特別セミナー『テロワール概論 ~テロワールを理解する~』(講師:大越 基裕氏)

特別セミナー『テロワール概論 ~テロワールを理解する~』(講師:大越 基裕氏)

2015年第1号となる今回は、元銀座レカンシェフソムリエでワインテイスターとして活躍中の大越基裕氏に、弊社スタッフ向けとして監修頂いたテロワール概論セミナーの内容をご紹介いたします。


ワイン生産者、特にヨーロッパの生産者たちは、自身のワインやワイン造りを語る時には必ずテロワールに言及します。なぜなら、テロワールによって味わいが左右されるからです。

テロワールを理解すると、試飲しなくてもある程度その味わいを予測することができるようになります。ワインの理解に近づくためには、テロワールを知ることは非常に重要なのです。

しかし、テロワールは非常に複雑かつ難解で、こうだからこう、といった明確なことが言い切れない部分も多々あります。その半面、分かっている部分もあります。今回は概論として、大まかにテロワールを構成するものや重要な要素を解説します。

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【テロワールとは】

フランス語の「テリトワール」という区画を表す言葉が語源です。

ヨーロッパでは特に何(どんなブドウ品種)で作ったかより、どこで作ったかを重要視しています。ラベルに記載されるのも、畑の名前や村の名前ですし、AOCなどの規定はその最たるものです。産地を訪問しても、ヨーロッパの生産者は必ずその土地の土壌・地形・地質・気候の話をします。

生産者からは、「ブドウが出来上がった時点でワインの味は80%決まっている」という言葉をよく聞きます。そして醸造家は、「自分たちはドクターだ」と言います。醸造がうまくいかず何かトラブルが起こった時に対処するために、自分たちは勉強し、仕事をするのだと。それほどワインの個性は、ブドウがどこでどのように育ったかによって決まると考えられているのです。

「天と地の影響によって現れるワインの個性」という言葉がありますが、これこそがワインの味わいの本質を表しています。天と地とは、地質、土壌、地形、気候であり、これがテロワールの全てです。それらは科学技術の入り込めない領域であり畑の記憶とも表現されますが、ブドウの品種を凌駕して味わいを左右します。

地質、土壌、地形、気候の一つ一つを理解し、またそれぞれが持つ関係性についての理解が必要です。

 

【地質とは】

地面の下にある岩石や地層の性質、状態、種類のこと。

表土の下にあって、時代毎に堆積したもの。崖などを見ない限り、地質を見る機会は少ない。

 

地質を形成する岩石は、火成岩、堆積岩、変成岩でだいたい括られる。

・火成岩: マグマが固まって岩。急速に固まったのは火山岩、ゆっくり固まったのが深成岩

・堆積岩: 時間と共にゆっくり堆積した岩。海の底など。

・変成岩: 様々な岩石に何かしらの大きな力が加わって変化したもの。

 

● 代表的な地質と味わいに対する影響

基本的には、固い地質層からは固いミネラルを出し、柔らかい地質層ではミネラル感が柔らかくなる。

 

<花崗岩>主成分が石英と長石の深成岩。非常に硬い。

味わい・・・早いうちから表現力に富み、花のアロマが特徴的。豊かな果実香と華やかなミネラル感を出す。 外交的でよく開いている。ミネラル感が軽やかで強い感じ。

<火山岩>急激にマグマが固まってできた火成岩。

味わい・・・ 生き生きしたアロマ。口中に長く残る果実味。ミネラル感も強く、上品さかストラクチャーを与える。

<シスト>スレート粘板岩のこと。泥岩が押し固められた変成岩。剥離性のある岩。固い。

味わい・・・若いうちは固く控えめなアロマ。火打石の様な強いミネラル感に満ちていて、高貴で上品になる。 開くのに時間を要するワインとなる。

<砂岩>主成分が石英と長石の堆積岩。

味わい・・・ややスパイシーさも持ち、ミネラル感は控えめ。

<石灰岩>炭酸カルシウムを50%以上含む堆積岩。チョークなど。花崗岩、スレート粘板岩に比べ柔らかい。

味わい・・・まろやかながら骨格もしっかり表す構成。

<泥灰岩(マール)>粘土と石灰が混じり合って固まった岩。ジュラ、アルザス、ブルゴーニュに多い。

味わい・・・石灰岩と粘土双方の特徴を持つ。

 

表土は粘土質であることが多いが、粘土質は有機物(栄養)を多く含むので、根は栄養を充分に取り込むことができ、横にしか伸びない。表土が薄いと、栄養を取るために下の地質層まで根を伸ばさなければならず、そのため斜面上部の畑で出来たワインは地質の影響を受けたワインが生まれやすい。

