ブドウ樹の病害と新しい対策について <前編>  -幹の感染症- (仕入れ担当 末冨春菜)

ブドウ樹の病害と新しい対策について <前編>  -幹の感染症- (仕入れ担当 末冨春菜)

多くのワインメーカーが「素晴らしいワインは素晴らしいブドウから生まれる」とし、畑での作業に多くの時間を費やしています。畑仕事の中で特に重要なのがブドウ樹の病害への対処です。生育期のあらゆる場面で病害が発生する可能性があるため、生産者たちは気を抜くことはできません。

こうしたブドウを脅かす病害と最新の対策について、全2回のコラムに分けてご紹介したいと思います。前編のテーマは幹の感染症です。後編では幹以外の病害について解説する予定です。


幹の感染症とは?

生産者と話をしていると「Grapevine Trunk Disease (グレイプヴァイン・トランク・ディジーズ= / GTD)」という言葉をよく耳にします。これは幹が影響を受ける感染症の総称で、近年世界中のブドウ畑を最も脅かしている病気と言っても過言ではありません。

ブドウ房や葉だけでなく、高確率でブドウ樹自体を死に至らしめる深刻な病気であり、大幅な収量減や枯死による植え替えなどで発生する損失は、世界で年間15億ドル(日本円にして約2300億円)にも及ぶといいます。

この病気による被害をさらに数字で見ていきましょう。

カリフォルニアで栽培されるブドウ樹の80%はトランク病の影響を受けており、症状が重度の畑では毎年収量の94%が失われます。また、軽度であったとしても、樹齢15年の時点で70%もの収量減となります。さらにトランク病にかかったブドウ樹は平均以下の20年ほどで寿命を迎え、植え替えが必要になるという話も耳にします。

<トランク病によるブドウ樹破壊の時系列>

樹齢 0年目 5年目 10年目 15年目 20年目 30年目以上
状態 新しいブドウ樹の植樹 収量のピークに到達 収量:ピーク
から20%減
収量:ピーク
から70%減
トランク病に
よりほぼ枯死
平均的なブドウ樹の寿命は60年程度

また、品種によっても抵抗力が異なり、カベルネ・ソーヴィニヨン、ソーヴィニヨン・ブラン、ユニ・ブラン、メルロ、サンジョヴェーゼといった品種は特に耐性が低いと言われています。

下記の地図は、トランク病の被害が発生している国に赤い丸を付けたものです。これを見ると、旧世界、新世界ともに世界の主要なワイン産地で広く被害が見られる事が分かって頂けるかと思います。


代表的な幹の感染症5つ

世界中の生産者を悩ませる幹の感染症は、

  • 樹齢5年以下の若い畑
  • 樹齢6年以上の成熟した畑

でそれぞれ異なるのですが、代表的なものは大きく5つあります。

樹齢5年以下の若い畑

ブラック・フット病 (Black Foot Disease / BFD)

原因となる病原体:Campylocarpon, Ilyonectria, Dactylonectria など

全世界で多く見られる病気。芽吹きの遅れ、葉の緑部が壊死する、樹勢が弱まる、酷い場合には葉またはシュート全体の枯死という症状が発生する。根まで壊死し黒くなる。

この病気については「ホット・ウォーター・トリートメント / HWT」(休眠中の苗木を50度のお湯に30分ほどつけておく温水処理)と呼ばれる方法で病気感染リスクが大幅に減少することが分かってきている。

※シュート:茎とその上にできる多数の葉からなる単位


ペトリ病 (Petri Disease)

原因となる病原体:Phaeomoniella chlamydospora

病原体は異なるが前述のブラック・フット病と似た症状が発生する。葉脈が黒色に変色し、後述するエスカと同様の“タイガーストライプ”という特徴的な模様が葉に現れることもある。(エスカと同じ病原体が原因。若木が発症した場合にペトリと呼ばれる)

水不足、過収量などのブドウへの過度なストレスも病気を引き起こす要因の1つだと言われている。

両方の病気に共通して、病気にかかっているかどうかをブドウ樹の外観(樹勢の弱さ)だけで判断するのは特に冷涼な地域では難しいという点もあります。病気の畑と秋〜冬にかけての畑、そして春の霜害の後の畑の状態は非常に似ていて見分けがつかないからです。

ですが、ブドウ樹の幹を解剖してみると、その症状は一目瞭然です。

 

樹齢6年以上の成熟した畑

エスカ (Esca)

原因となる病原体:Phaeomoniella chlamydospora, Phaeoacremonium aleophilum,Fomitiporia mediterranea, F. australiensis など

近年、世界中で多くの被害が報告されている幹の感染症。フランスでは対策となっていた亜ヒ酸ナトリウムの散布が人体に有害だとして2001年より禁止されたため、以降有効な解決策は見つかっておらず、現代のフィロキセラとも呼ばれている。

