Ch. Mouton Rothschild(シャトー・ムートン・ロスチャイルド)
1855年のメドック格付け制定以来、史上初となる1級シャトー昇格を成し遂げた偉大なシャトー。
目次
歴史
ムートンはもともとラフィットやラトゥールを所有するセギュール家の領地の一つであったが、18世紀中頃に分割されてブラーヌ家の所有となった。その後シャトーは売却されて最終的に1853年にロスチャイルド家(バロン・ナサニエル・ド・ロスチャイルド)の手に渡った。その2年後の1855年にパリ万国博覧会でメドックの格付けが制定されるも、ムートンは1級ではなく2級のトップという位置づけであった。
ムートンが頭角を現すようになるのはバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドが指揮を取るようになってからである。1922年、当時20歳であった彼はシャトーを引き継ぐと様々な改革を行った。品質を安定させるために1924年からシャトー元詰めの生産方式に切り替え、第二次世界大戦末期にはアートラベルのコンセプトを取り入れ、毎年異なるデザインのラベルをリリースするようになった。そして1973年、悲願の1級シャトー昇格という歴史的快挙を成し遂げた。
ムートンの立役者とも言えるバロン・フィリップが1988年に逝去すると、シャトーは娘のバロネス・フィリップが引き継いだ。彼女はセカンドワイン(プティ・ムートン)や白ワイン(エール・ダルジャン)をリリースしてシャトーのポートフォリオの基盤を確立した。2013年にはセラーを新設してさらなる品質向上に務めるも、彼女はその翌年にこの世を去ってしまう。
現在シャトーの舵を取るのはバロネス・フィリピーヌの子供たちであり、長男フィリップ・セレイスは2018年にムートンの親会社(Baron Philippe de Rothschild SA)のチェアマン/CEOに就任した。この会社は傘下にダルマイヤックとクレール・ミロンを有し、南仏リムーにもドメーヌ・ド・バロナークを所有している。さらに仏国外でも著名ワイナリーとパートナー協定を結んでブランドを展開しており、チリのコンチャ・イ・トロとの アルマヴィーヴァやカリフォルニアのロバート・モンダヴィとのオーパス・ワンが有名である。
畑
ポイヤック北部に約90haの畑を所有する。このエリアは小丘と低地とに分けられるが、丘のなだらかな傾斜は排水を促し、斜面は太陽光を受けやすくする。このため温暖な気候が形成され最上のブドウが育つとされる。ムートンの畑は大部分がPlateau de Moutonと呼ばれる小丘に位置しており、メドックにしては高い標高(27m)を持つ。小丘の中核部は非常に深い砂利質土壌が見られ、98%が礫層(残りは粘土層)という構成になっている。先代の名にちなんだLa Baronne Philippineという区画には樹齢100年超のカベルネが見られ、砂利とカベルネの相性の良さを改めて感じさせてくれる。
畑全体を見ると砂利に植わるカベルネ・ソーヴィニヨン(81%)が大部分を占めており、渇水に弱いメルロー(15%)は粘土が多く保水力のある低地に見られる。また少量のカベルネ・フラン(3%)とプティ・ヴェルド(1%)も植えられている。
栽培
2003年にテクニカル・ディレクターに就任したフィリップ・ダルアンによって、ムートンの品質は飛躍的向上した。彼が行った最大の改革は徹底的なロットの選別である。就任当初(2004年)はセカンドのPetit Moutonがほとんど生産されておらず、多くのブドウはファーストのムートンへ流れていた。ここにメスを入れた彼は、まず全体の収量を下げ、厳しい選別を行ってファーストの生産量を絞り、セカンドの生産量を5-6倍に増やした。また畑での選別も手を抜かず、同じ区画であっても若木と古木を分けて収穫するようになった。当時それまでとは異なる彼のアプローチに対して世間の評価は賛否両論であり、実際にダルアンはオーナーのバロネス・フィリピーヌからよく思われていなかった。「1ヶ月口を利いてもらえず、もう少しで解雇されそうだった」とデカンター誌に語っている。しかし、パーカーはダルアンの手掛けた2005年に96点をつけてムートンの品質向上を称賛し、翌2006年はパーカーに「1982年、1986年以来の最上品」と言わしめバレル・テイスティングで96-100点を叩き出してダルアンの実力が証明された。
ムートンの栄光を支えてきたダルアンは2020年に引退を発表したが、シャトーでは変わらずに品質向上に余念がない。新体制のもとでは、土壌の排水性・保水性ごとにキャノピーの高さを変え、カバークロップを積極的に導入し、自社所有の苗木屋によるマッサルセレクションを行うなど一級シャトーの名に恥じない品質へのこだわりが随所に見られる。
醸造
セラーでもダルアンの就任以降、ムートンの品質は大きく向上した。彼が行った具体的な施策は大きく分けて2つあり、1つは発酵槽の小型化である。前任者の時代は、28の発酵槽のサイズが全て225hlとかなり大きいものであった。この容器を満たすのには時間がかり、収穫効率が悪くなるというケースも少なくなかった。そこでダルアンは新たに小型サイズ(50hl-147hl)の発酵槽を44つ導入した。その結果、収穫から醸造まで区画ごと(ブドウの熟度ごと)にフレキシブルに対応できるようになった。区画ごとの醸造はスタイルや品質のばらつきをなくし、若木・古樹のすみ分けなど細かい管理がしやすくなり、ブレンド精度が大幅に向上した。もう1つの施策は、ライトな醸造アプローチである。例えば以前まで最大20%まで使用していたプレスワインを10-12%にまでダウンさせ、また30°Cを超えていた発酵温度を29°C以下に制限するようにした。しかしこうした醸造上の変化で最も飲み手の印象に影響を与えたのは樽感の低減である。ダルアンは就任当初、「主張の強かった樽のトースト感を減らしたかった」とJS誌に語っており、香り高く表現豊かなムートンがトースト香で支配されるのはもったいないと述べている。
その後、2012年には重力フローシステムが導入され、ワイン移動時の負荷が最小限に抑えられるようになった。現在は44の木製発酵槽と20のステンレスタンクを用いて区画ごとに醸造が行われており、発酵後は新樽で約20ヶ月熟成させる。
味わい
同村のポイヤックで畑が地続きのラフィットと比べると、ムートンは若くても表現力に富んでいる。これはおそらくムートンを作るメインの畑が南向きで比較的穏やかな地形であるのに対し、ラフィットの畑は丘陵感が強く北に傾いていることが理由の一つに挙げられるだろう。若いムートンはポイヤックらしいインキーな深みと、ピュアで力強いカシスのフレーバーが印象的で、甘くジューシーな果実味を新樽由来のエキゾチックスパイスやチョコレートが包み込み、華やかで洗練された印象を与えてくれる。若いうちは引っ込み思案でグリップの強いラフィットと比べ、ムートンは濃度の高さとシルキーなタンニンが相まってリッチで滑らかなテクスチャーを持つためアプローチしやすい。
なお、ムートンではパーカーがハーブ香を嫌うことから2006-2010年は意図的にカベルネ・フランをブレンドしないようにしていたが、2011年から復活して以降ほぼ毎年少量ブレンドされるようになっている。これによって僅かではあるが、香りが持ち上がり、ピリッとした塩味のようなアクセントが備わるようになった。