J.F. Mugnier(ミュニエ)

ヴォーヌ・ロマネと並びブルゴーニュで最も高い人気を誇るシャンボール・ミュジニー。ミュニエはシャンボールを代表する生産者で、Roumier、Vogueと並ぶ三傑の一人。彼のワインは人気が高すぎて滅多にお目にかかれず、運良く出会えるのはきまってニュイ・サン・ジョルジュである。それもそのはず、14haの所有畑の内10haがニュイのモノポールで、シャンボールはわずか4haしかない。わずかなシャンボールの畑は2/3が特級と一級で占められており、村名格でも一級と若木のミュジニーがブレンドされるという採算度外視ぶり。生産本数で言えばRoumierやVogueの比ではないのも頷ける。

 

歴史

ドメーヌの歴史は19世紀後半に遡る。ミュニエ家の祖先はディジョンで酒類事業を起こして成功し、1899年にChateau de Chambolle-Musignyを購入。1902年にはニュイのClos de la Maréchaleも購入した。しかしその後、相続のごたごたで畑は分割され、約40%が売却。残りは4代目の手にわたるが、ここにはClos Vougeotも含まれていた。銀行員であった4代目は、ディジョンの空気が好きになれず、祖先が起こした会社を売却。畑もFaiveleyに長期リース(1977年まで)で貸し出し、海外へ飛び立ってしまう。その後畑を取り戻そうと決意するも、リースの変更は極めて困難という現実を突きつけられる。そこで4代目はシャンボールの畑を返却してもらう代わりに、Clos de la Maréchaleへの25年の延長リース、さらにClos Vougeotを譲渡すると交渉。こうして畑を取り戻した4代目は、ベルナール・クレール(ブルーノ・クレールの父)を醸造家に雇い入れてワインを作り始めた。

4代目の息子フレデリック(5代目:現当主)は1955年に生まれ、父が亡くなる1980年にはエンジニアの勉強をしていた。最初の仕事は石油業界のエンジニアであった。1985年、海外勤務に嫌気が差していた頃、フレデリックは長期休暇を取ってシャンボールに戻った。そこで彼はワインの世界へ飛び込むことを決めた。当時畑の規模は4haのみであったため、余裕があったフレデリックは、空き時間を利用してパイロットのライセンスを取得し、2000年まで航空会社でパートタイムとして働いた。2003年秋頃にはFaiveleyとの長期リース契約が終わり、これによって一晩でドメーヌの規模が3倍以上(4ha→14ha)となった。

「約十年かかったよ。自分が本当に作りたいワインはどんなものなのかを理解するのにね。」石油ビジネスからの転身であったため、フレデリックにはちゃんとしたバックグランドがなかった。「アウトサイダーであることはおそらく良いことなんだ。多くの栽培家は現実世界をあまり経験しないからね。ブルゴーニュは地球で最も美しく、世界最高の畑がある。本当に素晴らしい場所なんだ。だが、世界はブルゴーニュよりも遥かに大きい。世界はワインよりも遥かに大きいんだ。都会で暮らし、大企業で働き、世界各地で仕事をするという経験はとても大切だと私は思うよ。」

 

ニュイに10ha、シャンボールに4haの計14 haを所有。樹齢は平均60年程で、収量平均は30hl/ha程度、年産は約60,000本。小規模ながらヴォギュエに次ぐミュジニー二番目の最大所有者(1.14ha)という強烈なインパクトを持つ。Bonnes Mares(0.36ha)はテール・ブランシュとテール・ルージュのブレンド。1erはLes Amoureuses(0.53ha)とLes Fuées(0.71ha)。村名シャンボールは2区画のブレンドがメインとなっており、1er Les Plantes(0.56ha)とLa Combe d’Orveau(0.77ha)からのブドウ。さらにミュジニーの若木もブレンドされる。

