【フィラディス実験シリーズ第8弾】ワインの「添加物」 徹底研究 Part 1 -タンニン・アラビアガム・補糖・補酸(営業 松本 好平)
今回の実験のテーマは、耳にしたことはあってもその実態はよく知られていない、ワインに加えられることのある「添加物」についてです。代表的ないくつかの添加物を取り上げ、実際にワインの味わいにどのような影響を与えるのかを検証してみたいと思います。
多くの方が“ワインの添加物”と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ワインの裏ラベルに記載のある「酸化防止剤(亜硫酸塩もしくは二酸化硫黄、SO₂)」ではないでしょうか?その使用の是非が議論されることも多いSO₂。こちらについては、年明けにも『添加物実験 Part 2』として集中的に取り上げますので、少々お待ちください。
今回の『添加物実験 Part 1』では、ワインの味わいを変える目的で加えられる 添加物を取り上げたいと思います。
【実験に使う添加物】
ワインの味わいに変化を与える添加物として、代表的な以下の 4つを実験していきます。
(1)タンニンの添加
(2)アラビアガムの添加
(3)補糖
(4)補酸
今回は某ワイナリーに無理を言って協力いただき、(1)~(4)の4つの添加物を加えたワインを特別に作ってもらいました。添加物を加えずに瓶詰した通常のワインの味わいをベースとして考え、添加物入りのワインと比較テイスティングを行って味わいにどのような変化が起きるのかを明らかにしていきます。
ベースに使用したワインは、ステンレス熟成されたフレッシュな印象の軽い赤ワインです。香りは赤系の果実が主体で、 透明感があり若さの感じられる深いルビー色、全体的にフレッシュでチャーミングな印象です。アタックではジューシーな果実が広がり、中盤からはシャープな酸味が前に出てきます。
では、それぞれの添加物の概要と味わいの変化を見ていきます。
【実験結果】
(1)タンニンの添加
タンニンとは : 植物に由来するポリフェノール化合物の1つ。
目的 :①ワインに渋み(複雑さ)を与える。
②ワインにボディを与え、ストラクチャーを改善させる。
③抗酸化作用を持たせ、熟成に耐えうるものにする。
④還元的な特徴を最小化する。
⑤アントシアン(赤色の色素)と結合して色素を安定化し、色を濃くする。
⑥たんぱく質を沈殿させ、清澄作用をもたらす。
材料 : ドングリやオーク・栗などの樹木、またはブドウの種や果皮から抽出されたものを乾燥させ、粉末状にしたもの。
※今回の実験では、粉末状のタンニンを使用
方法 : 発酵途中または発酵後に粉末状のタンニンを加える。
様々な目的の元に使用されるタンニン。今回タンニンについて色々と調べる中で、粉末タンニンはもちろん、酵母、酵素、オークチップ、様々な清澄剤などといったワイン添加物を専門に生産・販売している会社に行きあたりました。その会社の設立は なんと1895年!すでに120年の歴史があり、商品バリエーションもかなり豊富にありました。
タンニン関連の商品一覧を見ると、「グランクリュ」という名前の付いた商品も・・・その商品を使うことで、グランクリュ並みのストラクチャーやタンニンのボリューム、余韻を得られるというような解説まで書いてあり、社員一同驚愕しました。
★味わいの変化★
色 ⇒ 基準からほぼ変化なし
香り ⇒ 赤系から黒系に果実の印象が変わった。また木やスパイスのニュアンスが出て全体的に固く締まった印象に変 化。若干樽をかけたようなオークのニュアンスが生まれ、厚みも出てきたように感じた。
味わい ⇒ アタックでは果実のチャーミングさが隠れて引き締まった印象になり、一瞬上質さを感じさせるニュアンスは あったが、中盤からは粉っぽいタンニンの引き締め感を強く感じ、口中にへばりついてくるような感覚になっ ていった。ベースワインで感じられたシャープな酸はタンニンに隠されたことで穏やかになった印象だが、 余韻ではタンニンが支配的になり、持続性はあるもののあまり心地良いものでは無くなった。
(2)アラビアガムの添加
