ボルドーの2021年~静寂のヴィンテージ~
今、ボルドーから聞こえてくるのは聞き慣れない音―――それは「静寂」の音です。
まだ全てのタンクにおいて発酵が完了しているわけではありません。既に発酵を終えたタンクのうち、マロラクティック発酵をしたものはごくわずかです。生産者がそのヴィンテージの品質や性質について意見を述べるには、まだ非常に早い段階にあるといえるでしょう。
とはいえ、もし非常に良い年であれば早いタイミングであってもコメントする余地が大いにあります。しかし、今年はそうではありません。ヴィンテージに関するコメントを求めてもほとんどの人が回答をくれません。ネゴシアン Yvon Mau の Jean Christophe Mau は次のように語ります。「例年であれば、この時期にはネゴシアンを招いたランチ会が多数開催されますが、今年は1つの招待も受けていません。3月末までにこのヴィンテージのワインを試飲することは不可能だと思います」
とはいえ、まだ発酵すら終わっていないヴィンテージを悪く批評することで非難を受けたくはありません。確かに今年は難しい年ではありましたが、良いワインも出来るはずです。しかし非常に不均一な年ではあったので、あるシャトーに当てはまることが隣のシャトーにも当てはまるとは限りません。今年自然界が及ぼした影響は決して公平なものではありませんでした。
また6月は雨が多く、「まるで11月のようだった」と Mau は振り返ります。つまりは一部にカビが発生したということです。7月は冷涼で日照量が少なかったそうです。
8月も涼しい日が続きましたが、9月に入ると天候は良い方向に傾きだし、良い天候が10月まで続いたのでブドウはなんとか成熟することが出来ました。生産者の中には、あと数日待ってから収穫したかったという人もいましたが、それはあまりにもリスクが高すぎました。ポイヤックの Ch. Lynch Bages の Jean-Charles Cazes は次のように述べています。「今年の9月は1年のうちで最も神経を使う時期でした。ブドウは熟しましたが非常にギリギリのラインでした。全てのブドウを収穫できたことに安堵しています」
低収量が功を成したと彼は言います。「もしもこの気候条件で収量が多かったら、ブドウが熟すのは難しかったでしょう」
しかし、 Ch. Lynch Bages では霜の被害はありませんでした。ポムロールのシャトー Ch. Petit Village の Diana Berrouet は、ポムロールも同様に霜の被害をあまり受けずに済みましたが、重要なのはブドウが熟すのを焦らずに待つことと、若干のボトリティス菌に対するリスクを負い、グリーンフレーバーの発生を防ぐことだったと言います。サンテミリオンのシャトー Ch. Canon La Gaffeliere の Stephan von Neipperg は、より挑発的な表現をしています。「もしも今年ボトリティス菌が発生していなかったら、ブドウは熟さなかったでしょう」
開花は一部の場所では順調に進みましたが、他の場所ではあまり良くありませんでした。 Ch. Petit Village の Berrouet の報告によると、特にメルローで結実不良と花振いが発生したそうです。さらに、その後にはもちろんベト病が発生しました。そして一部のブドウ畑では、ヨコバイ(害虫の一種)の被害もありました。
さて、ここでカビ対策について考えてみましょう。サンテミリオンの Ch. Angelus の Coralie de Bouard は、 “Sentinel” と呼ばれる新たなAIシステムを発表しました。 Sentinel は、ブドウ畑に設置して土壌や空気中、ブドウ樹の湿度を測定します。アルゴリズムによって天気予報の情報を取得することで、7日前にベト病の発生を警告してくれるため、早期の適切な対応が可能になるそうです。様々なシャトーがこのシステムの導入に興味を示しています。マルゴーの Rauzan Segla では、オゾン水の導入を試験運用していますが、これには優れた殺菌作用があるようです。
2021VTの酸度
Bouard の所有する畑ではベト病の被害を免れたそうです。「ボリュームも成熟度も素晴らしく、またバランスも見事で、酸味豊かなグルマンなワインです」と、彼女は報告しています。
多くのシャトーではリンゴ酸が豊富なようです。 Mau はペサック・レオニャンの Ch. Brown も経営していますが、メルローのリンゴ酸は昨年の 1g に対して 1.6g 、カベルネ・ソーヴィニヨンは昨年の 2g に対して 3g 、プティ・ヴェルドでは4~5g となっています。 Neipperg によると、メルローを主体とする Ch. Mondotte では、リンゴ酸が 2〜2.5g あったものの、「しかしその数値は急速に減少しており、現在は 1.5g です」と述べています。 Berrouet も同じ意見です。「マロラクティック発酵が終われば酸度と pH 度数は正常になります」
今年は特に収穫日を決めるのが難しい年でしたが、ワイナリーでのブドウの扱いにも注意が必要だと Neipperg は語ります。「種子の成熟度があまり良くなかったので、優しく丁寧なマセラシオンを行う必要があります」今年はタンニンがそこまで熟さなかったので、激しい抽出は必要ないでしょう。またグリーンノートや荒々しさが出ないように注意が必要です。アルコール度数もそれほど高くなく、13%以下のものが多いですが、補糖して少しでもアルコール度数を上げる必要があるでしょう。今年は、補糖が復活した年になりました。
2019 年や 2020 年のように、介入が不必要なヴィンテージではなかったと Ch. Lynch Bages の Cazes は言います。 Ch. Petit Village の Berrouet も、今年はより厳密な選果を行い、区画によっては 10 ~ 20% を排除したといいます。「ヴェレゾンが長かったため、同じ房に熟した果実と未熟な果実が混在していました。そのため未熟な果実とカビで乾燥した果実は全て排除しました」
ヴェレゾンは複雑でゆっくりと進みました。通常ならば成長が止まるはずの時期につるが伸び続けていたからです。ブドウ樹は2つのことを同時に行おうとしていたのです。
Ch. Pichon Longueville の Christian Seely は、赤ワインで類似性のある過去のヴィンテージは 2004 年と 2008 年、2014 年だと述べています。そして辛口白ワインでは、偉大な 2007 年に類似していると Mau は述べています。「今年は見事なフレッシュさと酸度があり、特にソーヴィニョン・ブランは卓越しています」
2021 年(現在は未試飲)を過去数年のヴィンテージの文脈に当てはめると、ボルドーのスタイルが重要なターニングポイントに置かれているように見えます。現代のボルドーは若いうちでもとても飲みやすくなっており、これは偶然ではありません。「消費者が変化していることを理解しなければなりません。人々は家庭でワインを熟成保管しようとしていません。ワインショップで働く人々によると、お客様は”今夜の夕食にどのワインを合わせようか?”と言って来店されるそうです。これが新しい消費者の形であり、私たちはそれに適応しなければなりません。ここ数年間のヴィンテージは全て早飲みが出来るワインでした。 2016 ~ 2019 年は非常に早い段階で飲み頃を迎え始めていましたが、だからと言って熟成能力がないわけではありません。ワインがバランスに富み、適切な pH 度数とアルコール度数があれば、熟成にはなんら問題ありません」と、 Bouard は語ります。
引用元: https://www.wine-searcher.com/m/2021/10/bordeaux-2021-the-sound-of-silence
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