【シャンパーニュのアルチザン6名来日記念】ソムリエ協会分科会で実施したパネルディスカッションの内容を公開!
前編:「シャンパーニュにおける土壌とスタイルの関係性」
4月5日〜10日まで、フィラディスが正規代理店を務めるシャンパーニュのアルチザン6名が同時に来日し、東京と大阪で様々なイベントを行いました。
どの会場もご来場いただいた皆さまの熱気で非常に盛り上がり、生産者たちは心から満足した様子で帰路につきました。ご参加くださった皆さま、誠にありがとうございました。
さて、今回の来日ではソムリエ協会に協力を仰ぎ、東京と大阪にてパネルディスカッションを行いました。前編と後編で3生産者ずつに分け、前編は「土壌とスタイルの関係性」、後編は「栽培・醸造」というテーマでそれぞれの考えを伺いました。
参加者の皆さまから、「個性が分かりやすい」「アプローチの違いに生産者の哲学やスタイルが現れていて面白い」と大変好評をいただきましたので、今号では前編「シャンパーニュにおける土壌とスタイルの関係性」の内容を公開します。
アルチザン・シャンパーニュとは
かつてシャンパーニュのマーケットはメゾンの独壇場でした。時代を経て、テロワールを深く意識した小規模生産者が台頭し、より幅広い選択肢の中からシャンパーニュを楽しむことが新たなスタンダードとなりつつあります。
フィラディスが考える“良い”シャンパーニュは、単に数が少ないからや、評価が高いからという理由だけで選ばれるものではありません。
この基準を満たす生産者を「アルチザン・シャンパーニュ(職人的醸造栽培家)」と定義し、彼らの想いを漏らさずお客様へお届けできるよう精進しております。
前編:「シャンパーニュにおける土壌とスタイルの関係性」
パネリスト:
Chartogne Taillet(シャルトーニュ・タイエ)
アレクサンドル・シャルトーニュ氏
テロワールを理解し、追求し続けるまさにアルチザン。かつてのグランクリュ・メルフィを現代に復活させ、シャンパーニュの新時代を代表するRMに上り詰めた最高峰の生産者です。
アレックスの愛称で愛されるムードメイカー。
Cazé Thibaut(カゼ・ティボー)
ファビアン・カゼ氏
2018年の初リリースから即座に注目を浴び、世界中のシャンパン愛好家が熱狂するヴァレ・ド・ラ・マルヌの超新星。
今回が初来日で、人生でもフランスから出るのは今年が初めて!3カ国目に選んでくれたのが日本でした。
Brice(ブリス)
ジャン・ルネ・ブリス氏&クリストフ・コンスタン氏
17世紀から受け継がれてきた誇り高きグランクリュ・ブジーの畑。劇的な品質向上でどこまでも飛躍する、今最も注目すべきライジングスター。
当主のジャン・ルネ氏と職人的醸造家のクリストフ氏の2名が来日。
司会:フィラディス バイヤー 山田篤典
テーマ①自分の村の土壌が最終的なシャンパーニュのスタイルに与える影響
山田 土壌とワインのスタイルとの関係性は近代科学をもってしても未だ解明できていない部分が多いのですが、だからこそテロワールに日々向き合っている3生産者に伺ってみたいと思います。
それぞれの生産者の村名と主な土壌は以下の通りです。テュフォーについて補足すると、ロワール地方でも有名な土壌で、多孔性に富み、保水性が高いのが特徴です。尚、この表はあくまで主なものであり、実際にはさまざまな土壌が入り混じっています。
Chartogne Taillet シャンパーニュだけに限らず、世界中のワイン全てに共通して言えることですが、全てのワインはLife(生)とDeath(死)という2つの要素で構成されています。2つの要素が複雑に絡まり合って、皆さまが飲んでいただいた時の口当たりや味わいに繋がっています。
Life(生)パートとは“畑”を指し、ブドウの幹や枝・葉・実など自然のものが含まれます。1年間ブドウが成熟していく過程で味わいが作られていくわけですが、Lifeパートは果実味や酸度、糖度を生み出します。
