ブドウ畑を陰から支える台木。その品種選択を探る。( ソムリエ 織田 楽さん寄稿)
新たなブドウ畑の開墾や既存畑の植替えの際に検討することになるのが台木品種の選択です。この台木の選択は、現代ブドウ栽培において重要視される項目の一つとなっています。台木(rootstock ルーツストック)とは、その名の通り果実品種(ブドウ品種)の穂木を接ぎ木する“台となる木”の事でブドウ樹の下部半分を指し、地中部に拡がる根の特性が選択のカギとなります。
根は植物自身が雨風で流されない様に表土に固定する物理的役割の他に、水分と栄養素を地中から吸収する化学的役割があります。根が地中に力強く広がり多くの水分と栄養素を取り込めば、ブドウ樹上部の樹勢は強くなります。また、土中害虫への抵抗力、土壌pHや石灰岩含有量、土壌塩分濃度など生育環境が根に適していれば、ブドウ樹の樹齢も長くなります。更に、降雨量や気温などその土地の気候条件に根が対応できれば、出来上がるブドウの質と量も向上するでしょう。
一般的に台木に使われるのはアメリカ系品種で、主に3種類あります。川ブドウと呼ばれ、涼しく湿った河川域を原産とし、根を浅く張るリパリア。岩ぶどうの種類で樹勢が強く、根を深く張る傾向のあるルペストリス、同じく根を深く張り干ばつにも対応するヴェルランディエリです。これらの単体またはヨーロッパ系品種のヴィニフェラを含めた4種の交配により生まれた品種が主な台木選択の対象*となります。
*食用ブドウではネマトーダ(Nematodes ネコブセンチュウ *後述)耐性力が高いシャンピニーも重要な品種
今回は土壌性質、樹勢管理、害虫対策、そして自根栽培に焦点を当て、台木品種がワイン生産者にどの様に選ばれているのかを探ってみます。
台木の歴史
台木の使用が一般化する契機となったのは、1860年代よりヨーロッパ全域に拡がったアメリカからの外来害虫、フィロキセラ(phylloxera ブドウネアブラムシ)の猛威です。フィロキセラは土中に生息するアブラムシの一種で、これに寄生されたブドウ根の活動は次第に低下し、衰弱したブドウ樹は最終的に枯死してしまいます。
対策として土中に噴出させる土壌散布型製剤の使用も試みられましたが、土壌自体への有害性や土壌散布では追いつかない程の急速な猛威拡大のため現実的ではありませんでした。そこで、対抗しうる手段として接木が注目されたのです。フィロキセラと古くから共存していた事で耐性を持つ同原産のアメリカ系品種を台木とし、ヨーロッパ系品種を接木する対抗策がモンペリエ大学などの研究により講じられました。フランスでは1880年代にその使用が普及し始めます。
土壌性質(土壌pH)
フィロキセラ耐性を持ちつつ、ブドウ畑の土壌性質に対応できる事は台木選択の重要要素と言えます。土壌pH、石灰含有量、含塩度、保水力、肥沃度、粒子構成比など、ブドウ畑の性質を左右する要素は様々です。これら千差万別なブドウ畑にブドウ根が適応できる事は、ブドウ樹の健全な生育サイクルに繋がります。
例えば、土壌pHに焦点を当ててみます。一般的に、ブドウ樹に適した土壌pHは6.0から7.0だと言われてています。この範囲内では土壌がブドウ樹の成長に必要な栄養素を簡単に放出してくれるためです。対照的に、pHスペクトルの両端にある土壌は酸性であろうとアルカリ性であろうと、栄養素を閉じ込める傾向があります。そのため、このようなブドウ畑では特定の栄養素の欠乏(deficiency デフィシエンシー)に対応できる台木品種を選ぶ必要があります。
チョーク質石灰を多く含みアルカリ性寄りの土壌をもつシャンパーニュやヘレスでは、古くからアルカリ性土壌下でもマンガンやホウ素などの欠乏症から起こるクロロシス(chlorosis)を起こしづらい品種が一般的です。
ヘレスのゴンザレス・ビアスの栽培責任者マヌエル・デルガドも、この石灰耐性の利点から歴史的に41B(ベルランディエリ×ヴィニフェラ)が広く使われていると述べます。ただし、近年の気候変動は台木選択にも影響を与えています。「度重なる暑く乾燥したヴィンテージにより、干ばつに対応できる台木に移行している。333EM(ベルランディエリ×ヴィニフェラ)や140RU(ベルランディエリ×ルペストリス)が代替えとして選ばれている」とのことですが、ヘレスではフィロキセラと石灰耐性は依然欠かせない条件として残ります。その中で近年の気候条件に対応しやすい台木をどう選ぶかがカギと言えるでしょう。
樹勢管理
ブドウ樹(地上部)の樹勢が台木の樹勢に大きく左右されることは広く周知されています。ブドウ畑の保水力及び肥沃度と台木の樹勢(並びに、仕立て方法)が上手く合致することでキャノピーバランスが取れ、安定した開花、結実、成熟が進み、結果として質の高いブドウ収穫に繋がります。
ニュージーランドでは95%のブドウが台木に接木されていますが、その選択の焦点は樹勢管理、キャノピーバランス、収量バランスだとブドウ栽培コンサルタント、マイク・トラウト博士は述べます。「第一に考えるのはフィロキセラだ。しかし、ニュージーランドでは塩害、極端な土壌pH、ネマトーダの問題はない。よって次にフォーカスするのはキャノピーバランス、ブドウ樹の樹勢が土壌と合致することだ。また、収穫量も台木の樹勢に左右されるため、生産者が目指すブドウの質と量によって台木選択も変わってくる」
