生産者の紹介
メドック2級としては長らく目立たない存在だったが、1990年代から大復活。今や5大シャトーを脅かす「スーパーセカンド」の一角として、サン・ジュリアン村で存在感を示す。
『シャトー・レオヴィル・ポワフェレ』のエステートは1638年まで遡る長い歴史を誇る。1740年、アレクサンドル・ド・ガスク=レオヴィルが、メドック最高峰のワインを目指しブドウ畑と醸造所を刷新、その後レオヴィルのエステート全体は120ヘクタールにまで広がり、メドック地域で最大となった。
しかしその後1775年までに、レオヴィルのエステートは4つの異なる名前、「アバディ」、「ラカーズ」、「シュヴァリエ」そして「モンバロン」に分割されることとなる。1826年にヒュー・バルトンが「シュヴァリエ」と「モンバロン」を獲得し『シャトー・レオヴィル・バルトン』を設立。残りの2つのエステートは引き続きラスカーズ家の子孫が所有していたが、1840年にシャトー・レオヴィル・ラカゼとなり、アドルフ・ド・ラスカーズに継承されました。そして彼の妹ジャンヌは残りの「アバディ」区画を受け継ぎ、その娘がジャン・マリー・ポワフェレ・ド・セレス男爵と結婚し『シャトー・レオヴィル・ポワフェレ』が誕生することとなる。1855年パリ万博時のメドック・グラン・クリュ格付では2級の格付となるが、その後19世紀後半にはうどん粉病やフィロキセラ禍などでワイン造りが停滞、その後も1980年代に至るまで決して高い評価を得ることは無かった。
1920年、当時「ロートン家」の所有となっていたシャトーをキュヴェリエ家が購入。その過去長年にわたる努力と投資のおかげで1980年代以降『シャトー・レオヴィル・ポワフェレ』は卓越したレベルに。 近代的なワイン製造施設と伝統の完璧なバランス、そしてコンサルタントを務めるミシェル・ロランのサポートもあり今や5大シャトーを脅かす「スーパーセカンド」の一角として、サン・ジュリアン村で存在感を示す。ワイン評論家ロバート・パーカーは「『レオヴィル・ポワフェレ』のテロワールはメドック2級の中でも群を抜いており、メドック全体でも傑出している」と評価している。
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【完売致しました】シャトー・ムーラン・リッシュ サン・ジュリアン 2010年
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