また、Lifeパートでは品種のキャラクターがはっきりと生まれます。私たちはそれぞれ異なる村に畑を持っているとはいえ天候はほぼ同じなので、同じタイミングで雨が降ったり晴れたりします。そのため、育てているシャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエなど品種による個性は生まれるものの、同じ品種であれば食べ比べてみても大きな違いは感じられないかもしれません。
対して、Death(死)パートこそがワインに違いをもたらす要因になります。Deathパートはテロワールを指します。
シャンパーニュの畑は、チョークの母岩が下に広がっています。このチョークというのは、8千万年ほど前にシャンパーニュ地方が海の底にあった時代の貝や魚などの死骸が堆積してできたもので、ワインに特有のミネラル感をもたらしてくれます。チョークの母岩の上には、砂や粘土などでできた下層土が広がっており、この下層土がワインにテクスチャーを与えます。
LifeパートとDeathパートのうち、Lifeパートは果実由来のもので熟成して時間が経つと徐々に消えていきます。反対に、Deathパート由来のミネラル感や塩味、テクスチャーなどは時間が経ってもずっと残り続け、長期間熟成すればするほどDeathパートが際立つことになります。我々ワインメーカーの使命は、果実は有限ですが、その終わりを出来るだけ引き延ばし、ワインという形で永遠へと近づけていくことです。私達は何世代にも渡って子どもたちに引き継いでいくことができるような素晴らしいポテンシャルのワインをつくりたいと思っていますが、そのためにはこのDeathパートこそが肝となるのです。
皆さんがワインを飲む際に、「このワインはソフトだな」「直線的だな」「暖かいワインだな」「冷たいワインだな」などと感じると思いますが、そのような繊細なタッチはDeathパートのテロワールからの要素で構成されていると信じています。
Cazé Thibaut 私が栽培・醸造家として非常に重要視しているのが土壌です。毎年春になるとさまざまな植物が生えてきますが、私はそれらを除去するのではなくそのままにしています。下の写真は私の畑を写したものですが、このように年によって生える植物は異なります。どんな植物が生えたかを見ることで今の土壌の状態が分かり、どのようなアプローチが必要かを判断しています。
写真のような植物が見られた時には、「今畑はとても良い状況に保てているんだな」と理解できます。逆に、例えば根が強い植物が生えてきたとしたら、土壌が硬くなりすぎていると考えられ、土壌を柔らかくするためのアプローチを取っていきます。
また、健康な土壌で良いブドウを育てるためには水がとても大切です。下の写真のうち、左側は土壌がふかふかで雨が降った時にしっかりと土壌の奥深くまで水が浸透していきます。
しかし、右側は重い機械が入ったりして土がカチカチに踏み固められている状態で、雨水を吸収できていないことがお分かりいただけると思います。
生きている良い土壌というのは、左側のように雨が浸透したり、ふかふかで空気を含んでいて表土に生息する微生物がたくさん存在している状態をいいます。
微生物は母岩のチョークを小さい粒に分解してくれるため、母岩由来のミネラルは土壌に浸透した水に溶け込んでいきます。この水をブドウ根が吸い上げることで、よりテロワールを映し出した表現力豊かなワインへと繋がるのです。私は生きた土壌を維持するため、トラクターの使用を避け、出来る限り手作業で畑を管理しています。
私は2018年に初めてワインをリリースしたばかりでまだ経験が少ないのですが、アレックスとは古くからの友人でして、私がワイン造りを始めるにあたって、畑や自然を理解するためにたくさんのアドバイスをしてくれました。この場を借りて、彼に改めて感謝を伝えたいですね。(笑)
山田 今回来日したアルチザンたちは皆が非常に仲が良いというのも特徴ですね!