傷口から侵入した菌は、木部から幹の中心部を海綿状の物質に変え壊死させる。エスカに侵されたブドウ樹は、赤色と白色の奇妙な模様(=タイガーストライプ)や斑点が葉に現れ、幹の断面図には円状の黒斑、ブドウの実には黒斑が現れる。ブドウ樹は突然葉が落ち、茎は成長期の真っ只中に突然萎れ、ブドウは房ごと落ちてしまう。最初の兆候が見られてからどれぐらいの期間で木が枯死してしまうのか予測することは不可能だが、急速に、特に雨の続いた後の乾いた夏の日には数日という単位で枯れることもある。

樹齢10年以上の古木においてより強い感染力を見せるとされていたが、最近では若木にも見られるようになってきている。治癒する農薬などがなく、罹患すると伐根して破棄するしかないと言われており、フランスでは最も深刻な病気の1つとされている。


ユータイパ・ダイバック/ デッド・アーム(Eutypa Dieback / Dead Arm)

原因となる病原体:Eutypa lataなど

ユータイパ・ダイバックに侵されたブドウ木が最初に見つかったのは1970年代のニューヨークとオンタリオ。その後、カリフォルニアとオーストラリアを中心に多数の被害が報告されている。ユータイパ・ダイバックに侵されたブドウ樹は、葉やシュートが未発達になったり、葉の縁がしわしわになるなどの兆候を見せる。また幹には黒い腫瘍のようなものが現れる。


ボトリオスフェリア・ダイバック / ブラック・デッド・アーム
(Botryosphaeria dieback / Black Dead Arm)

原因となる病原体:Botryospheriaceous fungi

長きに渡って知られてきたエスカやユータイパ・ダイバックに対し、ボトリオスフェリアは2014年頃から被害が報告されるようになっており、まだその生態は広く理解されていない。先の2つのような明らかな兆候はなく、葉やシュートの部分には症状が見られないが、幹にはエスカやユータイパ・ダイバックと同様の黒い腫瘍がみられる。外観だけでの判断は難しい。


トランク病の原因

原因となる病原体はそれぞれ異なりますが、これらの病気感染の95%以上は主に剪定時にできる傷や切り口が原因となり発生しています。剪定により傷口が露出し、病原菌に感染しやすい状態となってしまうのです。特に雨天時に発生することが多く、雨が降った時は、剪定や植え替えの時期をずらすという生産者の話も何度か耳にしたことがあります。

これらの真菌性病原体(=カビ)は、木部や葉脈を腐敗させ、ゆっくりとブドウ木を枯らします。そして、枯死した木を拠り所とし、さらに胞子を育てます。水がある状態だと胞子が放出されるため、冬や春の雨の日に風によって胞子は飛散し、新たに剪定の際にできた傷口に感染する形で拡散されていきます。

恐ろしいのは、苗木メーカーの生産する新しい苗木にもこの感染症の症状が見られることがある点で、感染が新規の畑にも広がる可能性を示唆しています。

 

トランク病の対策

雨の日を避けた剪定

前述の通り、水により真菌性病原体の胞子は飛散するので、雨の日には太い枝の剪定を避けることが基本対策の1つです。


剪定時期の調整

さらに取り組みやすい対策の1つとして、ブドウ休眠期の後半に剪定を行う、という方法があります。トランク病は剪定時の傷口から病原菌が侵入することが原因ですが、切り口がいつできるかで感染しやすさも変わるからです。休眠期(12月)の早い時期に出来た剪定傷は、治癒するのに数週間かかることもあり、ブドウ樹は病気に感染しやすくなります。一方、休眠期の後半(2月)に行った剪定傷は数日で治癒するため、剪定後速やかに感染への耐性を持つことができます。

まだまだ分からないことも多いですが、確実に言えることは、剪定傷の影響は休眠期の始まりに最も大きく、成長期が近づくにつれて減少していくという点です。


切り口の保護

深刻な被害が多数報告されたため、1998年にInternational Group of Trunk-Disease Scientistsという幹の感染症の研究者による国際的なグループが立ち上げられました。多くの研究により「剪定時の切り口を天然、あるいは合成殺菌剤で保護することが有効」と分かり、地域によってはそのような製剤を剪定時の切り口に塗ったり吹き付けたりといった対策を取ることも増えています。


仕立て方の見直しー主幹差し替え方法

現在ではブドウ樹の主幹が1つしかない仕立て方が一般的ですが、何千年も前の自然界ではブドウは複数の主幹を持っていました。健康な副梢を樹の根元から取っておく主幹差し替え方法では、万が一主幹の上方で感染が見られた場合にも、差し替えにより被害を最小限に抑えることができます。この方法は、ニューヨーク州北部など冬の寒さが厳しい地域で寒さに枯死した主幹を代替するために用いられてきました。トランク病においても、主幹の差し替えはシンプルで安価、かつ効果的に病気を制御できると言われています。


