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  • シャトー・ムートン・ロートシルト 1990年

≪完売致しました!ありがとうございました!≫ シャトー・ムートン・ロートシルト 1990年

容量
750ml
タイプ
産地
フランス ボルドー ポーイヤック/Bordeaux Pauillac
生産者名
Chateau Mouton Rothschild
生産年
1990
ぶどう品種
カベルネ・ソーヴィニヨン 81%、カベルネ・フラン 10%、メルロ 9%
熟成
シャトー・ムートン・ロートシルト 1990年
明澄度の高い、輝きのある外観。レンガ色の光沢。香りに関しては、表現豊かに開いており、黄タバコ、ジビエ、非常に心地よいミネラル系のノートを含んだ熟成したアロマが楽しめる。
味わいは、アタックは柔らかく、徐々に魅力が増していく。上質でなめらかなタンニンの織り目の質から、この年のムートン・ロスチャイルドは熟成のピークを迎えていると思わせる。果実の香りはむしろ控えめで、漬け込んだ果実、オードヴィー漬けプルーンのようなノートが口いっぱいに広がる。後味には優れた酸味と軽さが楽しめる。
(Chateau Mouton Rothschild公式HPのコメントより)

通常価格104,760円

74,800円 (80,784円税込)

シャトー・ムートン・ロートシルト 1990年

≪完売致しました!ありがとうございました!≫ シャトー・ムートン・ロートシルト 1990年

通常価格 104,760円

74,800円(80,784円税込)

容量
750ml
タイプ
産地
フランス ボルドー ポーイヤック/Bordeaux Pauillac
生産者名
Chateau Mouton Rothschild
生産年
1990
ぶどう品種
カベルネ・ソーヴィニヨン 81%、カベルネ・フラン 10%、メルロ 9%
熟成

明澄度の高い、輝きのある外観。レンガ色の光沢。香りに関しては、表現豊かに開いており、黄タバコ、ジビエ、非常に心地よいミネラル系のノートを含んだ熟成したアロマが楽しめる。
味わいは、アタックは柔らかく、徐々に魅力が増していく。上質でなめらかなタンニンの織り目の質から、この年のムートン・ロスチャイルドは熟成のピークを迎えていると思わせる。果実の香りはむしろ控えめで、漬け込んだ果実、オードヴィー漬けプルーンのようなノートが口いっぱいに広がる。後味には優れた酸味と軽さが楽しめる。
(Chateau Mouton Rothschild公式HPのコメントより)

About the producer 生産者の横顔

Chateau Mouton Rothschild

シャトー・ムートン・ロートシルト

3つのポイント

  • シャトー・ムートン・ロートシルトは、ボルドー市北西、岬状にのびるメドックの淵に、90ヘクタールのブドウ畑を所有。メドック、in medio aquae、水に囲まれた土地。その名が示すとおり、東にはジロンド河口、西には大西洋。メドックのブドウ畑の歴史はローマ帝国の時代にまで遡り、現在はおよそ1万6500ヘクタールの作付面積を誇る。全長80キロメートル、幅5〜10キロメートルの細長い帯状の土地にブドウ畑は広がり、傍を流れる河により、土壌下層部からの灌漑効果および寒暖差の調整効果が得られる。この地方はランドの松林北端に接して広がり、海洋性気候特有の温暖さを良好なバランスで享受することが出来ているのが特徴。
  • 18世紀、ムートンの畑は、ラフィットやラトゥール同じく「葡萄の王子」との異名を取ったニコラ=アレクサンドル・ド・セギュール侯爵の所有だった。その後、ド・ブラーヌ男爵が所有権を獲得し、ブラーヌ=ムートンと命名。1853年、名家ロスシルド家のイギリス分家に属するナタニエル・ド・ロスシルド男爵が所有権を取得し、現在のシャトー・ムートン・ロスシルドの名称が誕生する。
  • 1945年からは毎年、現代美術家がムートンのためにオリジナル作品を制作し、その年のワインラベルを飾る。1973年、当時の農業大臣ジャック・シラク署名のデクレ制定により、プルミエ・クリュ・クラッセ(格付第一級)への昇格を実現。1855年以来ボルドー・メドックの格付け変更が行われたのはこの1回だけ。シャトー・ムートンがいかに例外的な扱いをされているかが分かるエピソードである。

生産者詳細

生産者の長い歴史はシャトーの日本語オフィシャルサイトを見て戴くのが一番。⇒https://www.chateau-mouton-rothschild.com/?lang=ja
ですからここはアートラベルを担当した画家についての解説を。
1990年ヴィンテージのラベルアートを担当したのは・・・フランシス・ベーコン(1909年〜1992年)。
ダブリン生まれのイギリス人画家。競走馬の訓練師であった父は、息子の趣味や資質を支え励ますことはほとんどなかった。18歳の時に家を出て、パリで開かれた展覧会で初めてピカソ作品と出会う。家具・内装デザイナーとしてスタートし、1929年頃から絵画制作を始める。この時期の作品としては、初期作「磔刑」(1933年)のほかはほとんど残されていない。
独学でアートを学び、1945年頃、「キリスト磔刑図のための3つの習作」によって、ようやく独自のスタイルを確立したと言える。この作品は、1953年にはテート・ギャラリーが購入を決めている。
その後は、ベラスケスの「イノケンティウス10世の肖像」や「戦艦ポチョムキン」の乳母の叫び、アイスキュロスの「オレステイア」など、西欧の架空人物らを参照し、根本から変容を加え、彼独自の世界感にはめ込んだ。
変わらぬ信頼関係にあったマルボロ・ギャラリーとは1958年に契約を結び、1962年にはテート・ギャラリーにて初の回顧展が開催されている。1971年のパリ・グラン・パレでの展覧会をはじめ、複数回にわたって大規模な展覧会が催される。賛否両論を呼ぶ一連の代表作が生み出された時代である。自画像、友人らの肖像画、人体の習作。それらはしばしば三幅対(トリプティック)で描かれている。
自らの芸術作品のブルジョワ化と栄誉に浴することを頑なまでに拒み続けたフランシス・ベーコン。彼が同世紀を代表する絵画アーティストとして広く評価されるようになるのは、実に1985年にテート・ギャラリーで開催された回顧展によってである。
どの学派にも属せず、ベーコンの作品には、裸体、肉感、男性の性的強さが表現されている。恥辱的とも言える孤独に包まれ、誕生や苦痛のスパズムによりねじ曲げられた画風。ミステリアスな薄気味悪さ。彼自身、「私には微笑みが描けない」と語っていた。
ヴィヴィッドかつ平坦に色づけされたバックに、筋肉質の肢体が伸びる。変形ミラーに映し出されたオブジェのような線を描く。幾何学的描線の網に巻かれ、広がりは一切ない。出口のない空間は、古典的悲劇であると同時に、現代世界の生きづらさでもある。
ワイン愛好家であり、おそらくワインによる陶酔感をこよなく愛したベーコンは、1990年ムートン・ロスチャイルドのワインラベルを担当。ワイングラスを囲むように、奇妙かつ衝撃的な肉体モチーフが描かれている。
(Chateau Mouton Rothschild公式HPより)

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