野生味伴うワイン-ブレットを掘り下げる。 (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)
赤ワイン、特に温暖な産地の低介入ワインを語る際によく話題に上るのが、ブレタノマイセス(通称「ブレット」)です。果実味を減退させ、馬小屋やスモークベーコンに例えられる欠陥臭を発生させることから悪質酵母として認識されています。
前回の「乳酸菌とワインの関わり」に続き、今回も醸造にまつわるテーマを取り上げます。ブレットの発生要因や特徴を体系的に整理し、その知識を身につけることで、実際にブレットを感じるワインに遭遇した際、より深く考察するための一助となれば幸いです。
ブレタノマイセスとは
ブレタノマイセス(ブレタノマイセス・ブルッセレンシス Brettanomyces bruxellensis、以下ブレット)は糖分を代謝し、欠陥臭を発生させることから悪質酵母として認識されています。重要なので強調しますが、ブレットは酵母です。アルコール発酵を担うサッカロマイセス同様に糖分を代謝します。
ブレットがワインに与える作用は大きく3つです。
第一に、果実味の減退です。ブレット自身に含まれるエステラーゼ酵素によって果実味が低下します。ワインの持つデリケートな果実味が損なわれることで、相対的に野生味が際立つ傾向にあります。
第二に、揮発性フェノール(volatile phenols)の生成です。ブレットは4-トランス-フェイラ酸及びクマル酸を前駆体とし、4-エチルフェノール(4-EP)や4-エチルグアイアコール(4-EG)などの揮発性フェノールを生成します。揮発性フェノールとは、主に馬小屋(ファームヤード)や救急箱臭の4-EPとスパイスやスモークベーコンの4-EGなどの揮発性芳香化合物であり、この作用が一番ブレットによる欠陥として知られています。なお、誤解されやすい点ですが、欠陥臭を放っているのはブレットそのものではなく、ブレットが生成した芳香成分が原因である点は押さえておく必要があります。
第三に、テクスチャーへの悪影響です。ブレットは、サッカロマイセスでは利用できないペントースなどの糖も代謝できます。その結果、ワインの厚みや丸みに寄与する成分が失われてしまい、金属質的でドライな質感となることがあります。



ブレットの発生原因と対策
ブレット管理はワイン造りにおいて重要な項目の一つです。ブレットの増殖や抑制に影響を与える主な要素として、pH、亜硫酸添加量、セラー温度、残糖度合い、そしてオーク樽を中心としたワイナリーの衛生管理が挙げられます。ブレットは赤ワインで多く見られますが、白ワインや瓶内二次発酵のスパークリングワインでも発生する可能性があります。少量の揮発性フェノールがワインに複雑性を与えるとの好意的な見方もありますが、意図的に適量の揮発性フェノールを生成するようブレットを管理することは極めて難しく、わずかな管理の違いで容易に閾値を超えてしまいます。
また、ブレットは酵母としては珍しく、「生存しているが培養不能な状態(VBNC状態:viable but nonculturable state)」で生存できることが知られています。悪条件では休眠状態となり、環境が整えば再活性化・増殖するため、果汁の段階から予防的に対処する必要があり、万一発生が確認された場合には、速やかな対応が求められます。
以下では、ブレットに影響を与える要素をどのようにコントロールするのか、「亜硫酸とpH管理」「微生物群集の管理」「樽の衛生管理」の3点に焦点を当てて解説します。また、最後にブレットが増殖してしまった場合の除去対応についても触れます。
亜硫酸とpH管理
ワインの亜硫酸及びpH管理は、ブレット対策において重要な要素の一つです。亜硫酸添加はブレット抑制に有効な手段であり、一般的に分子亜硫酸0.625ppm程度でその活動は抑えられるとされています。添加のタイミングは、ブドウ果汁の段階から瓶詰め直前まで状況に応じてさまざまです。
ただし、高pHのワインでは亜硫酸の有効性が低下するため、より多くの添加が必要になります。スウォートランドで世界トップレベルのシラーを手がけるポーセレインベルグのワインメーカー、カーリー・ロウはほとんどのヴィンテージでpH 4.0近くになるシラーに対し、総亜硫酸量100ppmを添加するとしています。特に長期熟成を前提とする場合、亜硫酸添加はブレットをコントロールする重要な要素と言えます。
一方、総亜硫酸添加量を抑えたい場合には、pHを下げるという選択肢があります。亜硫酸の効果を高められるためです。コンチャ・イ・トロのハビエル・ソラリは、収穫が遅く酸度が低下しやすいカルメネールはブレット汚染のリスクが高いとし、補酸によってpH 3.65をターゲットに管理しているとしています。収穫を早めることでpHを低く保つ方法もありますが、カルメネールのように早摘による顕著なピラジンを嫌う場合、補酸によるpH補正は有用なブレット対策と言えるでしょう。

