「シャンパーニュの真実」セミナーの内容を公開します!(前編)(代表取締役社長 石田大八朗)
現在フィラディスでは20生産者のシャンパンを扱っていますが、輸入する生産者を選定する中で、300件以上のドメーヌを訪問してきました。その中で生産者と話し、試飲を重ねることで見えてきたシャンパーニュの裏事情をお伝えしたいと思います。
前編ではシャンパーニュを取り巻く環境と、味わいに違いを与えるファクターについて、来月発行の後編ではテロワールの考え方やレコルタン・マニピュラン(RM)の勃興、現在のトレンドなどについてお話ししてまいります。
シャンパーニュの概要
ブドウ栽培農家:16,100軒
ネゴシアン(メゾン):360軒
レコルタン・マニピュラン(ドメーヌ、RM):2,000軒 *2012年
レコルタン・コーペラトゥール(RC):2,500軒
*資料:シャンパーニュ委員会(2019年実績データ)
シャンパーニュを造るには通常のワインより多くの設備が必要になるため、小規模栽培家では参入が難しい。それでもラベルに自分の名前を冠したシャンパンが作りたい場合、収穫したブドウを協同組合に渡して現金の代わりに完成したシャンパンを受け取る方法が取られる。ラベルは自分たちで作成するためそれぞれ独自のものだが、中身は同じ。シャンパーニュのレコルタンのうち、半分はこのRC。
栽培農家が16,000軒もあるのにドメーヌが約2,000軒というのは少ないという印象を持たれると思いますが、その要因として、シャンパーニュの栽培農家が他の地域に比べて恵まれていることが挙げられます。一つは、シャンパーニュは意外にも収量が多いこと。ブルゴーニュだとグランクリュで約40hl/ヘクタール、村名クラスで50〜60hl/ヘクタールですが、シャンパーニュでは多い時には100hl/ヘクタールほどもあります。これは南仏の低価格ワイン以上の高収量となりますが、南仏に比べると破格の金額で買い取ってもらえるため、ブドウを栽培するだけで十分な収入を獲得できるのです。実際にシャンパーニュの栽培農家さんを訪問すると、家が大きくて立派なことに驚くと思います。
8月下旬、「シャンパン業界の石油輸出国機構(OPEC)」にあたるブドウ農家とシャンパンメゾンでつくる団体が、ブドウの 年間収穫量を大幅に削減することで合意したというニュースがありました。これは、新型コロナウイルスの世界的大流行に伴い、シャンパンの売り上げが壊滅的な打撃を受けたことによります。なんと、販売本数は前年比3分の1減の2億本にとどまり、売上高は過去最高だった19年の50億ユーロ(約6,200億円)から約33億ユーロに減少するとみられています。合意された収穫量は最大で8,000kg/ヘクタールです。ヘクトリットル に換算すると、50hl/ヘクタール程度だと予想されます。上記の100hl/ヘクタールの年と比べると約半分・・・2020年は好天に恵まれて当たり年になり得る年だっただけに、生産者にとっては非常にインパクトの大きい決断になりそうです。
二つ目に、自分で設備を揃えるには大変なお金がかかる上に、ブドウを栽培して売るだけならその年の秋には現金化できるのに、シャンパンを造るとなると早くても現金化が2年後になってしまうことです。更にシャンパンを販売する販路が必要になってきます。そこまでリスクを負って大変な思いをしなくても、ブドウを売った方が良いという判断をする栽培農家が多いのがRMが少ない理由です。
世界のシャンパーニュ需要
*資料:シャンパーニュ委員会(2019年実績データ)
もちろん消費量はフランス国内が1位なのですが、輸出量としては日本は3番目です。
面白いのが、小国のベルギーが5位であること。シャンパーニュではベルギー人をよく見かけるのですが、それほどベルギー人はシャンパンが大好きなんですね。
6位のイタリアも意外かもしれませんがシャンパンが大好きです。イタリアのレストランではスティルワインはイタリア産だけなのに、シャンパンは豊富に揃っているところが多くあります。RMにも早くから注目しており、ジャック・セロスの最大の輸出先はイタリアだと言われています。
*資料:シャンパーニュ委員会(2019年実績データ)
上の表は日本の輸入の内訳を表していますが、この10年で倍になっていることがわかります。Vignerons(=RM)も相当増えたんだろうと思っていましたが、実は比率でいくとずっと6%ほどで推移しており、マーケットは成長しても比率は変化していません。
シャンパンの味わいに違いを与えるファクター
シャンパンの味わいは大きく分類すると以下の6つの要因によって決まります。
1.品種
品種は、シャルドネ、ピノ・ノワール(以下PN)、ピノ・ムニエ(以下ムニエ)がメインで使われています。一般的にはシャルドネとPNが格上でムニエが少しブドウとして劣るというイメージがありますが、実際にはムニエがブドウとして劣っているというわけではなく、テロワールが関係しています。
主要なシャンパーニュのブドウ産地として、モンターニュ・ド・ランスとコート・デ・ブラン、
