Marcel Deiss(マルセル・ダイス)
マルセル・ダイスはアルザスの頂点に君臨するドメーヌである。「品種のブレンドを通してこそ畑の個性は表現される」という信念のもと、ジャン・ミッシェルは現代アルザスに混植を蘇らせた。
目次
歴史
ダイス家は17世紀からアルザスで家業を営んでおり、当時ワイン造りはあくまでも全体の一部であった。1947年にマルセルがドメーヌを設立すると息子アンドレとともにワイン生産に特化するようになった。その後1976年にアンドレの息子ジャン・ミッシェルがワイナリーを継いだ。彼は1984年に特級Schoenebourgに大きな区画を購入するが、これが人生のターニングポイントとなる。その区画には片側にリースリングが、もう片側には複数品種が植えられており、100年近くもごちゃ混ぜの状態で育てられていた。当時のアルザスでは単一品種主義が圧倒的大多数を占めており、品種のブレンドは低ランクのワインを意味した。しかし、ジャン・ミッシェルは古くから伝わる混植を尊重し、時代の流れに逆行した。Schoenebourgの2区画をそれぞれ分けて醸造した彼は、ある日ジャーナリストたちにブラインドで試飲させた。テイスターたちは畑をSchoenebourgと見抜くことはできたものの、必ずしもどちらが混植かを見抜くことはできなかった。この結果はジャン・ミッシェルに「土地の個性は品種を凌駕する」と確信させ、他の畑にも混植を導入する決意をさせた。1990年に特級Altenbergに混植を持ち込んだ彼は、その後AOC法を書き換えて混植を認めさせるという偉業を成し遂げた。
一方で、ジャン・ミッシェルはアルザスのグラン・クリュ制度に否定的である。「数が多すぎるし、認定エリアが広すぎる。そのわりに1erクリュがないのは馬鹿げている。」という彼は自社の優良畑を非公式の1erクリュとして扱っている。
2007年にはジャン・ミッシェルの息子マチューがドメーヌに加わった。彼はクレア・ヴァレーのGrosset、アデレード・ヒルズのPetaluma、ボルドーのステファン・ドゥルノンクールのチームで研修し、さらに米国インポーターで3ヶ月間ワインの流通についても学んだ。マチューがワインメイキングを継いでからは、テロワール・ドリヴンな味わいに磨きがかかっている。父とは異なり実験的なアプローチに前向きで、一部のワインでは果皮とともに発酵させている。しかしマチューは単に流行を取り入れているというわけではなく、あくまでも土地の個性を表現する新たな方法に対してオープンなマインドを持っているというだけである。
畑
38haの所有畑は複数の村にまたがっている。品種はリースリング、ピノ・グリ、ピノ・ブラン、ゲヴュルツが大部分を占め、残りはミュスカ・ア・プティ・グラン、シルヴァーナ、シャスラ、ピノ・ブーロ、ピノ・ノワール、ピノ・オーセロワ、ピノ・ムニエ、トラミネール、ローズ・ダルザスなどが植えられている。
ダイス家はアルザスに4つの特級畑を所有する。Altenberg de Bergheimはヴォージュ山脈の北端に位置する南向きの畑で、表土の浅い鉄分豊富な粘土石灰岩土壌を持つ。非常に温暖で乾燥しており、熟度の高いブドウがとれる。全品種が混植されている。Schoenenbourgはヴォージュ山脈の中央に位置する畑。南を向く急斜面だが渓谷の底にあるため、他の特級と比べると冷涼でブドウの成熟が遅い。砂岩、コイパーマール、石膏の土壌を持つ。全品種が混植されている。Mambourgはヴォージュ山脈の中央やや南部に位置する南向きの畑で、マグネシウムを含む石灰岩土壌を持つ。ピノ系5品種が混植されている。2017年に購入したSchlossbergは、ヴォージュ山脈の中央やや南部に位置する。非常に傾斜のきつい南向きの畑で、表土の浅い土壌には花崗岩由来の砂と砂利が混ざる。リースリングをメインにその他複数品種が混植されている。
栽培
多様で複雑なアルザスという産地を無理やり単一品種に押し込む風潮に違和感を覚えるジャン・ミッシェル。ブドウ品種ではなく、その先にある畑の個性の表現こそ、情熱を注いで追い求めるべきだという。だからこそ彼は樹勢を抑えて収量を下げ、ビオディナミ栽培を取り入れ、伝統的な混植を復興したのである。まず真っ先に来るべきは「その土地らしさ」であって、それ以外の要素はすべて二の次となる。テロワールというのはリースリングやピノ・ノワールが花崗岩や石灰岩で自らをどう表現するかということではなく、畑の土壌と気候のコンビネーションをいかにしてワインに投影させるかだと彼は語る。ブドウ品種というのは単に土地の味を運ぶという仕事を担っているだけにすぎない。「私達はBrandのリースリングやRangenのピノ・グリなどについて話すべきではないのです。RangenやBrandについて話すべきなのです。Le MontrachetやRomanee Contiについて語るとき、シャルドネやピノ・ノワールを語らないのと同じです。」
醸造
「混植は気候変動への農業的なアンサーであり、より多くの糖分をもたらす品種もあれば、酸をもたらす品種もある。異なる品種が一緒になることでブドウ木はバランスを見つける。」というマチューはもうしばらくの間補糖も補酸もしていないという。セラーでは全房のブドウを10-20時間かけてゆっくりプレスする。発酵は天然酵母のみで酵母への窒素栄養剤も使わないため、発酵期間は3~4週間から長いと1年かかることもある。基本的に大きなフードルで発酵させ、一部小樽も使用して澱とともに長い期間熟成させる。バトナージュはせず、ごく軽めのフィルターと最小限のSO2を添加して瓶詰めする。
味わい
マチューが引き継いでからワインメイキングのスタイルには変化が見られる。ジャン・ミッシェル時代は深みがあり、リッチでふくよかなワインを作っていたが、マチューは残糖と新樽のより少ない、ピュアで垂直的な味筋を追い求めている。スタイルはフレッシュで明るくなったものの魅力的なアロマ、リッチなテクスチャー、口内に染み渡るエキス感は健在であり、父の代ともどもダイス家のワインはアルザス最高品質だといえる。WA誌では特級のMambourgやAltenbergはアルザスのみならず、フランスの白ワインで最も偉大なワインの一つと絶賛されている。
完熟したピーチやアプリコット、オレンジブロッサム、ハニーサックルなどがつくる凝縮した力強さをアタックに感じるが、ミネラルが果実味をぐっと持ち上げることで張りのあるジューシーさとなって口内に広がる。そしてフィニッシュは必ずと言っていいほどフェノールのグリップと砕いた岩やミネラルの潮味が現れ、長い余韻とともにブルゴーニュさながらのエレガンスとフィネスを感じさせてくれる。