お話も興味深いものでした。上の写真では左と右で土壌の状態が大きく異なりますが、右のように水はけが悪いと病害や根腐れなどさまざまなリスクが発生してしまいますので、そういった意味でも健全な畑を保つことは重要になります。
また、畑の状態を把握するというのは非常に難しく、科学技術を用いて診断をする試みもありますが、Cazé Thibautのように自然の植物相によって判断するというのは現場ならではのリアルなお話でした。
Brice 私たちの畑があるブジー村は、モンターニュ・ド・ランスの南部に位置するグランクリュです。母岩にはチョークが広がり、表土に50cmほどの厚い粘土の層があります。
ブジー村はモンターニュ・ド・ランスの丘陵地にあり、畑は基本的に全て南向きで豊富な日照量を得られます。また、マルヌ川から6kmほどの距離があるため、温暖な気候かつ湿度が低いのも特徴です。空気中の湿度は低いものの、母岩のチョーク層は保水力が高いため土中では十分な水分を保つことができます。また、水分は土中では上に上がろうとする性質があり、チョークの持っているミネラルを一緒に吸い上げてきてくれます。
出来上がるワインのスタイルとしては、温暖な気候と南向きの畑からくるぎゅっと凝縮したような果実味がありながら、チョーク由来のミネラルのニュアンスも大きく反映されるのが特徴です。
ブジーの土壌について私たちBriceのエピソードがありまして、、かつてブジー村の丘陵地の上の方にはブラックソイルと言われる鉄分の多い黒っぽい土壌がありました。昔はそこにブドウ木も植えられていたのですが、鉄分とチョークの相性が非常に悪く、病害が出やすかったりブドウ木が痩せ細ってしまったりと問題が起こりやすく栽培には向いていませんでした。しかし、1960年くらいにBriceの祖先がブラックソイルが一部だけであれば栽培に好影響であることに気づき、少しだけ取ってきて畑に混ぜたんだそうです。
今でも畑にはブラックソイルが残っているのですが、鉄分があることで栄養素が豊富であり、オーガニックでの栽培を効率的に行えるというメリットがあることが分かりました。
テーマ②土壌の個性を最大限に引き出すための工夫
山田 ワイナリーが取る選択肢というのは非常に多岐に渡ります。この表にあるのは一例でしかありませんが、それぞれ2つのポイントからお話を伺っていきましょう。
Chartogne Taillet 先ほどワインにおけるDeathパートの話をしましたが、私たち栽培・醸造家にとって土壌の構成を調べて理解することは、ワインをつくる上で非常に重要です。Deathパートはワインにミネラルやテクスチャーを与えますが、これこそが品種の個性をも凌駕し、シャンパーニュという私たちのワインを他のどのスパークリングワインとも異なるものにしてくれる要因となっています。
先ほどファビアンも話していましたが、土壌の個性を引き出すためには畑は健康に柔らかく保つのが肝要です。100年ほど前からワインの世界にも除草剤や殺虫剤、トラクターなどが使用されるようになりましたが、薬剤を過度に使用したり重いトラクターで畑の土を踏み固めてしまうと、表土から9〜10cmのところにいる多様な微生物が生息することができず、不健康な畑になってしまいます。微生物には酸素が必要で、更に彼らが活発に動くと土壌に酸素が入るので、ふかふかと柔らかく健康な土壌を作ります。私は彼らの餌となる木から落ちた葉や枝を畑に残すようにして畑の生命力を維持する努力をしています。
また、健康な土壌では雨が地下深くまで浸透するとともに、ブドウ木の根も母岩まで届くほどに伸びていきます。
水が母岩のチョーク層まで届くと、チョーク(炭酸カルシウム)を構成するカルシウム(Calcium)とナトリウム(Sodium)という元素が水に溶け出します。それぞれワインの味わいに与える影響が異なっており、カルシウムはワインにパワーと口の中に張り付くようなニュアンスを、ナトリウムは酸味のように刺激的な苦味を与えます。
そしてこれらの要素を取り込むために、根はチョーク層まで届いていなければなりません。成分が溶け出した水を根が吸ってブドウに届けてくれるからこそ、地域・村・そして区画といった我々が表現したいテロワールをワインに反映させることができ、私たちのワインを特別な味わいにしてくれるのです。
山田 ありがとうございます。なぜ優れたワイナリーほどナチュラルなつくりをするのかという疑問に対する一つの回答になっていたのではないでしょうか。いかに土壌を活かすか、生命力の強い畑にするのかが、テロワールの表現に繋がってくるわけですね。
