太陽光の重要性を探るー“あるかないか”ではなく“どう与えるか” (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)
「ワインは太陽の光に満ちた水である。―― Le vin est de l’eau emplie de soleil.」
これは、ワイン造りにおける太陽光の重要性を表したフランスのことわざです。
太陽の光がなければブドウ樹は成長せず、果実も実らず、そして熟すこともありません。光は光合成の必須要素であり、ポリフェノールの蓄積を促し、香り成分の形成にも深く関わっています。さらに、太陽がしっかりと降り注ぐ環境では湿度が低く保たれるため、カビによる病害の発生が抑えられ、健全な果実の収穫にもつながります。
しかし、太陽光の恩恵がブドウの品質にとって“絶対条件”だった時代と比べ、現代の多くの産地では状況が変化しています。今では、過剰な日射はむしろ品質を損ねる要因となり、世界各地で見られる「日焼け果」や「萎れ果」はその象徴的な例です。
本稿では、11月に筆者が訪れたチリのワイン産地でのインタビューを交えながら、太陽光がもはや単なる“恵み”ではなく、ブドウの品質を左右する「最適化すべき必須条件」となっている理由を探っていきます。
葉への作用―光合成
光・二酸化炭素・水を必要とする光合成において、太陽光は欠かすことのできない要素です。
太陽光の強さは「光合成有効放射(PAR)」と呼ばれる指標で表され、ブドウ畑に届く日射量は緯度、季節、時刻、雲量によって大きく変化します。晴天時には 2,000PAR を超えることもありますが、曇天時には 300未満まで低下します。
光合成は 30PAR を下回ると生じませんが、日射強度が増すにつれて増加し、700PAR に達すると「光飽和」と呼ばれる状態となり、それ以上日射が強まっても光合成速度はほぼ一定になります。
ブドウ樹において光合成に活用される葉の大半は、日光を直接受ける外側の葉です。葉が1〜2枚重なるだけで通過する光は大きく減衰してしまいます。“空飛ぶブドウ博士”と呼ばれた栽培学の権威・故リチャード・スマート氏によれば、晴天時に降り注ぐ 2,000PAR のうち84%は直射光を受けた葉に吸収され、10%が反射・散乱、透過するのはわずか6%に過ぎないといいます。
その結果、キャノピー内では 10PAR 未満に落ち込むこともあると指摘しています。つまり、適切なキャノピー設計こそが効率的な光合成の出発点だと言えます。例えば、肥沃な土壌の産地で樹勢が強いブドウ樹に対し、キャノピーを最大効率で活かすスコット・ヘンリー式やスマート・ダイソン式といった仕立て型が有効なのは、この理由によるものです。
地表に届く太陽光は、波長によって紫外線・可視光線・赤外線に分類されます。可視光線域内の青色光と赤色光は光合成を促進し、植物の葉に吸収されます。そのため、キャノピー内部では赤色光の比率が相対的に低下し、波長の長い遠赤色光が優勢になり、徒長反応*が促されてしまいます。その赤色光と遠赤色光の構成比をR:FR比で表します。
*徒長反応とは植物が太陽光を求め細く長く茎の節間を伸ばす作用の事で、植物が光環境に応答して生育様式を変えるフィトクロム反応の典型例です。
光合成に重要な赤色光は散乱されやすいため、大気を通過する距離が短い正午の光では赤色光が強調される一方、太陽光が大気中を通過する距離が長い朝日や夕日は相対的に遠赤色光が増えるため、R:FR比は低く(赤色光が少なく)なる傾向にあります。
ただし、光合成の速度は日射量だけでなく葉温にも大きく左右されます。葉温が10℃を超えるあたりから光合成は活性化しはじめ、20〜30℃が最適温とされています。そのため、積算温度がブドウ栽培に適した地域であれば、常に快晴でなくとも、光合成に必要な太陽光は量・質ともに足りていると言えます。むしろ産地によっては、ブドウ果実のフレッシュネスと酸味を保つために、太陽光は程良く制御すべき対象でもあるのです。
