【醸造工程を識る】第2弾 : フィルター(バイイングアシスタント 谷川 涼介)

【醸造工程を識る】第2弾 : フィルター(バイイングアシスタント 谷川 涼介)

今回のニュースレターは、「フィルター」がテーマです。自然派ワインがブームになり「ノンフィルター」という言葉を目にする機会が随分と増えましたが、飲み手の間では依然として「フィルターをしているのか、していないのか」のみに焦点が当たりがちではないでしょうか。 フィルターの工程は醸造において非常に重要な意味を持ち、使い方によってはワインを生かしも殺しもします。そこで、今回は一般的なフィルターのフローや種類、使用のタイミングを今一度見直し、それぞれのメリットとデメリットを知ることで、生産者たちがどういった目的で使い分けているのかを探っていきます。


フィルターの目的とタイミング

そもそもフィルターの目的とは何でしょうか。ここではシンプルに、ワインに含まれるたんぱく質などの目に見えない固形物や酵母などの微生物を取り除き、瓶内でバクテリアによる汚染や残留酵母による再発酵を防ぐこと、だと考えます。

フィルターを使うタイミングとしては、アルコール発酵前から発酵後と、瓶詰めの直前に行うのが一般的です。それぞれの段階の果汁の状態と取り除きたい物質の性質やサイズに応じて、生産者たちは様々なサイズの気孔(液体の通る穴)を持ったフィルター機材から最適なものを選択します。例えば、アルコール発酵前の固形物が多く濁った果汁に対し、いきなり目の細かいフィルターを用意してもすぐに目詰まりしてしまって効果が発揮できません。逆に、瓶詰めの直前でワインからバクテリア・酵母菌を完全に取り除いて無菌状態にしたい時に目の粗いフィルターを使用しても意味がないわけです。

フィルターの使用フロー ≪デプス・フィルターとサーフェス・フィルター≫

それでは実際に具体的なフローを見ていきましょう。発酵前や発酵直後の濁り・曇り度合いの高い果汁に対しては、デプス・フィルター (Depth Filtration 以後、DF)が用いられます。DFはおおよその不純物を取り除いてくれますが、微小な粒子や酵母菌・バクテリアなどは通過してしまいます。そこで、そうした微細な不純物を取り除くために瓶詰め前にサーフェス・フィルター(Surface Filtration 以後、SF)を用いて、ワインを無菌状態にしていきます。

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この2つのフィルターは構造的に大きな違いがあります。DFでは「取り除きたい物質をフィルター内部で捕捉する(絡めて取る)」のに対し、SFは「フィルター表面で捕捉する(塞き止める)」構造になっています。

● デプス・フィルター (Depth Filtration)

DFでよく目にするものに回転式ドラムタイプ(ロータリー・ドラム・ヴァキューム・フィルター)や、シートが何列にも並ぶタイプ(シート/パッド・フィルター)があります。プロセスは共通しており、「絡めて取る」フィルターです。DFで使われる素材は主に 珪藻土です。これは珪藻植物(海藻などと同じように藻類と呼ばれる生物の一種)の死骸を含む堆積岩から取れる土を用いたもので、アース(土)・フィルターとも呼ばれます。

DFのメリットは固形物への耐性が高いため、濁り・曇り度合いの高い果汁を処理できること。また操作手順が比較的簡易で、そこまでコストがかからないことが挙げられます。一方、デメリットはフィルターが珪藻土という自然のものであるため気孔の大きさが固定されておらず、濾過力が100%ではないことです。また、目が粗いか細かいかといった度合いの違うフィルターを生産者が調整しながら使用する必要があります。

● サーフェス・フィルター (Surface Filtration)

SFとDFの一番の違いは、フィルター面にサイズが統一された気孔が開いていることです。代表的な目の細かさは0.65μ(ミクロン、1μ=0.001mm)、0.45μ、0.2μの3サイズで、0.45μ以下になると全ての酵母やバクテリアの大きさを下回るため、これらを全て取り除くことができます。

メリットは何といっても気孔サイズが固定されているため、既定のサイズを上回る粒子を完全に取り除くことができることです。一方、デメリットはワインがフィルターを通過すればするほど濾過力が低下する(フィルターに粒子が蓄積されるため目詰まりが起きやすくなる)こと。また、交換用のフィルターのカートリッジコストが高いことが挙げられます。

SFで代表的なメンブラン・フィルター(以後、MF)は、薄く柔らかいプラスチックやセラミック素材製で、筒状の外観の内部にサイズの違う気孔を持つフィルターが複数枚搭載されているのが一般的です。メリットは、洗浄が可能なため目詰まりを起こす粒子を取り除くことで複数回の使用ができるという点です。