「霜害の危険がある区画では、樹勢が強く早い萌芽傾向のある台木(SO4など)は要検討しなければならない」。マールボロを拠点とするソフィ・パーカー-トムソンMWも、ニュージランドのソーヴィニヨン・ブランに使われる台木の多様性について言及する中で、樹勢管理の観点で生育サイクル前半も忘れてはいけないと付け加えています。
害虫対策
対策が必要な土中害虫はフィロキセラだけではありません。その代表例とされるのがネマトーダ(Nematodes ネコブセンチュウ)です。ネマトーダは石灰質が少ない酸性土壌を好むため、土壌pHが局所的に酸性に傾きやすい点滴灌水(drip irrigation ドリップ・イリゲーション)を行う新世界の産地で被害を散見します。
フィロキセラフリーと呼ばれるチリにおいても多くのブドウ樹が台木に接木されている理由の一つがこのネマトーダ対策です。隣国アルゼンチン、メンドーサのワイナリー、ドニャ・パウラではその被害の一例を以下の様に挙げています。1997年、ボルドー品種を植えた自社畑エル・アルトの開墾において、同ワイナリーは全ての植樹で自根を選択しました。しかし、ネマトーダが原因で20年後にはカベルネ・ソーヴィニヨンは収量が1/3に減少。カベルネ・フランに至っては枯死してしまいました。「それ以降の植樹では台木への接木を選択している。特に1103P(ベルランディエリ×ルペストリス)はネマトーダへの対抗がある。また、根を地中深くに伸ばす性質であるため、干ばつの恐れがあるメンドーサにとってこれは重要な要素でもある」と栽培醸造責任者マルティン・カイザーは語ります。害虫対策に加え、ヘレスの事例同様その土地の気候特性への適応力が選択のポイントである事も伺えます。
因みに、科学的証明はされていませんが、1997年当時に植樹したマルベックだけは収量を落とさずに25年以上経った今でも自根で生存している様です。
自根栽培
最後に、台木を使わない自根(own root)の選択について触れます。大前提となるのは、その土地がフィロキセラに侵されていないこと。地理的条件又は土壌条件によりこれを可能とする産地が世界中には幾つか存在します。
地理的条件を満たす産地では、農業器具の移動制限や検疫によって物理的に特定地域の隔離を図っています。オーストラリア、特にバロッサ・ヴァレーがその一例です。しかし近年は徐々にこの地理的隔離が揺らいでいる産地も出てきており、同国、ヤラ・ヴァレーのティモ・メイヤーは自根栽培から台木への植替えを余儀無くされていると言及しています。
土壌性質により自根を可能とする条件は、フィロキセラが好まないスレート岩片で覆われた産地や砂質土壌の区画が挙げられます。スレート岩質土壌の代表であるドイツのモーゼルでは未だ多くの自根古木のリースリングが生存し、新規植樹でも自根が選択されると言います。
では自根の利点はどこにあるのでしょうか。先ず、取り木(layering プロヴィナージュ)で植樹を行うことで苗にかかる経費削減が挙げられます。取り木とは、まず植樹したい箇所の隣のブドウ樹から伸ばした長梢を地面に埋めながらその箇所に生やします。そして、母樹から栄養を受け取りながら成長したその長梢はやがて地中部から自根を生やし自立します。これは歯抜け状態になったブドウ畑を埋めるのに効果的な方法です。カリフォルニアのタブラス・クリークでは約30%が枯死してしまった砂質土壌のシラーの畑にて、この地質条件を活かし経費を抑える目的でこの方法を実施しています。
また、自根に魅せられる点として成熟中の糖度蓄積が遅いことも挙げられるでしょう。多くの生産者が自根では収穫期のフェノリック熟成をしっかりと待つことができると証言しています。砂質土壌の区画でピノ・ノワールを栽培するシャンパーニュのニコラ・マイヤールは、このゆっくりとした糖度蓄積は高品質のスパークリングワインを追求する上で重要な要素であると述べています。「ただし、例え砂質土壌だとしても、フィロキセラの影響は樹齢10−15年頃から出始める。収益のバランスを考えると自根に全転換することはない」ともマイヤールは付け加えます。
約150年前、未曾有のフィロキセラ禍を乗り越えるべく始まった台木への接木。今日でも台木使用の一番の目的はフィロキセラ対策です。ただし、その台木選択には土壌性質対応、樹勢及びブドウ品質管理、フィロキセラ以外の害虫対策など様々な要因が関わっています。また、ある台木品種の成功例が他所で当てはまるとも限りません。台木選択の背景には生産者の論理が秘められているのです。
織田 楽(Raku Oda)
The Fat Duckソムリエ
1981年生まれ。愛知県豊田市出身。
代官山タブローズ(東京)、銀座ル・シズエム・サンス(東京)での勤務の後、2010年渡英。ヤシン・オーシャンハウス(ロンドン)ヘッドソムリエを経て、2020年よりザ・ファット・ダック(ロンドン郊外)にてソムリエとして従事。同レストラン、アシスタント・ヘッドソムリエとして現在に至る。
インスタグラム @rakuoda
第4回の記事はこちら
第3回の記事はこちら
第2回の記事はこちら:
第1回の記事はこちら:
-
前の記事
鰻の白焼と蒲焼に合うワインとは?(広報 浅原有里) 2024.07.02
-
次の記事
【シャンパーニュのアルチザン6名来日記念🍾】 ソムリエ協会分科会で実施したパネルディスカッションの内容を公開!
後編:「シャンパーニュにおける栽培・醸造」 2024.09.03