チリのコンチャ・イ・トロでプレミアムワインを手がけるワインメーカー、イザベル・ミタラキス氏は、シャルドネとピノ・ノワールを栽培するリマリ・ヴァレーについて次のように語っています。「海岸に近いこの産地では、フンボルト寒流の影響で午前中に雲が発生し、太陽光がほどよく遮られます。結果として日中の気温上昇が抑えられ、シャルドネやピノ・ノワールの栽培に適した条件が保たれ、ブドウ果がフレッシュネスを保つことができるのです。たとえ午前中の曇りが連日続いても、光合成が促されるだけの太陽光は十分注がれています。」
実際、彼らが手がけるプレミアムキュヴェ「アメリア ピノ・ノワール2022」は、爽やかな赤系果実の香りと背筋の通った酸味を保ちながらも、アルコール度数14%abvを有します。
太陽光が光合成に欠かせない要素であることに変わりはありません。しかし、栽培品種が十分に育つ積算温度条件下においては、太陽光をどう制御し、果実のフレッシュネス保持とのバランスを取るかが、品質を左右する重要なポイントとなるのです。

ブドウ果への作用―ポリフェノール
ブドウ果への太陽光の作用も品質を左右する重要な要素です。なかでも象徴的なのがポリフェノールへの影響です。適度な果粒への露光はアントシアニンの合成を促し、タンニンの成熟を助けるため、色素安定やタンニンのテクスチャー向上といったワイン品質の向上につながります。
適度な紫外線(UV)はフラボノールの蓄積を誘導し、さらなる色素安定に寄与します。標高が1,000メートル上がるごとにUV量は約10〜12%増加するとされ、アルゼンチンのメンドーサやサルタにおけるマルベックの濃い色合いは、その一因をこの強いUV環境に求めることができます。ただし、色素の安定化には昼夜の寒暖差も大きく関与します。実際、メンドーサやサルタはいずれも昼夜の温度差が大きい一方、山梨・勝沼では近年の夜温上昇により、カベルネ・ソーヴィニヨンの色づきが弱くなっていると言われています。
タンニンのテクスチャー向上の面でも、適度な露光は重要です。ポリフェノールの成熟と、前述のフレッシュネス保持とのバランスを図るため、多くのワイン生産者は果房(フルーツゾーン)の東側だけを除葉し、西側は葉を茂らせるという手法を採用しています。これはボルドーのグランヴァンのシャトーで広く行われる、いわば定説ともいえる手法です。
これは黒ブドウに限った話ではなく、白ブドウ生産者でも同様です。オーストリア、ヴァッハウのレオ・アルジンガーは、リースリングやグリューナー・ヴェルトリーナーにおいても、過剰な直射日光は不要なフェノリックを高めてしまうため、やはり東側の除葉を実践しています。ただし、グリューナーは水分ストレスもフェノリック蓄積に影響するため、太陽光管理だけでは十分なテクスチャーの向上は得られず、水分管理も欠かせない要素だと指摘します。
太陽光は確かにブドウ品質を支える重要な条件ですが、決して“絶対条件”ではありません。気温や水分など他の要素とのバランスが重要であることが改めて浮き彫りになります。
ブドウ果への作用―芳香成分
ブドウ果への太陽光の作用として、芳香成分の形成も重要なポイントです。適度な露光は、果皮におけるチオール前駆体やテルペン化合物の蓄積を促す一方、青い香りの原因となるメトキシピラジン(ピラジン)は減少します。
ピラジンを例に見てみましょう。ピラジンはボルドー系品種(黒ブドウではカベルネ・フランとカルメネールで顕著)で多く見られる香り成分で、微量であればワインにミントやハーブのような清涼感をもたらしますが、適量を超えれば緑ピーマンや夏草の茂みの青い香りが広がってしまいます。
