なぜワインのプロは北海道を目指すのか? Case2:Ăn Đi オーナーソムリエ/ワインテイスター 大越 基裕さん
近年日本ワインの最前線として注目を集める北海道。ワインのプロフェッショナル達もこぞって北海道でのワイン造りに参画しています。
ワイン造りにおける北海道の優位性は何か、どんな魅力があるのかについて、彼らへのインタビューを通じて紐解いていきたいと思います。
第2回目の今回は、モダンベトナムレストラン「Ăn Đi」のオーナーソムリエであり、ワインディレクターやテイスターとして活躍される大越基裕さんにお話を伺いました。
北海道北斗市文月にて、ワイン版パーマカルチャーの確立を目指す
3つのワイナリーと農泊施設がオープン予定
現在、北海道北斗市文月に新しいワイナリーや、農業体験やその土地ならではの食を楽しむことができる農泊施設の建設が進んでいることをご存知でしょうか?
ワイナリーは道南地区のワインづくりを牽引してきた「農楽蔵(ノラクラ)」に、「Due Punti(ドゥエ・プンティ)」と「トロッコワイナリー」の3つです。そして大越さんが農泊施設を手がけます。農楽蔵とDue Puntiは今秋から、トロッコワイナリーは来年秋、農泊施設は2025年の夏以降の稼働を予定しています。
北斗市は函館市の隣に位置しており、その中の文月という小さな地区にこれだけの施設が集まることになります。今回の計画には同地に自社畑を所有する農楽蔵の佐々木賢さん、佳津子さんご夫妻の存在が大きく影響しています。パイオニアである農楽蔵の成功によって、実際に文月で良いブドウをつくることができることが証明されているため、他のワイナリーが進出するきっかけになりましたし、函館市内にあったワイナリー施設の移転が決まったことで、大越さんが農泊施設を建設する計画の決定打になったとのことでした。
農楽蔵、佐々木夫妻との運命的な出会い
大越さんと佐々木夫妻との出会いは、銀座レカンを休職して行ったフランス留学時代に遡ります。栽培&醸造学校の同級生には日本人留学生は二人しかおらず、それが大越さんと佐々木賢さんでした。二人は毎日のようにワインをブラインドで飲んで議論したり、分からないことを聞き合ったりして、すぐに仲良くなりました。同じ時期に留学していた佳津子さんとも知り合い、夫妻ともにその当時からの友人です。
賢さんたちはその頃からナチュラルワインに親しく、世界観をすでに体験してきていたと言います。「賢ちゃんの考え方は非常に理にかなっていて、自然体だったことに共感しました。ワインが好きすぎて、ワインについてもっと知りたい、生産者と共通の言語で話せるようになって彼らの意図をもっと理解したいと思って栽培学と醸造学を学ぶために留学しましたが、賢ちゃんがナチュラルワインに対する窓を開けてくれたことで、より色々なワインを素直に受け入れて、それぞれに良いところがあると思えるようになりました。」
彼らと幅広いワインに触れていくことで「自然との共存」こそがワインの本質だと感じ、自身が身を置くレストラン業界もまさに同じであり、ワインもレストランも“農”に帰属するという考えに至り興味が沸いたのだそうです。
フランス留学時代からの夢だった
フランスで賢さんと過ごす中で、「将来的に、フランスの田舎町にあるワイナリーがこぢんまりと併設しているターブルドットのような宿泊施設を持てたらいいよね、という話はしていました。両方を運営するのはなかなか大変なので、だったら賢ちゃんがワイナリーをやりなよ、僕がターブルドットをやるからさ、なんていう構想も実はその時から持っていたんです。」
お互い日本に帰り、佐々木夫妻はワイナリーを立ち上げ、大越さんはレストランでシェフソムリエとして働いた後に独立。お互いにそれぞれの分野で成功した今、15年の時を経てやっと形にしようというところまでたどり着きました。
北海道、北斗市文月を選んだ理由
大越さんは北海道・札幌の出身ですが、函館エリアには特に関わりはありません。対して、賢さんはフランスにいる時からルーツである函館でワイナリーをやることを決めていました。大越さんが文月を選んだ理由の大部分は“農楽蔵があったから”ではありますが、北海道ワインについては縁や大きな可能性を感じていると言います。