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このMFの一種でよりハイテクなフィルター機材として、クロス・フロー・メンブラン・フィルター(以後、CF)を使うワイナリーもあります。MFとの一番の違いはワインの流れ方です。MFではワインはフィルターに対し垂直に流れるのに対し、CFではフィルター面に平行に流れます。それによってフィルター面に粒子が積もりづらくなって目詰まりのリスクを回避できるというメリットがありますが、機械のコストが高いというデメリットもあります。

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弊社取り扱いワイナリーのシャトー・アントニャック(Chateau Antugnac、フランス・ラングドック)でもこのCFが取り入れられています。クレマンの生産では0.45μと0.65μのサイズを使用しているそうですが、なぜかと聞くと「スパークリングワインはリリースした後すぐに市場・消費者が欲しがるため、すぐに飲める状態でリリースしなければならない。そのため収穫の翌年の1~3月ごろにCFを行うことでワインを無菌状態にして清澄度・安定性の高いものを出荷する。」と醸造責任者のDavidから納得のいく回答が得られました。

一方、スティルワインのPeyre JacやLas Gravas(両方ともシャルドネ)では、1μや1.2μのサイズを使用するとのこと。この差が生まれるのはなぜかと聞くと、「スティルワインはリリースまでに時間があり、その熟成期間に不純物が自然に沈降してくれるので、気孔サイズが大きくても問題ないというメリットがある。」とのこと。実際にこうしたワイナリーの考えを聞くと、目指すべきワインのスタイルと、それがリリース後どのように飲まれるかを想定して最適なフィルターのサイズを選択することが醸造の工程において重要であることが改めて実感できます。

フィルターのデメリットと「ノンフィルター」

フィルターはワインの透明度や安定性を高めるために用いられる手段であることがお分かりいただけたかと思います。フィルターをより必要とするのは清澄度が重要な白ワインやスパークリングワインであり、Davidの言葉にもあったように熟成期間が短い早飲みの比較的カジュアルなワインに使われるのが一般的です。ブルゴーニュワインや赤ワインのように熟成期間が長いワインは不純物を沈降させる時間が確保できるため、むやみにフィルターを使用することはありません。

また、むやみに使わないのは、フィルターがワインの品質に大きなダメージを与えかねないというデメリットがあるからでもあります。過度にフィルターがかけられたワインからは、色調や香り、味わいが失われ、品種の個性やテロワール、さらにはヴィンテージの特性まで奪われることになりかねません。生産者の中にはフィルターをするとワインが「薄くなる」といって一切フィルターをせずに瓶詰めするケースさえあります。

複雑性や独特の旨味を保てることから「ノン・フィルター=良いこと」とする意見も中にはありますが、状況はそれほど単純ではありません。ノン・フィルターを実行するには、まず健全なブドウの収穫が大前提となるため、畑でのより綿密で膨大な作業が必要になります。またノン・フィルターのままでクリア且つ安定したワインを造るためには、本来は瓶内でのバクテリアの活動を抑えるために通常より多くのSO2を必要としますし、このSO2への耐性を高めるためにpHが低い状態(酸性度が高い状態)でブドウを収穫する必要もあります。つまり、必然的にブドウの完熟を待たずに収穫が行われることになります。また、 フィルターを使わずに沈殿物を除去するためには多くの澱引き作業が必要になりますが、ワインが空気に触れる機会が多くなりますし還元物質である澱を排除するので、より酸化したニュアンスを帯びることにもなりかねません。

「ノンフィルター」の裏側にあるもの

近年では自然派の生産者を中心に、出来るだけ人工的に手を入れることはしたくないと、ノン・フィルターでSO2もほぼ使わずにワインを造る方もいますが、そうしたワインは瓶内で再発酵が起こったり、濁っていたり、バクテリアの繁殖によるオフフレーバーが出たりする可能性が高くなります。「ノン・フィルター」という言葉の裏側には、フィルターをしないことによる汚染や再発酵のリスクなど品質を左右する危険な要素と常に背中合わせなのです。

飲み手の中には、そうした状態をそのまま味わおうとする方々がいることは事実ですし、ワインの一つの楽しみ方として一部では熱烈に支持されています。しかし、フィルターとノン・フィルターの関係性は“どちらかが優れている”というものではありません。それぞれのメリット/デメリットやリスク、そしてそれぞれからもたらされるワインの味わいの特性を知った上で、何を選択し、何をお客様に提供するかを判断することが重要になります。

醸造全体の中でみれば一つの工程でしかないフィルターですが、瓶詰め後のワインの品質を左右するという点において、最も消費者側にある重要な工程ということが改めてお分かりいただけたかと思います。「SO2無添加」という謳い文句にも同じことが言えると思いますが、私たちがワインとお客様をつなぐ架け橋ともいうべき仕事をしている限り、良い言葉だけを並べるのではなく、メリットとデメリットをしっかり把握した上で、正しい情報を提供していく必要があるのではないでしょうか。

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