チリ・コルチャグアのモンテスでは、カルメネールのピラジン対策として、フルーツゾーンの両側を高頻度で除葉し、十分な露光を確保する手法を収穫期まで定期的に行っています。こうした管理によって、青さを持たない芳醇なカルメネールを醸しています。ただし、こうした除葉方法はピラジンの除去には効果的であるものの、水分ストレス対策など多角的な対応を怠れば、鮮度の落ちたダレた果実香、抑揚のないストラクチャーに繋がるリスクもあります。あくまで総合的な管理があってこそ選択できるアプローチと言えるでしょう。

ブドウ果への作用―サンバーン
温暖化の影響により、近年は各地でブドウの日焼け果(サンバーン)や萎れ果の被害が頻発しています。ただし、地球に降り注ぐ太陽光量そのものは過去40年間ほぼ一定で、太陽光自体が強くなったわけではありません。サンバーンの原因は、気候変動による猛暑日や熱波の増加にあるとされています。直射日光下では果粒温度が気温より10℃ほど高くなり、極端な高温と直射光が重なることで、ブドウ樹の持つ蒸散機能が追いつかず、サンバーンが発生してしまうのです。
ダメージを受けたブドウ果は、タンパク質が損傷し、アントシアニンは分解され、デリケートな果実香は揮散されてしまいます。さらに、気温上昇はブドウ樹の呼吸速度を上げるため、リンゴ酸の消費が進み、糖酸バランスが崩れてしまいます。シャトー・マルゴーは、2020年ヴィンテージにおいてサンバーンにより約20%の収穫減だったと言います。
対策として、果実表面を保護するためのカオリンクレイ(粘土質パウダー)散布や、費用対収益が見込めるブドウ園であればオーバーヘッドスプリンクラーの設置などが挙げられます。しかし、最も根本的な解決策はやはりキャノピー設計の見直しです。先に触れたように、フルーツゾーンの西側の除葉を控えることは、強烈な西日から果実を守るうえで有効です。また、仮に2021年のような冷涼なヴィンテージが訪れた場合にも、キャノピー管理を柔軟に調整することで、状況に応じた対応が可能になります。
ただし、西側の葉を茂らせるためには、畝列が南北方向に伸びていることが前提となります。一時期はガイセンハイム研究所による研究などで東西方向のオリエンテーションが推奨される潮流もありましたが、現在では南北方向が主流と言えるでしょう。シャトー・マルゴーでは、今後50年かけてすべての畑を北東—南西方向へ植え替える計画を掲げ、ドメーヌ・ド・シュヴァリエでは全区画が北東—南西の方角に整えています。とはいえ、畑の勾配やトラクターの進入条件によっては採用が難しい点は考慮が必要ですし、気象条件や品種特性によって最適解が変わることも事実です。
太陽光は「ある・ない」ではなく、“どう与えるか”を慎重に設計すべき要素です。サンバーン対策は、その重要性を象徴する好例と言えるでしょう。
*北東—南西オリエンテーションでは、南-北よりも東側除葉によって日中の日を取り込むことができ、また西側の葉を茂らせることで西日に特化した遮光効を行うことができる。

太陽光は、ブドウの品質を決定づける極めて重要な要素です。しかし、気候変動が進む現代では、もはや“絶対的な恵み”ではなく、最適にコントロールすべき必須条件となりました。
欠かすことのできない存在だからこそ、その扱い方や向き合い方が、これまで以上に問われています。
織田 楽(Raku Oda)
The Fat Duckソムリエ
1981年生まれ。愛知県豊田市出身。
代官山タブローズ(東京)、銀座ル・シズエム・サンス(東京)での勤務の後、2010年渡英。ヤシン・オーシャンハウス(ロンドン)ヘッドソムリエを経て、2020年よりザ・ファット・ダック(ロンドン郊外)にてソムリエとして従事。同レストラン、アシスタント・ヘッドソムリエとして現在に至る。
インスタグラム @rakuoda
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