ヴァレ・ド・ラ・マルヌの3つがあります。
モンターニュ・ド・ランスとコート・デ・ブランに全てのグランクリュが入っており(※注1)、
この2つのエリアは非常に良いエリアとされているのですが、栽培されているのはシャルドネとPNが中心です。そしてもう1つのヴァレ・ド・ラ・マルヌでムニエが多く栽培されています。
注1:アイ村はヴァレ・ド・ラ・マルヌに入れる例もありますが、個人的にはモンターニュ・ド・ランスのエリアの方がイメージ的にしっくりきます。
土壌の適性に加え、ヴァレ・ド・ラ・マルヌは西から冷たい風が入ってくるため他の2つと比べて冷涼なため、早く熟す品種が栽培しやすいということで3品種の中で最も早熟なムニエが採用されています。また、他の品種と比べて収量が多く採れることもムニエが栽培される理由の一つです。
本当に良いテロワールでムニエを育てると美味しいブドウが出来ますが、ヴァレ・ド・ラ・マルヌという一般的には他の2地域より少し劣ったエリアで育てられているので、この地域の典型的品種であるムニエが劣ったブドウというイメージを持たれているのです。しかし、最近ではムニエ100%から素晴らしいシャンパンを造っているRMも多数いますし、クリュッグのグランキュヴェのムニエの比率が高かったりすることからも証明されるように、必ずしも劣っているわけではありません。また、「グランクリュに関してはシャルドネとPNだけでなければいけない」と書かれた本があったりしますが、それは誤りでムニエを使ってもグランクリュを名乗れます。ただテロワール的にグランクリュにはムニエよりシャルドネとPNが向いていたというだけです。
2.熟成期間
まず重要なのが、デゴルジュマン(澱を抜いてドサージュ(加糖)を行う工程)までの期間です。シャンパンの場合、瓶内二次発酵をして澱とともに寝かせる期間が他のスパークリングワインより長く、澱から得られるアミノ酸(旨味成分)が溶け込むことによってシャンパン独特の味わいとなるわけですが、この期間が長ければ長いほど、澱からの旨味成分がより多く抽出されるので美味しくなります。
また、デゴルジュマンの後の熟成期間が長ければ長いほど熟成感が出てきます。逆に、古いシャンパンでもデゴルジュからの期間が短ければ比較的フレッシュな味わいになります。単純にヴィンテージが古いかどうかではなく、デゴルジュがいつだったかを知ることもシャンパンの味わいを推し量る上では重要になってきます。最近デゴルジュの時期をバックラベルに記載する生産者も増えているので、参考にしてみると良いでしょう。
デゴルジュをするタイミングは一般的には数年寝かせてからですが、非常に長く寝かせた後でデゴルジュしてリリースするというのもしばらく前からトレンドになっています。例えば、ドン・ペリニヨンではP2、P3というキュヴェがありますが(以前はエノテークという名前でした)、これは20〜30年セラーで澱とともに寝かせた後にデゴルジュしてリリースしたものです。クリュッグのコレクションも同じような考え方で販売されています。
尚、ラグジュアリーキュヴェだけではなく、スタンダードキュヴェでも十分熟成に耐えうることが認知されてきており、例えばジャクソンではスタンダードキュヴェを5年更に熟成させてリリースしたりもしています。もちろん価格は高くなりますが、熟成による味わいの複雑さをより楽しめるという流れが出来てきています。
ここまで、デゴルジュまでの期間が長い方がより複雑味があって面白いという話をしてきましたが、実は最近のRMの生産者だとデゴルジュまでの期間を逆に短くする傾向も見られるようになっています。デゴルジュまでの期間が長いと澱からの旨味成分によって複雑味が出て美味しくなるというのは前述の通りですが、それが本当に土地の味なのか?ブドウ本来の味なのか?シャンパンもワインである以上、土地の個性を表現した味わいを目指すべきではないか?という考えに基づいています。現在の意欲的な生産者たちは土地(テロワール)の味わいを表現したいと考えているため、醸造過程からくる味わいをあまりポジティブに捉えていないのです。
3.樽の有無
一般的にはシャンパーニュでは樽を使わず、ステンレスタンクでフレッシュな味わいを活かすものが数としては圧倒的に多いのですが、
上級のキュヴェだったり、生産者によっては樽を使うこともあります。例えばメゾンならボランジェやクリュッグ、RMならジャック・セロスやエグリ・ウーリエなどは樽を使用することで有名です。樽によって、味わいにボリューム感や複雑味、酸化のニュアンスが出ます。
個人的にはそれほど樽のニュアンスが出たシャンパンを好まないのですが、生産者でも樽は使うけれどもそのフレーバーを抑える試みをしているところが最近増えている傾向があります。そうした生産者は、フランスではなくオーストリアの樽メーカーであるストッキンジェール社の樽を使うことが多いです。これは、繊細なオーストリアの白ワインを熟成させるために育んだ同社の樽のフレーバーを極力ワインに与えないスタイルが、最近の生産者の志向と合致しているからです。