Cazé Thibaut 私がテロワールを最大限に活かすために、どのようなことをしているのか。一つ目は剪定についてお話ししたいと思います。
この図はシャンパーニュ地方で採用されている4つの代表的な剪定方法です。私たちはシャルドネ、ピノ・ムニエ、ピノ・ノワールという3つの品種を主に使っており、それぞれの品種に合った剪定を行っています。シャルドネは一番左のChablis方式、ピノ・ノワールでは左から2つ目のCordon方式、ムニエでは右端のVallee de la Marne方式という剪定方法を採用しています。
ブドウはつる植物なので放っておくとどんどん枝を伸ばしてしまいます。品種によって成長の仕方が異なりますので、品種ごとに剪定方法を変えることでそのブドウにとって一番良い状態にできることと、芽の数をコントロールして自然に収量が制限され凝縮感のある品質の高いブドウを収穫できるようになります。
少し横にずれるかもしれませんが、ヴァレ・ド・ラ・マルヌとムニエについて少しお話しさせてください。私どもはヴァレ・ド・ラ・マルヌの川沿いのエリアにワイナリーと畑を持っているのですが、このエリアではムニエを主体に栽培をしています。
ムニエは果皮が薄く、シャルドネなどに比べると繊細な品種です。雨が多すぎると果皮が破れたりして病気のリスクが高まりますし、日差しが強すぎるのにも耐えることができません。ヴァレ・ド・ラ・マルヌはこうした繊細なムニエの条件に合う上に、多様な土壌もあり、私たちがムニエで表現したいチョークのミネラル感を上手に写し取るため、やはりこのエリアが合っていると思います。
もう一つは醸造についてお話しします。私たちは家族で経営している非常に小さいワイナリーなのですが、基本的にオークの樽を用いて発酵と熟成を行っています。ステンレスタンクやコンクリートタンクは使用していません。常に畑や土壌、ブドウ、ワインに対して深い敬意を持って接していますが、オーク樽の使用は私たちのワインを最大限に引き立てるベストな方法だと感じています。オーク樽だと比較的ゆっくりと発酵が進みますし、好ましい量の酸素との接触をさせることができます。こうしたアプローチによって、私が大事にしているチョークのニュアンスをワインの中に引き出すことが可能になるのです。
Brice 私たちはいくつかの区画の畑を持っているのですが、その区画に対してどのようなアプローチを行っているかについてお話します。
まずは醸造について。どういうスタイルや味わいを作りたいかによって醸造のアプローチを変えることが重要です。Briceではいくつかのキュヴェを持っていますが、例えば「エリタージュ」では果実味が主体で親しみやすい味わいのワインを目指していますし、「ブラン・ド・ノワール ブジー パルセル・ル・ポトー」は単一畑のキュヴェですので、エリタージュよりも複雑で長く熟成させられるワインのスタイルを目指しています。
ブジーの畑は全て南向きとなっているのでブドウは良く熟し、さらに厚い粘土の層によってボリューム感が備わります。そうしたブジーのピノ・ノワールらしい果実味やフルーティーさ、ボリューム感を最大限に活かすために、発酵・熟成にはどちらのキュヴェも60%ステンレスタンクを使用しています。残りの40%は樽を使います。また、どちらもノン・ドゼでブジーの力強く充実感ある果実味に対してのバランスを取っています。
右の写真はモンド・トゥールという畑ですが、こちらは他の畑とは異なり粘土の表土がほとんど無く、すぐに母岩のチョークに行き着く土壌です。コート・デ・ブランに似た土壌なので、ここではシャルドネを栽培する生産者も増えています。ここの特徴はチョークに根が触れやすく、よりミネラルや酸といったニュアンスを強く感じる味わいになりやすいため、この畑のブドウではステンレスタンクは使わず、100%オーク樽を用いてバランスを取るといった醸造アプローチを取っています。
表土が薄くてチョークに触れることに加え樹齢も高いため、出来上がったワインはスタイリッシュな味わいになりますが、オーク樽を用いることでワインにボリューム感を与えることができます。
山田 ありがとうございます。ブジーならではの気候・風土に加え、細かい区画で土壌の構成を把握してアプローチ方法を変えていることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
後編では、「シャンパーニュにおける栽培・醸造」をテーマにアルチザンたちからお話を聞いていきます。お楽しみに!
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