アラビアガムとは : アカシアの樹脂を乾燥させたもの。水に対する溶解性が非常に高く、水溶液は強い粘性を持つ。 優れた乳化安定効果があり、増粘剤/乳化剤/安定剤として多くの食品や飲料、薬品などに 用いられている。
ex)ガムシロップ、コーラ、飴、アイスクリーム、キャラメルなど
目的 :①柔らかさや丸みを与え、酸や渋みを和らげる。 ⇒ワインのテクスチャーを改善。
②ワインにボディを与える。
③タンニンの沈殿を防ぐ(清澄作用)。
※タンニンはたんぱく質を沈殿させることで清澄を行うが、アラビアガムは液体の中に溶け込ませることによる清澄作用を発揮する。
材料 : アカシア属セネガル種 (Acacia senegal)の樹液を乾燥させたもの。固形、粉末、液体など形状は様々。
※今回の実験では、液状のアラビアガムを使用
方法 : ボトリング前に加える。
アラビアガムが一番耳慣れないものではないでしょうか?しかし、アラビアガムはワインだけではなく、身近な飲料や食品に“乳化剤”や“安定剤”として広く用いられている食品添加物なのです。特にコーラは、アラビアガムがないと黒い沈殿と無色透明の上澄み液に分離してしまい、製造できなくなってしまうそうです。
見た目は正直ショッキング…。これがワインの中に溶け込んでいると思うと 非常に複雑です。
★味わいの変化★
色 ⇒ 基準からほぼ変化なし
香り ⇒ ジャムや蜜のような、ねっとりとして甘みのあるイメージに。また香りの密度も上がった印象。
味わい ⇒ 明らかにワインの粘性が上がっており、その影響から口当たりが滑らかになった。アタックで感じられる果実や フレッシュ感、酸が弱くなったものの、ボディの強さは感じられ、濃くなったように感じられた。まったりと丸くなるとともにまとまりのある味わいに変化したが、その分メリハリがなくなって単調な印象となった。余韻では酸の伸びがなくなった分、短くなり一気にストンと落ちてしまうように感じた。
(3)補糖 (=シャプタリザシオン)
目的 : ワインのアルコール度数を上げる。⇒アルコール度数を上げることで、ワインにふくよかさ・ボリューム・甘みを与える。
材料 : ブドウ糖、果糖、砂糖。サッカロース(Sucrose/Succharose=スクロース=ショ糖)が主。ドイツなど一部の国では濃縮したブドウ果汁なども使用。
※今回の実験では、殺菌した果汁を使用しました。
方法 : アルコール発酵前もしくは発酵途中に添加する。
基本的には、寒い気候でブドウの糖度が十分に上がらないことがある地域で行われるため、その地域の気候に基づいて国別で許可されています。フランス・スイス・イギリス・カナダ・ニュージーランド・チリ・日本などでは許可されていますが、イタリア・オーストリア・オーストラリア・南アフリカなどでは許可されていません。
★味わいの変化★
※本来は発酵前に行われますが、今回は発酵後に行いました。そのため、実際に発酵前に補糖したものとは異なる味わいや効果が出ていることが考えられます。
色 ⇒ 基準からほぼ変化なし
香り ⇒ 大きな変化はないが、果実香がおとなしくなり、フレッシュ感が下がってしまったような印象。その分、ジャムのよう な甘さを感じるニュアンスが出てきたが、フラットで丸みがなくなった印象に変化した。
味わい ⇒ ファーストアタック、ボリューム感は間違いなくUPしているが、その後すぐにしぼんでしまう印象。酸は甘味に覆 われて穏やかに感じるようになったものの、その分後半の伸びが感じられなくなり、中盤から下に落ちてしま うイメージに。後半には甘さのみが浮いて残ってしまい、バランスの悪さが目立ってしまった。
(4)補酸
目的 :
①酸度の不足したワインのバランスを整える。 ⇒ワインにフレッシュさを与える
②より赤みの強い色素の抽出を可能にする。
③PH値を下げることによりバクテリアの活動を抑制し、亜硫酸塩の抗酸化作用と抗菌作用を高める。
材料 : 酒石酸、リンゴ酸、クエン酸など(欧州では主にクエン酸を用いる)
※今回の実験では、粉末状のクエン酸を使用しました。
方法 : アルコール発酵前に添加する。
基本的には、暖かい気候の地域でブドウの糖度は十分に上がるものの、酸度が確保できなくなってワインがバランスを崩してしまう地域で行われます。
