きな対策となります。しかし、高pH状態で亜硫酸が添加されず、長い澱接触や無濾過での瓶詰めが行われると大きなリスクとなります。
生体アミン生成にも乳酸菌が大きく関わっていると言われます。生体アミンとは、頭痛や吐き気の要因とされ、ヒスタミンやプトレシンに代表されます。これは、ワイン中のアミノ酸前駆体が特定の微生物が持つ酵素活動により生成されるメカニズムです。生体アミン生成の抑制には、スムーズなMLFの開始と完了、適切なMLF乳酸菌の添加、そして適切なタイミングでの亜硫酸添加が推奨されます。さらに、コ・イノキュレーションが生体アミン生成を減らすことができるという研究結果をサム・ハロップMWも示しています。
ワイン造りと極めて密接に関わる乳酸菌。酸味を和らげ、まろやかなテクスチャーを与え、バター香などの官能的な要素を付与すると同時に、微生物学的な安定性にも寄与するMLFは、醸造における非常に重要な要素です。
一方で、適切な管理を行わなければ欠陥要因ともなり得ます。乳酸菌との付き合い方には、ワイン造りの難しさと奥深さの一端を表していると言えるでしょう。
織田 楽(Raku Oda)
The Fat Duckソムリエ
1981年生まれ。愛知県豊田市出身。
代官山タブローズ(東京)、銀座ル・シズエム・サンス(東京)での勤務の後、2010年渡英。ヤシン・オーシャンハウス(ロンドン)ヘッドソムリエを経て、2020年よりザ・ファット・ダック(ロンドン郊外)にてソムリエとして従事。同レストラン、アシスタント・ヘッドソムリエとして現在に至る。
インスタグラム @rakuoda
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