地質は基本的には硬い鉱物ばかりだが、その硬く固まった鉱物の中に根がぐるぐると伸びていく。ブルゴーニュやアルザスなど、斜面上部にブドウを植えている場所では、ミネラル感の表現が強くなりやすいのはそのため。

どこの地質に根が張っているかによって、味わいは変わる。根は岩石を溶かす能力があり、そこから無機物と有機物両方を吸い上げる。それらを栄養分として成長し、ブドウの実にまで転換することが可能。

 

【土壌とは】

表土のこと。粘土質、砂質、礫、 腐食質(生物、特に植物の枯死体が微生物の働きにより分解されてできる 無定形の物質)など

 

接触している地質自体が風化したものなので、地質の影響を大きく受ける。特に斜面の上部では表土が下に流れて行くため薄いので、地質の影響を更に受けやすくなる。

一般的に土壌と言えば、粘土か鉱物類(ガレイというゴロゴロした石から細かい砂質状まで)。粒子の大きさが違い、粘土は粒子が非常に細かい。

また、粘土は粘性があるため重い。斜面では地滑りで上から下に落ちてしまう。生産者によっては下に溜まった土壌を上に上げる(客土)こともある。ブルゴーニュのラ・ターシュでは、斜面の下部分に大きい穴を掘り、穴にたまった土を上に戻す作業を定期的に行っている。ドイツ・モーゼルは、粘土ではなくスレート粘板岩のゴロゴロした岩の土壌だが、畑作業を行う間に斜面を落ちていってしまうため、上に持ち上げるというかなりの重労働を行っている。また、クロ・デ・ランブレなどでは、畑作業が大変になるにも関わらず、表土のずれ落ちを抑えるため斜面に対して水平にブドウの木を植えている生産者もいる。

 

● 土壌と味わいの関係

<粘土が与えるもの>横幅(口に入れた時のボリューム感に近い)、柔らかさ

<鉱物が与えるもの>厳しいアタック(味わいがよりタイトになる)、滑らかさ、塩味 ※鉱物・・・石灰、花崗岩、粘板岩

 

しかし、上記が全てではない。

 

<粘土が与えるもの>冷たいテロワール

寒くてブドウが熟しにくいので、酸、タンニンが出る可能性がある。

粘土は熱しにくく冷めやすい土壌。太陽が沈んだ瞬間に冷めてしまう。寒い年は粘土質のブドウは熟しにくい。

<鉱物が与えるもの>暖かいテロワール

果実味を強く出す可能性がある。

石は温まりやすく、冷めにくい。熱を吸収して夜中に放出し、畑を暖かく保つこともできる。保温性も高い。

例えば、シャトーヌフ・デュ・パプのごろごろした石だらけの土壌では、ブドウにかなりの熟度をもたらすことができ る。石は小さいほど保温性は失われる。シャトー・ラヤスのワインが繊細だと言われるのは、サラサラの砂地土壌の ため。暑くなりきらず過熟までいかないので、ラヤス特有の繊細さやいい意味での控えめな甘さが出せる。土壌の 力が明確に表現されている良い例。

 

この冷たい/暖かいテロワールについては、ある一定以上の熱量を超さない限り、それが強調されることはない。しかし、極端に暑かった年などには発揮されることもある。

例えば、2009年のブルゴーニュは非常に暑い年だったため、このヴィンテージのシュヴァリエ・モンラッシェとバタール・モンラッシェをブラインドで判断するのは非常に難しい。通常では、シュヴァリエは、タイトでミネラリーなイメージ、バタールは果実感が強くて少し重いニュアンスがあるイメージがある。しかし、2009年のような一定の熱量を超える暑い年では、斜面の上に位置するシュヴァリエの方が太陽からの熱量が大きいため、バタールよりも熟した。元々斜面上部にあるシュヴァリエはパイナップルっぽいニュアンスもあり果実味が強くなりやすいが、例年通りの気温ではそれが派手に出ることはない。しかし、2009年ではその果実味が目立ってしまった。石灰が暖かいテロワールであり、シュヴァリエは斜面の上部にあって粘土が少なく鉱物(石灰)が多くなることにより、熱を保有しやすいことも影響したと考えられる。

ワインの味わいを考える時、重要なのはストラクチャーのバランス。ブドウが熟せば果実味・甘み・アルコールが高くなり、タンニン・酸は涼しい時に表現力が大きくなりやすい。しかし、ミネラルだけが気温に左右されない(※)ため、この2009年のブラインド・テイスティングではミネラルからくる塩味を感じられた人だけが正しく判断出来た。

