『ワイン樽』4つの有名メーカーを徹底レポート!(代表取締役社長 石田 大八朗)
昨年のコルクのお話に続いて、ワインにとってとても身近な存在でなんとなく知ってはいるけど、実はあまり整理できていないという方も多いと思われます、樽についてご紹介したいと思います。今回は複数の樽メーカーを訪問してまいりました。
【オーク材と産地の違い】
まずは基本的なところでオーク材とその産地の違いから復習しましょう。
日本語では樫(かし)の木と訳されますが、実際ワイン樽として使用されるオークは、日本でも見かけるいわゆる樫の木ではなく楢(ぶな)の木を指します。どちらもブナ科ですので英語ではオークと総称されるようです。またオーク以外で珍しいところではアカシアの樽というのも存在し、材質としてオークより固いという特徴があり、その分気品のあるフレーヴァーが得られるため、白ワインの熟成に向くそうです。
オークの木はフランスやアメリカ、オーストリアなどが有名です。それ以外にもヨーロッパや北米に広く分布しており、ルーマニアやクロアチアなどの東欧諸国、ロシア等の北欧、ドイツなどで栽培されています。
緯度の高いロシアなどでは木材の生育が遅く、同じ大きさになるまでフランスと比べてより長く時間がかかります。その分木目の詰まりがタイトで、酸素の透過を抑えた熟成をしたい場合にはフランスの木材よりも優れている場合もあるそうです。19世紀の古い文献には、ワイン用のオーク産地としてロシアが最上、2番目がオーストリア、続いてフランス産という記録が残っているようです。
ロシア産は流通量こそ少なく知名度は低いですが、フランス産オークの高騰もあり、近年樽業界では改めて注目が高まりつつあるようです。フランス産に近い品質が割安な価格で手に入るのがウリですが、ものによってはフランス産と変わらない高値で取引されているとのことでした。
ちなみに、弊社が取り扱いしているリオハのValencisoを訪問した際、同じベースワインをアメリカンオーク、フレンチオーク、ロシアンオークでそれぞれ樽熟させたキュヴェを偶然試飲させてもらいました。その時の様子は次回のニュースレターでご報告したいと思います。
【訪問した4つの樽メーカー】
Seguin Moreau (セガン・モロー)
単一のブランドとしては世界最大の樽メーカーです。何カ所かワイナリーを訪問すれば必ず見かけるくらい地域問わず、世界中のワイナリーで使用されている樽メーカーのトップブランド。コニャック、ブルゴーニュさらにカリフォルニア・ナパにも工場があります。規模の大きさを活かし、研究開発にも力を入れて業界をリードしています。
Francois Freres (フランソワ・フレール)
ブルゴーニュ・サンロマンに本拠があり、DRCやルロワを含む多くの優良ドメーヌでも使用され、ブルゴーニュでは最も知名度がある樽メーカーの一つです。最高品質かどうかは生産者によって意見が分かれそうですが、高品質であることは疑いようがありません。工場は一カ所だけですが意外と大規模な施設で職人の数も多いです。また別ブランドを複数所有しているので、それらを含めますと実は樽メーカーをして最大の規模を誇ります。
Darnajou (ダルナジュー)
ボルドーのモンターニュ・サンテミリオンに本拠を置く特にボルドー右岸で圧倒的な人気を誇る小規模生産者です。ムエックスのお抱え職人でペトリュス用の樽などを作っていた先代が創業し、しっかりローストさせたパンチの利いた味わいが特徴とされます。自身が飲んで気にいったワインでないと樽を卸さないと言われ、その細部までこだわった妥協を許さない品質で、世界中のトップワイナリーから愛されています。今回訪問した中では一番小規模、ダルナジュー氏も自ら樽作りに参加していて職人的な雰囲気が漂い、工場というよりアトリエと呼んだ方がふさわしい雰囲気です。
Stockinger (ストッキンジェール)
オーストリア・ウイーンから西へ2時間ほどヴァイドホーフェンという小さな町に位置するこの小規模樽メーカー。ここのウリはずばりその繊細なテイスト。もともとは地元で作られるシードル用の樽メーカーが起源で、その後ワイン用にシフトし、オーストリアと特にピエモンテのトップ生産者からこよなく愛されたことで、大樽の生産では世界的に最高の評価を受けるようになりました。近年は小樽でも評価が高く、例えばシャンパーニュでも若手優良生産者の蔵でよく見かけるようになってきました。オーストリアワインの繊細なフレーヴァーに適した樽作りを目指した結果、その繊細で優しいフレーヴァーが、近年のよりテロワールを重視し、樽からの強いフレーヴァーを排除したい優良生産者から圧倒的な支持を得ています。こちらも職人気質が強い樽メーカーです。