4.マロラクティック発酵(MLF)の有無
リンゴ酸を乳酸と炭酸ガスに変える発酵をMLFといいますが、シャンパーニュでは圧倒的多数がMLFを行います。シャンパーニュは緯度が高い産地で涼しいため酸度が高く、MLFを行って酸味を和らげましょうというのが一般的なセオリーだからです。しかし、温暖化でシャンパーニュでも気温が上がってブドウがよく熟して糖度が上がるようになったため、よりフレッシュさを出すためにリンゴ酸のままで仕上げようという生産者も少しずつ増えてきています。
MLFを行わないメリットは熟成した時にフレッシュ感がしっかり保たれることです。若い段階には酸が高くて飲みづらい印象を与えてしまいますが、熟成するとキレイに酸が保たれて、フレッシュさが残った熟成感を楽しめます。
5.ドサージュ量
通常最後にドサージュをして糖分を加えることで、強い酸/ミネラル感/甘味のバランスや味わいのまとまりを整えます。長期的にドサージュ量は減少傾向にあります。何十年も前は数十gも入っていたのが、90年代には10g以上が一般的になり、最近では平均で6〜9gくらいになっています。大手のメゾン系で8〜9gくらい、ドメーヌだと頑張っている生産者で6gくらい、昔ながらの生産者で10gくらいでしょうか。特に今のトップ生産者のシャンパンだと3gとか、それ以下も珍しくありません。レクラパールなどは全てのキュヴェでドサージュを行いません。それだけ今のトップ生産者たちはドサージュに頼らずにブドウ本来の味で勝負したいと考えているのです。
ただ、一般の方がドサージュしていないシャンパンを好まれるかというと少し話が違ってきます。やはりドサージュが少なすぎると酸が高くて厳しい味わいになってしまうので、経験的に5〜9gくらいを好む方が多いと感じています。だんだん飲み慣れていくとドサージュ量が少ないものを好むようになるようです。
ドサージュをすると果実本来の甘味と渾然一体となって豊かな味わいにはなりますが、果実と加糖の甘味の質は異なります。本来のブドウの甘味というのは前半からキレイに広がり、アフターには残らずスッと消えていきますが、ドサージュによる甘味は最後に少しベタついて残る印象があります。
6.テロワール
シャンパーニュは、基本的には地質は石灰で土壌は石灰質粘土が主体であり、石灰の層の上に粘土が乗っています。モンターニュ・ド・ランスとコート・デ・ブランはチョーク(石灰)の層が地面のすぐ下に分厚くあって、この石灰の層に根が張ることで、シャンパン特有のミネラルが出てきます。この石灰の層までの粘土の厚みや斜面の向きによって、シャルドネが向いていたりPNが向いていたりという違いが出るわけす。簡単にいうと、石灰の層までの距離が短いのがコート・デ・ブランでシャルドネに向いていて、粘土の層が厚めなのがモンターニュ・ド・ランスでPNに向いていると言われています。
対してヴァレ・ド・ラ・マルヌは石灰の層が下にありません。そのためミネラル感は他の2エリアとは異なり、一般的には香りの華やかさが少し劣りミネラルの引き締めが優しくなる分、ややエレガントさに欠け、余韻も短めになってしまいます。
また、Reims(ランス)の左上にだけ砂質の土壌があります(地図の黄色の部分:珪質砂)。砂の土壌だと、柔らかくさらさらした味わいでふんわり香りが上がってくるワインになります。シャルトーニュ・タイエがまさにこのエリアでシャンパンを造っていますが、やはりふんわりした軽やかな味わいが特徴です。造り手のスタイルというよりもこのエリアの特徴が表現されている良い例です。砂質土壌はムニエとも相性が良いため、このエリアではムニエも多く造られており、タイエもムニエ100%のキュヴェも造っています。
コート・デ・ブランのAvize村はジャック・セロスの本拠地として有名ですが、薄い粘土の表面を除いて上から下まで全て石灰の岩盤が存在します。そのため、ビシッとした強いミネラル感がある長熟なシャンパンになります。右のTrepailトレパイユ村もAvizeと同じ石灰層の地質ですが、コート・デ・ブランではなくPNの産地として有名なモンターニュ・ド・ランスに例外的に位置しています。この村と隣の村は表面の粘土が薄くてすぐ石灰の層が出てくるためシャルドネが植えられている比率が極端に高くなっています。Avizeと違うのは、石が細かいこと。味わいも細かく優しくなり、ミネラル感はしっかりあるものの、Avizeよりも少し線が柔らかい輪郭がフワッとした感じになります。
ルイナールのラグジュアリーキュヴェであるドン・ルイナールは、ブラン・ド・ブランでミネラル感はしっかりあるものの鋭角的ではなく柔らかいテクスチャーであることを長年不思議に思っていましたが、理由はこのトレパイユ周辺のシャルドネを多く使っているからだと聞いて非常に納得しました。同じ粘土石灰と言っても、土の中を見ると違いがあり、それが味わいの違いにつながっているのです。
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