「生きた土壌と死んだ土壌」(バイヤー 谷川涼介)

「生きた土壌と死んだ土壌」(バイヤー 谷川涼介)

「土壌を大切に」というフレーズは世界中の造り手が皆口をそろえて言っており、私たち消費者側からしても耳にする機会の多い言葉です。これは一部の自然派やビオディナミの生産者に限った話ではなく、規模の大小や産地の新旧に関わらず造り手として意識すべきこととして語られています。

生産者以外に目を向けてみても、例えばフランス人女性初となるマスター・オブ・ワインのイザベル・レジュロン氏や土壌学の世界的権威であるクロード・ブルギニョン氏も「生きた土壌なしではワインは作れない」と声高々に主張しています。

今回のニュースレターでは土の中の世界をのぞくとともに、生きた土壌と死んだ土壌に焦点を当てていきます。また生産者はどのように土壌をケアしているのかについても見て行きたいと思います。

いきなり本題に行く前に、まずは前提となる「土壌」という言葉について改めて掘り下げていきます。土壌というとぱっと思い浮かぶのはブドウの木が植わる畑の表面の土の部分、という方は少なくないと思います。一般的に土壌とはこの目に見える部分を含んだ表土とさらにその下にある下層土、この二つを含む層のことを指します。

表土は砂、砂利、粘土など様々な粒子を含み多数の層を形成しています。最上層は有機腐植土と呼ばれ栄養が豊富に蓄えられています。この部分は深い場合もあれば浅い場合もあり、また存在しないという場合もあります。表土のすぐ下にあるのが下層土で、基盤岩が砕けてできた岩の小片と分解された有機物から成ります。これは腐食粘土複合体とも呼ばれ、植物が窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムなど新陳代謝のために必要な栄養分を吸収します。下層土のすぐ下には母材と呼ばれる、その地域を特徴づける岩石があります。母材の層の下には、ほとんど水を通さない基盤岩があり、これが数千年かけて土壌へと変化していきます。

土壌の源となるのは海に堆積した土砂や火山灰などの鉱物質と、草花や樹木、木の葉、動物、微生物などに由来する有機物です。こうした有機物と鉱物質は長い年月のうちに分解されて腐食します。こうして生まれた土壌には、菌類やバクテリア、ミミズなどの虫のほか、様々な生物が存在します。生きていくために必要とされる栄養素をこれらの生物が共同で抽出している場が、土壌なのです。

土壌微生物と菌根菌

土中の微生物は目には見えませんがブドウ木にとってはなくてはならない存在で、まさに縁の下の力持ちと言えます。微生物の働きは土中に入ってくる有機物を分解し、様々な物質変換を行い、ブドウ木が吸収できる栄養素にまで分解することです。カビや細菌といった目に見えないものからミミズやモグラなど比較的大きな生物たちがこうした作用を担っています。実はこうした土壌微生物たちは土中にランダムに存在しているわけではなく、人口密度が他よりも高く活発に活動している場所があります。それは根圏土壌と呼ばれる根の周辺のエリアです。なぜ土壌微生物たちは根の周りを好むのでしょうか。植物は根から糖、アミノ酸、ビタミンなどを分泌し、さらに老化して枯死した根毛が脱落するため根の周囲には様々な有機物が豊富に存在します。有機物は微生物たちの大好物なので、エサが豊富にある根圏土壌ではそれより外側の土壌の数十~数百倍の密度で微生物が住み着くことになるというわけです。

今回はその中でも特に重要なミコリザと呼ばれる菌にクローズアップしていきます。ブドウ木にとって土中の栄養素を吸収するための器官は根ですが、このミコリザは根と二人三脚状態で共生する菌であり、土壌とブドウ木をつなぐ架け橋と言っても過言ではありません。ミコリザというのは聞きなれない言葉ですが、身近なものだとマツタケが代表的な例です。アカマツの根に住み着くマツタケは、土壌中にあるリンなどの養分や水分をかき集めてアカマツに与える代わりに、宿主であるアカマツからは糖分などのエサをもらって生きています。つまりエサをもらう代わりに土中の養分や水分吸収の手助けする、というのがミコリザの役割です。

