ブドウ樹の病害と新しい対策について<後編>
-Pest / 有害生物- (仕入れ担当 末冨春菜)
多くのワインメーカーが「素晴らしいワインは素晴らしいブドウから生まれる」とし、畑での作業に多くの時間を費やしています。このコラムでは全3回に分けて、畑にフォーカスし、生産者、そしてブドウ(樹)を脅かす病害とその最新の対策について見ていきたいと思います。
第1回は幹の感染症、第2回はカビ・細菌・ウイルス病について紹介しました。最終回となる今回は、有害生物(害虫)をご紹介します。
①有害生物(害虫)による被害
有害生物は様々な方法でブドウ畑を襲います。ブドウ粒の食害や、ブドウ葉に物理的に損傷を与え光合成能力を低下させるだけでなく、葉の上に住み、樹液を吸ってブドウ樹全体を弱らせたり、根を攻撃し、ブドウ樹の水分や栄養分の吸収能力を低下させます。さらに、媒介者としてブドウ樹からブドウ樹へと病気やウイルスなどを感染させるという害も与えます。
栽培家にとって一番シンプルな対応法に殺虫剤や殺ダニ剤の使用がありますが、これは最小限に抑えたとしても畑に生息する捕食者となる益虫まで殺してしまう事があります。環境への負荷を0に近づけながら害虫の被害も無くすため、栽培家は畑や植物を注意深く観察しながら、殺虫剤、殺ダニ剤に頼らない様々な方法を模索しています。
②代表的な害虫
フィロキセラ (Phylloxera)
現在世界中で栽培されているブドウ樹は、フィロキセラ対策としてアメリカ産台木に接ぎ木されたものがほとんどを占める。フィロキセラはもともと北米に見られるアメリカ系野生ブドウ品種の根と葉に生息していたブドウ樹につくアブラムシの1種で、ブドウ樹の根を食べ、卵を産みつけ、樹を弱め、長い時間をかけてブドウ樹を枯死させてきた。アメリカ産台木は千年にも及ぶ長い共生期間の間に、フィロキセラによる損傷に耐えることができる何種もの野生ブドウを生み出した。主な防御メカニズムは、フィロキセラが根を摂食したことによって起きた傷を修復し、細菌や真菌などの有害物質がその傷から侵入しないよう硬いコルク層を形成し根の傷口を塞ぐことである。さらに、アメリカ系野生ブドウの根にはフィロキセラが好まない樹液が含まれるため、長く住み付かない。これは樹液がフィロキセラの摂食管を詰まらせてしまうためで、アメリカ系野生ブドウはフィロキセラを退け、増殖を乱し、減速させる。また、アメリカ系野生ブドウの根に存在する何かが、若齢のフィロキセラを殺したり、大きく成長させたりしないことを示唆する証拠もある。
フィロキセラがヴィニフェラ種の根に寄生すると、土中で卵を産み、比較的安全に繁殖し、根を摂食し、光合成産物(デンプンと糖分)を奪い、バクテリアや菌類によって根の構造をさらに破壊させ、ブドウ樹を弱める。そこに収穫や気候などのストレスが重なると、ブドウ樹はしおれ、ゆっくりと枯死していく。また、アメリカ産品種の場合でも、葉の上の活動によって影響を受けることがある。フィロキセラが根・葉を吸汁加害すると、加害された部分の根や葉にはゴールと呼ばれるこぶができ、根の場合は養水分の吸収を妨害、葉の場合は十分に展開せず生育不良となることがある。
フィロキセラはヨーロッパを横断するのに10年もかかったように、非常にゆっくりと活動する虫ではあるが、フィロキセラのメスは単為生殖し、オスなしで繫殖力のある卵を産卵、さらにその卵はほとんがメスとして孵化することに加え、一匹のメスはひと夏に最大7世代まで産卵することができるため、非常に繫殖力が高い。
