<フィラディス繁盛店インタビューNo.5>Lyon Bleu International co., ltd 安生 浩 代表
ワイン好きならば知らぬ人はいないと言っても過言ではないほど、あまりにも有名なリヨン・ブルーアンテルナショナルグループの各店舗たち。“がぶ飲みワイン”の発祥として一世を風靡したが、似たようなコンセプトのお店がたくさん出てきている現在でも、常に繁盛し続けているモンスターグループだ。
この類稀なグループを率いるのが代表の安生浩氏だ。もともと飲食店をやるのが夢だったそうだが、その始まりは決して順風満帆なものではなかった。飲食店開店を目指してフランスに滞在していた時に、戦前から続く酒屋を営んでいた父親が倒れ、一家の主として店に入らなければならなくなってしまったのだ。しかも実際に経営に携わると、毎月20万円もの赤字が出ている状況であった。一家を支えるために何か手を打たねば・・・と考えた末に、昼は酒屋をやって夜は角打ちのようなイメージで自店のワインを飲ませる飲食店をやれば、酒屋も続けていけるし自分の夢も叶えられると思い立った。
こうして、2005年に第1店目となるPont du Gardを開店させた。もちろん二毛作のような生活は非常に過酷で、朝7時に起きて4時に寝るという生活を休みなしで約2年間続けたそうだ。
『必要か必要じゃないか』を考える
Pont du Gardは、フランス人が家族皆で愛する街の居酒屋のように、美味しくてガツンとボリュームのある料理とコップになみなみ注いだテーブルワインを楽しむお店だ。こういったお店は今でこそ日本でもたくさん見かけるが、当時はほとんど存在していなかったそうだ。このように、安生氏が店舗コンセプトを考える際に最も重要視するのが、『必要か必要じゃないか』。しっかりと市場を観察して、これは世の中に必要かな?あったら嬉しいんじゃないかな?と常に考えている。ボトルに値段を書くのもワインの価格が明確じゃないお店が多かったから。グラスワインの価格が均一500円なのも値段がバラバラで明瞭ではなく選ぶ方に不安や煩雑さがあったからだ。
2店舗目となるGare de Lyonは、パリの有名店「ル・ヴェール・ヴォレ」のようなビストロを日本でやりたいと思って立ち上げたヴァン・ナチュールとビストロ料理のお店。ここも、日本で自然派ワインに特化した店がなかったため、必要だろうと考えて立ち上げている。その考えは間違いなく当たり、またたく間に満席のお店になった。お客様が既存の2店舗に入りきらなくなってウェイティング・バーのようにも使えるお店として立ち上げたのがカレーとワインのお店PAULだ。PAULの重要な“ある役割”については後述するが、ここもカレーとスパイスたっぷりの料理にワインを合わせるという目新しいコンセプトがウケている。
イタリアンのTerminiとMatildaにしても、お腹いっぱい食べてワインを飲んで5,000円で収まるような本場さながらのイタ飯屋が当時無かったことから始まっているし、6店舗目のGiginoにしても色々リサーチする中で「炭火焼きとワイン」だと1万円は超える店ばかりだったので、5,000円くらいで食べさせるお店がほしいよね、という考えからスタートさせている。
7店舗目WATERLOOはビストロパブだ。こちらはワイン以外の飲料も充実させるなど若干毛色は異なるが、日本にある英国風のパブで料理が美味しいところがあったらいいのに、と感じていたため、ビールもワインも美味しく飲めて料理も当たり前に美味しいお店として立ち上げた。
コンセプトや形態がことごとく当たっていると感じるのは、『あったらいいよね』という店を具現化したからに他ならない。スタッフが何か判断していく時にも、『必要か必要じゃないか』が基準となるため明快だ。自分の店を出すとなると、とかく“自己表現”や“やりたいこと”を考えがちだが、安生氏曰く、小さな店をやるなら『必要か必要じゃないか』を考えるだけで充分なのだそうだ。
全てにおいて『ちゃんとする』こと
リヨン・ブルーグループの企業理念は、『真っすぐにつながる』だ。安生氏は今もいちスタッフとして各店で現場に立っているが、スタッフに対し、お客様にも取引先にもスタッフ同士でも、お互い対等な立場として『ちゃんとする』こと、本心で付き合ってつながることこそが重要だと口酸っぱく伝えている。
実際に、今回の取材でGare de LyonとWATERLOO、Terminiの3店にお邪魔させていただいたのだが、どの店舗でもそして安生氏がいなくても、スタッフの方全員が手を止めて挨拶してくださり、とても温かく迎えてくださった。社会人として当たり前のことなのかもしれないが、複数の店舗に一律に気持ちの良い雰囲気を持たせる、つまりしっかりと理念を浸透させるのは並大抵のことではないだろう。