マツタケは目に見えますし、地上に顔を出しているのでイメージしやすいですが、ブドウ木をはじめ多くの植物の根に住み着くのがAM菌根(アーバスキュラー菌根菌)と呼ばれるミコリザです。この菌が根に住み着くことによってもたらす効果は大きく、通常植物は根から数ミリの範囲内にあるリンしか吸収できませんが、ミコリザと共生することによってその十倍も離れたところにあるリンを獲得できるようになります。

エネルギー代謝や光合成に欠かせない重要な要素であるリンは、土壌中にとどまりにくく、雨水によって流出してしまうことが多いです。そのため希少なリンを有効に取り入れる際にミコリザが大活躍するのです。また水分吸収を助ける働きもあります。そのためミコリザが共生した植物は養分の乏しい土壌でも生育でき、しかも乾燥にも強くなります。さらに根から病原菌が侵入するのを防ぐバリアー効果があるとも言われており、なんとも良いこと尽くしです。

③死んだ土壌では何が起きているのか

健康な土壌、すなわち生きている土壌というのは豊かな腐植土があり、多様な土壌微生物が活発に活動している状態のことです。この環境を整えるために生産者たちは化学肥料や除草剤ではなく自然堆肥を使用し、トラクターではなく手作業での耕作や収穫を行います。一方で不健康な土壌、つまり死んだ土壌はこれと真逆のアプローチをすることによって作られます。品質よりも生産効率性が重視され、その結果として化学肥料や除草剤が使用され、耕作や薬剤の散布、収穫期と一年中トラクターが稼働することになります。

こうしたアプローチではなぜ土壌が死んでしまうのか、もう一歩踏み込んでみていきます。除草剤を使うと土中では一体何が起きるのでしょうか?ミコリザをはじめとする微生物が死滅してしまいます。ブドウ木が栄養を吸収していくためには、根は土中の微生物の力を借りなければなりません。私たちが食べ物を目の前にしても手を使わなければ食べられないのと同じで、微生物は根が栄養を吸収する手助けをしてくれます。微生物が死んでしまうと、山盛りのご飯を目の前にして手を縛られてしまった人間のように根は飢餓状態に陥ってしまいます。除草剤の殺傷力は驚くほど強力でわずか数年使い続けるだけで土壌微生物のほとんどを全滅させてしまいます。そうなるとブドウ木は土中から栄養を吸収することができないので、今度は根を地表に向かって逆に伸ばすようになります。これが悪夢の始まりとなります。

除草剤によって微生物が死滅し、土中から栄養を吸収できなくなったブドウ木にとって、 次に必要となるのは何でしょうか。それは成長促進剤という名の化学肥料です。ロワールの巨匠であるニコラ・ジョリーは著書『LE VIN, LA VIGNE ET LA BIODYNAMIE』で化学肥料を「塩」のようなものと説明しています。塩を大量に摂取すると過剰な塩分を中和するために大量の水を飲まずにはいられなくなり、これと同じことが植物にも起こるようです。植物に無理やり水を摂取させると、常にバランスを取ろうとする自然の摂理は病気の発生という思いがけない副作用を引き起こします。化学肥料の使用こそがうどん粉病やベト病といった病気の大発生を生む原因だとニコラ・ジョリーは指摘しています。発生した病気を抑えるために次は農薬を使わねばならなくなり、これによって微生物の生態系が破壊されます。また、こうした化学物質は自然の力では分解できない要素があるため長期間にわたって土壌に残留する問題にもつながり、負の連鎖がどんどん続いていくのです。

最後にトラクターを使うと土中では何が起こるのかを見ていきましょう。一般的にトラクターは燃焼エンジンを使って動くので微小な爆発がトラクターの車輪を通して地面に伝わります。この持続的でリズミカルな振動は土壌の隙間をどんどん埋めていってしまいます。揺すられることで土壌から空気のポケットがなくなり、酸欠状態になります。すると表面下に住む酸素を必要とする微生物たちの生態系が破壊されます。これはつまり植物の健康を維持し、栄養を与えてくれる大切な微生物たちが消えてしまうということになるのです。