アメリカ産台木の使用で対策が可能になったが、フィロキセラ自体は絶滅していないため、自根のヴィティス・ヴィニフェラ種が植わる畑は現在も注意が必要である。繁殖可能なフィロキセラの成虫は自ら移動でき、地表も這いまわるので、栽培者のブーツや靴、トラクターのタイヤ、収穫機、収穫容器などに付着して、畑から畑へ、さらには地域から地域へと広がることも懸念される。フィロキセラは環境に応じてライフサイクルを変更することができ、一部の温暖な地域では、羽を持つ形でも存在し、100mほどの距離を飛ぶことも出来る。厳密な検疫や、フィロキセラのない地域に入る前に前述の道具の徹底的な圧力洗浄、挿し穂などの植物輸送の際の厳格な検査システムなどが必要となる。また様々な環境への適応を見せるフィロキセラだが、非常に暑い条件や砂質土壌を嫌うという特性も知られている。
現在、ドイツのガイゼンハイムブドウ栽培研究所は、自然発生する土壌菌、メタリジウム・アニソプリアエを使用して、土中で羽化したフィロキセラを病気に感染させて殺す方法の可能性を研究している。この真菌は、もともとカブトムシから分離された寄生菌であり、小麦粒につくカブトムシ、白アリ、イナゴなどの防除に使用されてきた。野外実験での成果はまだ証明されていないが、コントロールされた環境での試験によると、フィロキセラの拡散を停止させることが明らかになっている。将来性に期待ができるが、まだ研究中で商業化には至っていないため、台木への接ぎ木が現在利用可能な唯一の制御方法となる。
フィロキセラとの戦い
1863年に初めてヨーロッパでフィロキセラが発見されてから、1880年代後半から90年代にかけてアメリカ産台木への接ぎ木が効果的と分かるまで、20〜30年の時間がかかりました。当初、フィロキセラによって弱ったブドウ樹を見たヨーロッパの栽培者たちは、ある種の病気だと考え、昆虫によるものだとは思わなかったようです。何をしても良くならないブドウ畑に業を煮やし、フランス政府は国内からフィロキセラを排除できたものに対して、300,000フランスフラン(現在のレートで日本円737万円に相当)という多額の報酬を提供すると発表しました。
アブラムシによく似ているフィロキセラが原因だと分かった後も、畑から排除するための懸命な研究が行われました。動物、野菜、ミネラル、物理的にと、あらゆる種類の治療策が試され、土壌への二硫化炭素※の注入が試みられたこともありましたが、これはフィロキセラよりもブドウ畑で作業する人に対して危険であることが分かりました。(※二硫化炭素は揮発性があり、呼吸で速やかに吸収される。急性的な毒性は比較的弱いが、長期間吸収すると、中枢及び末梢神経系、心血管系、感覚器系、生殖器系、腎などに障害を生じさせ、皮膚や粘膜に対して強い刺激性を有する、と言われている)
効果的な対策が見つからず、問題が長引けば長引くほど、半ばヤケクソ?のような奇妙で興味深い様々な治療策が提案されたようで、各ブドウ樹の下に生きたガマガエルを埋める、という無茶苦茶な提案もその1つでした。実際に機能したのは、川や運河に近いブドウ畑のみ可能な方法ですが、冬期にブドウ樹を数週間水浸しにし、フィロキセラを溺死させる、というものでした。昔から害虫駆除のための水浸処理が行われていた所では、ブドウ畑を壁(家畜や人に対しては低すぎる高さ)で囲んでいて、この光景は今日もフランス中で残っていますが、南仏のある地方では、莫大な費用をかけて、巨大な運河網を掘る計画さえ提案されたようです。
最終的に、この問題の治療法となった接ぎ木は、実際にこの害虫を排除することにはならなかったので、300,000フランという報酬を受け取った人はいなかったそうです。
ショウジョウバエ (Fruit fly, Drosophila, Vinegar fly, Pomace fly)
ショウジョウバエは学名を「Drosophila(ドロソフィラ)」といい、英語ではFluit Fly(果物バエ)、Vinegar Fly(酢バエ)、Pomace fly(果物の搾りかすバエ)などと呼ばれる体長2〜3mm程度の小さなハエを指す。
日本語でショウジョウバエと呼ばれるのは、古代の中国から伝わった「猩々(しょうじょう)」という猿に似た架空の動物に由来する。猩々は真っ赤な顔をしたお酒が大好きな生き物で、ショウジョウバエが赤い大きな目を持ち、顔が赤く見えること、ワインなどのお酒によく集まってくることからそう名付けられた。
