業界の中心地、ロンドンのオントレードの“今”とは?(ソムリエ 織田 楽さん寄稿)
イギリスをテーマに前後編でお届けするこのコラム。前編ではワイン産地としてのイギリスを紹介いたしました。後編の今回はイギリス、その中でもロンドンに焦点を当てて、その*オントレード事情をワインの視点から探ってみます。
ワインリストの傾向、見逃せないワインビストロ、そしてワインの楽しみ方のトレンド、これらのテーマに触れながらロンドンのオントレードの今をお届けします。
*レストランやワインバーなど飲食店業種をオントレード、小売業種をオフトレードと呼ぶ
ソムリエの多様さが織りなすバランス感覚
所変わればワイン変わる。ワインリストにはその国その街の特徴が随所に現れるものです。
国際化が進んだ今でも“ワイン業界の首都”と呼ばれるロンドンですが、歴史的にイギリスはボルドーやポルトとも深い関わりを持ち、古くからワインを産業として扱ってきました。自国に優良な生産地が無かったことも相まって、他国から輸入するワインをしっかりと品質で評価する文化が発達してきたのです(ワイン産出国はどうしても自国ワインを贔屓してしまいます)。イギリスで生まれたマスターオブワイン協会やWSETも、ルーツはギルド商会であり商人の育成が目的でした。そしてそれらの本部は現在でもロンドンを拠点としています。
ロンドンのワインリストの特徴として筆者が一番に感じるのは、そのバランスの良さであり、世界の潮流を押さえた品揃えにあると思います。各国から幅広くワインが集まるロンドンの地域的特徴に加え、活躍するソムリエのバックグラウンドの多様さもそこには大きく関係している様に感じます。
毎年7月に決勝が行われる全英ソムリエコンクール(UK Sommelier of the year)。英国内で就労していれば出場資格に国籍は問われないこの大会で、歴代優勝者の出身国はポーランド、イタリア、フランス、ギリシャと続き、その多様さの一端が窺えます。
世界から集うトップランナーたちに知識や好みの偏りはありません。カナダのリージョナルテイスティングやルーマニアのフェテアスカ・ネグラのマスタークラスでも常に知った顔を見かけます。そんな彼・彼女らは常日頃からの切磋琢磨によって更なる視野の広さを養っており、それによってバランスの良いワインリストに仕上がっているのではないでしょうか。
ロンドン中心部メイフェアのガストロレストラン、マウントストリート(Mount St. Restaurant)のワインリストはその代表例と言えます。厚すぎずそれでいて焦点の定まったそのリストを仕上げるのはポーランド出身のヘッドソムリエ、アグニエシュカ・スヴェエツカ。今年2023年の全英ソムリエコンクール優勝の実力派女性ソムリエです。フリウリ州、ヴィエ・ディ・ロマンスのシャルドネやソノマ・コーストのクッチが造るピノ・ノワールなどの抜選から彼女のセンスを随所に感じます。
異色にして王道のワインビストロ
ロンドンのレストランシーンにおいてノーブル・ロット(Noble Rot)は外せない存在です。ダン・キーリングとマーク・アンドリューMWによってワインマガジン“ノーブル・ロット”が2013年に刊行され、ワイン、フードとアートカルチャーを結びつけたその新鮮で且つ実直な刊行内容は業界内外から多くの支持を得ています。
その後2015年に同名レストラン、ノーブル・ロットがラムズ・コンデュイット・ストリートに立ち上げられました。現在はソーホーとメイフェアにも店舗を構えます。
レストラン経験を持たないキーリングとアンドリューが立ち上げたそのレストランもまたマガジンに劣らずワインに真摯に向き合った斬新なお店です。
「僕たちには頑なに譲れない事がある。ワインは飲まれるべきものだと言うことだ。信じないかもしれないけど、みんながそう考えているわけじゃない。ワインの持つ“Fun”の側面が僕たちは好きなんだ。」キーリングは話します。
そんなノーブル・ロットのワインリストには正に楽しみとワクワクが詰まっています。
圧巻のバイザグラスでは惜しげもなく並べられた垂涎のバックヴィンテージが75mlから味わえ、バイザボトルには数々の飲み頃ユニコーンワインが散りばめられています。最近は滅多に見かけなくなったシャンボール・ミュジニーのギスレーヌ・バルトはマグナムも揃え、南アフリカの先駆者ザ・サディ・ファミリーのコルメラはヴィンテージを遡って非常に良心的な値段で載っています。
ローカルに愛される憩いの場
飲食店でのワインの楽しみ方は、ガストロノミーの場面のみではなく、気が置けない仲間や家族とのカジュアルな場面においてもその醍醐味があります。
ロンドンでもそのような用途の際に美味しい誠実なワインを楽しめる場が増えてきました。最近の流れとして、ワインショップ兼ワインバー形態の店を頻度よく見かけます。賑やかな通り沿いにあったこれまでのワインバーとは異なり、その多くが中心部から少し離れたエリアや住宅街に位置し、ローカルの憩いの場として愛されています。
これらの店の特徴は陳列棚に並べられたワインを持ち帰るワインショップの側面に加え、コルケージ(相場は一律£12−15)を払えばそのまま店内で提供してもらえます。
そんなワインショップバーがいくつも存在するのが東ロンドンのダルストン地区。ダンズ(dan’s)の頻度よく回転するその陳列棚は、常に気の利いたセレクションが揃えられています。筆者が訪問した際はカナリア諸島テネリフェの白ワインが初夏の昼下がりに爽やかさを与えてくれました。
ダンズから少し歩を進めたところにあるヘクターズ(Hector’s)。その小さな店内はワイングラスを片手に持った客たちで埋まり、その織りなす談笑がとても心地の良い雰囲気を作っています。ボジョレーやロワールのナチュラルワインからティエリ・アルマンのコルナスまで幅広い品揃えです。
ロンドンのオントレードではどの様にワインが親しまれているのでしょうか。ガストロレストラン、ワインリストに力を入れたビストロ、カジュアルなワインバー。先々で出会うワインのスタイルは様々ですが、その場にはいつも必ずワインを楽しむ空気が流れていました。
ロンドンを旅する際にワインの楽しみ方を基準にお店を選んでみても面白いかもしれません。きっと心地よい空気に出会えるはずです。
各お店のHPはこちら
noblerot
dans
Hector’s
織田 楽(Raku Oda)
The Fat Duckソムリエ
1981年生まれ。愛知県豊田市出身。
代官山タブローズ(東京)、銀座ル・シズエム・サンス(東京)での勤務の後、2010年渡英。ヤシン・オーシャンハウス(ロンドン)ヘッドソムリエを経て、2020年よりザ・ファット・ダック(ロンドン郊外)にてソムリエとして従事。同レストラン、アシスタント・ヘッドソムリエとして現在に至る。
インスタグラム @rakuoda
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