治療薬の開発

トランク病の予防は剪定傷の保護に重点が置かれてきましたが、2022年6月、これまでにない画期的な対応策のニュースが入ってきました。それは『Escafix』なるエスカの治療薬が開発された!というものです。Escafixを開発したのはイタリア・トスカーナの農学者、Alberto Passeri、Mario Guerrieri、Roberto Ercolaniの3名で、彼らは共同で2017年から研究を進めてきました。ブドウ畑での実証実験は、Querciabella、Castello di Monsanto, Banfi, Caparzo, Biondi Santi などの畑で行われ、既にエスカの深刻な被害を受けた木の幹に垂直に切り込みを入れ、病変が目立つ箇所にペースト状の治療薬を塗布し、その経過を観察しました。

この結果、被害を受けていたブドウ樹のうち、サンジョヴェーゼの85%、ソーヴィニヨンの78〜80%が治癒したといいます。そしてEscafix未処理のブドウ樹と比較すると、処置したブドウ樹はより活発な成長を見せ、水分コントロール、葉の蒸散や光合成の能力も感染していないブドウ樹と同程度に向上したと言います。さらに最初の処理から数年間は感染の発生率が低いことも確認されました。


ブドウ幹の乾燥&樹液の流れの障害を避ける

これらのトランク病の原因はカビ菌類によるものだと長らく考えられてきましたが、フランスにてブドウ栽培コンサルタントや実践的なブドウ剪定の研修を各地で行っている組織、SICAVAC(シカバック)は新たな捉え方を提唱しています。それは「トランク病のほとんどが、最初はカビ菌類が原因ではなく、乾燥による枯れ込みと、それによる樹液の流れの障害が原因だ」とするものです。

乾燥による枯れ込みは、剪定時の深切りや大き過ぎる傷が原因で発生します。また、長年の剪定による不均整も樹勢のバランスを壊し、ひいては樹液の流れの障害を引き起こします。

剪定の傷に加え、こうした樹液の流れの障害は、ブドウ株の内部で木部の壊死を生じさせます。そうすると植物は自身が作り出し貯蔵しているでんぷんを異なった合成物(テルペン類、フェノール化合物など)に転換し、バリアーを作ることで枯死箇所を隔離、健康な箇所を保護しようとします。 ですが、このメカニズムは沢山のエネルギーを必要とし、植物の貯蔵栄養を枯渇させてしまうのです。こうして、壊死箇所が多く激しく疲弊したブドウ樹は、結果として死んだ有機物の分解という自然界のサイクルに帰属する腐生菌(カビ)により死んでしまう。というものです。

ブドウ樹も人間と同じで、酷く消耗し体力がない時には、病気に脆弱になってしまうのですね。
※腐生菌・・死んで腐った組織を栄養源とする菌。

現在では、樹液の流れを正常に保つため、毎年2本の長梢を残し、バゲット(今シーズンに実をつける枝)とクルソン(来シーズンのバゲットを確保するための枝)を毎年同じ側につくるのではなく、一年おきに入れ替える「ギュイヨ・プーサール」剪定も見直されており、ブルゴーニュでもArnoux-LachauxやCh. de Meursault / Marsannayはギュイヨ・プーサールを採用しています。


まとめ

多くの生産者を悩ませるトランク病ですが、19世紀にヨーロッパを襲ったフィロキセラと同様、少しずつその対処法が明らかになっています。

味わいについては、ボルドー・サイエンス・アグロが「エスカはワインの品質に大きな影響を与えない」という驚きの研究結果を2021年に発表しました。

その実験では、ボルドー左岸の12のブドウ畑の最も汚染された5つの区画から2ヴィンテージにわたりワインを仕込み、その2年後と6年後に健康なブドウ樹のワインとの比較試飲が行われました。エスカ区画のワインは「色調が薄く、余韻が短い」と評価されましたが、「アントシアニンのレベルは僅かに劣っていても、タンニンの総量に違いはない」として、健康なブドウ樹のワインとエスカ区画のワインに大きな品質差は見つかりませんでした。これは、多くの生産者にとっては良いニュースかもしれませんが、収量の大幅減、そしてブドウ樹の突然死だけはどうすることもできません。

 

トランク病は何世紀もの間致命的な病だと考えられてきました。ですが、科学の進歩とともに、将来的にはより上手な付き合い方が見つかっていくことでしょう。


参考出典元

 

 

CTA-IMAGE ワイン通販Firadis WINE CLUBは、全国のレストランやワインショップを顧客とするワイン専門商社株式会社フィラディスによるワイン直販ショップです。 これまで日本国内10,000件を超える飲食店様・販売店様にワインをお届けして参りました。 主なお取引先は洋風専門料理業態のお店様で、フランス料理店2,000店以上、イタリア料理店約1,800店と、ワインを数多く取り扱うお店様からの強い信頼を誇っています。 ミシュラン3つ星・2つ星を獲得されているレストラン様のなんと70%以上がフィラディスからのワイン仕入れご実績があり、その品質の高さはプロフェッショナルソムリエからもお墨付きを戴いています。 是非、プロ品質のワインをご自宅でお手軽にお楽しみください!