また『ちゃんとする』という想いは、お店の在り方にも関わっている。現在ではリヨン・ブルーグループと似たコンセプトを掲げてワインを飲ませる店は多いが、中にはハウスワインとして美味しくないワインを平気で出すようなお店もある。それではワイン文化は一向に成熟しない。ワインが一般的に飲まれるようになった今、開店当初考えてきた役割の一つは終わりに近づいている。しかし、ワインブームを創出し牽引してきた店の責任として、安かろう不味かろうではなく『ちゃんとした』ものをお出しして、ワイン文化をもう一段引き上げるのが今後の仕事であると考えているのだという。
積極的に独立を支援
人材育成の熱心さの表れか、リヨン・ブルーグループでは独立支援を積極的に行っており、実際に独立した人も多い。PAULやTerminiは社内独立をしているし、Matildaは独立候補、Giginoはスタッフの共有はあるものの運営は完全に独立して行っている。もちろん全員がきちんと修行して店長も経験し、店舗や会社の経営の仕方も勉強した上で、下のスタッフを育て上げてから独立している。安生氏はこうした真っすぐに勤めあげた人は全面的に応援し、同等の同業者として協力し合っている。
実は先ほど触れたPAULの“ある役割”とは、独立を目指す人への保険のような側面があるそうだ。PAUL立ち上げの当時、社内に独立を目指してやってくる人が結構いたそうだが、1千万といった開店資金をかけて店をオープンするので失敗してしまうと立ち直るのが非常に難しくなる。だったらもし店を潰してしまっても自力で食っていける術を持っていた方がいいだろうと考え、市場規模が大きい割に独占企業が少なく、作り置きも出来るカレーの作り方をスタッフ全員に覚えさせたのだという。とてもユニークなエピソードだが、こういった話の端々に安生氏のスタッフへの愛情が垣間見える。
イージーさが身を滅ぼす
しかし独立を支援し続けてきた安生氏は、今の若手に対して大きな危機感を抱いている。それは、起業という人生がかかった選択なのに、イージーに考える人が多くなっていることだ。独立や起業について相談したいという人がいればすぐに会って相談に乗ってきたそうだが、親身になって応援しても開業しましたという連絡をしてこなかったり、レシピをまるごと全部あげても音沙汰なかったりといった人ばかりで、現在では相談に乗るのはストップしているという。
お客様に対しても業者に対してもまずは挨拶、そしてありがとうという感謝の気持ちを持つこと、そういった当たり前の部分が欠けているのではないだろうか。起業などと言う前に、礼儀や思いやりから始まって“ちゃんとする”ことを身に付けるべきであり、「そう言った部分には僕はとても厳しいんです。」とおっしゃっていた。
商売は長くやらなきゃ意味がない
今後の展望を伺うと、8店舗目も考えているそうだが、会社としての安定がテーマだと教えてくれた。席数の少ない店だと2~3年も経つとお客様にもスタッフにも飽きが出て、売上も頭打ちになってくる。お客様はつながりを保っていれば問題はないかもしれないが、スタッフについては次のステージを考えてあげる必要があり、そのためには会社の規模をもう少し大きくすることが必須だと感じているのだそうだ。
安生氏は、『商売をやるなら長くやらなきゃ意味がない』という信条を持つ。それは家業の酒屋を戦前から続けていることで、色々なところに知り合いがいて人生が豊かになるような体験をたくさんしているからだ。今時の飲食店は、流行りを追いかけるために流行らなくなればすぐに潰してしまったり、何年で回収して・・・といった投資目的であったりといった流れがあるが、やはり長く働いてつながりを持つ、というのがまっとうな商売人の生き方だと考えていて、長く続けられる商売をしていきたいのだという。
リヨン・ブルーグループの各店は、一見すると料理や価格、店の雰囲気といったコンセプトで繁盛しているように思える。しかし、今回の取材ではそうした外面だけでは完結しない“中身の濃さ”を感じた。成功するために『必要か必要じゃないか』を考えること、人間的に『ちゃんとする』ことを大切にすること、そしてそれらによって独立できるレベルの人材を育成すること。こうした内面的な強さこそが、リヨン・ブルーグループを10年以上支えている本当の柱なのではないだろうか。
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