ニュイにあるモノポールClos de la Marechaleはプレモー村の南端にある石垣で囲われた畑(10ha)。8区画に分かれており、最も古いブドウは第二次世界大戦以前に植えられたもの。メインとなる7区画は1950-70年までにフェヴレによって植えられた。北端エリア(Clos de l’Arlot側)にはシャルドネも植わる。

 

栽培

化学肥料、除草剤、殺虫剤を使用しないが、フレデリックはオーガニックでもビオディナミでもない。あえて分類するならリュット・レゾネであろう。フレデリックがオーガニック栽培家と違うのは、べと病へのアプローチである。一般的にべと病の対策は硫酸銅か殺菌剤の2つしかないとされる。ケミカルを酷く嫌うオーガニック団体は硫酸銅を許可しているため、オーガニック栽培家は硫酸銅を使う。しかし、これは理想的ではない。なぜなら硫酸銅は毒であり、土中で分解されず、土中に蓄積してしまうからである。フレデリックは殺菌剤の使用による弊害よりもこうした長期の銅の蓄積の方がたちが悪いと考える。

「ワイン生産者、そしてエンジニアとしての私の仕事は、何かしらマイナス面を持つ選択肢の中から手段を選ぶことです。例えば隣人や従業員など畑に関わる人への有害物質は避けねばなりません。一方で畑に息づくエコシステムも守る必要があります。どうすれば守れるか?その上でどうカビと戦えばよいか?硫酸銅を使うのか、ケミカルを使うのか?マイナス面を持たない薬などありません。何かしらに影響を与えるのです。毒のない薬など存在しない。これは大自然のルールの一つです。」フレデリックは現実的に物事の良い面・悪い面を熟考し、その上で自分なりの合理的な判断を下す。栽培とはドグマティックではなくプラグマティックであるべきなのである。

 

醸造

基本的にブドウは全除梗し、発酵は温度管理機能付きのステンレスまたはオープントップの木製発酵槽で行う。ルモンタージュよりもピジャージュが好まれる。新樽は25%までに抑え、熟成期間は16~18ヶ月。全てのワインが無清澄、無濾過で瓶詰めされる。

醸造において、フレデリックが求めるのは「自分の不在」すなわち、「足跡のないワインメイキング」である。ワインメーカーとしての自分の痕跡を消し去ることでテロワールは自らを表現する。「自分の中になにかすごいアイデアがあるというわけではないんだ。ワインメイキングはそもそもクリエイティヴなプロセスではないからね。自然が起こすのだよ。私はただブドウがワインに変わる手助けをしているにすぎない」。「ワインメーカーはアーティストではないが、似ている部分はある。例えば舞台のダンサーを見てこう思ったとしよう『わお!すごい!かなりの練習を積んだはずだ』。私にとってそれは失格なのです。観客にそこを意識させないくらい、流れるように完璧に自然に踊れていなければならないのです。動きそのものの美しさだけを感じるべきで、その後ろにある血のにじむ努力が見えてはいけません。」ワインメーカーのスキルは飲み手に気づかれてはならない。あくまでもワイン自身の美しさを感じてもらうべきだと静かに語る。

 

味わい

「作り出された感」のない、造り手がそこに存在していないような自然な味わい。繊細で可憐な性格のシャンボールではどうしてもワインメーカーの「痕跡」が他よりも強く残ってしまう。このため土地の味を引き出すのは極めてチャレンジングだが、実現できればピノ・ノワールのエレガンスの本質に迫ることができる。ミュニエのワインはまさにこの芯を捉えている。若いうちはピュアな赤系果実のフレッシュさが全面にでており、エレガンスの中にもしっかりとコアがある。しかし、辛抱強く瓶熟させることでその真髄が味わえる。デリケートだが端正なストラクチャーによってピノの美しさが浮き彫りになる。官能的であるが肉感的ではなく、あくまでも美的感性や精神に訴えるプラトニックな雰囲気がある。口の中に残る余韻があまりにも美しく、次の一杯に手を伸ばせない。偉大なワインだけが持つ極上の余韻、この快感をずっと反芻していたくなるワインである。

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