小さいハエのため物理的な被害を与えることはほとんどないが、特にブドウ果実の成熟後期の糖度が高い時に、他の昆虫やスズメバチ、または雹によってすでに損傷している果実にショウジョウバエが集まり、酢酸菌を広げるために、酸敗(サワー・ロット sour rot)の原因となる。そして、そのブドウから造られるワインの揮発酸(volatile acidity:VA)レベルを上げてしまう。傷んで腐った果実に卵を産みつけ繁殖する。
オウトウショウジョウバエ / スズキ (Drosophila suzukii, Spotted Wing Drosophila, SWD)
近年「スズキ」という言葉でよく耳にするのが、前述のショウジョウバエとは異なる種であるオウトウショウジョウバエ。英語ではSpotted Wing Drosophila / 略してSWD(斑点羽ショウジョウバエ)とも呼ばれ、オスの羽に特徴的な黒斑を持つ。
オウトウショウジョウバエは東アジア原産で日本では20世紀初頭から知られてきたが、1980年頃ハワイに、2008年頃にカリフォルニア、2009年にはイタリアへ侵入し、2014年には北部ローヌ、ブルゴーニュ、ドイツを含めたヨーロッパ各地で大きな被害をもたらし、ブドウ栽培家にとっての新たな脅威となっている。
前述のショウジョウバエが、過熟した果実や腐りかけの果物を好むのに対し、オウトウショウジョウバエのメスはギザギザのノコギリ状の産卵管を持ち、熟れる前の固い果実であっても産卵が可能となるため収穫前の新鮮な果実の中に卵を産みつけるという特徴を持つ。
ヨーロッパにおいて、サクランボ、ブルーベリー、ナシ、プラム、モモといった、果肉の柔らかい全ての種類の果物を加害し、ブドウの場合、ヴェレゾン中の果皮の下(粒の中)に卵を産みつけるため、目視での確認はほぼ不可能。卵が羽化するのに数日しかかからず、その幼虫は果実の中身を食べて育ち、成長するまで出てこないので、健全な実かどうか外観からの判断がつきづらい。ブドウの収穫期になっても果実の中に潜んでいることが多く、卵を産みつけられた粒は腐敗が起こりやすくなり、腐敗した酸っぱい臭いがして初めてその存在を知ることや、収穫時や選果台で初めてその被害に気付く事も多く、栽培家の悩みの種となっている。姿が見えるショウジョウバエと比べると、姿が見えにくいオウトウショウジョウバエの被害は、収量の損失だけでなく、モニタリングと管理のための労働時間の増加なども挙げられる。
コナカイガラムシ(Mealy Bug)
コナカイガラムシには幾つか種があり、そのうちの2〜3種がブドウ樹に害を与える。この虫は物理的に損傷を与えるのではなく、甘露(honew dew)と呼ばれる甘い分泌物を出して、ブドウの果房を汚し、すす病(糸状菌による黒カビ)を誘発する。
このカビの付いたブドウが持ち込まれると、ワインの品質が損なわれ、コナカイガラムシの幾つかの種は、リーフロール病などのウイルスの拡散にも関与している。甘露はアリを引き寄せ、アリ自体はブドウ樹を傷つけることはないものの、コナカイガラムシや他の害虫を捕食する天敵を攻撃してしまう。何種かのコナカイガラムシは、その卵がブドウ樹皮の下で越冬するので、薬剤が散布できず、防除が難しい事で悪名高い。
蛾 (Grape Moths)& ヨトウムシ(Cutworms)
ブドウ樹を加害する蛾はかなり多く存在する。孵化後に幼虫がブドウ幼果に食入することで被害をもたらす場合や、幼虫がブドウ幹に入り込み、幹をかじり掘りながら成長し、地上部と地下部の栄養のやり取りを部分的に分断し樹を弱らせてしまうこともある。