【ワイン樽の製造工程】
さてここからは、実際にワイン樽の製造工程を見ていきましょう。
ワイン樽に使用されるオークは100年以上の樹齢、フレンチオークの場合ですと150年から200年くらいが一般的だそうです。直径は50cmから80cmは必要で、枝が出ていない部分かつなるべく幹がまっすぐに伸びているものが適しています。そして直径80cmという太い木であっても、1mの長さの丸太から約1樽分の木材を得ることしかできません。
丸太から樽に使用する板材へと製材しますが、この際フレンチオークはその材質の特性上水漏れのリスクが生じてしまう為、下図のように放射状にカットしないといけないそうです。どうしてもその分無駄が多くなってしまい、元の丸太の20%分しか板材として使えません。
一方アメリカンオークはまっすぐに無駄なくカットすることが可能なため、使用できる比率も40%まで高められ、フレンチオークに比べるとだいぶ無駄が少なくなります。フレンチオークがアメリカンオークより割高なのはこういった部分にも起因するのですね。
フレンチオークだと80%にも及ぶ残った材木はどうするか?一部は後述する樽を焼く時のストーブに使われ、その他は暖炉用の薪や近年ではバイオマス燃料として利用されているとのことです。
板材となった後は格子状に組まれ屋外で野ざらしにされ、乾燥・熟成されます。40~70%程度ある木材の中の湿気を、16~17%程度まで低下させるのが目的の一つ。また雨ざらしの環境下で熟成させることでオーク中に元々含有されていた余分なタンニン分が雨水とともに流され、過度なタンニンがワインに抽出されないようにするのがもう一つ、さらにフレーヴァーも穏やかで上質なものへと変化していくそうです。
最初はブラウンだった色がタンニン分の影響で真っ黒に変色していきます。この熟成の為に、一般的には約24カ月、長い場合は60カ月に渡って寝かされるのだそうです。この期間が長いに越したことはないそうで、品質を左右する大きなポイントになります。ただ長すぎてもバクテリアの繁殖によって不快な香りが醸成されるので、長期熟成させる場合は塩梅が難しいようです。
熟成された木材は再度同じ厚さや長さになるよう成形・研磨されますが、ひとつひとつの木材の幅はバラバラです。この異なる幅の板を組み合わせてちょうど樽の大きさになるように組んでいきます。
その後、一旦金具で仮止めした後、いよいよ樽作りのもっとも重要なカギとなる焦がしの工程に入ります。
端材を燃やしたストーブの上に仮止めした樽を置いて火を入れていきます。時々水をかけて木がひび割れるのを防ぎながら、中に焼き目を付けると同時に板をしならせてあの樽独特の形に仕上げていくのです。ちなみに樽作りで釘は一切使用しません。
この火の強さは樽メーカーによってだいぶ異なり、それに伴って例えば同じM(ミディアム)という焼き加減でも熱を入れる時間は大きく異なります。例えばフランソワ・フレールでは50分位ですが、ストッキンジェールでは1時間以上かかっていました。しかしそれだけ長い時間焼いても、後者の方がまだだいぶマイルドなフレーヴァーですので火の強度が全く異なることが想像いただけるかと思います。これこそが樽メーカーの特徴を決定づける非常に重要なポイントとなります。
焼きあがった樽は内側が軽く焦がされています。このエリアではバニラやシナモンなどケーキを焼いているかのような甘い香りが上質な木の香りと入り混じって、とても甘美な芳香に満たされています。
その後ワイナリーでの作業用の穴が樽の横腹に開けられ、さらに蓋と底板をはめ、仮止めの金具から正式な金具にはめ直されると完成は間近。水漏れがないかの複数のチェックを行い、仕上げに研磨・焼印がされ完成となります。
【樽の個性を決める3要素】
樽の個性を特徴付ける最も重要な3要素としては、焼き加減、生産者、オークの産地となります。
まずは一番基本の焼き加減。
中程度の焦がしを入れるミディアムトースト。これを意味する樽の表面にMという表記がある樽をご覧になった方も多いのではないでしょうか?このミディアムを少しだけ強くしたM+や、少し弱めのM-というのもよく見かけます。これ以外ではあまり見かけませんが軽い焼きのL(ライトトースト)や強い焼きのH(ヘビートースト)というのも存在します。ただ先ほどの工程でも少しお話したようにこの基準はあくまで樽メーカー独自の基準によるもので統一されているわけではなく、あるメーカーのMが他のメーカーのM+より強い焼きだというのはよくあることらしいです。