上述の通り死んだ土壌はどのように作られていくのかを見てきましたが、重要なのは土中の微生物は私たち人間の目には見えないため、何が起きているか気づきにくいという点です。目に見えない部分だからこそ土中の仕組みを理解し、より入念なケアを施す必要があるのです。土壌を大切にするとは、ミコリザや微生物、その他の動植物などの生命活動を阻害しないようにすることであり、地中の生態系のバランスを維持し彼らが活発に活動できるように支えてあげることなのです。これが生きた土壌づくりの第一歩となるのです。

④生きた土壌を作るための取り組み

それでは実際に生産者たちが土壌を大切にするために取り組んでいる事例を見て行きましょう。

シャルトーニュ・タイエでは、除草剤とトラクターの不使用を徹底しています。
当主のアレクサンドル曰く「雑草の根が張ることは表土を柔らかくしてくれるので酸素を取り入れるのに役立ちます。そうすることで表土に住む微生物がしっかり活動できます。」また、「トラクターのタイヤは土を踏み固めてしまいます。これだと土中に酸素が入るスペースがなくなるので表土は酸欠状態になり、微生物が死滅してしまいます。このため畑では馬を使って土を鋤き、冬の畑にヒツジや鶏を放つことで唾液や排泄物に由来する有機物をしっかりと表土に供給しています。これが土壌微生物のエサとなるので彼らの活動が活発になり、より健康的な土壌なるのです。」

 ピエール・パイヤールでは、畑に木を植えています。当主のアントワンヌ曰く「木の根は毎年脱皮のような活動をします。その皮が有機物として土壌微生物のエサとなって還元されるため土壌活性化の促進に役立ちます。」また、「畑にある有機物の内、約1/3がブドウ自身(葉っぱ、枝、果実などが成長過程で地面に落ちたもの)から、残り2/3は自家製の堆肥やカバークロッピングの植物、植えてある木に由来するものなどです。」地上にいる生物の数よりも土中にいる生物の数の方が多く、この生態系を活発化させることが健康な土壌づくりには欠かせない、と語っています。

2008年にビオディナミの試験運用を始め2014年には100%ビオディナミの
ワインをリリースしたCh. Palmerでも同じ意見が出ています。アジア・パ
シフィック輸出ディレクターであるダミアン曰く「化学肥料や農薬が姿を
消してから畑には雑草が生えていますが、私たちの畑には草刈り係として
羊がいます。何頭もの羊が雑草を食べてくれるのですが、羊は除草以上に
大きな効果をもたらしてくれます。 羊に食べられた草はその後、消化器
官を通って排泄されますが、 これが栄養豊富な自然堆肥として土に還元
されていくという点です。土中の微生物たちはこれを餌に活動し、分解活
動にいそしむ。健康な土壌に見られる好循環とはまさにこのことだと思います。」

【まとめ】

「土壌を大切に」という言葉の裏側を覗いてきましたが、土壌のケアは頭では理解していてもいざ実際にやってみると途方もない時間と労力がかかり、日々そうした作業を地道にやり続ける生産者たちには頭が上がりません。一口に「美味しいワイン」といっても、それが生まれるまでには生産者たちの気の遠くなる努力があることを改めて感じます。地上に顔を出すブドウ木の世話だけでも大変なのに、地下に住む無数の微生物たちの生態系を維持しサポートする生産者たちは微生物ヘルパーでもあるのです。ブドウ木とミコリザが二人三脚で協力し合っているように、私たち人間もブドウ木や微生物に対して一方的にコントロールするのではなく、あくまでも寄り添って共生していくべきだと改めて考えさせられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CTA-IMAGE ワイン通販Firadis WINE CLUBは、全国のレストランやワインショップを顧客とするワイン専門商社株式会社フィラディスによるワイン直販ショップです。 これまで日本国内10,000件を超える飲食店様・販売店様にワインをお届けして参りました。 主なお取引先は洋風専門料理業態のお店様で、フランス料理店2,000店以上、イタリア料理店約1,800店と、ワインを数多く取り扱うお店様からの強い信頼を誇っています。 ミシュラン3つ星・2つ星を獲得されているレストラン様のなんと70%以上がフィラディスからのワイン仕入れご実績があり、その品質の高さはプロフェッショナルソムリエからもお墨付きを戴いています。 是非、プロ品質のワインをご自宅でお手軽にお楽しみください!