殺虫剤散布が一般的だが、雄の蛾に対して、”性的錯乱”(仏語でconfusion sexuelle)を起こさせるフェロモンの使用が多くの国において行われている。最もよく見られるのは、雌のフェロモンが入った小さなカプセルを畑の支柱に吊り下げる方法。フェロモン剤は、畑に引き付けられた雄に、雌と交尾せずに、畑内で時間を過ごさせ、畑に産みつけられる卵の量を減らすことで機能する。フェロモントラップという匂いに惹きつけられた蛾を捕獲する仕掛けも流通している。また、雄が活動する朝と夕方に散布機を使いフェロモンを大気中にまき散らす方法もある。フェロモン剤の唯一の欠点は、蛾の被害を受ける地域の全ての栽培者がこの方法を使用する必要がある点。さもないと、すべての雄はフェロモン剤で保護されていない畑に集まり、雌と交尾し、卵を持った雌をその地域に広げてしまう。
蛾の幼虫による被害は、実際には非常に軽度だが、果実についた傷は、ボトリティスなどによる病気を引き起こす原因となってしまうため、その被害は食害だけにとどまらない。
ヨトウムシ / 夜盗虫(cutworms)は夜行性の蛾の幼虫で、土中やブドウ樹の樹皮下に住み、夜間に出てきてブドウの葉を食べ、特に若い新芽や新植の若木に被害を与え、定着を遅らせる。地表に近い部分の植物を切断するように齧るため「cut(切る)」という名前が付けられている。
ヨコバイ(Leafhoppers)
ヨコバイは、葉を吸汁・食害するという直接的なダメージの他に、ピアス病などのウイルス病といったより被害の大きな病気の媒介者としても害を及ぼす。アメリカではシャープシューターというヨコバイの一種が深刻なピアス病感染を引き起こしている。殺虫剤の散布とヨコバイの規制部位の除去が主な防除方法だが、完全には成功しない。ヨコバイの幼虫に卵を産む天敵寄生蜂の一種、ホソハネコバチ科がいるが、硫黄剤はこの蜂に影響する。
線虫(Nematodes)
線虫は顕微鏡でしか見えないくらい小さな虫で、昆虫ではなく線形動物門に属する。土中に生息し、水分と養分の両方を奪いながらブドウ根に寄生し、ブドウ樹を弱めて、他の病気の餌食としてしまう。その名の通り、ブドウ根にコブ状の腫瘍を作るネコブセンチュウや、ファンリーフなどのウイルス病の媒介者となる線虫もいる。農薬で科学的に防除するのが難しく、接ぎ木苗業者の衛生管理とともに、線虫抵抗性台木を使用するのが最も効果的な方法。
ハダニ(Spider Mites)
ハダニ(Spider Mites)は、ダニ(Mites)の中でも特に農作物に深刻な被害を与えることで知られている。ブドウ樹の葉に群生し、葉を食害し、ブドウ樹の光合成能力を低下させ、成熟を遅らせる。加害程度が酷い場合には、ブドウの葉はほとんど完全に赤く変色し、秋の紅葉と間違えられることもある。
うどんこ病の防除に使用される硫黄剤によって、ダニの活動を抑えることができるが、被害が激しい場合は殺ダニ剤(acaricide)を散布する。栽培者は、カブリダニなどの捕食性のダニを使用して有害なダニを防除することもできるが、硫黄剤は有害、無害に関係なくどのダニも殺してしまう。
テントウムシ(Ladybird, Ladybug)
テントウムシは肉食、菌食、植物食の種類が知られており、野菜の葉や実をかじってしまう植物食を除いて、菌食(キイロテントウなど)は野菜の病気の原因となるカビを食べてくれること、肉食(ナナホシテントウやナミテントウ)は農作物の害虫であるアブラムシを食べてくれることから基本的には益虫として知られている。
しかし、外部の刺激を受けると、捕食者から身を守るための防御反応として、“反射出血(reflex blood)”と呼ばれる臭くて苦い物質を分泌する。これが果実を汚し、ワインに影響を与えることから、害虫の生物的防除のために導入したアメリカ合衆国を中心に、ヨーロッパでも害を及ぼしている。全ての種類のテントウムシが反射出血を見せるわけではないが、ナナホシテントウやナミテントウといったよく知られる種は行う事が確認されている。
③新しい害虫対策