※ワインのストラクチャーを判断する要素は、果実味と甘み、アルコール、酸、 タンニン、ミネラルの5つ。ミネラルだけは気候による影響を全く受けない。

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——————– ★ミネラルと塩味について★ —————————-

ワインの味わいを論ずるなかでは、ミネラルには否定的な意見も聞かれます。それは、学術的にミネラル感が根から吸い上げた 養分から反映されるわけではないという論があるからであり、実際にミネラルがどのように私たちの味覚に感じるかまでは、証明は されていません。

しかし、同じ品種でも斜面の上のものと下のものを飲んで、何かしらの違いは感じることが出来るはずです。シュヴァリエ・モンラッシェとバタール・モンラッシェは、同じ生産者でも違います。その違いは、根だけではなく、日照量や水はけなど様々な要因が関係しているのかもしれませんが、日照量などだけでは説明できない違いがあるのではないかと感じます。ミネラルには塩味を感じますが、経験からその塩味は斜面の上の方が出やすいと認識しています。

塩味というのはここ3~4年で増えてきた新しいテイスティングコメントで、今ではブルゴーニュなどの生産者から良く聞くようになりました。ただ、フランスの一般の方には認識するのは少し難しいようですが、アジアのテイスターは塩味の理解が早いと感じています。

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【地形とは】

斜面、谷間、標高差

 

ドイツ・モーゼルをはじめ斜面にブドウ畑を作る産地は多いが、それは斜面で受ける日照量が平地よりも多く、熱量も高いから。たくさんの熱量を取って葉の温度を上げることで光合成率を良くし、ブドウの熟度を上げようとしている。ただ日が当っていればいいというわけではなく、葉の温度を光合成にとって効率の良い23~25℃にすることが大切。

また、斜面の上・下という違いは、表土の質や量を変えるほか、気温差など様々な違いを起こす。丘の合間で谷間になっていて風が抜けるようなところだと、ミクロクリマとなる。

風が通るということは、谷間に面した畑は涼しい畑となり、カビもつかないし熟すのが遅い。熟すのを待たなければならないので、秋に雨が降るような年は難しくなったりする。カビの多い年だとその畑だけ良いということもある。同じ産地でも地形が違えば区画によって違いが表れる。

ブルゴーニュは丘がたくさんある産地なので、こういったミクロクリマは数多く存在する。例えばリュショット・シャンベルタンは谷間に面しているので風の影響を受けて涼しい感じになる。また斜面上部にあるのでよりミネラル感も強くなり、引き締まった感じになりやすい。リュショットを飲んだことがなくても、これらを理解していると涼しい味わいがイメージ出来る。このように地形と地質の関係を理解すると、全体像だけではあるが味わいのイメージが湧くようになる。

 

● 地形によって生み出されるもの

<斜面による粘土の量の差>

<風通りの良さ>

<斜面の向き>
畑が斜面にあるとして、その斜面が南なのか、北なのか、東か、西かによってもちろん条件が変わる。モンラッシェ はピュリニーとシャサーニュに分かれ、ピュリニーの斜面は東向き、シャサーニュの斜面は南向きのため味わいは 異なる。また、コルトンの丘では、丘の東から南にぐるりとワイン畑があり、どこの、どんな向きの畑を持っているか はワインを判断したり生産者を探す上で重要になる。

<標高>

標高の高い地域は基本的には寒い。暑い地域の標高の高いところは、果実味と酸のバランスが良いものになる傾 向がある。

アルザスでは、斜面の上の土壌ではリースリングを作り、下の土壌ではゲヴュルツトラミネールやピノ・グリを作って いる。粘土は冷たいテロワール、鉱物は暖かいテロワールのため、熟しにくく晩熟と呼ばれるリースリングは、鉱物 系の土壌で育てるべきだと言える。そもそも雨の量が少なくブドウにとって良い環境が揃っているアルザスなので、 早く熟す品種であるゲヴュルツやピノ・グリは、粘土のある冷たい土壌でもしっかり熟す。

通常であれば、標高が高い方が涼しいのだが、涼しさを感じるのは900mくらいの高さがある場合。日照量が多く 降雨量が多くない場合、鉱物がむき出しになっているような土壌では、標高が高くても上の方が下よりも暖かくなる ことはある。

<森林や川、岩などの存在>

スイスやドイツなど冷涼で日照量の確保が難しい産地の場合、反射光までも活用する。川沿いの急斜面に畑を 設け、川からの照り返しを利用するほか、モーゼルなどは土壌が光を反射するスレート粘板岩であることが日照量 確保に一役買っている。