生産者によって品質が異なるのはワイン業界の皆様なら容易に想像がつくと思います。
今回訪問した生産者でも例えば同じ職人気質のトップ生産者であるダルナジューとストッキンジェールは、全く正反対と言って良いほど個性は真逆です。ところが面白いのが例えばシャトー・クリネのようにこの2生産者の樽を両方使ったりするのです。稀に一つの樽メーカーしか使わないワイナリーもありますが、多くのワイナリーは複数の樽メーカーの個性の違う樽を同時に使うことで、もとは同じワインでもそれぞれ違った熟成を経て微妙に違うテイストとなり、最終的にそれらをブレンドすることでより複雑な味わいのワインにしていくのです。
最後に産地による味わいの違い。
特に有名なのはフレンチオークとアメリカンオークですよね?アメリカンオークは目の詰まりが荒いので、目の詰まりがタイトなフレンチオークと比べて酸素透過性が高く、より早く酸素と触れ合います。タンニンが弱く酸素を多く必要としないピノ・ノワールのような品種はフレンチオークの方が向くわけです。またアメリカンオークには特有の強いバニラ(どちらかというとココナッツ?)の様な香りがあります。このフレンチオーク、アメリカンオークと言った名称は、もちろん原料となるオークの木の産地を意味します。アメリカンオークはスペイン特にリオハで一般的に使用されますが、これらは主にスペインの樽メーカーで作られており、アメリカで作られているわけではありません。逆にフレンチオークも多くはフランスの樽メーカーで作られていますが、もちろん他の国々でも作られているのです。
細かい産地の違いは味わいに影響するの?
ただこれ以上細かい、例えばヨーロッパ内の同じようなエリアでの産地の違いになるとだいぶ微妙になるようです。ストッキンジェール氏によると、オーストリアのメーカーだから全てオーストリア産のオークだと思っている生産者が多いかも知れないが、実際にはオーストリアと同じ比率でドイツ産のオークも使用しているしその他の国も一部使っている。特に指定がなければ(通常はないそうです)複数の産地を混ぜて出荷されるそうです。つまり、ほとんどの生産者は細かい産地の違いに気づいていない、もしくは意識していないということだと思います。
同じようにフレンチオークでも、よくトロンセ、アリエ、リムーザンと言った細かい産地の名称を耳にし、○○産の樽が最高!と言った記述も目にします。しかし実際今回訪問した複数の樽メーカーからは、森の違いというのは品質の差には必ずしも直結せず、それほど大きくフレーヴァーに影響しない、という意外な答えが返ってきました。それは例えばトロンセは森の名前(狭い地域)を指すのに対して、ヴォージュは山脈、アリエは地域の名称(トロンセを含む!)と範囲がバラバラなのが一つの理由です。
ちなみにフランスの場合、主要な森は基本的に国が管理している国有林だそうで、生育状況に応じて定期的にオークションにかけられ高値を付けた業者が購入できるそうです。オークションにかけられるのは伐採前の場合も後の場合もあるそうですが、ダルナジュー氏によるとその見極めが何より重要だとのことです。実際考えてみれば当たり前ですが、そのロットがどの森か、どれくらいの標高か、どういう向きで周りがどういう地形か、どれくらいの傾斜か、と言った様々な要因によって品質には大きな差が出るのは当たり前で、だからこそオークションという制度で取引がされているわけですね。
オークの産地で一つ気をつけて頂きたいのが、よくイタリアワインの説明でスロヴェニア産の大樽で○年熟成と言った話がありますが、これは間違いです。スロヴェニア・オークのワイン用の樽も存在はしていますが、オーク材の産地としてはそれほど重要ではありません。イタリアで広く使われているのは“スロヴェニア”ではなく、クロアチア東部 “スラヴェニア”地方のオーク材です。
ワイン樽の知られざる真実、いかがでしたでしょうか。ワイン生産には必要不可欠な樽ですが、案外間違った認識が流布していることが分かりました。今回のレターにて、樽についての正しい情報をたくさんの方に知って頂ければ幸いです。
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