補糖と補酸はそれぞれ足りない部分を補う対極の関係にあります。数年前EUの規定でワインへの補糖を全面禁止する案が採決されるか?という流れがあったのですが、補糖を許可している国からの猛反発があり断念せざるを得なくなりました。
その時に反発した国の主張として、「暖かい気候の国では補酸をしているじゃないか!それと同じようにこちら側(寒い地域)で補糖をして何が悪いのか!?」というものだったそうです…。
★味わいの変化★
※本来は発酵前に行われますが、今回は発酵後に行いました。そのため、実際に発酵前に補糖したものとは異なる味わいや効果が出ていることが考えられます。
色 ⇒ 基準からほぼ変化なし
香り ⇒ 基準に比べて少々こもった感のあるトーンになり、果実の香りが隠れてしまった。その分香りはクリーンで透明感 ある印象に。また、基準のワインでは感じなかった柑橘系の香りを拾うスタッフも数名出てきた。
味わい ⇒ 完全に第一印象が「酸っぱい」という印象に。それも、普段あまりワインで感じることはない“梅干しのような” 刺激的で尖った酸を感じ、決して心地の良いものではなかった。ベースのワインで感じた酸は伸びのある 一本筋の通っているという印象だったが、補酸したワインで感じる酸は全体にこまごまと散りばめられている印象。酸を強く感じた分、果実感が減ったようにも感じた。
【総評】
全ての添加物について、味わいが明らかに変化していました。特にそれぞれの添加物の目的として挙げた変化は著しく、 誰もが認識できるレベルでの味わいの変化でした。ただ、味わいの1つの要素が添加物によって改善(強化?)された分、その他の要素が隠れてしまったり、もともと持っていたワインのバランスが崩れてしまったり、、、といったネガティブな変化も同時に全ての添加物で見られた点は意外でした。1つの味わいの要素が強くなったことで、その他の要素も本来ならもっと強く感じるべきだと期待するものの、その期待が裏切られてしまった、とお伝えすると少し分かりやすいかもしれません。
もちろん今回の実験は、一定の水準に達しているワインに無理やり添加物を加えた結果であることは忘れてはいけませんが、それを差し引いても目的とする1つの要素を変えるだけではなく、その他の要素にも影響を与えてしまうことは見過ごせない事実です。やはりワインは様々な要素が複雑に絡み合ってバランスを取り合うことで味わいを形成しているのだということを再認識させられました。
また何より大切なこととして、我々ワインに関わるビジネスを行っている人間としては、こういった添加物が加えられたワインが少なからず市場に出回っている、ということは知っておくべきではないでしょうか。
補糖・補酸については広く行われていることで、情熱を持ってブドウ造り・ワイン造りに取り組んでいるワイナリーでも必要に応じて行っている現状があります。その是非は世界的に議論されていますし、私たちが今ここで良し悪しを語るつもりはありません。
しかし、タンニンやアラビアガムの添加は少し意味合いが異なります。タンニンで感じた上質さ、アラビアガムで感じた ボリューム感やまとまり感の向上・・・これらは明らかに味わいを引き上げる効果の表れでした。しかし、ただ味わいが良くなったのではなく、どこかちぐはぐとして不自然で、工業的な味わいに変化していました。
【実験を終えて】
今回取り上げた添加物は、ワインをより安く・美味しく・安定的に生産することを追求した結果編み出された手法に他なりません。もちろんワインを全く飲んだことのない方に親しんでもらうためには低価格のワインは必要かもしれません。また、どんなワインを選ぶかは消費者が決めることです。
しかし、私たちフィラディスが追い求めるのは、まずテロワールの個性・優位性があり、そしてそれを表現する造り手の情熱が伝わるような“農作物としてのワイン”です。私たち一人一人がまずはワインファンだからこそ、本当のワインの楽しさ・素晴らしさは工業的なワインでは伝えられないと感じています。日本にもっとワインファンを増やし、ワインマーケットを拡大していくために、多少高くなっても本気で造られた本物のワインが広がることを願ってやみません。
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