岩については、前述のシャトーヌフ・デュ・パプが顕著。ゴロゴロした岩の土壌だと、味わいは厚くぼてっとした印象 になるが、砂がメインだとまた違ってくる。

 

●地形による影響

<熱量、日照量、日当り、水はけ>

葡萄が成熟するための最適な環境を形成する。

23~25℃くらいが光合成率が最も良い。東斜面で見られるように、寒い時間帯に日照量が多くても効果的ではない 場合がある。逆に日照りが続いて暑くなりすぎても光合成率は悪くなる。地形の条件と気候のバランスが、そのエリ アの味わいを決める要因となる。

<物理的成熟とフェノール的成熟のバランス>

物理的成熟としては、ブドウが熟していくと糖は伸び、酸は減少していく。生産者はそのバランスを見極めて収穫す るが、この物理的成熟にポリフェノールの成熟も考慮する必要がある。ブドウは熟せば熟すほど、ポリフェノール量 が増えタンニンが多くなる。しかし、渋い感覚は必ずしも暑さに比例しない。と言うのも、タンニンは重合(タンニンの 粒が結合)すると滑らかに感じるようになるが、重合を引き起こす要因として日照が関連していると言われている。

暑い地域では物理的にぐんっと成熟しても、フェノール類が成熟しないことがある。この場合、除葉をしてブドウの実 に太陽光を直接当てて対処する。物理的成熟とフェノール的成熟のバランスが重要になる。

 

【気候とは】

冷涼、温暖、風の影響、雨、霧、暖流、寒流

 

カリフォルニアは非常に暑い産地ではあるが、寒流が通っているおかげで海から涼しい風が吹く。そのため、ナパ・ヴァレーは北が暑く、南が涼しいという北半球では珍しいミクロクリマができる。また、ナパは12~2月に年間の70%の雨が降ってしまうので、ブドウを長く熟させることができるという特徴もある。

 

以上の4要素以外にテロワールの存在をワインに決定させる要因として、土壌中の微生物や自然酵母がありますが、テロワールの重要な要素としては、地質、土壌、地形、気候の4つが全てであり、全世界に共通して当てはめることが出来ます。

 

【4要素の関係性】

4つの要素はそれぞれ関係性を持っており、テロワールを理解する上では、その関係性の理解が不可欠となる。

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地形は気候と土壌に影響を与え、気候は地質と土壌に、地質は土壌に影響を与える。土壌は全てからの影響を受けるため、土壌が最も重要なファクターとなる。

 

<地質 ➔ 土壌>

風化によって土壌を形成する(上述)。

<気候 ➔ 土壌>

極端な温度差が地質を風化させ、土壌を生むことがある。

また、雨は土壌に影響を与える。例えば、雨が降ると泥(粘土)は水を保有しやく、砂では水はけがいい、など。

石や石灰岩は熱の保有率が高い。前述のシャトーヌフ・デュ・パプが好例。

<気候 ➔ 地質>

地質が形成されたそれぞれの時代の気候に大きく影響を受けている。生息している動物・植物も違い、堆積するも のや生まれてくるものも変わる。何によって形成されているか、石灰をとってもヒトデの化石だったり、サンゴだった り、穏やかな気候ゆえ沈殿がゆるやかだったことで気泡がなかったり、その時代の気候によって変わる。

<地形 ➔ 土壌>

斜面が与える影響。粘土は重いので、斜面の上部より下部の方が粘土質が多い。

<地形 ➔ 気候>

谷間などによるミクロクリマの発生

 

 

以上の理論に沿って、土壌の構成、地質、斜面上部なのか下部なのか、谷間の位置など全て考慮した上で、一つの味わいを考えます。

上に述べてきたようなテロワールの味わいへの影響は一般的に言われているものですが、それがどの程度ワインに表現されるかは、年によって、土壌によって、土地の条件によって様々です。ブルゴーニュは、ほぼ全てが粘土石灰質土壌なので、生産者に土壌を聞いても意味をなしません。それよりも、畑に石灰岩がゴロゴロあるのか、あるいは粘土の方が多いと感じるのかなど、含有量を質問したり調べたりすると味わいの違いがより分かりやすくなります。また、ブルゴーニュの畑の多くは斜面にありますが、斜面と言っても様々な特徴があるので、等高線が引かれた地図を見ても、本質を知ることは出来ません。更に、やっかいなのは気候です。前述の2009年のブルゴーニュのような極端に暑い気候だと色々なものを変えてしまう可能性があります。

このように、味わいは様々なファクターによって変わります。そのため、ワインを理解するためには毎年の特徴を追いかけるとともに、生産者に聞くあるいは自身の目で見てテロワールを理解していく必要があります。

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