前回も触れたように、対病害だけでなく、害虫管理についても“総合的病害虫・雑草管理(Integrated Pest Management = IPM)”という考え方が浸透しています。これは予め病害虫・雑草の発生しにくい環境を整え、病害虫の発生状況に応じて、多様な防除方法を適切に組み合わせ、影響を0にするのではなく、経済的に許容できるレベル以下にまで被害を抑制する防御体系です。具体的には、病害虫に侵されにくい抵抗性品種や台木の利用、害虫の天敵となる生物による生物的防除、フェロモン剤の利用やフェロモントラップで紹介したような粘着版による物理的防除などが挙げられます。また、昆虫、ウィルス、線虫、細菌、糸状菌などを生きた状態で製品化した”生物農薬”と呼ばれるものも、有害生物の防除向けに販売されており、IPMの一環として捉えられています。
殺虫剤などの薬剤は、害虫による被害を0に近づけてくれるものの、無償で働いてくれる土着天敵も分け隔てなく殺してしまうので、使用量やその使用自体にも注意が必要です。益虫や捕食動物を引き付けるために、カバークロップの導入や、畑に木や植物を植え、多様な生物に生息地を与えるのも重要な取り組みです。オーガニック・ビオディナミ栽培でも認められている硫黄剤の使用は、うどん粉病防除に役立ち、ダニ類を含む多くの害虫種の軽度の発生も抑えますが、こちらも有害・無害関係なくどのダニにも働いてしまう点と、収穫前の散布で硫黄がブドウの果皮に残った場合、発酵中に腐った卵の臭いを放つ硫化水素が発生することもあるので、注意が必要です。
新旧さまざまな手法が組み合わさり、環境への影響を最小限に抑える方法を模索するIPMですが、将来その仲間入りをするかもしれない新しい害虫対策のニュースが2018年カリフォルニアで発表されました。それは「特定の昆虫の求愛の鳴き声を録音し、それを畑で流し、交尾を妨害させる」というものです。
この実験を指揮したカリフォルニア州農業研究局の昆虫学者、ロドリゴ・クルーグナー氏は、ピアス病の媒介者であるシャープシューターが腹部の筋肉を振動させて発する求愛の鳴き声に目を付け、それを録音・研究し、ブドウ畑にいるシャープシューターに届けられる音波に変換する方法を開発しました。これは人には聞こえませんが、その音波信号を畑で流したところ昆虫同士のコミュニケーションを妨げ、交尾が行われなくなる効果が見られたのです。少なくとも15万種の昆虫が、交尾相手を引き付ける方法の1つとして振動信号(+昆虫によってはこれにフェロモンを組み合わせる)を使用しているといい、「ブドウ樹には信号の伝送線として使用できる格子状のネットワークがあるため、この手法は大型のブドウ畑であっても効果的な害虫駆除として利用できる大きな可能性を秘めている」と話します。
音響技術はほぼあらゆる周波数の振動をデジタル形式で再現できるレベルまで進歩しているので、鍵となるのは”昆虫の振動の特定の周波数の生物学的意味を解読し、それを合成できるかどうか”にかかっています。現在クルーグナー氏はブドウ畑を襲う他の昆虫の振動信号も研究しており、この研究が更に進めば、殺虫剤を使用せず、小さな振動エミッター1つでブドウ樹のネットワークを活用し、害虫の数をコントロールすることが可能になるかもしれません。
最後に、ブルゴーニュやローヌ、ドイツ、アメリカを脅かすオウトウショウジョウバエ/スズキですが、アメリカのコーネル大学によるIPM研究所は、オウトウショウジョウバエは32度以上の暑さに弱く、冷たく暗く湿った場所を好む事を特定した上で、樹幹、雑草、灌漑の管理により、オウトウショウジョウバエが好む場所を減らすことを奨励しています。具体的には①日光を増やし、湿度を下げるような開いた樹幹の維持・管理、②畝に生える雑草の定期的な除去・管理、③水たまりがなかなか乾かないような場所は灌漑を避ける、といった内容です。