微生物群集の管理
健全な微生物群集を維持し、ブレットの栄養源を管理することも重要です。例えば、培養酵母を添加せず自然発酵を行う場合、速やかに発酵が始まらなければ、ブレットを含むさまざまな微生物が活性化しやすい環境となります。また、ブレットは糖代謝によって増殖・活性化するため、サッカロマイセスによるアルコール発酵を完全に終了させ、残糖を残さないことが重要です。ワイン中の残糖がブレットの栄養源になってしまうからです。特に高い潜在アルコール度数(14%以上)のワインでは、アルコールによってサッカロマイセスの活力が低下しやすく、注意が必要です。
さらに、アルコール発酵とマロラクティック発酵(MLF)の間に時間差が生じることも、ブレットがリンゴ酸を利用して活性化する要因となりえます。その対策の一つが*コ・イノキュレーションです。実際、シャトー・レオヴィル・バルトンではコ・イノキュレーションによって両発酵の時間差をなくし、ブレットリスクを軽減させています。また、速やかなMLF終了はスムーズな亜硫酸添加にも繋がるため、結果としてブレット対策と捉えることができます。
*前回コラム参照:乳酸菌とワインの関わり-マロラクティック発酵を探る。
ワイナリーの衛生管理
ワイナリーの衛生管理も、ブレットをコントロールする上で欠かせません。とりわけオーク樽を発酵及び熟成に使用する際は、ブレットの温床になりやすいため、その管理は非常に重要です。
オーク樽の洗浄方法には熱湯の充填やオゾンによる消毒などがありますが、高温蒸気(90℃以上)及び硫黄の燻蒸処理が一般的です。カリフォルニア、ホルス・ボルスのエイミー・クリスティーンMWは、ブレット発生が疑われた年にオーク樽へ7分間の高温蒸気処理と5分間の燻蒸処理を実施したと言います。ブレットは樽材の8mm内側でも確認されることがあるため、十分な放射熱処理が必要とされています。また、「オゾン消毒は大量の水を使用するため、カリフォルニアのような節水が求められる地域では課題がある。」とも述べています。
オーク発酵槽をアルコール発酵に使用するケースもありますが、経年劣化やブレットを含む微生物汚染対策の観点から、高頻度での買い替えが必要という意見もあります。コルチャグアのクロ・アパルタでは、7500Lのオーク発酵槽31基を5〜8年ごとに買い替えているそうです。高価格帯のワインを生産するワイナリーでは可能な選択肢ですが、ブレット管理という観点では、ステンレスタンクの方が現実的だと言えるでしょう。

ブレットが発生してしまった場合の対処
ブレットの増殖が確認された際の対処は、更なる拡大を防ぐ鍵となります。麹カビ菌の一種アスペルギルス・ニガーに由来するキトサン添加は、キトサンがブレットを吸着してワインから除去するため、高い効果が見込まれます。ただし、コストが高いことに加え、添加後は速やかなオリ引きが不可欠であり、添加以降の澱接触ができなくなる点はトレードオフだと言えます。
また、0.45μmフィルターによるろ過も、ワインの個性をある程度犠牲にすることを受け入れれば、瓶内でのブレット増殖を防ぎ、果実香の減退リスクを減らすことができます。
さらに、ブレットそのものではなく、発生してしまった揮発性フェノールの除去に関しては、逆浸透膜処理も理論上は可能ですが、現実的な選択肢とは言い難いでしょう。これらの対応は、生産者のブレットに対する考え方や除去の優先度、さらにはワイナリーの抱える顧客層の許容度によって判断されるものです。
ブレットに影響を与える要素として代表的なのは、pH及び亜硫酸添加量、微生物群集、残糖、そしてワイナリーの衛生管理(特にオーク樽)です。これらはいずれも管理可能な要素と言えます。一方で、ブレット増殖時の対応を含め、その管理方法にはワイナリーのスタイルやブレットに対する許容度によって幅があることも事実です。
個人の嗜好にも大きく左右されるブレットの特徴。程度の差こそあれ、実際のワインでも比較的高い頻度で見られます。一概に欠陥と断定できない場合もあり、ブレットの特徴が出ているだけでは悪いと判断することはできません。
本コラムが、ブレットという存在をより深く考えるきっかけとなり、”自分好みのワイン”に辿り着くためのヒントになれば嬉しく思います。
織田 楽(Raku Oda)
Ebi(ロンドン)オーナー
1981年生まれ。愛知県豊田市出身。
代官山タブローズ(東京)、銀座ル・シズエム・サンス(東京)での勤務の後、2010年渡英。ヤシン・オーシャンハウス(ロンドン)ヘッドソムリエを経て、2020年よりザ・ファット・ダック(ロンドン郊外)にてソムリエとして従事。2026年7月よりワインバー・ボトルショップ Ebiをロンドンにてオープン。
インスタグラム @rakuoda
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