まず、今世界中で求められているのがクール・クライメイトのフレッシュで冷涼感のあるワインであり、それをつくることができるのが日本では北海道だからです。梅雨が少ないため湿度も低く、ブドウにとって良い環境であるため国際品種の栽培にも向いています。
また、初めて深く感動した日本ワインが北海道のワインだったことも大きな理由の一つです。そのワインは、フランス留学時代に飲んだ「ナカザワヴィンヤードのクリサワブラン」ファーストヴィンテージでした。日本でこんなワインがつくれるのか!と感動した大越さんは、北海道でのワイン造りにポテンシャルを感じ、今後北海道が面白いことになると確信しました。
ただ、まだデータが少ないため、文月はおろか北海道のテロワールの個性まではわかっていません。今後数十年かけて、「このピノ・ノワールはまさに北海道っぽいよね」といった評価がされるようになればそれがまさにテロワールであり、北海道のアイデンティティーだと言えます。「地域性はワインの魅力の一つですが、日本のワインに一番足りないものだと思います。時間がかかることなので僕らが生きているうちにできるかどうか分かりませんが、道南地区の地域性を明らかにできたらいいなと思っています。」と語ってくださいました。
オーガニックにこだわり、土地や自然に優しいアプローチをしたい
農泊施設は2025年のオープンを目指して建築中ですが、野菜づくりについてはすでに開始しています。文月でも耕作放棄地が広がっており、耕作の担い手がいないと荒れていってしまう農地を借りたり購入したりして野菜やハーブを作ることで、少しでも地元へ貢献できれば良いと考えているそうです。
作った作物は地元に卸す分と自身の東京の店舗で使うに止め、オーガニック農法で自分たちの土地に合っている野菜は何かを確かめながら少量多品目で実験的に育てています。オーガニックへのこだわりは3つのワイナリーにも共通するものであり、化学肥料を使わないと収量は減りますが、それでも土地や自然にやさしいアプローチができるようなスキームを作っている最中です。将来的には農泊施設で提供できるよう、大越さんが満足できるクオリティの高い作物をつくることを目標にしています。
できることを持ち寄って、文化を創っていく
文月での3つのワイナリーと農泊施設の事業は、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが集まって、各自ができることを持ち寄ることで進んでいます。
近年注目されている社会システムとして「パーマカルチャー*」というものがありますが、まさにワインを通して持続可能な社会と文化を創っていく新しい形ではないでしょうか。
*パーマネント(永続性)、農業(アグリカルチャー)、文化(カルチャー)を組み合わせた造語で、持続可能な社会システムをデザインしていく手法。
文化を創ることは一人では成し得ません。大越さんは、賛同してくれる人にどんどん入ってきて欲しいと考えています。「例えば、北海道で蕎麦粉を育てて蕎麦屋をやるとか、小麦粉からパンを作るとか、その場所でしかできないことを創造し合い、シェアできるものはシェアし合うという環境が生まれていけば嬉しいですね。美味しい食べ物があればそれを目指して世界中から人が集まります。そういう点で飲食にはものすごい可能性があるんです。」
農泊施設では3つのワイナリーのワインは常に提供できるようにし、大越さんがこれまでに買い貯めた古酒だけで2千本オーバー(!)というワイン資産も全て解放される予定です。またサウナも設置され、色々な形で自然を楽しむことができるそうです。
一棟貸しでベットルームは2つ、1日1組限定(最大4名)の狭き門となりますが、ワインラバー垂涎の施設になることは間違いありません。
文月にどんなワイン文化が生まれるのか、楽しみに注視していきたいですね!
大越 基裕氏
1976年生まれ、北海道出身。
モダンベトナムレストラン「Ăn Đi」(外苑前)「Ăn Cơm」(広尾)オーナー。
渡仏し栽培、醸造の分野を学び、帰国後銀座レカンのシェフソムリエに就任。2013年6月ワインテイスター/ソムリエとして独立。
飲食店の飲料監修、国際的な酒類品評会での審査員、ワインや日本酒の講師として活躍中。サウナ好き。
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