また、一度卵を産みつけられると目視では確認が難しいため、粘着版やワイン・リンゴ酢などを使ったコバエトラップを畑に仕掛け、それを毎日確認しモニタリングすること。さらに日陰や湿地、森の近くのオウトウショウジョウバエが好みそうな場所の果実を定期的に確認し、熟した果実をサンプルとして採取、顕微鏡で卵の呼吸管を調べるか、塩水浮上法※で幼虫の有無を確認する方法を推奨しています。(※塩水浮上法・・水と塩を混ぜた溶液が入った袋にサンプルの果粒を入れ、数時間置いておく。幼虫がいる場合、15分程度で溶液の中に現れる)
オウトウショウジョウバエ対策については、まずは発生させない環境を整えるための上記の予防的措置がメインですが、万が一トラップ内で発生を確認した場合には、収穫期間を短くし、残った果実などは取り除き廃棄することで、畝を清潔に保つこと。さらに、オーガニック栽培でも認められた合成化学物質不使用の天然由来の殺虫剤を、オウトウショウジョウバエの活動がピークになる早朝または夕方遅くの適量の散布を推奨しています。有機栽培でよく使われる主な殺虫剤には、スピノエース(土壌に存在する細菌が産生する自然由来の殺虫成分)、ニームオイル(ニームの木から抽出され、殺虫剤としてだけでなく、殺菌剤としても使用可能)、ピレスリン(キク科の植物から抽出される殺虫成分)などがあります。
④まとめ
今回ご紹介できたのはあくまでも一部ですが、私たちがよく耳にするフィロキセラ以外にも、脅威となる生物が畑には沢山いることが分かっていただけたのではないでしょうか。
IPMという考え方がそうですが、ワイン造りと同じように、全てはバランスが大事なのだと改めて考えさせられました。殺虫剤だけに頼りすぎると益虫の生態系をも壊してしまうことに繋がりますし、アメリカで生物的防除のために導入されたテントウムシは今では害を与える厄介者になっています。1つのものに頼りすぎる防除はバランスに欠け、予期せぬリスクが高まるため、処置だけではなく予防的措置も取り入れたバランスの良い環境づくりが、ブドウにとっても、そこで働く人々にとっても、ひいては畑を取り巻くすべてのものに調和をもたらすのだと感じました。
19世紀に世界中のブドウ畑を襲ったフィロキセラほどの規模ではありませんが、現在はオウトウショウジョウバエ/スズキが、その実態の掴みづらさからヨーロッパの多くの生産者にとって正体不明の脅威として捉えられているようです。
地球温暖化によって、害虫・益虫含め様々な種が越冬できるようになっていることや、効果的な防除策に対して免疫を持つ進化を見せる種もいることから、今後、害虫被害はより多くの生産者の悩みの種となるかもしれません。それでも、科学の進歩とともに、新たな対策法も生まれてくることでしょう。
<参考出典元>
Stephen Skelton MW “ワイン用ブドウ栽培の手引き” 2020年 P133-149
Sally Easton MW “Vines & Vinification” P34
Wine Spirit Education Trust (WSET) “What is phylloxera and why was it so significant?” 2023年
Jancis Robinson “Asian fruit fly – a 2014 pest” 2014年
農林水産省”検疫上注目される病害虫の解説 オウトウショウジョウバエ” 2015年
Cornell CALS “Spotted Wing Drosophila”
NYS IPM Program “Spotted Wing Drosophila” 2017年
Wine Business Monthly “Sustainable Control Tools for Vine Mealybug” 2024年
U.S. Department of Agriculture “How do you confuse a Sharpshooter?” 2018年
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